妊娠中の薬物

執筆者:Ravindu Gunatilake, MD, Valley Perinatal Services;
Avinash S. Patil, MD, University of Arizona College of Medicine
レビュー/改訂 2021年 3月 | 修正済み 2021年 11月
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全妊娠の半分以上で薬物が使用されており,使用率は高まっている。特に頻用されている薬剤としては,制吐薬,制酸薬,抗ヒスタミン薬,鎮痛薬,抗菌薬,利尿薬,睡眠薬,精神安定薬,社会的薬物および違法薬物などがある。この傾向にもかかわらず,妊娠中の薬物使用に関する確固たるエビデンスに基づいたガイドラインはいまだ不足している。

妊娠中の薬物安全性に関する規制情報

最近まで,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)は,妊娠中の使用に関して一般用医薬品(OTC薬)および処方薬の安全性を5つのカテゴリーに分類していた(A,B,C,D,X)。しかしながら,良好に統制された治療薬の研究で妊婦を対象に実施されたものはほとんどない。妊娠中の薬物安全性に関する情報の大半は,動物試験,非対照研究,および市販後調査から得られたものである。そのため,FDAの分類システムは混乱を招くもので,利用可能な情報を臨床意思決定に適用することは困難であった。2014年12月,FDAは対応として,胎児危険度分類(pregnancy category)A,B,C,D,Xを全ての薬剤の表示から削除することを義務付けることとした。

現在FDAは,カテゴリーに代わり,製品表示により統一された書式で薬剤に関する情報を提供することを義務づけている(the final ruleまたはPregnancy and Lactation Labeling[Drugs]Final Rule[PLLR]と呼ばれる)。

FDAは以下の3つの項目に関する情報の記載を義務付けている:

  • 妊娠:妊婦における薬剤の使用に関する情報(例,用量,胎児リスク)および妊婦への薬物の影響についてデータを収集,管理しているレジストリの有無に関する情報

  • 授乳:授乳中の薬剤の使用に関する情報(例,母乳中の薬物の量,母乳栄養の乳児に及ぼしうる影響)

  • 生殖の可能性のある女性および男性:薬剤に関連した妊娠検査,避妊,および不妊に関する情報

妊娠と授乳の項目にはそれぞれ3つの小見出し(risk summary,clinical considerations,data)があり,詳細情報が提供される。The final ruleは非処方薬(一般用医薬品)には適用されない。

妊娠中の薬物使用の影響

妊娠中,薬物はしばしば特定の疾患を治療するために必要となる。一般的に,潜在的な有益性が既知のリスクを上回る場合に,妊娠中の疾患の治療にその薬物を考慮することがある。

母体の薬物全てが,胎盤を通過し胎児に到達するわけではない。胎盤を通過する一部の薬物は直接的な毒性や催奇形性をもつ可能性がある。胎盤を通過しない薬物も以下によって胎児に有害な作用を及ぼすことがある:

  • 胎盤血管を収縮させ,ガスおよび栄養の交換を障害する

  • 重度の子宮の緊張亢進を起こし,胎児に無酸素による傷害をもたらす

  • 母体の生理を変化させる(例,低血圧を起こす)

妊娠中に有害作用のみられる薬物のリストについては,妊娠中に有害作用を示す主な薬物の表を参照のこと。

薬物が胎盤を通過して拡散する様式は,それらが他の上皮細胞から成る関門を通過する様式と類似している(吸収を参照)。薬物が胎盤を通過するかどうか,また薬物の通過の早さは,薬物の分子量,別の物質(例,キャリアタンパク質)への結合の程度,胎盤絨毛を介した交換に利用できる面積,および胎盤によって代謝される薬物の量に依存する。分子量が500ダルトン未満の薬物の多くは,容易に胎盤を通過して胎児循環に入る。高分子量の物質(例,タンパク質に結合する薬物)は通常,胎盤を通過しない。1つの例外は免疫グロブリンGで,これは胎児の同種免疫性血小板減少症などの疾患の治療に使用されることがある。一般に,母体血液と胎児組織間の平衡には少なくとも30~60分を要する;ただし,一部の薬物では母体循環と胎児循環での濃度は同程度には達しない。

