ハンチントン病では、動作を滑らかにして協調させる働きのある脳領域に変性が生じます。
動作がぎこちなくなって協調運動が難しくなり、自制や記憶などの精神機能が低下します。
診断は症状および家族歴と脳の画像検査および遺伝子検査の結果に基づいて下されます。
薬剤によって症状を軽減できますが、病気は進行性であり、最終的には死に至ります。
(運動障害の概要 運動障害の概要 手を上げたりほほ笑んだりといった、体のあらゆる動作には、中枢神経系(脳と脊髄)と神経と筋肉の複雑な相互作用が関わっています。このいずれに損傷や機能不全が起こっても、運動障害の原因になります。 損傷や機能不全の性質と発生部位に応じて、次のような様々な運動障害が起こります。 随意(意図的な)運動を制御する脳領域や、脳と脊髄の接合部の損傷:随意... さらに読む も参照のこと。)
ハンチントン病は10万人に1~10人の割合で発生します。患者の数は、世界の地域によって異なります。男女差はありません。
ハンチントン病の遺伝子は 優性遺伝 性染色体を介さない(常染色体)遺伝 遺伝子とは、DNA(デオキシリボ核酸)のうち、細胞の種類に応じて機能する特定のタンパク質の設計情報が記録された領域のことです。 染色体は非常に長いDNA鎖からできており、そこには多く(数百~数千)の 遺伝子があります。特定の細胞(例えば、精子と卵子)を除き、人間の正常な細胞には23対の染色体があります。22対の常染色体と1対の性染色体があり、合わせて46本の染色体があります。通常、それぞれの対を構成する染色体は、片方を母親から、もう片方... さらに読む します。つまり、両親のどちらかから異常な遺伝子を1つ受け継ぐだけで、この病気を発症するということです。そのため、ハンチントン病がある人の子どもは50%の確率で発症します。
ハンチントン病の原因は、尾状核と被殻と呼ばれる大脳基底核の一部で徐々に起こる変性です。大脳基底核は、脳の奥深く、大脳の基底部にある神経細胞の集まりです。大脳基底核には、筋肉の動きを滑らかにして調整する働きがあります。
大脳基底核の位置
大脳基底核は、脳の奥深くにある神経細胞の集まりです。以下のものが含まれます。
大脳基底核には、筋肉の動きを滑らかにして、不随意運動を抑制し、姿勢の変化を調整する機能があります。 ![]() |
症状
ハンチントン病は通常、かすかな症状で始まります。発症年齢は一般に35~40歳ですが、成人前に発症することもあります。
ハンチントン病の初期には、顔面、体幹、四肢が意図せず急速に動くことがあります。初めは、こうした異常な不随意運動を意図的な動作の中に組み込むことができるため、異常な動きはほとんど気づかれません。しかし、時間が経つにつれ、動きが顕著になります。
筋肉が短く急速に収縮し、腕や別の部位が突然ビクッと(ときに何回か続けて)動くことがあります。
操り人形のように、軽く弾むような、あるいは過剰にはつらつとした歩行がみられます。しかめ面をする、腕や脚が弾むように動く、まばたきが頻繁になるなどの症状も現れます。協調運動が難しくなり、動作が遅くなります。最終的には全身に影響が及び、歩く、静かに座っている、食べる、話す、飲み込む、服を着るなどの動作が極めて困難になります。
多くの場合、異常な動きの発生前または発生と同時期に精神的な変化が生じますが、最初は目立ちません。徐々にいらだち、興奮、動揺が生じやすくなります。普段行っていた活動への興味が失われることもあります。衝動を抑えられない、怒りっぽい、発作的に落胆する、分別がなくなるなどの症状もみられます。
ハンチントン病が進行すると行動が無責任になり、しばしばあてもなく徘徊するようになります。数年経過すると、記憶が障害され合理的な思考ができなくなります。重度の抑うつが生じて自殺を試みることもあります。
病気が進行すると、重度の認知症が生じ、寝たきりになります。24時間の介助か介護施設への入所が必要になります。多くの人は発症してから13~15年後に亡くなります。
診断
医師による評価と遺伝子検査による確定
CTまたはMRI検査
