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心不全は心臓の収縮や弛緩が不十分になることで発生しますが、これらの変化は一般的に、心筋が弱ったり硬くなったりすることが原因で起こります。
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心臓に影響を及ぼす多くの病気が心不全の原因になります。
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多くの場合、最初は無症状で、数日または数カ月の間に徐々に息切れや疲労がみられるようになります。
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肺、腹部、または脚に体液が貯留することがあります。
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医師は通常、症状から心不全を疑いますが、通常は心機能を評価するために心エコー検査(心臓の超音波検査)などの検査を行います。
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治療では、心不全の原因疾患を治療するとともに、生活習慣を改善し、手術を含む処置や薬の使用によって心不全自体を治療することに重点が置かれます。
心不全は年齢を問わず発生し、幼い小児(特に生まれつき心臓に異常がある場合)にも起こります。しかし、高齢者は心不全になりやすい病気(心筋を損傷する冠動脈疾患など)や心臓弁膜症をもっている可能性が高いため、他の年齢層よりはるかに多くの人でみられます。また、加齢に伴う心臓の変化により、心臓の機能が低下する傾向もあります。
米国では、心不全は約650万人にみられ、毎年約96万人で新たに発生しています。世界全体では約2600万人にみられます。余命が長くなり、一部の国では肥満、糖尿病、喫煙、高血圧など、心臓病の危険因子をもつ人が多くなっていることから、心不全の患者は増加する傾向にあります。
心不全とは、心臓が停止することではありません。心臓が体のすべての部分に十分な血液を送るために必要な動き(仕事量)を維持できなくなることです。しかし、この定義はいくぶん単純化されています。心不全は複雑な状態で、その原因、病態、分類、予後(経過の見通し)は様々であるため、単純に定義することはできません。
心臓の機能は、ポンプのように血液を送り出すことです。このポンプ機能により、血液をある場所から他の場所に送ります。心臓には以下の機能があります。
血液は心筋が収縮したとき(収縮期)に心臓から出ていき、心筋が弛緩したとき(拡張期)に心臓に流れ込みます。心不全は、心臓の収縮や弛緩が不十分になることで発生しますが、これらは一般的に、心筋が弱ったり硬くなったりすることが原因で起こります。その結果、十分な量の血液が送り出されなくなります。また血液が組織にたまることで、うっ血が起きる場合もあります。そのため、このような心不全は、うっ血性心不全と呼ばれています。
心臓の左側部分に入ってくる血流が停滞すると、肺にうっ血が起こり、呼吸が苦しくなります。反対に、心臓の右側部分に入ってくる血流が停滞すると、体のあちこち(脚や肝臓など)でうっ血が起きて体液がたまります。心不全は通常、心臓の左右両側にいくらかの影響を及ぼしますが、片側により強く影響が出ることもあります。そのような場合は、右心不全あるいは左心不全と呼ばれることがあります。
心不全になると、心臓が全身で必要とされる酸素や栄養分を供給するのに十分な量の血液を送り出せなくなります。その結果、脚や腕の筋肉が疲れやすくなったり、腎臓が正常に機能できなくなったりします。腎臓は血液をろ過して水分や老廃物を尿として排出する役割を担っていますが、心臓のポンプ機能が不十分になると、腎臓の機能が低下して、血液から余分な水分を取り除くことができなくなります。その結果、全身の血流量が増えることで、弱った心臓にかかる負担が増大するという悪循環が起こります。そのため、心不全はさらに悪化します。
心不全の種類
心不全には、大きく分けて次の2種類があります。
駆出率が低下した心不全(HFrEF—収縮性心不全と呼ばれることもあります):
駆出率が保持された心不全(HFpEF—拡張性心不全と呼ばれることもあります):
