免疫は以下の形で付与することができる:
抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド)
抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素)
トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。
ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌またはウイルスの断片を懸濁液としたものである。米国で使用可能なワクチンについては, 表 米国で使用可能なワクチン を参照のこと。
予防接種に関する最新の推奨事項は,米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)のウェブサイトのRecommended Child and Adolescent Immunization Schedule 2022およびRecommended Adult Immunization Schedule 2022で参照可能であり,また無料のモバイルアプリとして入手できる。2022年版の成人向け予防接種スケジュールに加えられた変更の要約が,ここから入手可能である。
個々のワクチンの成分(添加剤を含む)については,各ワクチンの添付文書を参照のこと。
ワクチン接種は,世界中で重篤な疾患の予防と健康の増進に極めて高い効果を上げている。ワクチンにより,かつては発生率や致死率が非常に高かった感染症(例, 天然痘 天然痘 天然痘は,オルソポックスウイルス属の一種である天然痘ウイルスによって引き起こされる,非常に感染力の強い疾患である。致死率は約30%である。自然感染は根絶されている。アウトブレイクに対する主な懸念はバイオテロによるものである。重度の全身症状と特徴的な膿疱が発生する。治療は一般に対症療法であり,抗ウイルス薬を使用することもある。予防にはワクチ... さらに読む , ポリオ ポリオ ポリオは,ポリオウイルス(エンテロウイルスの一種)によって引き起こされる急性感染症である。臨床像としては,非特異的な軽症疾患(不全型ポリオ),ときに麻痺のない無菌性髄膜炎(非麻痺型ポリオ),より頻度は低いが様々な筋群の弛緩性脱力(麻痺型ポリオ)がある。診断は臨床的に行うが,臨床検査による診断も可能である。治療は支持療法による。... さらに読む , ジフテリア ジフテリア ジフテリアは,主にグラム陽性桿菌であるジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の毒素産生株,まれに比較的頻度の低い他のCorynebacterium属細菌によって引き起こされる,咽頭または皮膚の急性感染症である。症状は非特異的な皮膚感染症または偽膜性咽頭炎で始まり,それに続いて外毒... さらに読む )が,現在ではまれとなっていたり,根絶されたものもある。しかしながら,天然痘を除き,これらの感染症は現在でも世界の医療サービスが不十分な地域で発生している。
2021年10月6日,世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,サハラ以南アフリカをはじめとする,熱帯熱マラリア原虫 Plasmodium falciparumによるマラリアの感染率が中程度から高い水準にある地域の小児に対して, マラリア マラリア マラリアはマラリア原虫(Plasmodium属原虫)による感染症である。症状および徴候としては,発熱(周期熱のことがある),悪寒,振戦,発汗,下痢,腹痛,呼吸窮迫,錯乱,痙攣発作,溶血性貧血,脾腫,腎臓の異常などがある。診断は血液塗抹標本におけるマラリア原虫(Plasmodium属)の観察と迅速診断検査による。... さらに読む ワクチンRTS,S/AS01(RTS,S)の広範な使用を推奨した。
以下を含む多くの重要な感染症では,いまだ効果的なワクチンが実用化されていない:
大半の性感染症(例, HIV感染症 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れ... さらに読む , ヘルペス 性器ヘルペス 性器ヘルペスは,ヒトヘルペスウイルス1型または2型によって引き起こされる性感染症である。潰瘍性の性器病変が生じる。診断は臨床的に行い,培養,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査,または血清学的検査により確定する。治療は抗ウイルス薬による。 性器ヘルペスは,先進国において最も頻度の高い潰瘍性の... さらに読む , 梅毒 梅毒 梅毒は,スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)によって引き起こされる疾患で,臨床的に3つの病期に区別され,それらの間には無症状の潜伏期がみられることを特徴とする。一般的な臨床像としては,陰部潰瘍,皮膚病変,髄膜炎,大動脈疾患,神経症候群などがある。診断は血清学的検査のほか,梅毒の病期... さらに読む , 淋菌感染症 淋菌感染症 淋菌感染症は,淋菌(Neisseria gonorrhoeae)と呼ばれる細菌によって引き起こされる。典型的には,尿道,子宮頸部,直腸,咽頭の上皮,または結膜に感染し,刺激感または疼痛および膿性分泌物を生じさせる。皮膚および関節への播種はまれであるが,皮膚のただれ,発熱,および移動性の多関節炎または少関節型の化膿性関節炎を引... さらに読む , クラミジア感染症 クラミジア,マイコプラズマ,およびウレアプラズマによる粘膜感染症 非淋菌性STDとしての尿道炎,子宮頸管炎,直腸炎,および咽頭炎は,主にクラミジアが原因であるが,まれにマイコプラズマまたはUreaplasma属細菌によることもある。クラミジアは,卵管炎,精巣上体炎,肝周囲炎,新生児結膜炎,および乳児肺炎も引き起こすことがある。未治療のクラミジア卵管炎は慢性化し,引き起こす症状は最小限である... さらに読む )