初期のハンチントン病は、症状がわずかで気づかれにくいことがあります。ハンチントン病は、症状と家族歴に基づいて疑われることがあります。精神的な問題がある人や、神経疾患(パーキンソン病 パーキンソン病 脳は、何百万もの神経細胞を含む灰白質と白質から構成されています。これらの細胞(ニューロン)は、神経伝達物質という化学信号を放出することによって情報のやりとりをしています。ニューロンが刺激されると、ニューロンから神経伝達物質が放出され、それがシナプスと呼ばれる隙間を渡って、別のニューロン上の受容体に結合することで信号が送られます。 パーキンソン病では、筋肉の動きに関与する脳の領域、特に中脳の黒質にある色素性ニューロンが変性しています。この... さらに読む など)または精神障害(統合失調症 統合失調症 統合失調症は、現実とのつながりの喪失(精神病)、幻覚(通常は幻聴)、妄想(誤った強い思い込み)、異常な思考や行動、感情表現の減少、意欲の低下、精神機能(認知機能)の低下、日常生活(仕事、対人関係、身の回りの管理など)の問題を特徴とする精神障害です。 統合失調症は、遺伝的な要因と環境的な要因の双方によって起こると考えられています。 症状は様々で、奇異な行動、とりとめのない支離滅裂な発言、感情鈍麻、寡黙、集中力や記憶力の低下など、多岐にわた... さらに読む など)と診断された人が近親者にいる場合は、医師に伝えるべきです。これは、ハンチントン病でありながら、ハンチントン病と診断されていない可能性があるからです。
医師は CT CT(コンピュータ断層撮影)検査 CT検査(以前はCAT検査とよばれていました)では、X線源とX線検出器が患者の周りを回転します。最近の装置では、X線検出器は4~64列あるいはそれ以上配置されていて、それらが体を通過したX線を記録します。検出器によって記録されたデータは、患者の全周の様々な角度からX線により計測されたものであり、直接見ることはできませんが、検出器からコンピュータに送信され、コンピュータが体の2次元の断面のような画像(スライス画像)に変換します。(CTとは... さらに読む または MRI検査 MRI(磁気共鳴画像)検査 MRI(磁気共鳴画像)検査は、強力な磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強力な磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一部で正の電荷をもちます)は特定の配列をとっていませんが、MRI装置内で生じるよう... さらに読む
を行って、大脳基底核やこの病気でよく侵される脳の領域に変性がないかを調べるとともに、他の病気の可能性を否定します。
診断を確定するために遺伝子検査が行われます。症状が現れる前に子どもができる可能性も高いため、ハンチントン病の家族歴があっても症状がない人にとって、遺伝子検査とカウンセリングを受けることは重要です。そのような人は、遺伝子検査を受ける前に遺伝カウンセリングを受けるべきです。その場合、複雑な倫理的・心理的問題に対処できる専門施設への紹介が行われます。
治療
抗精神病薬やその他の薬剤による症状の軽減
ハンチントン病と診断されたら、できるだけ早いうちに、終末期にどのような治療を望むかを示した 事前指示書 事前指示書 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場合に、医療についての本人の希望を伝達する法的文書です。事前指示書には、基本的にリビングウィルと医療判断代理委任状の2種類があります。( 医療における法的問題と倫理的問題の概要も参照のこと。) リビングウィルは、終末期ケアに代表されるような、個人が医療に関する決定能力を喪失する事態に備え、将来の医学的治療に関する指示や要望を事前に表明するものです。... さらに読む を作成しておくべきです。
ハンチントン病を治せる治療法はありません。しかし、 抗精神病薬 抗精神病薬 統合失調症は、現実とのつながりの喪失(精神病)、幻覚(通常は幻聴)、妄想(誤った強い思い込み)、異常な思考や行動、感情表現の減少、意欲の低下、精神機能(認知機能)の低下、日常生活(仕事、対人関係、身の回りの管理など)の問題を特徴とする精神障害です。 統合失調症は、遺伝的な要因と環境的な要因の双方によって起こると考えられています。 症状は様々で、奇異な行動、とりとめのない支離滅裂な発言、感情鈍麻、寡黙、集中力や記憶力の低下など、多岐にわた... さらに読む (クロルプロマジン、ハロペリドール、リスペリドン、オランザピンなど)など、一部の薬剤は興奮の制御に役立つことがあります。ドパミンの量を減らす薬(テトラベナジン、デューテトラベナジン[deutetrabenazine]、降圧薬のレセルピンなど)は、異常な動きを止める(抑制する)のに役立ちます。
さらなる情報
役立つ可能性がある英語の資料を以下に示します。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
Genetics Home Reference:ハンチントン病とは何か(What is Huntington disease?) このウェブサイトには、ハンチントン病と、その原因や遺伝形式に関する説明があり、また診断と治療に関するリンクも掲載されています。