2021年2月15日
SARSコロナウイルス2の宿主細胞受容体
SARSコロナウイルス2(新型コロナウイルス)の表面は、ウイルスが宿主細胞(感染する細胞)に侵入するのに不可欠な多数のスパイクタンパク質で覆われています。それぞれのスパイクタンパク質は、S1とS2という2つの部分(サブユニット)で構成されています。スパイクタンパク質の先端部分を構成するS1サブユニットには、宿主細胞の受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合する受容体結合ドメイン(RBD)と呼ばれる部分がある一方、スパイクタンパク質の軸の部分を構成するS2サブユニットは、ウイルスが宿主細胞に侵入するために必要になるウイルスと細胞の膜融合に関与します(1)。膜融合が起きるには、II型膜貫通型セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)という酵素によってS1サブユニットとS2サブユニットが切り離される必要があります(1)。
2000年に最初に特定されたACE2は、宿主細胞の表面に発現する酵素で、SARSコロナウイルス2が細胞内に侵入するポイントになります。ACE2は全身の組織に幅広く認められ、特に鼻の鼻腔上皮細胞、肺の肺胞上皮細胞、小腸の腸上皮細胞には豊富に発現しています。ACE2はまた、全身の臓器の血管内皮や、多くの臓器の動脈平滑筋細胞にも発現しています。腎臓では、尿細管の刷子縁と糸球体の足細胞にACE2が発現していますが、内皮細胞には発現していません(2)。ウイルスの受容体であるACE2が全身に広く分布しているという事実から、複数の臓器に影響を及ぼすという新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の特徴を説明することができます。
ACE2は、8つのアミノ酸で構成されるアンジオテンシンII(AngII、血管収縮物質)から7つのアミノ酸で構成されるアンジオテンシン1-7(Ang1-7、血管拡張物質)への加水分解反応を促進することにより、レニン・アンジオテンシン系を制御しています。Ang IIはIL-6などの炎症性サイトカインの生産を促進しますが、Ang1-7にはAng IIのこうした作用を抑える働きもあります。ACE2については、肺、心臓、血管、その他の臓器を保護する働きがあることが示されていて、急性呼吸窮迫症候群の治療法を評価する臨床試験で検討されています。宿主細胞の感染後にその結果としてACE2が枯渇することで、Ang IIの炎症促進作用とそれによる肺などの臓器の損傷が抑制されなくなります(3)。
血管内皮にウイルスが感染すると、内皮細胞傷害に至り、それにより炎症性サイトカインの生産と肺、心臓、肝臓の微小循環障害が誘発されます。その結果として起こる現象の一つが、微小血管血栓症に至る凝固亢進状態であると考えられています。微小血管血栓症が肺で起きれば、酸素交換が障害される可能性があり、静脈内で起きれば、深部静脈血栓症や肺塞栓症に、動脈内で起きれば、虚血性脳梗塞や四肢虚血、心筋梗塞につながる可能性があります(4)。COVID-19の患者では、出血症状がみられることもありますが、これは凝固異常と比べるとはるかに少ない症状です。
COVID-19では宿主細胞の感受性、認められる症状、および発症後の転帰にばらつきがみられますが、SARSコロナウイルス2のスパイクタンパク質の結合部位に起きた遺伝子変異と、さまざまな組織におけるACE2の発現量や発現パターンから、こうしたばらつきを遺伝学的に説明できる可能性があります(5, 6)。また、ACE2の発現量は年齢により異なることが明らかにされています。喘息患者を対象とした研究では、鼻腔上皮におけるACE2の発現量は低年齢(4~9歳)の小児の方が高年齢の小児や10~60歳の人々よりも少ないことが示され、性別と喘息で調整したACE2の発現量は、対象者を高年齢の小児(10~17歳)、若い成人(18~24歳)、25歳以上の成人に分けたとき、この年齢順に高くなるという結果が報告されました(7)。低年齢の小児では成人と比べてACE2の発現量が少ないという事実によって、低年齢の小児においてCOVID-19があまり流行していないこと、臨床的な症状が比較的軽度で済むこと(8)、他者に感染させる頻度が少ないこと(9)を説明できるかもしれません。
参考文献
1. Huang Y Yang C, Xu X-F, et al: Structural and functional properties of SARS-CoV-2 spike protein: potential antiviral drug development for COVID-19. Acta Pharmacologica Sinica 41: 1141-1149, 2020. doi: 10.1038/s41401-020-0485-4 https://www.nature.com/articles/s41401-020-0485-4
2. Su H, Yang M, Wan C, et al: Renal histopathological analysis of 26 postmortem findings of patients with COVID-19 in China. Kidney International 98(1):P219-227, 2020. https://www.kidney-international.org/article/S0085-2538(20)30369-0/fulltext
3. Liu M, Shi P, Sumners C: Direct anti-inflammatory effects of angiotensin-(1-7) on microglia. Journal of Neurochemistry 136:163-171, 2016. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4688174/
4. Lowenstein CJ, Solomon SD: Severe COVID-19 is a microvascular disease. Circulation 142: 1609-1611, 2020. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.120.050354 https://www.ahajournals.org/doi/pdf/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.050354
5. Stawiski E, Diwanji D, Suryamohan K, et al: Human ACE2 receptor polymorphisms predict SARS-CoV-2 susceptibility. [PREPRINT] bioRxiv April 10, 2020 https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.04.07.024752v1
6. Cao Y, Li L, Feng Z, et al: Comparative genetic analysis of the novel coronavirus (2019-nCoV/SARS-CoV-2) receptor ACE2 in different populations. Cell Discovery 6, 11, 2020. February 24, 2020. https://www.nature.com/articles/s41421-020-0147-1
7. Bunyavanich S, Do A, Vicencio A: Nasal gene expression of angiotensin-converting enzyme 2 in children and adults. JAMA 323(23):2427–2429, 2020. doi:10.1001/jama.2020.8707https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2766524
8. Dong Y, Mo X, Hu Y, et al: Epidemiology of COVID-19 among children in China. Pediatrics 145 (6): e20200702, 2020. https://pediatrics.aappublications.org/content/145/6/e20200702
9. Park YJ, Choe YJ, Park O, et al: Contact tracing during coronavirus disease outbreak, South Korea 2020. Emerging Infectious Diseases October 2020 [early release] July 16, 2020. Accessed July 23, 2020. https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/10/20-1315-t2