腫瘍(しゅよう)という用語は、それががんであるか(悪性)、がんではないか(良性)に関係なく、異常に増殖する組織のことを指します。心臓の腫瘍は以下のように分けられます。
原発性(良性または悪性)
転移性(常に悪性)
原発性心臓腫瘍とは、心臓で発生した腫瘍のことです。原発性心臓腫瘍はまれな病気で、その頻度は2000人に1人を下回ります。原発性心臓腫瘍はその大半が良性です。
転移性心臓腫瘍は、体内の別の臓器で発生したがんが心臓に転移してきたものです。ほとんどの心臓腫瘍は転移性の悪性腫瘍(がん)で、その多くは肺から広がってきたものです。
原発性腫瘍と転移性腫瘍のどちらも、心膜(心臓の外側を覆っている膜)で発生することがあります。心膜にできた腫瘍は心臓を圧迫して締めつけることがあり、そうなると心臓に十分な血液が取り込まれなくなり、胸痛や 心不全 心不全 心不全とは、心臓が体の需要を満たせなくなった状態のことで、血流量の減少や静脈または肺での血液の滞留(うっ血)、心臓の機能をさらに弱めたり心臓を硬化させたりする他の変化などを引き起こします。 心不全は心臓の収縮や弛緩が不十分になることで発生しますが、これらの変化は一般的に、心筋が弱ったり硬くなったりすることが原因で起こります。... さらに読む が起こることがあります。
原発性良性心臓腫瘍
成人では、原発性良性心臓腫瘍の約半数が 粘液腫 粘液腫 粘液腫は良性の原発性心臓腫瘍で、通常は不規則でゼリーのような形状をしています。 息切れや失神、発熱、体重減少がみられる場合があります。 診断は心エコー検査で確定されます。 手術で粘液腫を切除する必要があります。 原発性(心臓から発生した)心臓腫瘍の半数が粘液腫です。粘液腫の4分の3は左心房(肺から出た酸素を豊富に含む血液が流れ込む心腔)に... さらに読む です。粘液腫は通常、心臓の左上側にある心腔(左心房)で発生します。この腫瘍は、心臓の壁を覆っている層(内膜)に存在する胚細胞から発生する場合があります。
乳児や小児では、最も多くみられる良性の原発性心臓腫瘍は横紋筋腫です。横紋筋腫は典型的には複数でみられ、通常は心臓の壁の中で増殖し、心筋の細胞を発生起源とします。横紋筋腫は一般的には乳児期または小児期に発生し、 結節性硬化症 結節性硬化症複合体 結節性硬化症複合体は遺伝性の病気で、脳内の異常な増殖や皮膚病変がみられるほか、ときに心臓、腎臓、肺などの重要臓器に腫瘍が生じることがあります。 小児の場合は、皮膚の異常な腫瘤、けいれん発作、発達の遅れ、学習障害、行動上の問題などがみられるほか、知的障害や自閉症がみられることもあります。... さらに読む と呼ばれるまれな病気の一部として発生することも多くあります。
乳児や小児で多くみられる別の良性の原発性心臓腫瘍として、線維腫があります。線維腫は典型的には単発で発生し、通常は心筋の中で増殖しますが、心臓の線維性組織の細胞を発生起源とします。
これら以外にも数種類の原発性心臓腫瘍がありますが、どれもまれにしか発生しません。悪性腫瘍もあれば良性腫瘍もあります。
原発性悪性心臓腫瘍
原発性の悪性心臓腫瘍としては以下のものがあります。
肉腫
中皮腫
リンパ腫
肉腫は、結合組織(血管、神経、骨、脂肪、筋肉、軟骨)から発生するがんです。肉腫は右心房または左心房に発生して、心臓内の血液の流れを遮断することがあります。右心房にできた腫瘍は肺に転移する可能性があります。
中皮腫 中皮腫 中皮腫は、腹部や胸壁の内側を覆う薄くて透明な2層の膜に生じるがんです。 最もよくみられる症状は、持続する胸痛と息切れです。 診断を下すためには、胸部X線検査や肺組織の生検が必要です。 中皮腫は、手術、化学療法、放射線療法により治療します。 (環境性肺疾患の概要も参照のこと。) さらに読む は、心膜(心臓を覆っている膜)に発生することがある、まれな種類のがんですが、その多くは胸膜(肺を覆っている膜)に発生します。心膜中皮腫は脊髄や脳に転移する可能性があります。