1回の心拍で心臓から送り出される血液の割合のことを駆出率と呼び、心臓のポンプ機能の指標となります。左心室の正常な駆出率は約55~60%です。
心不全:拍出と充満の異常
原因
心不全の原因はしばしば以下のように分類されます。
心臓に直接的または間接的に影響を及ぼす病気は、どれも心不全の原因になります。急速に心不全を引き起こす病気もあれば、何年もかけて心不全を引き起こす病気もあります。収縮性心不全を引き起こす病気もあれば、拡張性心不全を引き起こす病気もあり、高血圧や一部の心臓弁膜症(心臓弁の病気)などは両方の種類の心不全を引き起こします。
心不全の原因となる心原性の病態
収縮性心不全を引き起こす心臓の病気は、心臓の全体または一部に損傷を与えます。多くの場合、心不全は複数の要因が組み合わさって起こります。
心不全の原因となる一般的な心原性の病態は以下のものです。
心筋が正常に収縮するためには酸素が必要であるため、冠動脈疾患により酸素を豊富に含む血液の流量が減少すると、広範囲の心筋に損傷が生じます。冠動脈が閉塞することで、心筋の一部に重大な損傷を与える心臓発作が発生する場合もあります。その結果、損傷した部分の心筋は正常に収縮できなくなります。
その他の心原性の病態には以下のものがあります。
細菌やウイルスなどの感染が原因で起こる心筋炎(心臓の炎症)では、心筋の全体または一部に損傷が生じて、心機能が低下します。
がんの治療に使用される薬やある種の有害物質(アルコールなど)が心筋に損傷を与えることもあります。
心臓弁膜症とは、心臓の弁の開口部が狭くなって(狭窄)心臓を通る血流が妨げられたり、血液が弁を逆流したりする病気ですが、この種の病気も心不全の原因になります。弁の狭窄と血液の逆流は、どちらも心臓にとって大きな負担になりますので、次第に心臓が拡大していき、十分に収縮できなくなります。
心臓の左右を隔てる壁に異常な通路(心室中隔欠損症など)があると、心臓内で血液が再循環するために心臓の負担が増加し、結果として心不全になる可能性があります。
心臓の刺激伝導系を障害する病気によって(図「心臓の電気刺激の伝導経路」を参照)、心拍の変化(特に頻脈などの不整脈)が長期にわたって起こることで、心不全が発生する場合もあります。心拍が異常になると、心臓は血液を十分に送り出せなくなります。
一部の遺伝性疾患は、心臓に影響を及ぼし、心不全を引き起こします。例えば、デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、(他の多くの筋肉とともに)心筋の衰弱を引き起こします。ダウン症候群は心臓の先天性の異常を引き起こすことがあります。
心不全は、浸潤や感染のように心臓の壁を硬く変化させる異常によって起こることがあります。例えば、アミロイドーシスでは、アミロイドという異常なタンパクが全身の組織に入り込みます(浸潤)。このアミロイドが心臓の壁に入り込むと、壁が硬くなり、心不全が起こります。熱帯の国々では、特定の寄生虫が心筋の内部に入り込んで心不全を引き起こすことがあり(シャーガス病など)、これは若い人にも起こります。
収縮性心膜炎では、心臓を包んでいる袋状の膜(心膜)が硬くなり、たとえ心臓が健康であっても、血液の出入りが妨害されます。
心不全の原因となる非心原性の病態
心不全の原因となる非心原性の病態で最も一般的なものは、以下のものです。
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十分に治療されていない高血圧
高血圧があると、正常な状態よりも高い血圧に抵抗して動脈内に血液を送り込まなくてはならないため、心臓にかなりの負荷がかかります。その結果、心臓の壁が厚く(肥大)硬くなります。硬くなった心臓は十分な血液を素早く取り込むことができず、1回の収縮で送り出せる血液の量が少なくなります。糖尿病や肥満も、心室の壁が硬くなる原因です。
加齢によっても、心臓の壁は硬くなります。高血圧、肥満と糖尿病の組合せは高齢者によくみられ、これに加齢による心臓の壁の硬化が加わるため、心不全は特に高齢者で多くみられます。
心不全の原因となる非心原性の病態であまり一般的でないものは、以下のものです。
肺高血圧症などの一部の肺疾患では、肺の血管(肺動脈)が変化したり損傷したりすることがあります。その結果、肺に血液を供給している心臓の右側部分により大きな負担がかかるようになります。やがて肺性心という状態になり、右心室が拡大して、右心不全になります。
