アフリカトリパノソーマ症

(アフリカ睡眠病)

執筆者:Richard D. Pearson, MD, University of Virginia School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 11月
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アフリカトリパノソーマ症は,Trypanosoma brucei属原虫による感染症であり,ツェツェバエの刺咬により伝播する。症状としては,特徴的な皮膚病変,間欠熱,頭痛,悪寒・振戦,一過性の浮腫,全身性リンパ節腫脹などのほか,しばしば致死的な髄膜脳炎もみられる。診断は血液,リンパ節吸引液,または髄液中の虫体の同定か,ときに血清学的検査による。治療はスラミン(suramin),ペンタミジン,メラルソプロール(melarsoprol),またはエフロルニチン(eflornithine)により,感染した亜種,臨床病期,および薬剤の利用可能性に応じて変わる。

アフリカトリパノソーマ症は,西および中央アフリカではガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense),東アフリカではT. brucei rhodesienseによって引き起こされており,ウガンダでは両方の種が流行している。ガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense)はアフリカトリパノソーマ症の全症例の98%を占め,T. brucei rhodesienseは2%を占める。アフリカトリパノソーマ症は,世界保健機関(World Health Organization)による根絶計画の対象とされており,感染症コントロールの努力の甲斐あって,過去20年間に世界で報告された症例数は劇的に(95%以上)減少し,2018年には1000例を下回った。米国では平均で年間1例が診断されており,全例が流行地域から米国へ帰国した旅行者である。

これらの寄生虫は,ツェツェバエにより伝播されるほか,出産前に母親から胎児に伝播されうる。まれに,輸血により感染が伝播することもあり,理論的には臓器移植による伝播も考えられる。

別のトリパノソーマ属原虫であるTrypanosoma cruziは,中南米で流行しており,シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)を引き起こす。

アフリカトリパノソーマ症の病態生理

ツェツェバエにより接種されたメタサイクリック型(発育終末型)トリポマスティゴートが血流型トリポマスティゴートに変態し,これが接種後二分裂により増殖してリンパおよび血流を介して広がる。血流型トリポマスティゴートは増殖し,やがて宿主が産生する特異抗体により原虫濃度が急激に低下する。しかしながら,一部の原虫は可変性表面糖タンパク質の変化により免疫による攻撃を免れ,新たな増殖サイクルを開始する。増殖および減少のサイクルを反復する。

アフリカトリパノソーマ症の後期には,トリパノソーマが心筋や最終的には中枢神経系を含む多くの臓器の間質液に出現する。感染したヒトまたは動物をツェツェバエが刺咬すると,このサイクルが継続する。

ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)の主な病原体保有生物はヒトであるが,この種は動物の体内にも生息しうる。野生の猟獣はT. b. rhodesienseの主な病原体保有生物である。

アフリカトリパノソーマ症の症状と徴候

アフリカトリパノソーマ症には以下の3つの病期がある:

  • 皮膚期

  • 血液リンパ期

  • 中枢神経系期

皮膚期

ツェツェバエの刺咬部位に数日から2週間以内に丘疹が出現することがある。続いて疼痛を伴う暗赤色で硬結性の小結節となり,これが潰瘍化することがある(トリパノソーマ下疳[trypanosomal chancre])。下疳はT.b. rhodesienseに感染した白人の約半数でみられるが,T. b. rhodesienseに感染したアフリカ人ではあまりみられず,ガンビアトリパノソーマ(T.b. gambiense)ではめったにみられない。

血液リンパ期

ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)感染症では数カ月にわたり間欠熱,頭痛,悪寒・振戦,筋肉痛,関節痛,および一過性の顔面腫脹が現れるが,T. b. rhodesiense感染症における症状持続期間は数週間である。一過性の環状紅斑性発疹が出現することがある。皮膚の色が薄い患者において最も容易に目視できる。全身性リンパ節腫脹がしばしば生じる。

Winterbottom徴候(後頸三角におけるリンパ節の腫脹)は,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)睡眠病の特徴である。

