植物状態および最小意識状態

執筆者:Kenneth Maiese, MD, Rutgers University
レビュー/改訂 2020年 9月
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植物状態(vegetative state)は,大脳半球の極度の機能障害により反応性および覚醒状態が欠如した状態であり,自律神経反射,運動反射,および睡眠-覚醒サイクルを維持できるだけの間脳および脳幹機能は十分に保たれている。患者は眼球運動,あくび,侵害刺激に対する不随意運動などの複雑な反射を示すが,自己と外界を認識していない。最小意識状態(minimally conscious state)では,植物状態とは異なり,患者が自己および/または外界を認識している証拠がみられることを特徴とし,状態が改善する傾向がある。診断は臨床的に行う。治療は支持療法が中心である。障害が持続する患者の予後は典型的には厳しい。

植物状態とは,血圧,呼吸,心機能を維持できるものの,認知機能が欠如した慢性の病態である。心肺機能および自律神経機能を維持する視床および延髄の機能は正常であり,医療および看護ケアが十分になされていれば,生命維持に十分である。皮質は重度に障害されている(認知機能を失っている)が,網様体賦活系(RAS)の機能は保たれている(覚醒が可能である)。中脳または橋の反射は認める場合と認めない場合がある。患者は自己を認識しておらず,反射を介してのみ外界と関わることができる。発作活動がみられることもあるが,臨床的に明らかでないこともある。

慣例的に,1カ月以上続く植物状態は遷延性植物状態とみなされる。ただし,ごくまれながら(例,外傷性脳損傷後),患者が回復して最小意識状態やより意識レベルの高い状態になる場合もあるため,遷延性植物状態の診断は永続的な障害を意味するものではない。

植物状態および最小意識状態の最も一般的な原因は以下のものである:

ただし,脳損傷が生じうる疾患は全て植物状態の原因となりうる。典型的には,昏睡後に脳幹および間脳の機能が回復したものの,大脳皮質の機能が回復しない場合に植物状態となる。

最小意識状態では,植物状態とは異なり,患者が自己および/または外界を認識している証拠が認められる。また状態が改善する傾向(例,徐々に意識が回復する)があるが,その改善の程度は限られている。この状態は,脳損傷の最初の徴候である場合もあれば,植物状態後に一部の機能を回復した状態である場合もある。植物状態と最小意識状態との間を行き来することもあり,ときに,こうした状況が最初の脳損傷から数年にわたり続くこともある。

症状と徴候

植物状態

植物状態の患者には自己や外界を認識している証拠がみられず,他者と交流することはできない。外来刺激に対する意図的な反応が欠如し,言語理解および表現も欠如する。

植物状態の患者では以下の所見がみられる:

  • 網様体が正常であることの徴候(例,開眼)と脳幹が正常であることの徴候(例,瞳孔の反応,頭位変換眼球反射)

  • 睡眠-覚醒サイクル(ただし,必ずしも特定の概日リズムを反映しているとは限らず,そのサイクルは外界と関係がない)

  • あくび,咀嚼,嚥下,まれに喉音の発声など,より複雑な脳幹反射

  • ときに覚醒反射および驚愕反射(例,大きな音や明るい光の点滅で開眼が誘発される)

  • ときに涙液の充満や流涙

  • ときに笑ったような表情や顔をしかめたような表情

  • 自発的な眼球彷徨(通常は緩徐で,速度が一定で,衝動性眼球運動を伴わない)

自発的な眼球彷徨は,随意的な追尾運動と誤解されたり,患者に意識がある証拠として家族に誤解されたりすることがある。

患者は視覚的威嚇に反応できず,指示に従うこともできない。四肢は動くことがあるが,唯一起こる意図的運動は原始的なものである(例,手に触れた物を握る)。疼痛は通常運動を誘発するが(典型的には除皮質または除脳硬直),意図的な回避はない。便および尿失禁がみられる。脳神経および脊髄反射は典型的には維持される。

まれに,機能的MRIまたは脳波検査で同定される脳活動に質問や指示に対する反応を認めることがあるが,反応としての行動はみられない(covert consciousness)。患者に実際にどの程度意識があるかはまだ分かっていない。そのような脳の活動がある患者の多くでは,植物状態は外傷性脳損傷によるものであり,低酸素性脳症によるものではない。

最小意識状態

外界との意味のある相互作用が断片的に維持されている。最小意識状態の患者は,以下のことを行う場合がある:

  • アイコンタクト

  • 意図的に物をつかむ

  • 指示に常同的に従う

  • 同じ言葉で答える

診断

  • 十分な観察後に臨床基準を適用する

  • 脳画像検査

植物状態は,特徴的な所見(例,意図的な活動または理解の欠如)に加え,網様体が正常であることの徴候により示唆される。診断は臨床基準に基づく。しかしながら,治療可能な疾患を除外するために脳画像検査の適応となる。