1つまたは複数の血栓が肺動脈を突然、通常は完全に閉塞させることで(肺塞栓症)、肺動脈への血液の送り出しが急激に困難になり、右心不全に陥る場合もあります。
貧血とは、赤血球が重度に欠乏した(赤血球の数が減少した)状態のことです。赤血球は肺から全身の組織へ酸素を運んでいます。貧血では、血液が運べる酸素の量が減少するので、正常時と同じ量の酸素を組織に供給するため、心臓はより激しく収縮しなければなりません。
甲状腺機能亢進症(甲状腺が過剰に活発になる病気)では、心臓が過剰に刺激されて速く拍動しすぎるため、それぞれの拍動で心房や心室から血液が十分に出ていきません。甲状腺機能低下症(甲状腺が不活発になる病気)では、全身の筋肉は甲状腺ホルモンによって正常な機能を維持しているため、心臓を含むすべての筋肉が結果的に弱くなります。
腎不全では、腎臓で血流から余分な水分を取り除けなくなることで、心臓がより多くの血液を送り出さなければならなくなるため、心臓に負担が加わります。最終的に心臓が限界を超えると、心不全に至ります。
非ステロイド系抗炎症薬などの一部の薬は、体内への水分の貯留を引き起こし、それにより心臓の負担を増大させ、心不全を引き起こすことがあります。
代償機構
体には心不全による機能低下を補うための仕組み(代償機構)がいくつか備わっています。
ホルモンの反応
心不全を含めた負荷に対する体の最初の反応は、闘争・逃走ホルモンとも呼ばれる アドレナリン(エピネフリン)と ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の分泌です。例えば、心臓発作で心筋が損傷すると、これらのホルモンが直ちに分泌されます。 アドレナリンも ノルアドレナリンも心臓を速く強く拍動させます。まずは、これらのホルモンが心臓から送り出される血液の量(心拍出量)をときに正常な量にまで増やすことで、低下した心機能を補います。
心臓病のない人であれば、短期的に心機能を高めるなど、これらのホルモンの分泌によって有益な変化がもたらされます。しかし、慢性心不全の人では、この反応が持続して起こることで、すでに損傷している心臓にさらに大きな負担がかかります。時間の経過とともに、増大した負担によって心機能が低下していきます。
腎臓の反応
心不全で血流が減少したときに働くもう1つの主な代償機構は、腎臓の働きで体内に保持する塩分と水分の量を増加させるというものです。塩分と水分を尿中に排泄せずに体内に保持することで、血液の量が増え、血圧を維持するのに役立ちます。しかし、血液の量が増加すると、心筋が伸びて、心腔(特に心室)が拡大します。当初、心筋は伸びるにつれ、いっそう力強く収縮するようになり、心機能を向上させます。しかし、ある程度伸びてしまうと、伸びすぎた輪ゴムのように、もはや心臓の収縮を助けられなくなり、心臓の収縮力は弱まります。その結果、心不全は悪化します。さらに、塩分と水分が体内に貯まっていくことで、肺などの臓器内で体液のうっ滞が助長され、その結果としても心不全の症状が悪化します。
心臓の肥大
症状
心不全の症状は突然始まる場合があり、特に心臓発作による心不全ではその傾向が顕著です。しかし、ほとんどの人では、心臓に問題が発生し始めた時点では症状はみられません。その後、数日から数カ月、ときには数年かけて徐々に症状が現れます。心不全は長い間安定している場合もありますが、知らない間にゆっくりと進行する場合も多々あります。
よくみられる症状は以下の通りです。
高齢者の心不全では眠気、錯乱、見当識障害などの漠然とした症状がみられます。
心不全の重症度は通常、患者が日常生活の行動をどの程度良好に行うことができるかに基づいて分類されます。ニューヨーク心臓協会(NYHA)分類は、患者やそのケアをする人が病気の重症度や生活への影響について理解する上で重要なツールです。
右心不全と左心不全では現れる症状が異なります。両方の心不全が起こっている場合でも、どちらか一方の症状が強く現れることがあります。最終的には、左心不全によって右心不全が起こります。
右心不全の症状
右心不全の主な症状は、足、足首、脚、腰部、肝臓、腹部に体液がたまって生じる腫れやむくみ(浮腫)です。体液がたまる場所は、余分な体液の量と重力のかかり方によって異なります。立っている場合は、脚や足に体液がたまります。あお向けに寝ている場合は、通常は腰の辺りに体液がたまります。体液の量が多ければ、腹部にもたまります。肝臓や胃に体液がたまると、吐き気や腹部膨満、食欲不振などが生じます。重度の右心不全では、体重が減り、筋肉が衰えることがあります。この状態を心臓悪液質といいます。
