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汚染されたものから口に寄生虫の虫卵が入ったり、汚染された食べものを食べたりすることで感染が起こります。
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たいていの場合、この感染症による症状は、ほとんどまたは一切みられません。
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妊娠中に感染した女性では、寄生虫が胎児に移動し、流産や死産、または新生児の重篤な障害につながることがあります。
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一般的には免疫機能が低下している人にのみ重度の症状が生じ、その場合、通常の原因は脳の炎症(脳炎)で、体の片側の筋力低下や錯乱、昏睡が生じることがあります。
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免疫機能が低下している人では、頻度は低いものの、他の臓器が侵されることもあります。
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この感染症の診断は通常、寄生虫に対する抗体を検出する血液検査を行うことで下されます。
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肉類を十分に加熱調理するか冷凍し、生の肉、土、ネコのトイレを触った後には十分手を洗うようにすると、感染拡大の予防に役立ちます。
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ほとんどの健康な患者では治療は不要ですが、症状が現れた成人と感染している新生児や乳児には、ピリメタミンとスルファジアジンに加えてロイコボリンが投与されます。
(寄生虫感染症の概要も参照のこと。)
トキソプラズマ原虫 Toxoplasma gondiiは世界中のネコのいる地域に存在します。この寄生虫は人間だけでなく多くの種類の動物に感染します。米国では多くの人が感染していますが、症状が出る人はほとんどいません。重度の感染症は通常、胎児か、エイズ、がん、または免疫抑制薬(免疫系の機能を抑える薬)の使用(特に臓器移植後の拒絶反応を抑えるための使用)によって免疫機能が低下している人にのみ起こります。
この寄生虫は様々な動物の組織で成長しますが、虫卵であるオーシストが産みつけられるのはネコの腸の内皮細胞だけです。虫卵はネコの糞とともに排出され、1~5日後には感染を起こせるようになります。土壌中の虫卵は数カ月にわたり感染能力を有します。野鳥、げっ歯類、シカや多くの家畜(特にブタとヒツジ)が、ネコの糞に汚染された餌や土に含まれている虫卵を食べることがあります。この虫卵は、タキゾイトと呼ばれる形態の寄生虫を放出します。タキゾイトは動物の組織に広がり、やがてシストを形成します。
トキソプラズマ原虫 Toxoplasma gondii のライフサイクル
トキソプラズマ Toxoplasma の感染経路
妊娠中のトキソプラズマ症
免疫機能が低下している人のトキソプラズマ症
免疫機能が低下している人、特にエイズまたはがんの患者や、臓器移植後の拒絶反応を抑える薬を使用している人は、トキソプラズマ症を発症するリスクが高くなります。過去に感染したことがある人では、免疫機能を低下させる病気が発生したときや免疫系の働きを抑制する薬(免疫抑制薬)を使用したときに、感染症が再活性化することがあります。
感染が再活性化した場合は症状が現れます。初回の感染では、多くの場合、症状はみられません。感染症が再活性化すると、通常は脳が侵されますが、眼や全身に広がる(播種[はしゅ]される)こともあります。
免疫機能が低下している人では、トキソプラズマ症は非常に重篤な病気で、治療しなければ死に至ることもあります。
症状
免疫機能が正常な人の大半では、トキソプラズマ症の症状はほとんどみられず、完全に回復します。しかし、このような人の約10~20%では、痛みのないリンパ節の腫れがみられます。さらに少数では、間欠的な微熱、漠然とした体調不良、筋肉痛、ときにのどの痛みがみられることがあります。こうした症状は自然に、通常は数週間以内に消失します。
先天性トキソプラズマ症
免疫機能が低下している人の症状
診断
トキソプラズマ症の診断は通常、寄生虫に対する抗体を検出する血液検査の結果に基づいて下されます。(抗体とは、寄生虫などによる攻撃から体を守るために免疫系が作り出すタンパクです。)血液検査は、新たに生じた感染症の診断に用いられます。
ときに、血液または腰椎穿刺によって採取される髄液(脳と脊髄の周囲を流れている体液)のサンプルを用いて、寄生虫の遺伝物質(DNA)を確認する検査が行われることもあります。
