(凝固障害の概要 凝固障害の概要 異常出血は 血液凝固系の障害, 血小板障害,または 血管障害により生じる。凝固障害には,後天性のものと遺伝性のものがある。 後天性凝固障害の主要な原因は以下のものである: ビタミンK欠乏症 肝疾患 播種性血管内凝固症候群(DIC) さらに読む も参照のこと。)
DICの病因
播種性血管内凝固症候群は通常,組織因子が血液に曝露し, 凝固カスケード 血液凝固経路 が開始することにより発生する。さらに,DICでは線溶経路が活性化されている(線溶経路 線溶経路 の図を参照)。サイトカインおよび微小血管の乱流により内皮細胞が刺激されることで,内皮細胞から組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)が分泌される。tPAおよびプラスミノーゲンの両方がフィブリンポリマーに結合し,プラスミン(tPAのプラスミノーゲン分解により産生される)によってフィブリンがDダイマーおよびその他のフィブリン分解産物に分解される。そのため,DICは血栓症および出血の両方を引き起こす可能性がある(血小板および/または凝固因子の消費が過剰になっている場合)。
線溶経路
|
以下の臨床状況でDICが最も頻繁に生じる:
産科合併症(例, 常位胎盤早期剥離 常位胎盤早期剥離 常位胎盤早期剥離とは,正常に付着した胎盤が,通常20週以降に子宮から時期尚早に分離することである。産科的緊急事態となりうる。症状として,性器出血,子宮の疼痛ならびに圧痛,出血性ショック,および播種性血管内凝固症候群を含むことがある。診断は臨床的に行い,ときに超音波検査を用いる。治療は症状が軽度の場合には安静(modified... さらに読む ,生理食塩水で誘発した治療的流産,死亡胎児もしくは妊娠産物の遺残, 羊水塞栓症 羊水塞栓症 羊水塞栓症は胎児抗原の母体循環への侵入に起因する低酸素症,低血圧,および凝固障害の臨床症候群である。 羊水塞栓症はまれな産科的緊急事態で,妊娠100,000件当たり2~6件の割合で発生すると推定される。通常,妊娠後期に起こるが,第1または第2トリメスターの妊娠中絶の際に起こることもある。 推定死亡率には大きな幅があるが(約20~90%),この症候群は明らかに重大なリスクをもたらし,分娩中に突然死亡した女性のうち,羊水塞栓症は最も可能性の... さらに読む ):組織因子活性を有する胎盤組織が母体循環に入るか,母体循環に曝露する。
感染,特にグラム陰性菌によるもの:グラム陰性菌の内毒素は食細胞,内皮細胞,および組織細胞に組織因子活性の発生または曝露をもたらす。
がん,特にムチン分泌性の 膵腺癌 膵癌 膵癌は主として膵管腺癌であり,米国での年間の症例数は57,600例,死亡例数は47,050例と推定されている( 1)。症状としては体重減少,腹痛,黄疸などがある。診断はCTまたはMRI/MRCPとその後の超音波内視鏡検査による。治療は外科的切除と化学療法および放射線療法によるアジュバント療法である。膵癌は診断時点で進行している場合が多いため,予後は不良である。 ほとんどの膵癌は,膵管細胞および腺房細胞から発生する外分泌腫瘍である。... さらに読む , 前立腺腺癌 前立腺癌 前立腺癌は通常腺癌である。典型的には,腫瘍の増殖によって血尿や疼痛を伴う閉塞が引き起こされるまで,症状はみられない。診断は直腸指診または前立腺特異抗原測定によって示唆され,経直腸的超音波生検によって確定される。スクリーニングについては議論があり,意思決定の共有が行われるべきである。大部分の前立腺癌患者の予後は,特にがんが限局または局在する場合(通常は症状の発生前),非常に良好であり,前立腺癌で死亡する患者と比較してそれ以外の原因で死亡す... さらに読む ,および 急性前骨髄球性白血病 急性骨髄性白血病(AML) 急性骨髄性白血病(AML)では,異常に分化して長い寿命をもつ骨髄前駆細胞の白血化とその無秩序な増殖により,循環血液中の幼若な血球数が増加し,悪性細胞で正常な骨髄が置換される。症状としては,易疲労感,蒼白,紫斑ができやすい状態,出血しやすい状態,発熱,感染などがある;髄外白血病細胞浸潤による症状は,約5%の患者のみにみられる(皮膚症状として現れることが多い)。末梢血塗抹標本と骨髄の検査で診断に至る。治療としては,寛解に導入する導入化学療法... さらに読む :腫瘍細胞が組織因子を発現および露出(または放出)する。
DICの比較的まれな原因としては以下のものがある:
頭部外傷,熱傷,凍傷,または銃創による重度の組織損傷
