統合失調症は世界中で健康上の大きな問題となっています。自立した生活を確立していく年代の若年者に発症するのが典型的で、日常生活への支障とそれに伴う偏見が生涯続く可能性があります。患者の人生に及ぼす影響と経済的な損失からみて、統合失調症は人類を苦しめている最悪の病気の1つとされています。
統合失調症は、世界的に人々の日常生活に支障をきたす主要な原因の1つとなっており、人口の約1%が発症します。統合失調症の発生率に男女差はありません。米国では、統合失調症は社会保障制度上の障害日数の約5分の1を、また医療費全体の2.5%を占めています。統合失調症は、アルツハイマー病や多発性硬化症より多くみられる病気です。
統合失調症は、症状があまり知られておらず、治療の開始が年単位で遅れる場合もがあるため、発症時期の特定が難しい場合がよくあります。平均発症年齢は、男性では20代前半から半ば、女性ではそれよりやや後の年齢です。統合失調症が小児期に発症することはまれですが({blank} 小児と青年における統合失調症)、青年期以降になると発症がみられるようになります。
社会的機能の低下は、物質乱用、貧困、路上生活の原因になります。治療を受けない統合失調症患者が家族や友人との接触を失って、大都市で路上生活を送っている場合もよくあります。
統合失調症の原因
統合失調症の正確な原因は不明ですが、最新の研究では、遺伝的な要因と環境的な要因が組み合わさって発症することが示唆されています。しかし、根本的には生物学的な問題(脳の変化が関わる)であり、不良な養育環境や精神衛生上不健全な環境での成長が原因で起こる精神障害ではありません。
統合失調症を発症しやすくなる要因としては、以下のものがあります。
一般の人々での発生リスクが1%であるのに対し、統合失調症の親や兄弟姉妹をもつ人では、発生リスクが約10%となります。一卵性双生児の1人が統合失調症の場合、もう1人の発生リスクは約50%になります。これらの統計データから、この病気には遺伝的な要因が関わっていることが示唆されます。
統合失調症の症状
統合失調症は、突然発症する場合もあれば、数日から数週間かけて発症する場合もあり、また何年かけて徐々に発症していく場合もあります。統合失調症による症状の重症度と種類は患者毎に異なりますが、通常は仕事、対人関係、身の回りの管理に関する能力に支障をきたすほどの重い症状が現れます。
しかし、ときに最初に軽い症状がみられる場合があります(前駆症状と呼ばれます)。引きこもり、支離滅裂、疑い深いなどの印象があるだけの場合もあります。医師がそれらの症状を統合失調症の始まりと認識できる場合もありますが、ときに後になって初めてそれと判明する場合もあります。
統合失調症は精神病症状を特徴とする病気ですが、そのような症状としては、妄想、幻覚、支離滅裂な思考や発言、奇妙な行動や不適切な行動などがあります。精神病症状には、現実との接触の喪失がみられます。
統合失調症の人の一部では、精神(認知)機能の低下がみられ、ときに発症後ごく早期からみられます。こうした認知障害により、注意を払うことや、抽象的な思考、問題解決などに支障をきたします。統合失調症患者における全般的日常生活障害の程度は、大部分が認知障害の重症度によって決まります。統合失調症患者の多くは職についておらず、家族や他者との接触はまったくないか、ほとんどありません。
失業や失恋などストレスになるライフイベントが引き金となって、症状が現れたり、悪化したりすることがあります。マリファナなどの薬物使用も、発症の引き金や症状悪化の原因になることがあります。
全体として、統合失調症の症状は大きく4つに分類されます。
一部の種類の症状だけがみられる場合もあれば、すべての種類の症状がみられる場合もあります。
陽性症状
陽性症状は、正常な精神機能が過度に高まったり、歪みが生じたりしたものです。具体的には以下のものがあります。