免疫機能が低下しているもののトキソプラズマ症の症状はみられない人に、血液検査が行われることがあります。この検査は、免疫系がさらに弱まった場合に再活性化する可能性がある過去の感染の証拠がないか探すために行います。しかし、エイズによって免疫系の機能に障害がある場合には、血液検査で実際に存在している感染が検出されない(偽陰性の結果がでる)ことがあります。
患者が眼の問題を訴えている場合、医師は眼を調べて、トキソプラズマ症に典型的な損傷がないか確認し、血液検査を行い、寄生虫に対する抗体がないか調べます。
胎児が感染しているかどうかを確認するには、胎児の周囲を満たしている液体(羊水)を採取します(羊水穿刺と呼ばれる処置)。この液体の中に、寄生虫に対する抗体や寄生虫の遺伝物質がないかを調べる検査が行われます。妊娠中または胎児もしくは新生児のトキソプラズマ症の診断は難しいため、医師はしばしば専門医に相談します。
脳のトキソプラズマ症が疑われる場合、頭部のCT検査やMRI検査が行われ、通常はその後、腰椎穿刺によって検査用の髄液のサンプルが採取されます。比較的まれですが、寄生虫を特定するために感染した脳の組織を採取し、顕微鏡で調べること(生検)もあります。
予防
妊婦はネコとの接触を避けるべきです。接触が避けられない場合は、せめてネコのトイレ掃除をしないか、手袋を着用して掃除するようにします。
肉類は74~77℃以上の温度で十分に加熱調理し、生の肉、土、ネコのトイレを触った後は十分に手を洗います。
臓器移植のドナーになる人は、移植臓器を介して寄生虫感染が起こらないように検査を受ける必要があります。
免疫機能を低下させるエイズなどの病気の患者には、トキソプラズマ症の再活性化を予防するためにトリメトプリム-スルファメトキサゾール(抗菌薬)を用いることがあります。この薬を使用できない患者には、ピリメタミン(マラリアの治療薬)とスルファジアジンまたはクリンダマイシン(抗菌薬)を併用します。別の選択肢としては、アトバコン(抗原虫薬)の単独投与やピリメタミンとの併用、ジアフェニルスルホンとピリメタミンの併用などがあります。ピリメタミンは骨髄での血球の生産を減少させることがあるため、ロイコボリン(ホリナートとも呼ばれる)を併用することで、この副作用を予防します。
エイズ患者には、抗レトロウイルス薬も投与します。この薬は、患者の免疫系を強化して、トキソプラズマ症が再活性化するリスクを低下させます。
治療
免疫機能が正常で症状がみられない大半の感染者では、治療は不要です。
症状がみられる人には、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンを併用した治療が行われます。ロイコボリンは、ピリメタミンの副作用である骨髄での血球生産の減少を予防するために投与されます。ピリメタミンが入手できない場合は、トリメトプリム-スルファメトキサゾールで代用できます。スルファジアジンを使用できない場合は、代わりにクリンダマイシンまたはアトバコンが使用されます。
免疫機能が正常なら、治療期間は通常、数週間になります。
免疫機能を低下させるエイズなどの病気の患者にも同じ薬が投与されますが、投与期間はより長く(通常は6週間)、免疫系の機能が改善するまで投与が続けられます。
エイズ患者ではトキソプラズマ症が再発しやすいため、免疫系の機能に改善がみられ(CD4陽性細胞数が増加し)症状が治まらない限り、トキソプラズマ症を抑制する薬が無期限に投与されます。医師は、最も効果的な抗レトロウイルス薬を使用するようにします。
眼の感染症がある人には、ピリメタミンとスルファジアジン(またはクリンダマイシン)にロイコボリンを組み合わせて使用することがあります。通常は、炎症を抑える目的で、同時にプレドニゾン(日本ではプレドニゾロン)などのコルチコステロイドが投与されます。
妊婦がトキソプラズマ症にかかった場合は、妊娠中にトキソプラズマ症の専門医の診察を受ける必要があります。薬の選択は複雑で、妊婦が感染症にかかった時期(第1、第2、第3トリメスター[訳注:それぞれ日本の妊娠初期、中期、後期にほぼ相当]のいずれか)と胎児にも感染しているかどうかによって異なります。ピリメタミンは先天異常を引き起こす可能性があるため、第1トリメスター(訳注:日本の妊娠初期にほぼ相当)の間は使用されません。トキソプラズマ症が母親から胎児に感染するのを予防するため、第1トリメスター(訳注:日本の妊娠初期にほぼ相当)にスピラマイシン(抗菌薬)が使用されることがあります。スピラマイシンは米国では市販されていませんが、医師は米国食品医薬品局(FDA)から入手できます。
誕生前に感染した新生児には、出生後の1年間にわたって、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンを投与します。