左心不全の症状
左心不全では、肺の内部に体液がたまり、息切れが起こります。当初は息切れが生じるのは運動中だけですが、心不全が悪化するにつれて、軽い運動でも息切れが生じ、ついには安静時にも起こるようになります。重度の左心不全がある人では、横になると息切れがすることがあり(起座呼吸)、これは重力によってより多くの体液が肺に移動するためです。そのため、患者はよく目を覚まして、あえいだり喘鳴(ぜんめい)を起こしたりします(この状態を発作性夜間呼吸困難といいます)。上体を起こすと体液が肺の底部に移動するため、呼吸が楽になります。左心不全のある人は、筋肉に十分な量の血液が行きわたらないため、体を動かすと疲労や体力の低下を感じます。
重度の心不全の症状
心不全が進行すると、チェーン-ストークス呼吸(周期性呼吸)がみられることがあります。これは異常な呼吸パターンで、速く深い呼吸から徐々にゆっくりとした呼吸になり、その後まったく呼吸をしない状態が数秒間続きます。その後、また呼吸が速く深くなり、このパターンを定期的に(おそらくは1分に1~2回の頻度で)繰り返します。チェーン-ストークス呼吸は、脳への血流が減少し、呼吸を調節する脳の部位に十分な酸素が行きわたらないために起こります。チェーン-ストークス呼吸は中枢性睡眠時無呼吸症候群の一種と考えられています。
閉塞性睡眠時無呼吸症候群は、心不全の人で多くみられる呼吸障害ですが、これは、この症候群の重要な危険因子である肥満が心不全の人で非常に多くみられるからです。さらに、心不全の人では(特に横になっているときに)のどの周りに余分な水分が蓄積します。睡眠時に上気道が緩んでいる間に、体液によって気道が部分的にふさがれます(閉塞)。それにより睡眠が妨げられ、日中の眠気につながります。
急性肺水腫は、肺に大量の水分が突然蓄積する状態です。ひどい呼吸困難、速い呼吸、皮膚が青白くなる変化、気分が落ち着かない感覚、不穏(落ち着かなくなる)、不安、窒息感などが起こります。人によっては、気道のけいれん(気管支れん縮)や喘鳴がみられることがあります。急性肺水腫は、心不全の人で血圧が非常に高くなったり心臓発作が起きたりしたときなどに発生する生命を脅かす緊急事態で、ときには心不全の薬の服用を中断したり、塩辛い物を食べたりしただけで発生することもあります。
心臓がひどく損傷すると、心腔内に血栓ができることがあります。心腔内の血流が滞りがちになることが原因で血栓が形成される場合もあります。血栓が剥がれ落ちて、血流に乗って移動すると、体内のどこかの動脈に詰まり、その動脈が部分的または完全に閉塞することがあります(この現象を塞栓といいます)。脳に向かう動脈がこの塞栓で閉塞すると、脳卒中が起こります。
重症の心不全患者では、抑うつや精神機能の低下がよくみられ、特に高齢者でその傾向が強く、入念な評価と治療が必要になります。
診断
医師は通常、臨床症状から心不全を疑います。身体診察において、弱くてしばしば速い脈拍、血圧の低下、聴診器で確認できる心音の異常や心雑音と肺への液体貯留、心臓の拡大、首の静脈の膨張(頸静脈怒張)、肝臓の腫大、腹部や脚のむくみなどがあれば、診断の裏付けになります。
通常は心機能を評価する検査も行います。心不全の原因を特定する検査も必要です。
胸部X線検査
心電図検査
通常は心電図検査を行って、心拍が正常かどうか、心室の壁が厚くなっているかどうか、心臓発作を起こしていないかどうかを調べます。
心エコー検査
超音波を利用した心臓の画像検査である心エコー検査は、心拍出量や心臓弁の働きなど、心機能を評価するのに最も優れた検査法の1つです。心エコー検査では、以下の点が明らかになります。
心エコー検査は、心臓の壁の厚さと硬さ、駆出率を評価することで、心不全が収縮機能障害によるものか、拡張機能障害によるものかを判断するのに役立ちます。駆出率とは、1回の拍動で心臓から送り出される血液の割合のことで、心機能を測る重要な指標です。左心室の正常な駆出率は約55~60%です。駆出率が低い(40%未満)場合は、収縮性心不全の診断が確定します。心不全の症状がある人の駆出率が正常以上である場合は、拡張性心不全の可能性が高くなります。
血液検査
その他の検査
予防
治療
心不全の治療には、いくつかの一般的な対策に加えて、心不全の原因となっている病気の治療、生活習慣の改善、心不全に対する薬の服用が必要です。
