末梢神経系とは、中枢神経系以外の神経系、すなわち脳と脊髄以外の神経のことを指します。
末梢神経系には以下のものが含まれます。
脊髄と体の他の部位をつなぐ神経(31対の脊髄神経を含む)
体中に分布している1000億個以上の神経細胞
脳を使って筋肉を動かす
筋肉の動きは通常、脳と筋肉の間で神経を介して信号が伝達されることによって起こります。筋肉を動かそう(例えば、本を手に取る)と意識的に決めたときなど、筋肉を動かす刺激は脳から発せられる場合もあります。 あるいは、筋肉を動かす刺激が感覚に由来する場合もあります。例えば、とがった石を踏んだり、非常に熱いコーヒーの入ったカップに触れたりすると、皮膚にある特殊な神経の末端(感覚受容器)で痛みや熱さが感知されます。この情報は脳に伝えられ、脳はどう反応するかの司令を筋肉に送ります。このタイプの情報交換は、2つの複雑な神経伝達経路に沿って行われます。
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それぞれの末梢神経は以下の部分から構成され、このいずれが損傷を受けても、末梢神経の機能障害が生じます。
軸索(信号が伝わる部分)
神経細胞の細胞体
髄鞘(軸索を包んでいる膜で、電気ケーブルを包んでいる絶縁体のような働きがあり、神経信号が伝わる速度を高めている)
多発性硬化症 多発性硬化症(MS) 多発性硬化症では、脳、視神経、脊髄の髄鞘(ずいしょう)(ほとんどの神経線維を覆っている組織)とその下の神経線維が、まだら状に損傷または破壊されます。 原因は解明されていませんが、免疫系が自分の体の組織を攻撃する現象(自己免疫反応)が関与していると考えられています。 多発性硬化症の患者のほとんどは、健康状態が比較的良好な期間と症状が悪化する... さらに読む などでみられる髄鞘の損傷は、 脱髄 脱髄疾患の概要 脳の内外のほとんどの神経線維は、脂肪(リポタンパク質)でできた何層もの組織(ミエリンといいます)に包まれています。それらの層は髄鞘(ずいしょう)と呼ばれる組織を形成しています。髄鞘は電気ケーブルを包んでいる絶縁体のような役割を果たしていて、この働きによって、神経信号(電気インパルス)が神経線維に沿って速くかつ正確に伝えられます。髄鞘が損傷... さらに読む と呼ばれます。
神経細胞の典型的な構造
神経細胞(ニューロン)は、大きな細胞の本体と神経線維でできていて、神経線維には、信号を送る1本の長くのびた突起(軸索)と、信号を受け取るたくさんの枝(樹状突起)があります。太い軸索は、1本1本がミエリンと呼ばれる脂肪の層に包まれています。 ![]() |
神経線維を絶縁する組織
脳の内外のほとんどの神経線維は、脂肪(リポタンパク質)でできた何層もの組織(ミエリンといいます)に包まれています。それらの層は髄鞘と呼ばれる組織を形成しています。髄鞘は電気ケーブルを包んでいる絶縁体のような役割を果たしていて、その働きによって、電気信号が神経線維に沿って速やかに伝わるようになっています。 髄鞘が損傷すると、信号が神経を正常に伝わらなくなります。 ![]() |
末梢神経疾患では以下のものが侵されます。
神経叢 神経叢疾患 様々な脊髄神経の神経線維が網目状に入り組んだ部分を神経叢と呼びますが、それが外傷、腫瘍、血腫(血液がたまった状態)、自己免疫反応などによって損傷を受けることがあります。 痛み、筋力低下、感覚の消失が、腕または脚の全体または一部に起こります。 筋電図検査と神経伝導検査は、損傷のある箇所を見つけるのに役立ち、MRI検査とCT検査は損傷の原因を... さらに読む (神経線維のネットワークであり、ここで神経線維が並び替えられ、再び組み合わされて体の特定の領域へ向かう)
筋肉の運動を刺激する運動神経が損傷すると、筋力の低下または麻痺が生じます。(痛み、温度、振動などの)感覚情報を伝える感覚神経が損傷すると、異常な感覚や感覚の消失が起こります。
運動神経の病気(運動ニューロン疾患) 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とその他の運動ニューロン疾患(MND) 運動ニューロン疾患は、筋肉の運動を開始させる神経細胞が進行性に変性することを特徴とします。その結果、これらの神経に刺激されていた筋肉が悪くなり、筋力が低下し、正常に機能しなくなります。 筋萎縮性側索硬化症(ルー・ゲーリッグ病)は、最も一般的な運動ニューロン疾患です。 通常は、筋力の低下や萎縮が起こって、動きが固くなり、ぎこちなくなります。... さらに読む には、筋肉の運動を制御している神経の変性が関わっています。運動ニューロン疾患はまれですが、進行性で、しばしば死に至ります。