植物状態は最小意識状態と鑑別しなければならない。いずれの状態も永続的であることもあれば一時的であることもあり,身体診察で信頼に足る鑑別ができないことがある。十分な観察が必要である。観察時間が短すぎると,患者に意識がある証拠を見落としてしまう可能性がある。重症パーキンソン病患者の一部は植物状態と誤診されることがある。

CTまたはMRIにより,虚血性脳梗塞,脳内出血,および皮質または脳幹の腫瘤性病変を鑑別できる。MRアンギオグラフィーを用いて脳出血を除外した後に脳血管を可視化できる。MRIの拡散強調画像は脳の進行中の虚血性変化のフォローアップに好んで用いられる撮像方法になりつつある。

PET(陽電子放出断層撮影)およびSPECT(単一光子放出型コンピュータ断層撮影)は(脳解剖よりもむしろ)脳機能の評価に用いることができる。遷延性植物状態の診断に疑問が残る場合は,PET,SPECT,または機能的MRIを施行すべきである。

皮質機能の評価と潜在性の発作活動の同定には脳波検査が有用である。

予後

植物状態

予後は植物状態の原因および持続期間によっていくぶん変わる。原因が可逆的な代謝性疾患(例,中毒性脳症)である場合,原因が広範囲の低酸素症および虚血またはその他の病態による神経死である場合と比べて予後が良好である可能性がある。また,より若年の患者はより高齢の患者と比べて運動機能を回復しやすい一方,認知,行動,または発話機能の回復に差はない可能性がある。

脳損傷が非外傷性の場合は1カ月,外傷性の場合は12カ月経つと植物状態からの回復の可能性は低い。たとえこれらの期間が経過した後部分的な回復がみられても,ほとんどの患者で重度の障害が残る。まれに,時間が経過してから改善がみられることがある;5年後には約3%の患者で意思疎通および理解力が回復するが,自立して生活できるようになる数はさらに少なく,正常な機能を取り戻すことはない。

植物状態が持続する場合,大半の患者は原因となった脳損傷後6カ月以内に死亡する。死因は通常肺感染症,尿路感染症,または多臓器不全であるか,原因不明の突然死である。残りの患者の多くは期待余命が約2~5年であり,5年以上生存する患者は約25%に過ぎない。少数の患者は数十年生存する。

最小意識状態

ほとんどの患者が意識を回復するが,その程度は限られており,最小意識状態の持続期間によって回復の程度が変わってくる。長期間続く程,より高次の皮質機能が回復する可能性は低くなる。原因が外傷性脳損傷である場合,予後がより良好である可能性がある。

まれに,数年間の昏睡後,明瞭であるが限られた意識を回復することがあり,メディアには「覚醒」と呼ばれている。

治療

  • 支持療法

植物状態または最小意識状態の患者に対しては,支持療法が治療の中心であり,具体的には以下を行うべきである:

  • 不動状態による全身合併症(例,肺炎,尿路感染症,血栓塞栓症)の予防

  • 適切な栄養補給

  • 褥瘡の予防

  • 四肢の拘縮を予防するための理学療法

植物状態に対する特異的な治療法はない。延命治療に関する決定には,ソーシャルサービス,病院の倫理委員会,および家族が関与すべきである。長期に植物状態が続くと,特に治療終了の決定を方向付ける事前指示書がない患者では,患者の生命維持に関して倫理的問題やその他の問題(例,資源の利用)が生じる。

最小意識状態の患者の大半は,特定の治療に反応しない。しかしながら,ゾルピデム,アポモルヒネ,またはアマンタジンによる治療で神経学的反応が改善することもあり,その薬剤を使用し続ける限り効果が持続する可能性がある。

意識障害のある患者への音楽的介入の影響を評価する研究が増えてきている(1)。一部の研究では,音楽療法が行動面で正の影響をもたらし,正常な生理的反応が戻る可能性があることが示されている。この分野の研究はまだ少ないため,結果の解釈には慎重を期すべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Li X, Li C, Hu N, Wang T: Music interventions for disorders of consciousness: A systematic review and meta-analysis.J Neurosci Nurs 52 (4): 146–151, 2020.doi: 10.1097/JNN.0000000000000511.

要点

  • 植物状態は,典型的には大脳半球の極度の機能障害および脳幹機能に由来する反応性および覚醒状態の欠如,ならびに意識はないにもかかわらずときに覚醒しているかのように見える状態を特徴とする。

  • 最小意識状態は,患者が外界との交流をいくらか保っており,時間の経過とともに改善する傾向にあるという点で植物状態とは異なる。

  • 診断には他の疾患の除外としばしば長期間の観察が必要であり,特に植物状態,最小意識状態,およびパーキンソン病を鑑別する際に注意を要する。

  • 予後不良となる傾向があり,特に植物状態はより予後が悪い。

  • 治療は支持療法が中心である。

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