汚染された食べものを食べたり、感染した動物に触ったり、プールの汚染された水を飲み込んだりして、腸内で大腸菌による感染症が発生します。
腸管の感染症は、ときに重度または出血を伴う下痢や腹痛を引き起こすことがあります。
消化管以外の大腸菌感染症や腸管の感染症の大半は抗菌薬で効果的に治療できますが、特定の菌株の大腸菌によって引き起こされた腸の感染症の治療には抗菌薬は使用されません。
(細菌の概要 細菌の概要 細菌は、顕微鏡でようやく見える程度の単細胞生物です。この地球上で最も初期の段階から存在する生命体の1つです。数千種類の細菌が存在し、世界中のあらゆる環境に生息しています。土壌、海水、地中深くはもちろん、放射性廃棄物の中で生きている細菌すら報告されています。多くの細菌が、宿主に害を与えずに、人間や動物の皮膚、気道、口の中、消化管、尿路や生殖... さらに読む も参照のこと。)
健康な人の消化管には数種類(菌株)の大腸菌 E. coliが常在しています。しかし、一部の菌株の大腸菌 E. coliは、いくつかの遺伝子を獲得したことで感染症を引き起こすようになっています。
大腸菌 E. coliによる最も一般的な感染症は以下のものです。
大腸菌 E. coliは女性の膀胱に起こる感染症の最も一般的な原因です。
大腸菌 E. coliを原因とするその他の感染症には以下のものがあります。
胆嚢の感染症
虫垂炎 虫垂炎 虫垂炎とは、虫垂に感染と炎症が起きた状態です。 しばしば虫垂の内部に閉塞が生じることで虫垂が炎症を起こし、感染症が生じます。 腹痛、吐き気、発熱がよくみられます。 試験開腹、またはCT検査や超音波検査などの画像検査が行われます。 治療では、虫垂の切除手術と感染症治療のための抗菌薬の投与が行われます。 さらに読む や 憩室炎 憩室炎 憩室炎(けいしつえん)は、1つ以上の風船状の袋(憩室)に炎症が起きた状態です。感染することもあれば、感染しないこともあります。 通常、憩室炎は大腸(結腸)に起こります。 左下腹部の痛み、圧痛、発熱が、典型的な症状です。 診断は、CT検査の結果に基づいて下され、憩室炎が治まった後に、大腸内視鏡検査を行います。 憩室炎の症状が軽度の場合は、安静、流動食と、ときに抗菌薬の服用により治療しますが、重度の場合は入院して、抗菌薬を静脈内投与し、とき... さらに読む
の後に発生する感染症
創傷感染症(手術中にできた傷を含む)
大腸菌 E. coliによる消化管外の感染症の多くは、衰弱している患者や医療施設に入院している患者、抗菌薬を投与されている患者に発生します。
また、腸に裂傷などの傷(炎症性腸疾患 炎症性腸疾患(IBD)の概要 炎症性腸疾患とは、腸に炎症が起き、しばしば腹痛と下痢が繰り返し起こる病気です。 炎症性腸疾患としては、主に以下の2種類の病気があります。 クローン病 潰瘍性大腸炎 この2つの病気には多くの共通点があり、ときに判別が難しいことがあります。しかし2つの病気にはいくつかの違いがあります。例えば、クローン病は消化管のほぼすべての部分に起こりうるの... さらに読む などの病気や何らかの損傷によって生じた傷)があると、大腸菌 E. coliが腸の外部で感染症を起こすこともあります。そうした細菌は、ときに腸から周辺の防護されていない組織に広がり、血液中に侵入することもあります。
特定の菌株の大腸菌は、短期間の水様性下痢を引き起こす毒素を作ります。この病気(旅行者下痢症 旅行者下痢症 旅行者下痢症は、上水道の整備が不十分な国や地域へ旅行した人によくみられ、下痢、吐き気、嘔吐を特徴とします。 旅行者下痢症の原因には、細菌、寄生虫、ウイルスがあります。 通常、この病気の原因となる微生物は食べものや水から感染し、特に水道水が十分に処理されていない可能性のある発展途上国で発生します。 吐き気、嘔吐、腹部けいれん、下痢が様々な重症度で起こります。 診断は通常、医師の診察に基づいて下されますが、ときに微生物を調べるための便検査が... さらに読む )は通常、飲料水が十分に浄化されていない地域で汚染された飲食物を摂取した旅行者がかかります。
大腸菌 E. coli O157:H7感染症
特定の菌株の大腸菌 E. coliは毒素を作り出し、大腸に損傷を与え、重度の炎症(大腸炎)を引き起こします。それらの菌株のうち、北米では大腸菌 E. coli O157:H7が最もよくみられますが、そのほかにも100以上の菌株が存在します。これらの菌株は腸管出血性大腸菌 E. coliと総称されることがあります。
通常は、以下の行動をとることでこの菌株に感染します。
汚染された牛ひき肉を十分に加熱調理せず食べたり、無殺菌の牛乳を飲んだりする(最も一般的な原因の1つ)
消化管に細菌を保持する動物をなでたり触ったりする
