MSDマニュアルの医師編集者であるErnest Yeh, MDとMSD Veterinary Manualの編集者であるNicholas Roman, DVM, MPHが執筆したワンヘルスに関するこのコメンタリーでは，ワンヘルスを獣医師と医師の視点から解説している。彼らは，ヒトの健康と動物の健康の関係，ヒトと動物の絆，医学と獣医学の両分野におけるワンヘルスの今後の意義など，多岐にわたるトピックに取り組んでいる。

1. ワンヘルスとは何か？
   1. NR：ワンヘルス（One Health）とは，人間，動物，環境の健康が密接につながっているという考え方である。したがって，医学の専門家と獣医学の専門家は，他の科学，健康，環境分野の専門家らと同様に，単独で活動するのではなく，コミュニケーションをとり，協力し合うべきである。
   2. EY：私はNickの要約に同意する。ワンヘルスはヒトと動物の健康のギャップを埋めるのに役立つ可能性がある。
2. ヒトの健康と動物の健康の両方において，ワンヘルスはどのように捉えられているか？
   1. NR：多くの政府機関や国際機関（CDC，FDA，USDA，AVMA，WHO，FAOなど）がワンヘルスを支持している。しかしながら，獣医学の臨床では，ワンヘルスはよく議論されるトピックになっていない。臨床の現場にいる平均的な獣医師たちは，日々の業務を遂行する上でワンヘルスを最優先に考えていない可能性がある。
   2. EY：ヒトの健康に関しても，ワンヘルスが強調されたり，議論されたりすることは多くない。医学教育のカリキュラムの中でワンヘルスが具体的に取り上げられることは非常にまれである。感染性疾患や人獣共通感染症には触れられているが，それらがワンヘルスの名の下で語られるのは一般的ではない。医学校は，ワンヘルスの重要性を強調することで，ワンヘルスをもっと前面に押し出すことができるのではないか。医学生と同様に，平均的な医師もまた，おそらくワンヘルスを最優先に考えているわけではない。例えばライム病など，ダニが媒介することからワンヘルスの問題に該当する疾患には目を向けるが，ヒトへの影響以外は考えていない。この考え方のギャップを埋めるために，我々はもっと多くのことができるはずである。
3. ヒトの医学と獣医学はどのようにして互いの発展に貢献してきたか？
   1. NR：ヒトを対象とした医学は多くの点で，獣医師が目指すべき基準を示している。動物に対してヒトと同じレベルのケアを提供するために，例えば，CTやMRIなどの高度な画像診断法が獣医学でも一般的になってきている。また獣医師は，自身が積んできた科学的な訓練の成果を医学的知見の向上のために利用することを宣誓する。Salmonellaという細菌の属名が，Daniel Salmon（米国で学位を取得した最初の獣医師）にちなんで命名されて以来，獣医学研究は，ヒトの健康に応用される医学に画期的な貢献を数多くしてきた。
   2. EY：ヒトの医学でなされた多くの発見が獣医学の分野に応用されており，その逆も真である。これは，新しい慣行を特定して，それを種を越えて適用した結果である。
4. 現在，獣医学と医学の両分野において，ワンヘルスの概念は臨床でどのように活用されているか？
   1. NR：CDC，FDA，NIHなどの組織で獣医師の役割が拡大していることは，ワンヘルスの考え方に対する認識が高まっている兆しである。医学校や獣医学系の大学も，従来からの隔絶した関係を打破し，学術的な協力関係を築こうとしている。それにもかかわらず，個々の医療従事者の多くは，ワンヘルスは自身の重点分野や関心ある分野の周辺的な概念にすぎないと考えている可能性がある。
   2. EY：現時点で，ワンヘルスが医療分野の実践に活用されているとは思わないし，少なくとも直接的に用いられてはいない。我々はワンヘルスの概念を用いているかもしれないが（例えば，動物媒介疾患を治療するときや，セラピー用の動物を勧めるときなど），自分がこの概念を用いていることを必ずしも認識しているわけではない。
5. ヒトと動物の絆はヒトの健康にどのような影響を及ぼすか？
   1. NR：ヒトと動物の相互作用は，身体活動や社会活動（ドッグパークに出かけるなど）の増加など，多くの点で健康促進につながる。その生理学的な効果は，ペットを飼うことや，動物との短時間の触れ合いを定期的にもつことだけでも，十分に実証されている。ペットを失った飼い主は，しばしば耐え難い悲しみを経験し，睡眠障害などの生理学的な影響が生じることもあるが，これはヒトと動物の絆の真実性と強さを証明するものである。
   2. EY：Nickが述べたように，ヒトと動物の相互作用は多くの点で健康の促進につながる可能性がある。多くの人がペットを家族の一員と考えており，そのことが精神衛生の促進に大きな役割を果たす可能性がある。
6. より具体的には，ヒトと動物の絆は精神衛生にどのような影響を及ぼすか？
   1. NR：仲間としての動物との関係（animal companionship）は，私たちの生活を豊かにし，精神面や情緒面の健康を改善する。動物介在療法は，心的外傷後ストレス障害，気分障害，強迫症など，幅広い精神衛生上の問題に役立つ。対極にある暗い部分では，精神衛生上の問題が動物ためこみ（animal hoarding）につながることがあり，また動物虐待には人に対する暴力との関連がある。
   2. EY：Nickが述べたように，animal companionshipはヒトの健康に有益となる可能性がある。一方で，ペットを失ったときには，精神衛生に悪影響を及ぼす可能性がある。家族や友人を失ったときと同様に，悲嘆の段階をたどる。
7. サービスアニマルやセラピー用の動物はヒトの健康にどのようなベネフィットをもたらすか？
