失認

執筆者:Juebin Huang, MD, PhD, Department of Neurology, University of Mississippi Medical Center
レビュー/改訂 2020年 7月
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失認とは,1つまたは複数の感覚において対象を同定できなくなった状態である。診断は臨床的に行うが,しばしば神経心理学的検査のほか,原因を同定するために脳画像検査(例,CT,MRI)も施行される。予後は損傷の性質および程度と患者の年齢に依存する。特異的な治療法はないが,言語療法および作業療法が機能の代償に役立つことがある。

失認はまれである。

失認の病因

失認は,知覚,記憶,および同定のプロセスを統合する脳領域の損傷(例,梗塞腫瘍膿瘍,または外傷によるもの)または変性(例,アルツハイマー病パーキンソン病認知症)によって生じる。侵されている部位は通常,異常が起きている感覚に対応するunimodalな連合皮質である。

失認の種類

個々の脳病変がそれぞれ異なる形態の失認を引き起こすこともあり,いずれの感覚にも起こりうる。典型的には,以下のうち1つの感覚のみが侵される:

  • 聴覚(聴覚失認―電話の着信音などの音を介して対象を同定できない状態)

  • 味覚(味覚失認)

  • 嗅覚(嗅覚失認)

  • 触覚(体性感覚失認)

  • 視覚(視覚失認)

例えば,体性感覚失認のある患者は,損傷部位とは反対の手に置かれたありふれた物体(例,鍵,安全ピン)をなかなか同定できない。しかしながら,その物体を見れば,直ちに認識し,同定することができる。

その他の失認として,1つの感覚内で非常に特異的かつ複雑なプロセスが侵されるものがある。

相貌失認とは,一般的な顔の特徴や物体は同定できるにもかかわらず,親しい友人などよく知っている顔を同定できない,または一群の対象の中から個々の対象を弁別できない状態である。相貌失認はしばしば下側頭葉の損傷に伴って発生し,多くの場合,両側性の小さな病変が特に紡錘状回によくみられる。

病態失認とは,障害の存在に対する認識の欠如,または存在する障害への病識の欠如を指す。これはしばしば右(非優位)半球の頭頂葉損傷(通常は急性脳卒中または外傷性脳損傷によって起こる)に合併する。複数の失認がみられる患者は,ある失認には気づいていなくとも,他の失認については完全に認識している場合がある。病態失認の患者は,運動障害を否定し,たとえ半身が完全に麻痺していても,どこも悪いところはないと主張する。麻痺した部位を見せられると,患者はそれが自身の体の一部であることを否定することがある。

しばしばみられる関連現象として,患者が麻痺した部位や感覚が低下した部位(半側不注意),あるいはその周囲の空間(半側空間無視)を無視することがある。半側空間無視は身体の左側に起こることが最も多い。

同時失認とは,一度に複数の物体,またはある物体の複数の部分を見ることができない状態であり,患者は場面を全体として知覚することができない。例えば,食べ物や様々な食器類が載ったキッチンテーブルの写真を見せられた場合,患者はスプーンなどの1つの物体しか見えないと報告する。

バリント症候群は,同時失認,視覚性運動失調(注視している対象物を手でつかめない),および眼球運動失行(眼球は無意識であれば全ての方向に動くにもかかわらず,眼球の随意運動を制御できない)の三徴がみられる病態である。バリント症候群は,両側後頭-頭頂領域(背側皮質視覚路)のheteromodal な皮質を障害する知覚-運動機能障害のようである。

後頭-側頭領域の病変は,以下のような視知覚の異常を伴う失認を引き起こすことがある:

  • よく知っている場所を認識できない(環境失認)

  • 視覚障害(視覚失認)

  • 色覚異常(一色覚)

右側頭葉の病変は以下の症状を引き起こす:

  • 音を解釈できない(聴覚失認)

  • 音楽の知覚の障害(失音楽)

失認の診断

  • 神経学的診察

  • 神経心理学的検査

  • 脳画像検査

ベッドサイドで,患者に視覚,触覚,その他の感覚を用いて一般的な物体を同定するように指示する。半側空間無視が疑われる場合は,身体の麻痺部分または患側視野内の物体を同定するように指示する。

個々の感覚における一次性な障害を検出するため,または失認に対する検査の妨げとなりうるコミュニケーション能力の評価を行うため,より詳細な神経学的診察を行う。例えば,軽い触覚に異常があると,たとえ皮質機能に異常がなくても,物体を知覚できない可能性がある。また,失語も患者による意思表出を妨げる。神経心理学的検査は,より微妙な失認の同定に役立つことがある。神経心理学的検査は,脳の構造的および機能的完全性に関する情報を得ることができる標準化された検査である。この検査では知能,遂行機能(例,計画,抽象化,概念化),注意,記憶,言語,知覚,感覚運動機能,意欲,気分および感情,生活の質,ならびにパーソナリティを評価する。

中枢病変(例,梗塞,出血,腫瘤)の評価,および変性疾患を示唆する萎縮がないかの確認のために,脳画像検査(例,場合により血管造影プロトコルを用いるCTまたはMRI)が必要である。

失認の予後

失認からの回復には,以下の因子が影響する:

  • 病変の種類,大きさ,局在

  • 障害の程度

  • 患者の年齢

  • 治療の有効性

自然に治癒する,または可逆的な原因の場合,回復の大部分が最初の3カ月以内にみられるが,最長1年までは引き続き様々な程度まで改善が得られる。

失認の治療

  • 原因の治療

  • 言語療法または作業療法

可能であれば,失認の原因を治療する(例,脳膿瘍に対し外科手術かつ/または抗菌薬,脳腫瘍に対し外科手術かつ/または放射線)。

言語療法士または作業療法士によるリハビリテーションは,患者が障害を代償する方法を学習するのに役立つ。

失認の要点

  • 失認はまれであるが,あらゆる感覚が侵される可能性がある。

  • 失認の診断は,患者に物体を同定するよう指示するか,または微妙な失認の場合は神経心理学的検査を実施することによる。

  • 脳画像検査を施行して,原因病変を評価する。

  • 障害を代償するため,言語療法士または作業療法士によるリハビリテーションを勧める。

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