産褥期(分娩後6週間)に発現する臨床症状は一般に,妊娠中に生じた生理的変化が元に戻ることを示している( 分娩後の正常な変化)。こうした変化は緩やかで一過性のものであり,病的な状態と取り違えてはならない。
産後の合併症はまれである。最も頻度が高いのは以下のものである:
臨床的パラメータ
分娩後はじめの24時間,褥婦の脈拍数は減少し始め,体温はわずかに上昇することがある。
3~4日間は腟分泌物に多量の血液が混じる(赤色悪露);その後,淡褐色(褐色悪露)となり,次の10~12日後には黄味を帯びた白になる(白色悪露)。
分娩の約1~2週間後,胎盤付着部から痂皮が剥離し出血する;出血は通常,自然に治まる。総失血量は約250mLである;サイズの適したタンポンを腟内に挿入する(頻繁に交換する)または外陰にナプキンをあて,血液を吸収させる。タンポンが会陰や腟の裂傷の治癒を妨げる可能性があるときには,使用すべきでない。遷延する出血(分娩後出血)は感染または胎盤遺残の徴候であることがあり,精査すべきである。
子宮復古が徐々に生じる;5~7日後には,硬くなって圧痛はなくなり,恥骨結合と臍とのほぼ中間に達する。2週間までに腹部からは触知できなくなり,典型的には4~6週間で妊娠前の大きさに戻る。子宮復古の際の収縮に疼痛(後陣痛)を伴う場合,鎮痛薬が必要となることがある。
検査パラメータ
1週目に,尿量は一時的に増加する;悪露が影響することもあるため,尿検査結果の解釈には注意しなければならない。
血液量が再分布するためHct値は変動することがあるが,分娩時の出血が多くなかった場合には,Hct値は妊娠前の水準にとどまる傾向にある。分娩時に白血球数が増加するため,分娩後24時間に著しい白血球増多(最大20,000~30,000/μL)が生じる;白血球数は1週間以内に正常値に戻る。血漿フィブリノーゲン値および赤沈値は,分娩後1週間は高値のままである。
分娩後の正常な変化
初期の管理
感染のリスク,出血および疼痛を最小限にする必要がある。典型的には分娩第3期の後,少なくとも1~2時間は厳重に観察し,区域麻酔または全身麻酔を分娩中に使用した場合(例,鉗子,吸引器,または帝王切開による)または分娩が完全にルーチンではなかった場合には数時間長く観察する。
出血
(さらなる情報については 分娩後出血を参照のこと。)
出血を最小限にすることが第一優先であり,具体策としては以下のものがある:
通常,分娩第3期後の1時間,子宮を収縮させ,過度の出血を予防するため,定期的に子宮をマッサージする。
子宮がマッサージだけでは収縮しない場合には,胎盤の娩出後速やかにオキシトシン10単位を筋注するか,希釈オキシトシン(10または20[最大80]単位/1000mLの点滴静注)を125~200mL/時にて投与する。子宮が硬くなるまで投与を続け,その後減量するか投与を終了する。重度の低血圧が起こることがあるため,オキシトシンを急速静注してはならない。
出血が増加する場合は,メテルギン(0.2mg,筋注)またはミソプロストール(800μg,直腸内,1回)を子宮収縮を促進するために用いることができる。必要であれば,メテルギン0.2mg,経口,6~8時間毎を最長7日間続けてもよい。
全ての褥婦に対し,回復期に以下のものを利用できるようにしておく必要がある:
失血量が過剰であった場合は,退院前に血算により貧血がないことを確認する必要がある。失血量が過剰でなかった場合は,血算は必要でない。
食事および活動
会陰のケア
不快感および疼痛
膀胱および腸管の機能
尿の貯留,膀胱の過度の拡張および導尿は可能であれば避ける。急激な利尿が,特にオキシトシンを中止する際に起こることがある。排尿を促し,モニタリングを行って,無症状である膀胱の過剰充満を予防すべきである。恥骨上部正中線上に触知可能な腫瘤がある場合や,子宮底が臍より上の高い位置にある場合,膀胱の過度の拡張が示唆される。過度の拡張が生じていれば導尿を行い,早急に不快感を軽減し,長期に及ぶ排尿機能障害を予防する必要がある。過度の拡張が再発する場合はカテーテルの留置または間欠的な使用が必要になることがある。
褥婦には退院までに排便してみるよう促すべきであるが,早期の退院の場合にはこの推奨は現実的でないことが多い。3日以内に排便が起こらなければ,緩下薬(例,オオバコ,ジオクチルソジウムスルホサクシネート,ビサコジル)を与えてもよい。便秘を避けることで痔を予防でき,既存の痔(坐浴でも治療可能)の症状の緩和にも役立つ。直腸または肛門括約筋を含む広範囲の会陰裂傷修復を行った女性には,便軟化剤(例,ジオクチルソジウムスルホサクシネート)を投与できる。