汚染水で洗った食べもの、または、家畜肥料によって汚染されている食べもの(サラダなど、そのまま食べるもの)を食べる
感染者の便により汚染されたプールで、十分に塩素処理されていない水を飲み込む
衛生状態が十分でないと、大腸菌は人から人に(特におむつを付けている乳児の間で)容易に広がります。
大腸菌 E. coli O157:H7感染症はどの年齢層にも起こりますが、重症感染症は小児と高齢者で最も多くみられます。
症状
大腸菌 E. coliによる症状は、感染症を引き起こしている大腸菌 E. coliの種類と侵された部位により異なります。
旅行者下痢症
旅行者下痢症 旅行者下痢症 旅行者下痢症は、上水道の整備が不十分な国や地域へ旅行した人によくみられ、下痢、吐き気、嘔吐を特徴とします。 旅行者下痢症の原因には、細菌、寄生虫、ウイルスがあります。 通常、この病気の原因となる微生物は食べものや水から感染し、特に水道水が十分に処理されていない可能性のある発展途上国で発生します。 吐き気、嘔吐、腹部けいれん、下痢が様々な重症度で起こります。 診断は通常、医師の診察に基づいて下されますが、ときに微生物を調べるための便検査が... さらに読む を患った人は、腹部けいれんと水様性下痢を起こし、吐き気と嘔吐が生じることもあります。症状は通常は軽度で、3~5日で治まります。
大腸菌 E. coli O157:H7
大腸菌 E. coli O157:H7などの腸管出血性大腸菌 E. coliによる感染症は、典型的な腹部の強いけいれん痛と水様性の 下痢 成人の下痢 下痢は、便の量や水分、排便回数が増加することです。( 小児の下痢も参照のこと。) 排便回数が多いだけでは、下痢を決定づける特徴とはいえません。正常な状態で1日に3~5回排便する人もいます。野菜に含まれる食物繊維をたくさん食べる人は、1日に約500グラム以上の便を排泄することがありますが、この場合の便はよく固まっていて、水様便ではありません。下痢になると腸内ガス、腹部けいれん、便意の切迫を伴うことが多く、下痢が感染性微生物や有害物質によっ... さらに読む で始まり、24時間以内に便に血液が混じることがあります。(この病態は出血性大腸炎と呼ばれることもあります。)通常、1日のうちに何度も重度の腹痛と下痢が起こります。また、しばしば便意を感じながら排便できないことがあります。ほとんどの人では発熱はみられません。
感染は容易に広がるため、感染者を入院させ、隔離する必要があります。
下痢は85%の患者で自然に治まり、特に問題が起きなければ、通常は1~8日のうちに消失します。ただし、大腸菌 E. coli O157:H7感染症は非常に重症であることが多く、下痢が軽快するにつれて重篤な問題(溶血性尿毒症症候群など)をもたらす可能性があります。
溶血性尿毒症症候群 溶血性尿毒症症候群(HUS) 溶血性尿毒症症候群(HUS)は、全身に小さな血栓ができて、脳、心臓、腎臓などの重要臓器への血液の流れを妨げる重篤な病気で、通常は小児に発生します。 症状は血栓ができた場所に関係します。 診断は症状と血液検査に基づいて行います。 溶血性尿毒症症候群の治療では、重要な身体機能の補助と場合により血液透析を行うことがあり、一部の患者ではエクリズマブという薬が有益になる場合もあります。... さらに読む は、症状が始まって1週間ほどが経過した後に約5~10%の人(主に5歳未満の小児と60歳以上の成人)で発生する合併症です。この症候群では、赤血球が破壊され(溶血)、 腎不全 腎不全の概要 腎不全とは、血液をろ過して老廃物を取り除く腎臓の機能が十分に働かなくなった状態のことです。 腎不全の原因としては、様々なものが考えられます。腎機能が急激に低下する場合( 急性腎障害、急性腎不全とも呼ばれます)もあれば、ゆっくりと低下していく場合( 慢性腎臓病、慢性腎不全とも呼ばれます)もあります。腎不全になると、腎臓は血液をろ過して老廃物... さらに読む が起き、血液中に有害物質が蓄積します(尿毒症)。この合併症は、小児における慢性腎臓病の一般的な原因の1つになっています。
溶血性尿毒症症候群を発症しているかどうかにかかわらず、大腸菌 E. coli O157:H7感染症は死に至ることがあり、特に高齢者ではリスクが高まります。
診断
感染組織のサンプルの培養検査
血液、便、ときに尿などの感染物質のサンプルを採取し、検査室で細菌を増殖させる検査(培養検査)を行います。サンプル中でこの細菌が特定されれば、診断が確定されます。
大腸菌 E. coli O157:H7が疑われる場合、医師は便検査を行い、細菌が作り出す志賀毒素を調べます。この検査はすぐに結果が出ます。