胎児への薬物の影響は,主に曝露時の胎児の在胎週数,胎盤透過性,母体因子,薬物の力価,投与量によって決まる。

胎児の在胎週数は薬物の作用に影響を与える:

  • 受精後20日目より前:薬物がこの時期に投与されると,典型的に作用は全か無で,胎芽を殺すか,あるいは全く影響しない。この段階で奇形発生は起こりにくい。

  • 器官形成期(受精後20~56日):この段階では奇形発生の可能性が最も高い。この段階で胎芽に到達する薬物は,自然流産,亜致死的な著しい解剖学的欠陥(真の催奇形作用),潜在的な胎児障害(出生してから明らかになることがある,永続的でわずかな代謝的または機能的な欠陥),または小児がんのリスク上昇(例,甲状腺癌の治療のために母親が放射性ヨードの投与を受けた場合)を引き起こすことがある;もしくはこうした薬物がほとんど影響しないこともある。

  • 器官形成期後(第2および第3トリメスター):奇形発生は起こりにくいが,薬物は正常に形成された胎児の器官や組織の成長および機能を変化させることがある。胎盤代謝が増加するにつれ,胎児への有害作用が起こるにはより高用量が必要になる。

母体因子には,薬物の吸収,分布,代謝,および排泄に影響するものを含む。例えば,悪心および嘔吐は経口薬の吸収を低下させる場合がある。

薬物の安全性に対して関心が広がっているが,治療薬への曝露は,全ての胎児先天奇形のうち2~3%未満である;多くの奇形は,遺伝的,環境的,複数の因子,または未知の原因により生じる。

表&コラム

妊娠中のワクチン

予防接種は,妊娠していない女性と同様に妊婦においても効果的である。

インフルエンザのシーズンには,第2または第3トリメスターの全妊婦に対してインフルエンザワクチンが勧められる。

破傷風-ジフテリア-百日咳(Tdap)ワクチンは,全ての妊婦に第3トリメスターで推奨される。

CDCは,5歳以上の全ての人にCOVID-19のワクチン接種を推奨しており,これには妊婦,授乳中の人,現在妊娠しようとしている人,将来妊娠する可能性がある人も含まれる。妊娠中にCOVID-19ワクチンを接種することの安全性と有効性に関してエビデンスが増えてきている。それらのデータから,COVID-19のワクチン接種を受けることによる便益が,妊娠中のワクチン接種の既知のリスクや潜在的リスクを上回ることが示唆されている。(CDC: COVID-19 Vaccines While Pregnant or Breastfeedingも参照のこと。)

その他のワクチンは,妊婦または胎児が危険な感染症に曝露するリスクが有意に高く,かつワクチンによる有害作用のリスクが低い状況でのみ,使用すべきである。コレラA型肝炎B型肝炎麻疹,ムンプス,ペスト,ポリオ狂犬病チフス,および黄熱に対するワクチン接種は,感染のリスクが非常に高い場合,妊娠中に行ってもよい。

生ウイルスワクチンは,妊婦や妊娠している可能性のある女性には投与しない。風疹ワクチンは弱毒生ウイルスワクチンで,無症候性の胎盤および胎児感染を起こしうる。しかしながら,風疹ワクチンによるものとされる新生児異常は報告されておらず,妊娠初期に不注意にワクチン接種を受けた妊婦に対し,ワクチンによる理論上のリスクのみに基づいて中絶するよう指導する必要はない。水痘ワクチンも,胎児に感染しうる弱毒生ウイルスワクチンである;リスクは妊娠13週~22週に最も高い。このワクチンは妊娠中には禁忌である。

妊娠中の抗うつ薬

7~23%の妊婦が周産期うつ病を発症すると推定されていることから,妊娠中には抗うつ薬(特に選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI])が広く使用されている。妊娠中の生理的変化および心理社会的変化がうつ病に影響する可能性があり(悪化させることがある),おそらく抗うつ薬への反応を低下させる。理想的には,産科医と精神科医を含む集学的医療チームが妊娠中のうつ病を管理すべきである。

抗うつ薬を使用している妊婦には妊婦健診毎に抑うつ症状について尋ねるべきであり,また適切な胎児検査を行うべきである。検査には以下のものが含まれる:

  • 第2トリメスター中の胎児の解剖学的構造に関する詳細な評価

  • 妊婦がパロキセチンを服用している場合,胎児の心臓を評価するための心エコー検査(一部の研究において,パロキセチンは先天性心奇形のリスクを上昇させると考えられたため)

新生児の離脱症状のリスクを減らすために,第3トリメスター中に全ての抗うつ薬の用量を最小有効量まで漸減することを検討すべきである。ただし,漸減による有益性と,症状の再発および産後うつ病のリスクとのバランスを慎重に考慮しなければならない。産後うつ病はよくみられ,認識されないことも多く,見つかれば直ちに治療すべきである。精神科医および/またはソーシャルワーカーによる定期的な診察や訪問が役立つことがある。

妊娠中の抗ウイルス薬

一部の抗ウイルス薬(例,HIV感染症に対するジドブジンやリトナビル)は,妊娠期間中,長きにわたり安全に使用されてきている。ただし,胎児に問題を引き起こす可能性のある抗ウイルス薬もある。

COVID-19の治療にレムデシビルを使用すべきかどうかについては,リスク-ベネフィット評価後に治療チームと患者が決定すべきである。一般的に推奨されているのは,妊娠中の薬物治療の安全性に関する理論的な懸念をもって,COVID-19に対する効果的となりうる治療法(レムデシビルを含む)の使用を妨げるべきではないということである。レムデシビルの胎児への安全性に関するデータは限られているが,pregnancy registryが利用可能である。重症のCOVID-19である妊婦と産後の入院患者からなる86人のグループでは,レムデシビルの忍容性は良好で,重篤な有害作用の発生率は低かった(1)。

インフルエンザの抗ウイルス薬は,発症から48時間以内の治療が最も効果的であるため,診断確定のための検査結果を待つことなく,できるだけ早く投与すべきである。ただし,感染中のどの時点であっても,治療によって重度の合併症のリスクが低下する。妊婦を対象としたザナミビルとオセルタミビルの対照研究は行われていないが,多くの観察研究から,妊娠中のこれらの使用は有害作用のリスクを増大させないことが示されている。ペラミビルの妊娠中の安全性に関するデータはさらに少なく,また妊婦を対象としたバロキサビルに関するデータはない。医療従事者は,インフルエンザの症状と徴候がどのようなものであるかを妊婦に伝え,症状が現れたらすぐに治療を受けるように助言すべきである。

妊娠中のアシクロビル(経口および外用)は安全なようである。

妊娠中の社会的薬物と違法薬物

喫煙は,妊婦において最もよくみられる依存症である。また,喫煙をする女性の割合,中でもヘビースモーカーの割合は増加していると思われる。妊娠中に禁煙するのは喫煙者のうちわずか20%である。タバコ中の一酸化炭素およびニコチンは,低酸素症ならびに血管収縮を引き起こし,以下のリスクを増大させる:

喫煙する母親から生まれた新生児にはまた,無脳症,先天性心疾患,口唇口蓋裂,乳児突然死症候群,身体発育障害および知的発達障害,および行動障害がもたらされる可能性が高い。禁煙または喫煙制限によってリスクは減少する。

副流煙への曝露も同様に胎児に害を及ぼす可能性がある。

アルコールは最もよく使用されている,催奇形性のある物質である。妊娠中の飲酒は自然流産のリスクを増大させる。リスクはおそらくアルコール摂取量と関連するが,リスクなしとされる量は分かっていない。日常的な飲酒により出生体重は約1~1.3kg減少する。特に大量飲酒は,おそらく1日に純粋アルコール45mL(約3単位に相当)程度であっても,胎児性アルコール症候群を引き起こしうる。この症候群は出生1000人当たり2.2例の頻度で発生し,胎児発育不全,顔面および心血管系の異常,ならびに神経機能障害などが含まれる。また知的障害の主な原因であり,発育不良による新生児死亡を引き起こしうる。

コカインまたはメタンフェタミンの使用は間接的な胎児リスク(例,妊娠中の母体の脳卒中または死亡)となる。使用によりおそらく胎児の血管収縮および低酸素症も引き起こす。反復使用によって以下のリスクが増大する:

マリファナの主要代謝物は胎盤を通過できるが,マリファナの娯楽的使用によって,先天奇形または胎児発育不全のリスクが必ず増大するとは限らないようである。出生後の長期的な神経行動学的異常のリスクについては議論があり,研究段階にある。複数の州でマリファナが入手しやすくなっていること,およびより広範な用途に使用されている傾向により,時間の経過とともにマリファナの作用への理解が向上していく可能性がある。

バスソルトは様々なアンフェタミン類似物質から作られる一群の合成麻薬を指す;これらの薬物が妊娠中に使用されることが増えている。作用はあまり解明されていないが,胎児が血管収縮および低酸素症を来す可能性が高く,死産,常位胎盤早期剥離,およびおそらく先天奇形のリスクがある。

幻覚剤は,薬剤の種類により以下のリスクを増大させる可能性がある:

  • 自然流産

  • 切迫早産および早産

  • 胎児や新生児の離脱症候群

幻覚剤にはメチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA,通称エクスタシー),ロヒプノール,ケタミン,メタンフェタミン,LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)などがある。

オピオイド (例,ヘロイン,メサドン,モルヒネ)は容易に胎盤を通過するため,胎児のオピオイド依存を招くことがある。生後6時間~8日に,新生児に離脱症状が起こる可能性がある。ただし,オピオイドの使用により先天奇形が発生することはまれである。

妊娠中のオピオイドの使用により,以下のような妊娠合併症のリスクが増大する:

  • 自然流産

  • 胎位異常

  • 早産

ヘロインは在胎不当過小児(small-for-gestational-age infant)となるリスクを増加させる。

大量のカフェイン摂取が周産期リスクを増加させるかは不明である。少量のカフェイン摂取(例,1日1杯のコーヒー)では,胎児へのリスクがほとんどまたは全くないようであるが,いくつかのデータ(喫煙や飲酒摂取については説明なし)により,多量の摂取(1日7杯を超えるコーヒー)が死産,早産,低出生体重児,自然流産のリスクを増大させることが示唆されている。カフェインを除去した飲料は,理論的に胎児へのリスクをほとんどもたらさない。

アスパルテーム(ダイエット用砂糖代用品)の妊娠中の使用は,しばしば問題視されている。アスパルテームの最も一般的な代謝物であるフェニルアラニンは,胎盤の能動輸送によって胎児内で濃縮される;毒性濃度になれば知的障害を引き起こす可能性がある。しかしながら,摂取量が通常の範囲内であれば,胎児のフェニルアラニン濃度は毒性濃度よりはずっと低くなる。したがって,妊娠中のアスパルテーム摂取量が適当であれば(例,1日にダイエットソーダ1リットル以下),胎児毒性のリスクはほとんどないようである。しかしながら,フェニルケトン尿症の妊婦においては,フェニルアラニンの摂取,つまりアスパルテームの摂取も禁じられる。

より詳細な情報

  1. The FDA's Content and Format of Labeling for Human Prescription Drug and Biological Products; Requirements for Pregnancy and Lactation Labeling:このドキュメントは,妊娠に関する表示の変更に関するもので,胎児危険度分類(pregnancy category)A,B,C,D,Xを削除し,より有用で,詳細な情報に置き換えることとしている。新たな表示では,医療従事者が処方を決定し,妊娠中および授乳中の薬物使用について女性に助言するのに役立つよう,妊娠中および授乳中の薬物使用のリスクに関する要約,その要約を裏付けるデータや関連情報を記載することが求められている。

  2. Teratogen Information System:このウェブサイトでは,医療従事者が妊娠中の薬剤(および環境性曝露[例,ワクチン,感染症])のリスクを判断するのに役立つ情報を提供している。1700を超える薬剤(最も頻繁に処方される200の薬剤を含む)に関する専門家の情報が掲載されている。臨床および試験に関する文献が要約され,その情報に基づいて催奇形性のリスクが指定されている。サブスクリプションが必要である。

  3. MotherRisk: このジャーナルのウェブサイトでは,胎児および母体への薬剤のリスクとその他の因子に関する情報を提供しており,母親と胎児に対するリスクと便益のバランスをとるべく,母親を治療することのリスクと胎児を保護する方法に焦点を当てている。

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