原因
末梢神経疾患には、遺伝性のものもあれば、後天性のもの(毒性物質への曝露、けが、感染症、代謝性疾患、炎症性疾患などによるもの)もあります。
末梢神経疾患に似ている病気
神経筋接合部疾患 神経筋接合部疾患の概要 神経と筋肉の接続部を神経筋接合部といいます。神経筋接合部では、神経線維の末端が、運動神経終板と呼ばれる筋膜上の特殊な部位とつながっています。神経信号を伝えるため、神経はアセチルコリンという化学物質(神経伝達物質)を神経筋接合部に放出します。運動神経終板にはアセチルコリンの受容体があり、筋肉はこれを介してアセチルコリンに反応します。接合部で... さらに読む は、末梢神経疾患とは異なりますが、筋力低下などの同様の症状が生じることがあります。神経筋接合部は、末梢神経線維の末端が筋膜上の特別な部位につながる場所です。神経線維は、化学伝達物質(神経伝達物質)を放出し、これが神経筋接合部を介して神経シグナルを送り、筋肉を収縮させます。神経筋接合部疾患には、 乳児ボツリヌス症 乳児ボツリヌス症 乳児ボツリヌス症は、筋力低下を引き起こす感染症で、生命を脅かすことがあります。ボツリヌス菌 Clostridium botulinumの芽胞を含んだ食べものを摂取した乳児に発生します。 ( クロストリジウム感染症の概要と成人の ボツリヌス症も参照のこと。) ボツリヌス菌... さらに読む 、 イートン-ランバート症候群 イートン-ランバート症候群 イートン-ランバート症候群は、神経と筋肉との間での情報伝達を阻害し、筋力低下を引き起こす 自己免疫疾患です。 イートン-ランバート症候群は通常、ある種のがん(特に男性の肺がん)が発生する前後あるいは発生と同時期に起こります。 この症候群は、筋力低下(特に脚)、疲労、口腔乾燥、まぶたの下垂、上腕と太ももの痛みを引き起こします。... さらに読む 、 重症筋無力症 重症筋無力症 重症筋無力症は、神経と筋肉の間の信号伝達が妨げられる自己免疫疾患で、筋力低下の発作を引き起こします。 重症筋無力症は、免疫系の機能不全により起こります。 通常、まぶたの下垂と複視が起こり、運動後は筋肉の著しい疲労と筋力低下が起こります。 診断を確定するためには、アイスパックや安静によってまぶたの下垂が軽減するかをみる検査、筋電図検査、血液... さらに読む 、 殺虫剤 殺虫剤中毒 殺虫剤の多くは、飲み込んだり、吸い込んだり、皮膚から吸収されたりすると、中毒を引き起こします。 症状としては、流涙、せき、心臓の異常、呼吸困難などがあります。 殺虫剤中毒は、症状、血液検査、中毒の経緯に基づいて診断されます。 重篤な殺虫剤中毒の治療に効果的な薬がいくつかあります。... さらに読む 、 神経ガス 神経剤 体の様々な部位を侵す、多種多様な 化学兵器が存在します。神経剤(誤って「神経ガス」と呼ばれることもあります)は、神経が信号を筋肉や他の神経に伝達する方法に影響を及ぼします。神経剤にはいくつかの種類があります。 Gシリーズ剤 Vシリーズ剤 Aシリーズ剤 Gシリーズ剤またはG剤には、GA(タブン)、GB(サリン)、GD(ソマン)、GF(シクロ... さらに読む (サリンなど)、または特定の薬物による機能障害などがあります。
神経ではなく筋肉を侵す病気も、末梢神経疾患と同様に、筋力低下を引き起こします。医師は、筋力低下の原因が筋肉の異常なのか神経の異常なのかを判断するための検査を行います。筋肉の病気は以下のように分類できます。
