単包条虫(E. granulosus)は,地中海,中東,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,および南米の牧羊地域でよくみられる。イヌ科の動物が終宿主であり,草食動物(例,ヒツジ,ウマ,シカ)またはヒトが中間宿主である。カナダ,アラスカ,およびカリフォルニア州にも発生地域がある。
多包条虫(E. multilocularis)の成虫はキツネに寄生し,幼虫は小型の野生齧歯類にみられる。ときにヒトへの感染が起きるが,その主な感染源はイヌやその他のイヌ科動物である。多包条虫(E. multilocularis)は主に中欧,アラスカ,カナダ,およびシベリアで発生する。米国本土の自然感染地域は,ワイオミング州および南北ダコタ州から中西部地域の北部へ広がっている。
まれに,E. vogeliiまたはE. oliganthusがヒト(主として肝臓)において包虫症を引き起こす。本疾患は多嚢胞性(E. vogelii)の場合と単嚢胞性(E. oliganthus)の場合がある。これらの種は中南米でみられる。
病態生理
動物の糞便を介して摂取された虫卵(イヌまたは他の動物の皮毛中にみられることがある)は腸管内で孵化し,六鉤幼虫(幼虫被殻に覆われた条虫の未熟型)を放出する。六鉤幼虫は腸壁から侵入して血行性に移行し,肝臓もしくは肺,またはより頻度は低いが脳,骨,もしくは他の臓器に達する。ヒトの消化管には成虫は存在しない。
組織内では,単包条虫(E. granulosus)の六鉤幼虫はシストとなり,これが緩徐に(通常は何年もかけて)発育し,液体の充満した大きな単房性の病変(すなわち包虫嚢胞)となる。それらの嚢胞の中には,小さな感染性原頭節を多数含んだ繁殖胞が形成される。大きな嚢胞には,何百万もの原頭節に加えて,抗原性の高い包虫液が1L以上含まれることがある。ときに一次嚢胞の内外に娘嚢胞を形成する。肝内の嚢胞に漏出または破裂が起きると,感染が腹膜に拡大する可能性がある。
多包条虫(E. multilocularis)は,局所侵襲性で外科的治療が困難または不可能な海綿状の腫瘤を生じる。嚢胞は主に肝臓にみられるが,肺,または他の組織にみられることもある。嚢胞は大きくないが,周辺組織に侵入,破壊し,肝不全および死を招くことがある。
症状と徴候
多くの場合小児期に感染するが,嚢胞が重要な臓器にある場合を除き,臨床徴候が何年間も現れないことがある。症状および徴候は占拠性腫瘍に類似することがある。
肝嚢胞は,最終的に腹痛または触知可能な腫瘤を引き起こす。胆管が閉塞されると黄疸が生じうる。胆管,腹腔,または肺への破裂により,発熱,蕁麻疹,または重篤なアナフィラキシー反応が引き起こされることがある。
肺嚢胞は破裂することがあり,咳嗽,胸痛,および喀血を引き起こす。
診断
画像検査
血清学的検査
嚢胞液の検査
肺の嚢胞は通常,ルーチンの胸部X線撮影により,丸く,しばしば不整形の肺腫瘤として発見される。
娘嚢胞および包虫砂(原頭節および残屑)が存在すればCT,MRI,および超音波検査で特徴的な所見を認めることがあるが,単純な包虫嚢胞は良性嚢胞,膿瘍,良性または悪性腫瘍との鑑別が難しい。吸引した嚢胞液中の包虫砂の存在は診断に有用である。
血清学的検査(酵素免疫測定法,蛍光抗体法,間接赤血球凝集反応法)の感度は一定しないが,もし陽性ならば有用であるため,検査は実施すべきである。血算で好酸球増多を認めることがある。
治療
外科的切除,または経皮的吸引に続いて殺頭節薬の注入および再吸引
ときにアルベンダゾール
エキノコックス症の治療法は,嚢胞の種類,位置,および大きさと合併症によって異なる。
手術(ときに腹腔鏡下)により,完治しうる。手術中に嚢胞内容物が漏出した場合に起こりうる転移性感染を予防するため,しばしば手術前にアルベンダゾールを投与する。一部の医療機関では,CTガイド下の経皮的吸引を施行した後,殺頭節薬(例,高張食塩水)の注入と再吸引を行う(PAIR[percutaneous aspiration-injection-reaspiration]と呼ばれる)。
単包条虫(E. granulosis)に対しては,アルベンダゾール400mg,経口,1日2回,1~6カ月間の投与(小児では7.5mg/kg,1日2回[最高400mg,1日2回])により30~40%の患者が治癒する。
幼虫を全て除去しない限り,多包条虫(E. multilocularis)感染症患者の予後は不良である。病変の大きさ,位置,および臨床像により可能であれば,手術が適応となる。
上記の用量のアルベンダゾールにより,手術不能な病変の増殖を抑制できる。
少数の患者が肝移植により救命されている。
要点
エキノコックス症は,摂取された条虫の虫卵が孵化し,六鉤幼虫が放出され,これが肝もしくは肺,またより頻度は低いが脳,骨,その他の臓器に移行してシストになることで発生する;ヒトの消化管内に成虫はみられない。
単包条虫のシストは緩徐に(通常何年もかけて),液体で満たされた大きな(最大1L)嚢胞(包虫嚢胞)に発育し,中に多数の感染性原頭節を含む。
感染したイヌ(および他のイヌ科動物)の糞便が,ヒト感染の主な由来である。
肝嚢胞は疼痛のほか,ときに黄疸を引き起こす;肺嚢胞は疼痛,咳嗽,および喀血を引き起こすことがある。
多包条虫は大きな嚢胞は形成しないが,周辺組織に侵入して破壊し,肝不全から死に至ることがある。
嚢胞液の分析および血清学的検査により診断する。
治療法は病原体の種類,嚢胞の大きさおよび位置,ならびに合併症によって異なり,手術,嚢胞の吸引と殺頭節薬の注入,アルベンダゾールによる長期治療などがある。