区域(脊髄や硬膜外)または全身麻酔により排便や自然排尿が遅れることがあり,これは一部には歩行開始が遅れることによる。
ワクチン接種およびRh脱感作
風疹に対する血清反応陰性の女性には,退院当日に風疹の予防接種を行うべきである。
破傷風・ジフテリア・無細胞百日咳(Tdap)混合ワクチン(各妊娠の27週~36週の間の接種が理想的)を接種していない女性や,破傷風・ジフテリアトキソイド(Td)の追加接種が2年以上前の場合には,授乳の状況にかかわらず,病院または出産センターからの退院前にTdapワクチン接種を行うべきである。新生児との接触が予想される家族が,過去にTdapの接種を受けたことがない場合には,百日咳の予防接種としてTdapの接種を受けるべきである。
褥婦がRh陰性でRh陽性児を出産したが,感作されていない場合,分娩後72時間以内にRh0(D)免疫グロブリン(300μg,筋注)を投与して感作を防ぐ( 胎児赤芽球症 : 予防)。
乳房緊満
精神障害
一過性の抑うつ(マタニティーブルー)は,分娩後の1週間に非常に多くみられる。症状(例,気分変動,易刺激性,不安,集中困難,不眠症,涙もろさ)は典型的には軽度で,通常7~10日で消失する。
医師は分娩前後の抑うつ症状について女性に尋ねるべきで,新たに母親になったことへの正常な反応(例,疲労,集中困難)に類似する場合がある抑うつの症状に注意すべきである。また抑うつ症状が2週間を超えて持続する場合や日常生活の妨げになる場合,または自殺や他殺念慮がある場合には連絡を取るよう女性に助言すべきである。このような症例では,産後うつ病または他の精神障害が存在する可能性がある。
産後うつ病の既往を含めた既存の精神障害が産褥期に再発または悪化する可能性が高いため,罹患している女性は厳密にモニタリングすべきである。
家庭における管理
褥婦と新生児は分娩後24~48時間以内に退院させてよい;家族指向の産科施設の多くでは,全身麻酔が行われず合併症がない場合は分娩後6時間程度で退院させる。
重篤な問題はまれであるが,24~48時間以内の家庭訪問,来院,または電話が必要である。ルーチンの産後健診は合併症のない経腟分娩後の女性では通常6週間後に予定される。帝王切開または他の合併症が発生した場合,フォローアップがそれより早く予定されることがある。
褥婦の体調が整い次第,日常活動を再開してよい。
経腟分娩後の性交は,希望があり快適であれば再開してよい;しかしながら裂傷または会陰切開の修復部位がまず治癒しなければならない。帝王切開後の性交は手術創が治癒するまで延期すべきである。
家族計画
退院時に風疹または水痘ワクチンを受けた女性では妊娠は1カ月遅らせなければならない。また,少なくとも分娩から6カ月,望ましくは18カ月妊娠を遅らせることで以降の産科転帰が改善する。
妊娠の可能性を最小限にするために,退院後すぐに避妊を開始すべきである。授乳していない女性であれば,排卵は通常は分娩後約4~6週,初めの月経の2週間前に起こる。しかしながら,排卵はそれより早く起こることもあり,分娩後2週間という早期に妊娠した例もある。授乳している女性では,排卵と月経の再開が通常は分娩後6カ月近くまで遅れる傾向があるが,授乳していない女性と同じくらい早くに排卵と月経が再開し,妊娠する女性も少数いる。
女性は様々な避妊法の選択肢から,特定のリスクと有益性に基づいて選ぶべきである。授乳の状況は避妊法の選択に影響する。授乳している女性には,非ホルモン性の方法が通常望ましい;ホルモン性の方法の中では,乳汁産生に影響を及ぼさない点から,プロゲスチンのみを含有する経口避妊薬,酢酸メドロキシプロゲステロンデポ剤の注射,およびプロゲスチンのインプラントが望ましい。 エストロゲン-プロゲステロン避妊薬は乳汁産生を阻害する可能性があり,母乳産生が十分確立されるまで使用を控えるべきである。混合型 エストロゲン-プロゲスチン腟内リングは授乳していない場合,分娩後4週間から使用可能である。
ペッサリーは,6~8週目に子宮復古が完了した後にのみ装着すべきである;それまでは発泡剤,ゼリー,コンドームを用いるべきである。
子宮内避妊器具は,排出のリスクを最小限にするために典型的には分娩後4~6週時点で留置するのが最適である。