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妄想は、通常は知覚や体験の間違った解釈を伴う誤った思い込みです。また、明らかに矛盾する証拠があっても、患者はその思い込みを捨てようとしません。妄想には多くの種類があります。例えば、統合失調症では、困らされている、後をつけられている、だまされている、見張られているなどの被害妄想が起こることがあります。関係妄想といって、本、新聞、歌詞などの1節が明確に自分に向けられていると思い込むこともあります。他者に自分の心が読まれている、自分の思考が人に伝わっている、外部の力によって思考や衝動が自分の中に吹き込まれているなどと思い込む思考奪取や思考吹入という妄想もあります。統合失調症で生じる妄想は奇妙なものもあれば、そうでないものもあります。奇妙な妄想は明らかに信じがたい内容で、普通の人生経験から生じるものではありません。例えば、誰かに傷あとを残さずに内臓を抜き取られたと信じているなどです。奇妙でない妄想は、後をつけられている、配偶者やパートナーに裏切られるなど、現実にも起こりうる内容のものです。
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幻覚は他の誰も経験しないものを聞いたり、見たり、味わったり、身体的に感じたりすることです。圧倒的に多いのは音の幻覚(幻聴)です。自分の行動に関して意見を述べたり、互いに会話したり、批判的、侮辱的なことを言う声が頭の中で聞こえたりすることがあります。
陰性症状
解体症状
認知障害
自殺
統合失調症患者の約5~6%が自殺し、約20%が自殺を試み、さらに多くの患者が自殺を真剣に考えます。自殺は統合失調症患者における若年死の主因であり、統合失調症患者の平均余命が一般の人より10年短いことの主な理由の1つです。
統合失調症の若い男性では自殺のリスクが高く、物質乱用もみられる場合には特に高くなります。抑うつ症状や絶望感を抱えている人、失業している人、精神病症状が現れたばかり、または病院から退院したばかりの人でもリスクは高まります。
自殺のリスクは、人生の後半になって統合失調症を発症した人や、発症するまで支障なく日常生活を送れていた人で最も高くなります。そのような人は、発症後も悲嘆や苦悩を感じる能力が維持されていますので、自身の病気がもたらす影響を認識できるため、自暴自棄になる可能性が高くなるのです。一方で、そのような人たちは、回復の見込みが最も大きい人々でもあります。
暴力
統合失調症の診断
統合失調症の診断に決め手となる検査はありません。診断は、病歴と症状の総合的な評価に基づいて下されます。
以下の条件の両方に該当する場合、統合失調症と診断されます。
家族、友人、教師などからの情報が、しばしば発症時期を特定するのに重要となります。
臨床検査を行って、精神病の症状を引き起こす可能性のある、物質乱用の有無や内科疾患、神経疾患、内分泌系の病気などが基礎にないかどうかを調べます。そのような病気の例として、脳腫瘍、側頭葉てんかん、甲状腺疾患、自己免疫疾患、ハンチントン病、肝疾患、薬の副作用などがあります。薬物乱用を調べる検査を行う場合もあります。
脳腫瘍の可能性を否定するために、CT検査やMRI検査など、脳の画像検査を行うこともあります。統合失調症の人の脳には、CTまたはMRI検査で検出できる異常が生じていることがありますが、その異常は、統合失調症の診断に役立つほど特徴的なものではありません。
予後(経過の見通し)
治療の開始が早いほど、治療の結果はよくなります。
統合失調症の予後は、主に患者が薬物療法の指示をきちんと守るかどうかにかかっています。薬物療法を行わない場合、70~80%の患者で診断から1年以内に症状が再発します。薬を継続的に服用すれば、再発率は約30%に下がり、大半の人では重症度が大幅に軽減します。退院後は、処方された薬を服用しない人では、1年以内に再入院する可能性が非常に高くなります。指示通りに服用すれば、再入院の可能性は大幅に低くなります。
このように、薬物療法の有効性が証明されているにもかかわらず、統合失調症の人の半数が処方された薬を服用しません。自分が病気であるという認識がないため服薬を拒む人や、不快な副作用が原因で服薬を中止してしまう人もいます。記憶の問題、解体症状、あるいは単に経済的理由から薬の服用をやめてしまうケースもあります。
服薬の妨げとなっている問題を取り除くことで、患者が薬物療法の指示に従う可能性が高まります。薬の副作用が主な問題となっている場合は、別の薬に替えることが有用です。医師や他の療法家との間に一貫した信頼関係ができると、自己の病気を受け入れやすくなり、薬物治療に従う必要性を認識するようになる患者もいます。