一般的な対策
心不全はほとんどの人にとって慢性の病気ですが、身体活動に伴う不快感を軽減し、生活の質を向上させ、突然の悪化(急性心不全)のリスクを最小限に抑え、余命を延ばすためにできる対策はたくさんあります。心不全患者とその家族は、自宅でも多くのケアが必要になることから、心不全に関する知識をできるだけ多く学ぶ必要があります。特に心不全の悪化を警告する初期症状を識別する方法を知り、必要な対策(例えば、食塩の制限、利尿薬の追加服用、主治医への連絡)を把握しておかなければなりません。
心不全は突然悪化することがあるため、常に医療従事者と連絡をとって医師の診察を受けることが非常に重要です。例えば、看護師が心不全のある人に定期的に電話をして、体重や症状の変化を確認します。それにより、医師の診察が必要かどうかを判断します。
また心不全専門の医療機関を受診することもできます。このような医療機関には心不全に関する専門知識をもった医師が在籍していて、特別な訓練を受けた看護師やその他の医療従事者(薬剤師、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど)と密接に連携しながら、患者および介護者に自己管理のスキルを指導し、心不全患者の治療を行います。このような医療機関では、患者に最も効果的な治療が行われていることを確認するとともに、患者が自ら積極的に治療に取り組む方法を教えることで、症状の軽減や入院期間の短縮が可能になるほか、余命が延びる場合もあります。このようなケアは、かかりつけの医師の治療に代わるものではなく、それを補完するものです。
心不全のある人は、新しい薬の服用を始める前に、たとえ処方薬ではないとしても、必ず担当医に確認する必要があります。一部の薬剤(関節炎の治療薬の多くを含む)は、塩分や体液の貯留を引き起こす場合があります。心機能を抑制する可能性がある薬剤もあります。薬の飲み忘れは症状を悪化させる原因としてよく起こるため、飲み忘れを防ぐ方法を教わっておくとよいでしょう。
インフルエンザにより心不全が突然悪化する可能性があるため、心不全患者には年1回のインフルエンザ予防接種が推奨されます。
原因の治療
心不全の原因が心臓弁の狭窄や逆流、あるいは心房や心室の中隔欠損である場合は、手術を行うことで問題を是正できます。冠動脈の閉塞に対しては、薬物療法、手術、または冠動脈ステントによる血管形成術が行われます。降圧薬を使用して血圧を下げ、高血圧をコントロールします。一部の感染症は抗菌薬で根治させることができます。
生活習慣の改善
心不全の人では、生活習慣を変えることで、気分や身体機能が改善する場合があります。
心不全の人は、激しい運動はできなくても、できるだけ体力を維持するようにすべきです。軽い心不全の場合は、医師に指示された運動プログラムを実施します。重い心不全では、心血管系専門のリハビリテーション施設で専門家の監督の下で運動を行います。
過体重の心不全患者では、運動すると心臓にさらに負担がかかり、心不全が悪化します。そのような場合は、理想的な体重まで減量してそれを維持するために、食事療法を行う必要があります。
喫煙は血管を傷つけます。大量のアルコールは心臓に直接悪影響を与えます。いずれも心不全を悪化させるため、禁煙および禁酒するようにします。
塩分(ナトリウム)の多い食事は体液が貯留する原因になるため、排泄する水分の量を増やして水分貯留を軽減する目的で投与された薬剤(利尿薬など)の作用を打ち消してしまいます。したがって、塩分の過剰摂取は症状を悪化させます。ほぼすべての心不全の人は、食塩や塩辛い食べものの摂取を控え、塩分を控えた食事をとる必要があります。加工食品に含まれる塩分量はラベルを読んで確認できます。重い心不全の患者には通常、どのように塩分の摂取を制限するかが詳しく指示されます。栄養士による指導も役立ちます。塩分摂取量を制限している人でも、体液がひどくたまっているのでない限り、通常は正常時と同じだけ水分を摂取することができます。ただ、余分な水分はとらない方がよいでしょう。
体にたまった体液の量を調べる簡単で信頼性の高い方法は、毎日体重を測ることです。心不全の人は、できるだけ正確に毎日体重を測るよう医師に指示されますが、典型的には、朝起きて排尿してから朝食をとる前までに測定します。毎日同じ時間に同じ体重計を使い、同じような重さの服を着て体重を測り、毎日の体重を記録すれば、体重の変化の傾向を簡単に把握できます。1日当たり約1キログラム以上の体重増加は、体液の貯留を示す早期の警告です。急激な体重増加(1日に約1キログラムなど)が継続して起こる場合は、心不全の悪化が疑われます。