   1. NR：サービスアニマルは，介護施設や病院，刑務所などの環境において快適さ，交友，健全な気晴らしをもたらしている。感覚障害やその他の障害をもつ個人を補助するように訓練されている動物（assistance animal）もいる。発作の前兆を捉えて飼い主に警告することができるサービス犬もいる。
   2. EY：サービスアニマルは，特定の条件にある人に対して特定の作業を行うように訓練されている。例えば，痙攣発作をよく起こす人は，発作が起きそうになっている状態を検出して本人（または周囲の誰か）に発作がもうすぐ起こることを警告するように訓練されたサービスアニマルを所有することができる。サービスアニマルがその人の頭部を保護して，さらなる負傷を防止できる場合もある。サービスアニマルがその人の頭部を保護して，さらなる負傷を防止できる場合もある。一方，セラピードッグは，病院，介護施設，生活支援施設などの様々な環境において，ストレスを軽減する相互作用（触れ合い，遊び心のある相互作用）の機会を提供している。セラピードッグは，意図した環境下で適切かつ安全に人と触れ合うことができるよう訓練を受けている。
8. 環境衛生はヒトや動物の健康にどのような影響を及ぼすか？
   1. NR：環境因子は野生動物，家畜，ヒトにおける疾患のアウトブレイクを促進し，環境の変化もまた動物およびヒトの疾患リスクに影響を及ぼす。増加する人口を養うために，かつてない数と密度で動物を飼育している農業従事者，絶滅の危機にある種や生態系を救うために活動している自然保護活動家，台風の後に迷い犬を家に戻すために活動している犬の保護活動家など，こうしたシナリオは環境，ヒト，動物の全てがどのように相互に結びついているかを強調している。ライオンキングの言葉を借りれば，「Everything [...] exists together in a delicate balance.（全てのものが微妙なバランスで共存している。） [...] We are all connected in the great circle of life.（私たちは皆，大きな命の輪の中でつながっている。）」
   2. EY：人口密度が高まるにつれて，人間はまだ住人のいない野生地域を侵食してきている。その結果，野生生物との相互作用が生じ，環境，ヒト，動物の健康のいずれにも決定的な影響が生じる可能性がある。人口の増加は食糧供給にも影響を及ぼしているが，我々は現在，その大部分を動物に依存している。それらは，人間，動物，環境の健康の相互に関連した性質の一部の例にすぎない。
9. ワンヘルスはCOVID-19やサル痘などの疾患に対する理解にどのような影響を及ぼすか？
   1. NR：ほとんどの新興感染症は人獣共通感染症（ヒトと動物の間で伝播する感染症）である。ヒト以外の動物は自然界における感染症の病原体保有生物となる可能性があり，動物における疾患は，人間に疾患が発生する可能性があることの警告となりうる。人間が環境に及ぼす影響（気候変動や野生生物の生息地の喪失）と，それが転じてヒトの健康に及ぼす影響との関連を理解することは，ワンヘルスの概念の基本である。この種の問題に取り組むには，科学に基づく学際的な協働が必要になる。
   2. EY：我々は，動物の集団とヒトの集団の間には非常に大きな相互作用があると認識している。サーベイランスと研究を継続することで，両者の相互作用と関連について，より多くの知見を得ることができる。
10. ワンヘルスのアプローチは，医学および獣医学分野における長期的な進歩の可能性にどのような影響を及ぼすか？
    1. NR：ワンヘルスの概念を応用したものの1つが，ヒトと動物の健康を結びつける生物医学研究である。比較医学のアプローチは非常に生産的で，医学と獣医学の進歩に大きな期待を抱かせる。獣医学と医学の相互作用が促進されれば，新しい治療法の開発が前進する可能性もある。
    2. EY：ワンヘルスには，ヒトと動物の健康をよりよく結びつけ，互いを理解する方法を改善する可能性があると考えている。ワンヘルスにより重点を置くには，ヒトの領域（特に医学校）での取組みが必要である。
11. One Medicineはワンヘルスにどのように関係しているか？
    1. NR：One Medicineとは，共通の疾患と闘うために獣医師とヒト医療の専門職が協力して取り組む試みである。ワンヘルスは，この概念を基礎として，さらに環境の健康を組み込んだものである。環境中の鉛汚染の防止と除去はその一例であり，ヒトと動物の両方に影響を及ぼし，医療の実践だけでなく，環境の健康にも影響を及ぼす。
    2. EY：私はOne MedicineについてのNickの要約に，また，この要約がワンヘルスに関する我々の理解とどのように関係し，どのような影響を及ぼすかについても同意する。
12. 平均的な医師や獣医師は，どのようにしてワンヘルスを診療に取り入れることができるか？
    1. NR：ワンヘルスは，世界的なパンデミックのように，国境を越えた大規模で複雑な問題にしか適用できないと考えている人が多いかもしれない。ワクチンの接種，寄生虫予防薬や抗菌薬の処方，子供のイヌ咬傷の予防に関する飼い主との話し合い，野良猫への避妊手術などは，いずれもワンヘルスの活動である。個々の獣医師が公衆衛生や環境を保護する機会は無数に存在する。
    2. EY：ワンヘルスの推進者が活動範囲を拡大し続けるにつれて，平均的な医師にもその影響が及ぶようになるであろう。これは，ワンヘルスの幅広い理解に役立ち，ヒトの健康と動物の健康の間にある溝を埋めることにも役立つ可能性がある。それにより，より深い理解と協働につながる可能性もある。