長期的にみた経過の見通し(予後)は様々ですが、おおむね以下のようになっています。
統合失調症を発症する前と同じように日常生活を送れるようになる人は、統合失調症患者全体の約15%だけです。
予後(経過の見込み)が良好になる要因としては、以下のものがあります。
予後(経過の見込み)が不良になる要因としては、以下のものがあります。
男性は女性より予後が不良です。女性は抗精神病薬による治療が効きやすいです。
統合失調症の治療
一般に、統合失調症の治療では以下を目標とします。
治療の開始が早いほど、治療の結果はよくなります。
抗精神病薬、リハビリテーションと地域支援活動、および精神療法が治療の中心になります。家族に統合失調症の症状と治療について指導すること(家族に対する心理教育)が、家族の支えになると同時に、医療従事者が統合失調症患者とのコンタクトを維持するのに役立ちます。
抗精神病薬
妄想、幻覚、支離滅裂な思考などの症状を軽減または消失させるのには、抗精神病薬が有効です。急性の症状が治まってからは、抗精神病薬を継続的に使用することで、再発の可能性をかなり抑えることができます。しかし、抗精神病薬には、眠気、筋肉のこわばり、振戦(ふるえ)、体重増加、不穏など、重大な副作用があります。比較的新しい(第2世代)抗精神病薬は、筋肉のこわばりや振戦を引き起こす可能性が低く、最もよく処方されています。
また、遅発性ジスキネジアという(唇や舌をすぼめる、腕や脚をねじるなどの動作を主な特徴とする)不随意運動障害が生じる可能性もあります。遅発性ジスキネジアは薬の使用を中止しても治らないことがあり、遅発性ジスキネジアが長引く場合、効果的な治療法はありませんが、クロザピンやクエチアピンという薬で症状をわずかに軽減できる場合があります。抗精神病薬を長期間服用しなければならない人には、遅発性ジスキネジアの症状が現れていないか確認するために6カ月毎に評価を行います。
まれながら死に至ることのある抗精神病薬の副作用に、神経遮断薬による悪性症候群があります。この症候群は、筋肉の硬直、発熱、高血圧、精神機能の変化(錯乱、嗜眠など)を特徴とします。
抗精神病薬は以下の2種類に分けられます。
第2世代抗精神病薬の一部は、従来のものより副作用が少なくなっています。それらの薬による遅発性ジスキネジア、筋肉のこわばり、振戦(ふるえ)のリスクは、従来型抗精神病薬のそれより大幅に低くなっています。しかし、これらの薬の一部はかなりの体重増加を引き起こすとみられています。また、メタボリックシンドロームの発生リスクを高めるものもあります。メタボリックシンドロームでは、腹部に脂肪が蓄積し、中性脂肪(脂肪の一種)の血中濃度が上昇し、高比重リポタンパクコレステロール(HDL、「善玉」コレステロール)が減少し、血圧が上昇します。さらに、 インスリンの作用が弱くなり( インスリン抵抗性)、2型糖尿病の発生リスクが高まります。
第2世代抗精神病薬は、陽性症状(幻覚など)、陰性症状(感情喪失など)、および認知障害(精神機能の低下、注意持続時間の短縮など)を軽減します。しかし、従来の抗精神病薬と比べて、症状を軽減する効果がより高いかどうかや、副作用が少ないからといって処方どおりに服用される可能性が高いかどうかは、明らかではありません。
クロザピンは、最初に開発された第2世代抗精神病薬であり、他の抗精神病薬が効かなかった患者の最大半数に効果があります。ただし、けいれん発作や死に至ることもある骨髄機能(血球の生産など)の抑制といった、重篤な副作用を引き起こすことがあります。このような理由から、クロザピンは他の抗精神病薬が効かなかった患者にのみ使用されるのが通常となっています。クロザピンの使用に際しては、少なくとも最初の6カ月間にわたり白血球数を毎週測定する必要があり、白血球の減少を示す徴候が少しでもみられれば、直ちに服用を中止します。
抗精神病薬
薬剤 |
主な副作用 |
備考 |
従来の抗精神病薬 |
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クロルプロマジン フルフェナジン ハロペリドール ロキサピン(loxapine) モリンドン ペルフェナジン ピモジド チオリダジン(訳注:日本では販売中止) チオチキセン トリフロペラジン |