中枢神経系期

ガンビア型においては,急性疾患発症後数カ月から数年で中枢神経系症状が現れる。ローデシア型においては,疾患はより劇症で中枢神経系への侵入はしばしば数週間以内に起こる。

中枢神経系病変は持続性頭痛,集中困難,人格変化(例,進行性の倦怠感および無関心),日中の傾眠,振戦,運動失調,末期には昏睡を引き起こすことがある。

無治療の場合,T. b. rhodesiense感染症では発症から数カ月以内,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)感染症では2年目または3年目に死に至る。未治療の患者は低栄養または二次感染症から昏睡を来して死亡する。

アフリカトリパノソーマ症の診断

  • 血液(薄層または厚層塗抹標本)または他の体液検体の光学顕微鏡検査

アフリカトリパノソーマ症の診断は,下疳中の体液,リンパ節吸引液,血液,骨髄穿刺検体,または感染後期では髄液中のトリパノソーマの同定によって行う。T. b. rhodesienseでは血液塗抹標本,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)では腫大したリンパ節から吸引した体液を用いるのが望ましい。直接鏡検で運動性を示すトリパノソーマの有無を調べ,標本は固定してギムザ(またはField)染色で染色して鏡検すべきである。血中のトリパノソーマ濃度は低いことが多いが,濃縮法(例,遠心分離,miniature anion-exchange centrifugation法,定量的バフィーコート[quantitative buffy coat]法)によって感度を上げることができる。

抗体は発症後に陽転するため,抗体検出法は臨床的にあまり有用ではない。しかしながら,集団スクリーニングにおけるガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)に対するカード凝集試験(card agglutination tes)は,顕微鏡検査の候補者を同定するのに有用である。

アフリカトリパノソーマ症の患者には全例で腰椎穿刺を施行すべきである。髄液に感染が及んでいる場合は,初圧が上昇することがあり,髄液中のリンパ球( 6/μL以上),総タンパク質,および非特異的IgM濃度が上昇する。トリパノソーマに加えて,特徴的なMott細胞(免疫グロブリンを中に含んだ細胞質内空胞[Russell小体]のある形質細胞)がみられることがある。

その他の非特異的な臨床検査所見としては,貧血,単球増多,血清中多クローン性IgM濃度の著明な上昇などがある。

アフリカトリパノソーマ症の治療

アフリカトリパノソーマ症の治療法は原虫種および病期により異なる。

  • 中枢神経系が侵されていない場合,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)にはペンタミジン,T. b. rhodesienseにはスラミン(suramin)

  • 中枢神経系が侵されている場合,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)にはエフロルニチン(eflornithine)またはメラルソプロール(melarsoprol),T. b. rhodesienseにはメラルソプロール(melarsoprol)

中枢神経系が侵されていない場合

ペンタミジンとスラミン(suramin)は,ともにT. bruceiの両亜種の血流期に対して効果的であるが,血液脳関門を通過しないため,中枢神経系感染には有用でない。ペンタミジンはガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)に使用され,スラミン(suramin)は血液リンパ期のT. b. rhodesiense感染症に効果的な唯一の薬剤である。ペンタミジンの用量は4mg/kg,筋注または静注,1日1回,7~10日間である。最初にスラミン(suramin)(CDCから入手可能)を100mg試験的に静脈内投与し(過敏症を除外するため),続いて1,3,7,14,および21日目に20mg/kg(最大1g)を静脈内投与する。スラミン(suramin)はガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)に対する治療には使用されない。効果的となる可能性があるが,悪心,嘔吐,羞明,知覚過敏,末梢神経障害,腎毒性,蕁麻疹,そう痒などの副作用が報告されている。また,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)が生息する西アフリカの多くの地域で流行している回旋糸状虫(Onchocerca volvulus)に同時感染した患者では,重篤な過敏反応が起きる可能性がある。

フェキシニダゾール(flexinidazole)は,流行地域におけるガンビアトリパノソーマ感染症の治療に関する世界保健機関の暫定ガイドラインで採用されており,血液・リンパ系感染や重度ではない中枢神経系感染を来した患者に使用される。米国では入手できず,使用も推奨されていない。