前立腺手術の合併症で,組織因子活性を有する前立腺物質が(プラスミノーゲンアクチベーターとともに)循環血に入る場合
特定の ヘビ毒 病態生理 全世界のヘビ約3000種のうち,毒液や毒性の唾液分泌物によりヒトにとって危険となるヘビの割合は,世界で約15%,米国では20%のみである( 地域別の重要な毒ヘビの一覧の表を参照)。アラスカ州,メーン州,ハワイ州を除く米国全州において,少なくとも1種の毒ヘビが生息している。ほぼ全てがマムシ亜科である(頭部両側に熱感知器官である穴[pit]状のくぼみがあることから「pit viper」と呼ばれる):... さらに読む の酵素が循環血に入り,1つまたはいくつかの凝固因子を活性化し,トロンビンを生成するか,フィブリノーゲンを直接フィブリンに変換する場合
深刻な血管内溶血
典型的に,緩徐進行性の播種性血管内凝固症候群は,主にがん,動脈瘤,または海綿状血管腫から発生する。
DICの病態生理
緩徐進行性のDICでは,主として静脈の血栓塞栓性疾患(例, 深部静脈血栓症 深部静脈血栓症(DVT) 深部静脈血栓症(DVT)とは,四肢(通常は腓腹部または大腿部)または骨盤の深部静脈で血液が凝固する病態である。DVTは肺塞栓症の第1の原因である。DVTは,静脈還流を阻害する病態,内皮の損傷または機能不全を来す病態,または凝固亢進状態を引き起こす病態によって発生する。DVTは無症状の場合もあるが,四肢に疼痛および腫脹が生じる場合もあり,肺塞栓症が直接の合併症の1つである。診断は病歴聴取と身体診察で行われ,客観的検査法(典型的にはdupl... さらに読む , 肺塞栓症 肺塞栓症(PE) 肺塞栓症とは,典型的には下肢または骨盤の太い静脈など,他の場所で形成された血栓による肺動脈の閉塞である。肺塞栓症の危険因子は,静脈還流を障害する状態,血管内皮の障害または機能不全を引き起こす状態,および基礎にある凝固亢進状態である。肺塞栓症の症状は非特異的であり,呼吸困難,胸膜性胸痛などに加え,より重症例では,ふらつき,失神前状態,失神,... さらに読む )を引き起こすが,ときに心臓弁疣贅がみられることがある;異常出血はまれである。
重度で急速進行性のDICでは,対照的に血小板減少症,血漿凝固因子およびフィブリノーゲンの欠乏,ならびに出血を引き起こす。微小血管血栓症を伴う臓器内出血は,複数の臓器に機能障害や臓器不全を引き起こすことがある。線溶によるフィブリンポリマーの溶解が遅延すると,赤血球の機械的な破砕,破砕赤血球の産生,および軽度の血管内溶血を来すことがある。
DICの症状と徴候
緩徐進行性の播種性血管内凝固症候群では, 静脈血栓症の症状 症状と徴候 深部静脈血栓症(DVT)とは,四肢(通常は腓腹部または大腿部)または骨盤の深部静脈で血液が凝固する病態である。DVTは肺塞栓症の第1の原因である。DVTは,静脈還流を阻害する病態,内皮の損傷または機能不全を来す病態,または凝固亢進状態を引き起こす病態によって発生する。DVTは無症状の場合もあるが,四肢に疼痛および腫脹が生じる場合もあり,肺塞栓症が直接の合併症の1つである。診断は病歴聴取と身体診察で行われ,客観的検査法(典型的にはdupl... さらに読む , 肺塞栓症の症状 症状と徴候 肺塞栓症とは,典型的には下肢または骨盤の太い静脈など,他の場所で形成された血栓による肺動脈の閉塞である。肺塞栓症の危険因子は,静脈還流を障害する状態,血管内皮の障害または機能不全を引き起こす状態,および基礎にある凝固亢進状態である。肺塞栓症の症状は非特異的であり,呼吸困難,胸膜性胸痛などに加え,より重症例では,ふらつき,失神前状態,失神,... さらに読む ,またはその両方がみられる場合がある。
重度で急速進行性のDICでは,皮膚穿刺部位(例,静注または動脈穿刺)の持続的出血,薬剤注射部位での斑状出血形成,および重篤な消化管出血が生じることがある。
DICの診断
血小板数,プロトロンビン時間(PT),部分トロンボプラスチン時間(PTT),血漿フィブリノーゲン,血漿Dダイマー
原因不明の出血または静脈血栓塞栓症が認められる患者では(特に素因となる疾患が存在する場合),播種性血管内凝固症候群を疑う。DICが疑われる場合は,血小板数,PT,PTT,血漿フィブリノーゲン濃度,および血漿Dダイマー(in vivoのフィブリンポリマーの生成および分解の指標)を検査する。
緩徐進行性のDIC
緩徐進行性のDICでは以下が認められる:
軽度の血小板減少症