遺伝性: デュシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィー 筋ジストロフィーとは、正常な筋肉の構造と機能のために必要な遺伝子の1つ以上に異常があるために、様々な重症度の 筋力低下を引き起こす遺伝性筋疾患の総称です。デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーは、体幹に最も近い筋肉に筋力低下を引き起こします。 これらの筋ジストロフィーは、筋肉の機能に関与している遺伝子の異常によって発生... さらに読む 、 家族性周期性四肢麻痺 家族性周期性四肢麻痺 家族性周期性四肢麻痺は、まれな遺伝性疾患で、筋力低下と麻痺が突然生じる発作を引き起こします。4つの病型があり、細胞におけるナトリウムやカリウムなどの 電解質の出入りに異常が生じます。 筋肉が刺激に対して正常に反応しませんが、その際、通常は血液中のカリウム濃度が低すぎるか高すぎるかのいずれかです。... さらに読む 、 肢帯型筋ジストロフィー 肢帯型筋ジストロフィー 肢帯型筋ジストロフィーには、様々な方法で遺伝する筋ジストロフィーのグループが含まれます。肩や骨盤の筋肉に異常が生じます。 筋ジストロフィーとは、正常な筋肉の構造と機能のために必要な 遺伝子の1つ以上に異常があるために、様々な重症度の 筋力低下と筋萎縮(ジストロフィー)を引き起こす遺伝性筋疾患の総称です。... さらに読む 、 先天性筋強直症 先天性ミオトニー 先天性ミオトニーは、筋肉の硬直と筋肉の肥大を引き起こす遺伝性疾患です。ほとんどの人が筋肉として普通に思い浮かべる、収縮させて体の様々な部分を動かすことのできる筋肉に異常が生じます。 ミオトニーとは、筋肉が収縮した後の弛緩が遅れることを意味し、それにより筋肉の硬直が生じることがあります。先天性ミオトニーは別の病気の... さらに読む (トムセン病)、 筋強直性ジストロフィー 筋強直性ジストロフィー 筋強直性ジストロフィーは、まれな筋ジストロフィーです。この病気は、意識的に筋肉を緩める能力に影響を及ぼします。 筋強直とは、筋肉が収縮した後の弛緩が遅れることを意味し、それにより筋肉の硬直が生じることがあります。筋ジストロフィーとは、正常な筋肉の構造と機能のために必要な 遺伝子の1つ以上に異常があるために、様々な重症度の... さらに読む (シュタイネルト病)など
内分泌性:先端巨大症(成長ホルモンの過剰分泌による過度の発育)、 クッシング症候群 クッシング症候群 クッシング症候群は、コルチコステロイドが過剰な状態であり、通常はコルチコステロイドの使用または副腎による過剰産生によるものです。 通常、クッシング症候群の原因は、ある病気の治療のためのコルチコステロイドの使用、または副腎でのコルチコステロイドの過剰産生を引き起こす下垂体や副腎の腫瘍です。... さらに読む
、糖尿病、 甲状腺機能亢進症 甲状腺機能亢進症 甲状腺機能亢進症は甲状腺が働きすぎている状態で、甲状腺ホルモンの値が高く、身体の重要な機能が働く速度が上昇します。 バセドウ病は甲状腺機能亢進症の原因として最もよくみられます。 心拍数と血圧の上昇、不整脈、過剰な発汗、神経質や不安、睡眠障害、意図しない体重減少などの症状がみられます。... さらに読む
(甲状腺の活動が過剰になった状態)、 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症は、甲状腺の働きが低下し、甲状腺ホルモンの産生が不十分になる病気で、身体の重要な機能が働く速度が低下します。 顔の表情が乏しく、声がかすれ、話し方はゆっくりになり、まぶたは垂れて、眼と顔が腫れます。 通常は1回の血液検査で診断が確定されます。 甲状腺機能低下症の人は、生涯にわたって甲状腺ホルモンの投与を受ける必要があります... さらに読む
(甲状腺の活動が不十分になった状態)など
代謝性: 脂質蓄積症(リピドーシス) その他のまれな遺伝性の脂質代謝異常症 脂質代謝異常症は 遺伝性代謝疾患です。遺伝性疾患は、これらの病気を引き起こす欠陥のある 遺伝子が親から子どもに受け継がれることで発生します。 遺伝性疾患には様々な種類があります。多くの遺伝性代謝疾患では、患児の両親がともに異常な遺伝子のコピーをもっています。通常、病気の発生には異常な遺伝子のコピーが2つ必要であるため、普通はいずれの親にも... さらに読む
や 糖原病 糖原病 糖原病は 糖代謝異常症であり、グリコーゲンの代謝に関与する酵素が欠如しているために、しばしば成長障害、筋力低下、肝臓の腫れ、低血糖、錯乱などが起こる病気です。糖原病は、これらの病気を引き起こす欠陥のある 遺伝子が親から子どもに受け継がれることで発生します。 糖原病は、ブドウ糖をグリコーゲンに合成したり、グリコーゲンをブドウ糖に分解したりす... さらに読む 、アルコール依存症、 低カリウム血症 低カリウム血症(血液中のカリウム濃度が低いこと) 低カリウム血症とは、血液中のカリウム濃度が非常に低い状態をいいます。 カリウム濃度の低下には多くの原因がありますが、通常は嘔吐、下痢、副腎の病気、利尿薬の使用が原因で起こります。 カリウム濃度が低下すると、筋力低下、筋肉のけいれんやひきつり、さらには麻痺が生じるほか、不整脈を起こすことがあります。... さらに読む (血液中のカリウム濃度が低いこと)など