細菌が特定されたら、その菌に効果を示す抗菌薬を調べる検査(感受性試験 微生物の抗菌薬に対する感受性試験 感染症は、 細菌、 ウイルス、 真菌、 寄生虫などの 微生物によって引き起こされます。 医師は、患者の症状や身体診察の結果、危険因子に基づいて感染症を疑います。まず、患者がかかっている病気が感染症であり、他の種類の病気ではないことを確認します。例えば、せきが出て、呼吸が苦しいと訴える人は、肺炎(肺の感染症)の可能性があります。また、喘息や... さらに読む )を行うことがあります。
大腸菌 E. coli O157:H7が検出された場合は、溶血性尿毒症症候群の有無を調べるために頻繁に血液検査を行う必要があります。
予防
大腸菌 E. coli O157:H7感染症を予防するには、以下のことを行います。
無殺菌の牛乳や無殺菌の牛乳から作られた乳製品の摂取を控える
肉は完全に加熱する
トイレの使用、おむつの交換、動物または動物がいる環境との接触後、そして食事の準備または食事の前後には、石けんでよく手を洗う
湖、池、河川、またはプールで泳いだり遊んだりするときに水を飲み込まない
米国では、食肉加工法の改良が大腸菌による食肉汚染の発生率低下に役立っています。
託児所での感染の蔓延を防ぐため、スタッフは、感染していることが分かっている子どもたちをグループにすることがあります。あるいは、感染した子どもの復帰を許可する前に、感染がなくなったこと(2回の便培養で結果が陰性であること)の証明を求めることがあります。
治療
感染症の種類に応じた各種の治療
旅行者下痢症にはロペラミドとときに抗菌薬
大腸菌 E. coli O157:H7による下痢には輸液
他の多くの感染症には抗菌薬
大腸菌(E. coli)感染症の治療法は以下の要因に応じて異なります。
感染症の発生部位
重症度
原因となっている大腸菌 E. coliの種類
例えば、感染症によって膿瘍が発生した場合は、手術で膿を排出します。
旅行者下痢症
旅行者下痢症の人は水分を十分に摂取するべきです。
腸内の食べものの移動を遅らせ、下痢を緩和するためにロペラミドが使用されます。この薬は、発熱や血便のある人、また2歳未満の小児には使用されません。
中等度から重度の下痢には、症状をより早く止めるために、通常は抗菌薬(アジスロマイシン、シプロフロキサシン、リファキシミンなど)が使用されます。次サリチル酸ビスマスも効果的な場合があります。下痢が軽度であれば、抗菌薬は通常不要です。
下痢が発熱を伴っているか血便が出ている場合は、医師の診察を受ける必要があります。
大腸菌 E. coli O157:H7による下痢
大腸菌 E. coliO157:H7による下痢では、多くの患者で塩分を含んだ溶液を静脈内に投与(輸液)する必要があります。
この感染症に対しては、ロペラミドや抗菌薬は処方されません。抗菌薬が下痢を悪化させることで、溶血性尿毒症症候群のリスクが増すためです。
溶血性尿毒症症候群が生じた場合、患者を集中治療室に搬送し、必要に応じて 血液透析 血液透析 透析とは、体内の老廃物や過剰な水分を機械的に取り除く処置のことで、腎臓が十分な機能を果たさなくなったときに必要になります。 透析が必要になる理由はいくつかありますが、最も多いのは、腎臓が血液から老廃物を十分にろ過できなくなること(腎不全)です。腎臓の機能は急速に低下することもあれば(... さらに読む を行います。
その他の大腸菌( E. coli )感染症
大腸菌 E. coliによる感染症としては、ほかにも膀胱や他の 尿路感染症 尿路感染症(UTI)の概要 健康な人では、膀胱の中にある尿は無菌(細菌などの感染性の微生物が存在しない状態)です。尿が膀胱から体外へと排出されるまでの通路(尿道)にも、感染症を引き起こす細菌はほとんど存在していません。しかし、尿路のどの部分にも感染が起こる可能性はあり、尿路で発生した感染症は尿路感染症(UTI)と呼ばれています。... さらに読む など多くのものがありますが、それらの治療にはトリメトプリム/スルファメトキサゾール、ニトロフラントイン、フルオロキノロン系などの抗菌薬が使用されます。しかし、多くの細菌(特に医療施設で感染したもの)が、一部の抗菌薬に対する耐性をもっています。抗菌薬が効果的に作用する可能性を高めるために、効果的な抗菌薬の種類が試験で確認できるまで、複数の抗菌薬を同時に使用する場合もあります。医師は試験の結果を見て、必要に応じて投与する抗菌薬を変更します。
より重篤な感染症に対しては、様々な細菌に対して効果的な抗菌薬(広域抗菌薬)を使用します。
さらなる情報
米国疾病予防管理センター:大腸菌(Centers for Disease Control and Prevention: E. coli)