リンパ腫 リンパ腫の概要 リンパ腫とは、リンパ系および造血器官に存在するリンパ球のがんです。 リンパ腫は、リンパ球と呼ばれる特定の白血球から発生するがんです。この種の細胞は感染を防ぐ役割を担っています。リンパ腫は、Bリンパ球やTリンパ球のいずれの細胞からも発生する可能性があります。Tリンパ球は免疫系の調節やウイルス感染に対する防御に重要です。Bリンパ球は抗体を産生... さらに読む は、リンパ球として知られる特定の白血球から発生するがんです。リンパ腫は通常、リンパ節、脾臓、骨髄で発生します。心臓で発生するリンパ腫は極めてまれです。通常はエイズ患者にみられ、急速に増殖します。
転移性心臓腫瘍
転移性心臓腫瘍とは、最初に体内の別の部分(通常は肺、乳房、腎臓、血液、または皮膚)で発生した腫瘍が心臓に広がった(転移した)もので、常に悪性です。転移性心臓腫瘍は、原発性心臓腫瘍と比べれば30~40倍多くみられます。心臓への腫瘍の転移は、ともに最も一般的ながんである肺がんと乳がんでは約10%の患者でみられ、悪性黒色腫(メラノーマ)患者が心臓に転移を有する割合はさらに高くなります。
症状
心臓腫瘍は無症状の場合もありますが、軽い症状を引き起こす場合や、生命を脅かす心機能不全を引き起こす場合もあります。
良性腫瘍であっても、心機能の低下を招いている場合は、悪性腫瘍と同じように死に至る可能性があります。
重要な症状としては以下のものがあります。
軽い症状としては以下のものがあります。
発熱
疲労(嗜眠)
関節痛
皮膚の小さな赤い斑点(点状出血)
心臓弁やその近くに腫瘍(粘液腫や線維腫など)ができると、その弁を血液が正常に通過できなくなるため、約半数の人で 心雑音 身体診察 (心臓の中で発生する血液の乱流によって生じる音)が聞かれるようになります。
心臓腫瘍(特に粘液腫、ときに線維弾性腫)は、変性して崩れて小さな欠片になり、それらが血流に乗って移動して別の部位の動脈に詰まることがあります(この現象を塞栓といいます)。塞栓が細い動脈に詰まると血流が遮断されます。さらに、粘液腫などの腫瘍の表面上に形成された血液のかたまり(血栓)が剥がれて、動脈を閉塞させる可能性もあります(塞栓)。塞栓による症状は、血栓が到達した場所、つまり閉塞した動脈がどの組織や臓器に血液を供給しているかによって異なります。例えば、塞栓によって脳の動脈が詰まると、 脳卒中 脳卒中の概要 脳卒中は、脳に向かう動脈が詰まったり破裂したりして、血流の途絶により脳組織の一部が壊死し(脳梗塞)、突然症状が現れる病気です。 脳卒中のほとんどは虚血性(通常は動脈の閉塞によるもの)ですが、出血性(動脈の破裂によるもの)もあります。 一過性脳虚血発作は虚血性脳卒中と似ていますが、虚血性脳卒中と異なり、恒久的な脳損傷が起こらず、症状は1時間... さらに読む が起こります。
診断
心エコー検査、CT検査、MRI検査による画像検査
原発性心臓腫瘍は比較的まれな病気で、また他の多くの病気と症状が似ていることから、診断が困難です。心雑音、不整脈、説明のつかない心不全症状、原因不明の発熱(粘液腫による可能性がある)のある人では、原発性心臓腫瘍が疑われることがあります。ほかの部位にがんがある人で心臓の機能障害の症状がみられた場合には、転移性心臓腫瘍が疑われます。より多いのは、呼吸困難など別の症状に対する検査を受ける過程で心臓腫瘍と診断されるケースです。
腫瘍が疑われる場合は、 心エコー検査 心エコー検査とその他の超音波検査 超音波検査では、周波数の高い超音波を内部の構造に当てて跳ね返ってきた反射波を利用して動画を生成します。この検査ではX線を使いません。心臓の超音波検査(心エコー検査)は、優れた画像が得られることに加えて、以下の理由から、心疾患の診断に最もよく用いられる検査法の1つになっています。... さらに読む を行って診断を確定します。この検査では、超音波を放出する装置(プローブ)を胸にあてて、心臓の構造を画像化します。別の角度から見た心臓の画像が必要な場合は、プローブをのどから食道に入れ、心臓の真後ろから撮影を行います。この検査は 経食道心エコー検査 心エコー検査の方法