診断
医師による評価
ときに筋電図検査と神経伝導検査、画像検査、または生検
遺伝性ニューロパチーが疑われる場合は遺伝子検査
末梢神経疾患を診断する際、医師は患者に以下のような質問をします。
症状はいつ始まったか
最初に現れた症状は何か
時間の経過とともに症状に変化があったか
体のどの部位に症状があるか
症状を軽減または増悪させる因子は何か
医師は可能性のある原因について探るため、感染症またはその他の病気にかかったことがあるか、毒性物質にさらされたことがあるか、家族に同様の症状をもつ人がいるかなどの質問をします。これらの情報は症状の原因を探る手がかりになります。
医師による徹底的な身体診察と 神経学的診察 神経学的診察 神経の病気が疑われる場合、医師は身体診察を行って、すべての器官系の評価を行いますが、特に神経系に重点が置かれます。神経系の診察(神経学的診察)では、以下の要素が評価されます。 精神状態 脳神経 運動神経 感覚神経 さらに読む は、原因の特定に役立ちます。神経学的診察では以下の点が評価されます。
感覚 感覚神経 神経の病気が疑われる場合、医師は身体診察を行って、すべての器官系の評価を行いますが、特に神経系に重点が置かれます。神経系の診察(神経学的診察)では、以下の要素が評価されます。 精神状態 脳神経 運動神経 感覚神経 さらに読む —患者が刺激を正常に感じることができるか、チクチク感などの異常感覚がないか
診察で得られる所見により、可能性のある原因が示唆されたり、必要な検査の指針が立てられたりします。
以下のような検査が行われます。
画像検査:脳神経または脊髄に影響を及ぼす異常(腫瘍など)がないか確認し、同じ症状を引き起こす他の異常を否定します。
筋肉と神経の生検:問題の種類(神経が脱髄しているのか、炎症を起こしているのかなど)を特定します。
遺伝性ニューロパチー 遺伝性ニューロパチー 遺伝性ニューロパチーは末梢神経が侵される病気で、わずかな症状が徐々に悪化していきます。 ( 末梢神経系の概要も参照のこと。) 遺伝性ニューロパチーでは、以下のいずれかだけが侵されます。 運動神経(運動神経障害) 感覚神経と自律神経(感覚・自律神経障害) さらに読む が疑われる場合は、遺伝子検査(異常な遺伝子を検出するための血液検査)を行うこともあります。
治療
可能であれば原因の治療
症状の緩和
ときに、理学療法、作業療法、言語療法
症状を引き起こしている病気がある場合、可能であればその治療を行います。それ以外の場合、医師は症状の緩和に重点を置きます。
複数の分野の医療従事者で構成されるチームがケアにあたることは、患者が身体障害の進行に対処する上での助けとなります。このチームは以下のメンバーで構成されます。
理学療法士は、患者が筋肉を使い続けられるよう支援します。
作業療法士は、患者が日常生活を送る上で役立つ補助器具(歩行を補助する器具など)についてアドバイスします。
言語療法士は、患者が意思疎通できるよう支援します。
嚥下困難や呼吸困難などの特定の症状に対処する専門家も参加します。
余命を短縮する末梢神経疾患の場合、患者、家族、介護者は医療従事者と対話の場を設け、患者が治療に関する決定をする能力がなくなったときにどうするかということを率直に話し合っておくべきです。最善のアプローチは、患者が治療に関する意思決定ができなくなった場合に備えて、治療に関する患者の希望を書いた法的文書(事前指示書 事前指示書 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場合に、医療についての本人の希望を伝達する法的文書です。事前指示書には、基本的にリビングウィルと医療判断代理委任状の2種類があります。( 医療における法的問題と倫理的問題の概要も参照のこと。) リビングウィルは、終末期ケアに代表されるような、個人が医療に関する決定... さらに読む と呼ばれます)を作成しておくことです。