食塩摂取を制限しても、むくみが生じる人はたくさんいます。そうした人は、腰掛けるときに腫れた脚を台の上などに乗せて高くすべきです。この姿勢は余分な体液の再吸収と排泄を促します。人によっては、体液がたまるのを防ぐ弾性ストッキングの着用も必要になります。肺に水分がたまっている場合は、枕を重ねて上体を高くして寝るか、ベッドの頭の方を高くして寝ると、楽に眠れます。
心不全の治療薬
心不全の薬物療法では以下の薬剤を使用します。
具体的な薬剤およびクラスの詳細は、心不全の薬物療法を参照のこと。
どの種類の薬剤を使用するかは、心不全の種類によって異なります。収縮性心不全(駆出率が低下した心不全)には、すべてのクラスの薬剤が役立ちます。拡張性心不全(駆出率が保持された心不全)では、一般的にACE阻害薬、ARB、アルドステロン拮抗薬、ベータ遮断薬のみが使用されます。
薬を定期的に服用し、薬がなくなっていないか確認しておくことが重要です。
その他の治療
肺水腫のある人には酸素を供給する必要があり、特別なマスクを用いる場合もあります。場合によっては気管内にチューブを挿管し、人工呼吸器によって呼吸を補助し、呼吸仕事量の増加に対応します。
重度の心不全がある人には、ときに胸部に小さなモニター装置が埋め込まれることがあります。そのモニターで肺の中の圧力を継続的に測定できるため、主治医が薬剤を調整する上で役に立ちます。この装置は、心不全の発作を繰り返し、同時に腎不全もある人で特に有用です。
心不全が非常に重度で悪化しており、薬物療法が効かない人では、心臓移植が選択肢の1つになることもあります。薬物療法が効かない極めて重症の心不全患者には、血液の拍出を補助する機械的補助装置を専門機関で使用します。その他の機械的治療法や新しい治療法が研究されています。
急性心不全の治療
突然発症した心不全や急激に悪化した心不全に対しては、病院での緊急の治療が必要です。
急性肺水腫(肺に急激に体液がたまる病気)を起こしている場合は、フェイスマスクから酸素吸入を行います。利尿薬を静脈内注射し、ニトログリセリンなどの薬を静脈内または舌下投与することで、症状は急速かつ劇的に改善します。急性肺水腫に通常伴う不安感はモルヒネで軽減されます。さらにモルヒネは、呼吸数や心拍数を低下させ、血管を弛緩させることで心臓にかかる負担を軽減します。これらの治療を行っても呼吸が十分に改善しない場合は、制御された圧力で酸素供給できる専用のマスクを使用するか、気道にチューブを挿管することにより、人工呼吸器を使用して呼吸を補助します。
より症状が重く、治療がうまくいかない場合は、心臓の収縮を刺激するために、ドパミンやドブタミンといった アドレナリンや ノルアドレナリンと似た作用のある薬や、ミルリノンなどの心臓のポンプ機能を高める薬を短期間使用する場合もあります。これらの薬は長期間の治療には有用ではありません。
終末期の問題
心不全患者の多くは何年も生き続けることができるとはいえ、最大で70%の人が10年以内に死亡します。患者の余命は、心不全の重症度、原因を是正できたかどうか、そして行われた治療の内容によって異なります。軽度の心不全では約半数が10年以上生きることができ、重度の心不全では約半数が2年以上生きることができます。余命は治療によって延ばすことができます。
心不全になってしばらくした人は、やがて生活の質が低下し、限られた治療法しか受けられなくなる可能性があり、特に心臓移植を受けられない高齢者では治療法の選択肢が非常に限られます。最終的には、延命を試みるより、快適な状態を保つことの方が重要になる場合もあります。患者自身と家族が治療方針の決定に参加するべきです。実際、重症の心不全患者とその家族は、この問題について話し合いたいと望むもので、話し合うことは不必要な苦痛をもたらさないということが多くの研究で示されています。思いやりのあるケアを行う、症状を緩和する、個人の尊厳を保つ上で、できることはたくさんあります( 死と死期に関する序)。
心不全の人は、症状の悪化を経ないで、突然予期せず死亡することがあります。したがって、心不全の人は、自分のケアについて意思決定ができなくなった場合に備え、どのようなケアを望むかについての事前指示書をできる限り用意しておくべきです。また、遺言書を作成したり、ときおり見直したりすることも重要です。