と呼ばれています。
CT検査 心臓のCT(コンピュータ断層撮影)検査 CT検査は、心臓や心膜(心臓を包んでいる袋状の膜)、大血管、肺、胸部の支持組織などの構造的な異常を検出するために行われることがあります。 非常に高速なCT装置であるマルチスライスCTでは、1回の拍動の間に撮影を行うことができます。そのような高速で行うCT検査(CT冠動脈造影検査)は、心臓に血液を供給する冠動脈を評価するために用いられること... さらに読む や MRI検査 心臓のMRI(磁気共鳴画像)検査 MRI検査では、強力な磁場と電磁波を用いて心臓と胸部の詳細な画像を描き出します。この高価で複雑な検査法は、主に複雑な先天性の心疾患の診断や正常組織と異常組織の識別のために用いられます。 MRI検査には短所もあります。MRI検査では、CT検査よりも画像の生成に時間がかかります。また心臓の拍動による影響を受けやすいため、MRI画像はCT画像よ... さらに読む では、より詳しい情報が得られ、しばしば良性腫瘍と悪性腫瘍を鑑別することが可能です。
ほかの大半の部位に腫瘍が発生した場合と異なり、心臓の生検(組織のサンプルを採取して顕微鏡で調べる検査)を行うことはめったにありません。心臓生検は腫瘍のある場所によっては危険となる可能性がある一方、通常は画像検査の結果から心臓腫瘍が良性か悪性かを区別することができるためです。
治療
良性心臓腫瘍の外科的切除
悪性心臓腫瘍にはときに化学療法または放射線療法
良性心臓腫瘍
単独で発生した小さな原発性良性心臓腫瘍は、手術で切除することができ、通常は完治します。大きな原発性良性心臓腫瘍によって心臓を通過する血流が著しく減少している場合は、腫瘍のうち心臓の壁内に広がっていない部分を切除することで、心機能が改善することがあります。しかし、心臓の壁の大部分が腫瘍に侵されている場合は、手術を行うことができません。
横紋筋腫は、この病気の新生児のほとんどで治療なしで自然に消失するため、通常は治療の必要がありません。
乳児や小児の場合、左右の心室を隔てる壁(中隔)に広がっていない線維腫は、うまく切除することができます。腫瘍が中隔に及んでいる場合は、通常は 心臓の電気刺激伝導系 心臓の電気刺激の伝導経路 にも広がっているため、手術で切除することはできません。このような腫瘍がみられる小児は、通常は幼いうちに不整脈のために死亡します。線維腫が大きく、血流を遮断するか周辺組織まで広がっている場合は、 心臓移植 心臓移植 心臓移植は、以下のいずれかの疾患があり、薬や移植以外の手術では有効な治療効果が得られない場合に限って行います。 重い心不全 冠動脈疾患 不整脈 その他の重度の心疾患 さらに読む が必要になります。
小児と成人のどちらの場合も心臓移植が行われることは非常にまれで、一般的には良性腫瘍でのみ移植が検討されます。
悪性心臓腫瘍
原発性悪性心臓腫瘍は手術で切除することができず、通常は死に至ります。病気の進行を遅らせるために、ときに化学療法または放射線療法が行われます。転移性の腫瘍に対する治療法は、どの臓器からがんが転移してきたかに応じて異なり、化学療法が行われることがあります。
心膜腫瘍
心膜内の良性腫瘍は手術で切除することができますが、悪性腫瘍は他の部位にすでに転移しているのが通常であるため、切除されません。腫瘍が分泌する液体によって心臓の機能が妨げられている場合は、心膜と心臓の間の空間(心膜腔)に針で小さな合成樹脂製のチューブを挿入し、中の液体を排出させます。ときに腫瘍の増殖を遅らせる薬を心膜腔に注入することもあります。