PT(検査結果は一般に国際標準化比[INR]で報告される)およびPTTの正常値または軽微な延長
フィブリノーゲン濃度は正常か中程度の減少
血漿Dダイマー値の増加
様々な疾患により急性期反応物質としてのフィブリノーゲンの産生亢進が刺激されるため,2回連続の測定でフィブリノーゲン濃度が低下していることがDICの診断に役立つことがある。緩徐進行性のDICでは,おそらく血漿中に活性化した凝固因子が存在するために,実際には初期のPTT値が正常値よりも短くなることがある。
急速進行性のDIC
急速進行性のDICは以下を引き起こす:
より重度な血小板減少症
PTおよびPTTのさらなる延長
血漿中フィブリノーゲン値の急激な減少
血漿中Dダイマーの高値
凝固検査で類似の異常を引き起こす可能性のある広範な肝壊死から重度で急性のDICを鑑別しなければならない場合は,ときに第VIII因子の値が参考になることがある。第VIII因子は肝臓の内皮細胞で産生され,肝細胞の破壊時に放出されるため,肝壊死では第VIII因子の濃度が上昇する;トロンビンにより活性型第VIII因子をタンパク質分解する活性化プロテインCの産生が誘導されるため,DICでは第VIII因子が減少する。
DICの治療
原因の治療
場合によって補充療法(例,血小板,クリオプレシピテート,新鮮凍結血漿)
ときにヘパリン
原因の即時是正が優先される(例,グラム陰性菌敗血症が疑われる場合の広域抗菌薬療法,常位胎盤早期剥離における子宮内容除去術)。治療が奏効すれば,播種性血管内凝固症候群はすぐに回復するはずである。
重度の出血
出血が重度であるか重要な部位(例,脳,消化管)に生じている場合,または緊急に手術が必要な場合は,補助的な補充療法が適応となる。補充療法は以下から成る:
血小板減少症を改善するために濃厚血小板(血小板数が急速に減少しているか10,000~20,000/μL[10~20 ×109/L]未満の場合)
フィブリノーゲンの値が急速に減少しているか100mg/dL(2.9µmol/L)未満の場合に,クリオプレシピテートによるフィブリノーゲン(および第VIII因子)の補充
その他の凝固因子および生来の抗凝固因子(アンチトロンビン,プロテインC,S,およびZ)の濃度を上げるために新鮮凍結血漿
重度で急速進行性のDICにおけるアンチトロンビンの濃縮製剤投与の有効性については未解決である。低血圧が存在する場合はDICの進行を止めるために 補液 輸液蘇生(fluid resuscitation) ほぼ全ての循環 ショック状態では,重度の血管内容量減少(例,下痢または熱中症による)と同様に,大量の輸液が必要となる。血管内容量の欠乏は血管収縮によって強力に代償され,それに続いて,数時間に及ぶ血管外から血管内への体液移動があり,体内総水分量を費やして循環体液量が維持される。しかしながら,大量に体液が喪失されると,この代償機構では追いつかない。 維持輸液の必要量については, 水代謝を,軽度の脱水については,... さらに読む が不可欠である。
緩徐進行性のDIC
静脈血栓症または肺塞栓症を伴う緩徐進行性の播種性血管内凝固症候群に対する治療には,ヘパリンが有用である。出血を伴うか,出血リスクのある急速進行性のDICでは通常,ヘパリンが適応とはならない。例外は,胎児遺残がある女性で,進行性のDICのために血小板,フィブリノーゲン,および凝固因子の減少が進行している場合である。この後者の患者では,DICをコントロールし,フィブリノーゲンおよび血小板の値を増加させ,凝固因子の過度の消費を減らすため,数日間ヘパリンを投与する。その後,ヘパリンを中止し,子宮内容を除去する。
DICの要点
播種性血管内凝固症候群(DIC)では,血液が組織因子に曝露すると,通常は凝固が活性化する。凝固に伴って,線溶経路も活性化する。
DICは通常,急速に進行し,出血および微小血管閉塞を引き起こして臓器不全に至る。
DICはときに緩徐に進行することがあり,出血ではなく血栓塞栓現象を引き起こす。
重度で急速進行性のDICでは,重度の血小板減少症,プロトロンビン時間および部分トロンボプラスチン時間の延長,急速に減少する血漿フィブリノーゲン濃度,および高濃度の血漿Dダイマーを示す。
原因の即時是正が優先される;重度の出血では,血小板,クリオプレシピテート(フィブリノーゲンを含む),および新鮮凍結血漿(他の凝固因子を含む)による補充療法が必要になることもある。
緩徐進行性のDICでは,ヘパリンが有用であるが,急性発症のDICで有用になることはまれである(死亡胎児遺残を認める女性を除く)。