中枢神経系が侵されている場合

可能であれば,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)による中枢神経系疾患にはエフロルニチン(eflornithine)を100mg/kg,静注,1日4回,14日間で使用する(エフロルニチン[eflornithine]はT. b. rhodesienseには無効である)。WHOは,エフロルニチン(eflornithine)をニフルチモックス(nifurtimox)5mg/kg,1日3回,10日間と併用することを推奨している(1)。エフロルニチン(eflornithine)の有害作用としては,消化管症状,骨髄抑制,痙攣発作などがある。ニフルチモックス(nifurtimox)の一般的な副作用としては,食欲不振,悪心,嘔吐,体重減少,多発神経障害,頭痛,めまい,回転性めまいなどがある。

米国では,エフロルニチン(eflornithine),ニフルチモックス(nifurtimox),およびメラルソプロール(melarsoprol)は米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)から入手できる。

アフリカ諸国では,エフロルニチン(eflornithine)の利用可能性が限られているため,有害作用が重度で生命を脅かす恐れがあるにもかかわらず,有機ヒ素剤のメラルソプロール(melarsoprol)がしばしば使用される。メラルソプロール(melarsoprol)の用量は以下の通りである:

  • ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense):2.2mg/kg,静注,1日1回,10日間

  • T. b. rhodesiense:2~3.6mg/kg,静注,1日1回,3日間;その7日後から3.6mg/kg,1日1回,3日間,その7日後から同用量でさらに3日間

重度の中枢神経系症状を有する衰弱患者に対しては,代替レジメンが提唱されている。髄液検査を含めたフォローアップ検査を2年間にわたり6カ月毎に(症状が再発した場合はより頻回に)実施することが推奨される。

メラルソプロール(melarsoprol)の重篤な有害作用として,脳症反応,剥脱性皮膚炎,心血管毒性(高血圧,不整脈,心不全),ヒ素による消化管および腎毒性などがある。

脳症反応のリスクを低減するためにコルチコステロイドが使用されている。

治療に関する参考文献

  1. 1. Büscher P, Cecchi G, Jamonneau V, et al: Human African trypanosomiasis.Lancet, 390(10110):2397-2409m 2017.doi: 10.1016/S0140-6736(17)31510-6

アフリカトリパノソーマ症の予防

アフリカトリパノソーマ症の予防法としては,流行地域の回避やツェツェバエに対する防御などがある。動物保護地区への訪問者は,手首および足首までの長さのある,背景に溶け込む中間色の厚手の衣類を着用し(ツェツェバエによる刺咬は薄い衣類であれば貫通する),防虫剤を使用すべきである(ただし,ツェツェバエに対する防虫剤の効力は限られている可能性がある)。

ペンタミジンはガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)の感染予防に役立つ可能性があるが,膵β細胞を障害するため,インスリンの放出と低血糖につながり,後に糖尿病を引き起こす可能性がある;そのため,もはや予防に使用されることはない。

アフリカトリパノソーマ症の要点

  • アフリカトリパノソーマ症は,西および中央アフリカではガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense),東アフリカではT. b. rhodesienseによって引き起こされ,ツェツェバエが主な媒介動物である。

  • 3つの病期,すなわち皮膚期,血液リンパ期,および中枢神経系期(アフリカ睡眠病)がある。

  • 血液(薄層または厚層塗抹)または他の体液検体の光学顕微鏡検査を用いて診断する。

  • アフリカトリパノソーマ症の治療法は原虫種および病期により異なる。

  • 中枢神経系が侵されていない場合,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)にはペンタミジン,T. b. rhodesienseにはスラミン(suramin)を使用する。

  • 中枢神経系が侵されている場合,ガンビアトリパノソーマ(T. b. gambiense)にはエフロルニチン(eflornithine)(利用できる場合)を単剤またはニフルチモックス(nifurtimox)と併用で投与するか,メラルソプロール(melarsoprol)(エフロルニチン[eflornithine]が利用できない場合)を投与し,T. b. rhodesienseにはメラルソプロール(melarsoprol)を使用する。

アフリカトリパノソーマ症についてのより詳細な情報

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