口腔乾燥 かすみ目 けいれん発作 心拍数の上昇(頻脈)と血圧の低下 便秘 突然発生して、消失することの多い振戦と筋肉のこわばり(ときに硬直に進行する) 顔や腕の不随意運動(遅発性ジスキネジア) 筋肉の硬直、発熱、高血圧、精神機能の変化(神経遮断薬による悪性症候群) |
高齢者、平衡感覚に異常のある人、重篤な身体的病気がある人では、副作用が起こる可能性がはるかに高くなる。 ハロペリドールとフルフェナジンには、作用時間の長い注射薬もある。 チオリダジン(訳注:日本では販売中止)の服用中は眼の診察と心電図検査の実施が推奨される。 |
新しい抗精神病薬 |
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アリピプラゾール アセナピン ブレクスピプラゾール カリプラジン クロザピン イロペリドン(iloperidone) ルラシドン オランザピン パリペリドン クエチアピン リスペリドン ジプラシドン |
眠気、体重増加(最も多い)、かなり強いこともある ほかに考えられるものとして、腹部への脂肪の蓄積、血中コレステロール値の異常、高血圧、インスリンの作用に対する抵抗性(メタボリックシンドローム) |
新しい抗精神病薬は、振戦(ふるえ)、筋肉のこわばり、不随意運動(遅発性ジスキネジアなど)、神経遮断薬による悪性症候群などの副作用は少ないが、起こる可能性はある。 アリピプラゾール、オランザピン、リスペリドンには、作用時間の長い注射薬もある。 クロザピンは、骨髄抑制、白血球数の減少、けいれん発作を引き起こす可能性があるため、あまり使用されない。しかし、他の薬が効かない患者にはしばしば有効となる。 体重増加を引き起こす可能性は、クロザピンとオランザピンで最も高く、アリピプラゾールで最も低い。 ジプラシドンは体重増加を引き起こさないが、心電図に異常を生じることがある。 アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール、カリプラジン、ジプラシドンは、メタボリックシンドロームを引き起こす可能性が低い。 |
リハビリテーションプログラムと地域支援活動
職場訓練などのリハビリテーションと支援プログラムは、医療施設内ではなく、社会の中で患者が生きて行くために必要な技能を教えることを目的として行われます。それらの技能が身につけば、統合失調症の人も仕事、買い物、身の回りの管理、家事などができるようになり、人間関係も改善されます。
地域支援サービスでは、統合失調症の人ができる限り自力で生活できるようにするためのサービスが提供されます。このようなサービスとしては、スタッフが常駐して患者が薬を処方通り服用しているか確認したり、金銭面で支援を行ったりすることのできる、監督者付きの共同住宅やグループホームがあります。あるいは、スタッフが患者の自宅を定期的に訪問する場合もあります。
重度の再発を起こした場合は入院が必要になり、特に自傷・他害行為のおそれがあれば強制入院になることもあります。しかし、一般的な目標は患者を社会復帰させることです。
一部の統合失調症患者は、重い症状が長期間持続することから、あるいは薬物療法で効果が得られないために、自立した生活を送ることができません。そのような場合は、支援体制が整った安全な施設でのフルタイムのケアが必要です。
全米精神障害者家族会連合会(National Alliance on Mental Illness)などの支援団体が、しばしば家族の助けになります。
精神療法(心理療法)
一般に、精神療法で統合失調症の症状が軽減することはありません。しかし、精神療法は統合失調症患者と家族と医師の間に協力関係を築く上で役に立つ可能性があります。こうした関係の中で、患者は自分の病気のことを理解して対処し、処方通りに抗精神病薬を服用し、病状を悪化させる可能性があるストレスに対処する方法を学びます。医師と患者の間に良好な関係が築けるかどうかが、しばしば治療成功の鍵となります。
統合失調症の人が家族と一緒に生活する場合は、本人とその家族を対象として心理教育が勧められることがあります。これは、本人とその家族に、この病気に関する情報や病気に対する対処方法(例えば、対処技能を指導することなど)に関する情報を提供するための訓練です。この訓練は再発の予防に役立ちます。