マダニ媒介性感染症(例, ライム病 ライム病 ライム病は,スピロヘータの一種であるBorrelia属細菌によって引き起こされるダニ媒介性感染症である。初期症状に遊走性紅斑があり,数週間から数カ月後には神経,心臓,または関節の異常が続発することがある。病初期では主に臨床所見から診断するが,疾患後期に発生する心臓合併症,神経系合併症,およびリウマチ性合併症の診断には血清学的... さらに読む , エーリキア症およびアナプラズマ症 エーリキア症およびアナプラズマ症 エーリキア症およびアナプラズマ症はリケッチア様細菌によって引き起こされる。エーリキア症は主にEhrlichia属細菌によって,アナプラズマ症はAnaplasma phagocytophilumによって引き起こされる。どちらもダニがヒトへの伝播を媒介する。症状は,発疹がはるかに少ないという点を除き,ロッキー山紅斑... さらに読む , バベシア症 バベシア症 バベシア症は,バベシア(Babesia属の原虫)による感染症である。バベシア症は無症状の場合もあれば,発熱および溶血性貧血を伴うマラリア様症状を引き起こす場合もある。無脾患者,高齢患者,およびAIDS患者において最も重症化する。診断は血液塗抹検査,血清学的検査,またはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査でのバベシア(Ba... さらに読む )
特定のワクチンは,接種歴がなく,感染歴の証拠がない特定の年齢の全ての成人に対して,ルーチンに推奨される。その他のワクチン(例, 狂犬病 予防 , カルメット-ゲラン桿菌[BCG] 予防接種 結核は,しばしば初感染から一定期間の潜伏期を経て発症する慢性進行性の抗酸菌感染症である。結核は肺を侵すことが最も多い。症状としては,湿性咳嗽,発熱,体重減少,倦怠感などがある。診断は喀痰の塗抹および培養によることが最も多いが,分子生物学に基づく迅速診断検査の利用も増えてきている。治療では複数の抗菌薬を少なくとも6カ月間投与する。... さらに読む , 腸チフス 予防接種 腸チフスは,グラム陰性細菌である血清型Typhi(Salmonella enterica血清型Typhi[S. Typhi])を原因菌とする全身性疾患である。症状は高熱,極度の疲労,腹痛,およびバラ色の発疹がある。診断は臨床的に行い,培養により確定する。治療はセフトリアキソン,シプロフロキサシン,またはアジスロ... さらに読む , 黄熱 予防 )はルーチンの接種は行われず,特定の集団や状況でのみ推奨される(CDCのRecommended Adult Immunization Schedule 2022および本マニュアルの個別の疾患に関する記載を参照; 1 総論の参考文献 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む )。
臨床ガイドラインにもかかわらず,推奨されているワクチンの接種を受けていない成人もいる。例えば,65歳以上で過去10年以内に破傷風ワクチンの接種を受けた成人の割合は55.1%に過ぎない。また,黒人,アジア人,ヒスパニック系では,白人よりもワクチン接種率が低い傾向がある。
総論の参考文献
1.Freedman MS, Bernstein H, and Ault KA: Recommended adult immunization schedule, United States, 2022.Ann Int Med 175(3):432-443.doi: 10.7326/M22-0036
ワクチンの接種
ワクチンは添付文書の推奨に厳密に従って接種すべきであるが,ほとんどのワクチンは,効力を失うことなく一連の接種間隔を延長することができる。
注射ワクチンは通常,大腿中外側部(乳幼児)または三角筋(学齢期の小児および成人)の筋肉内に接種される。一部のワクチンは皮下接種される。ワクチンの接種に関する詳細については,Advisory Committee for Immunization Practices(ACIP)のGeneral Best Practice Guidelines for Vaccine AdministrationおよびImmunization Action CoalitionのAdministering Vaccines to Adultsを参照のこと。
肩の三角筋下の組織および構造に誤ってワクチンを接種してしまうことで,ワクチン接種に関連した肩の損傷(shoulder injury related to vaccine administration:SIRVA)が引き起こされることがある(1 ワクチン接種に関する参考文献 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む )。
臨床医は,ワクチンが推奨に従って接種されるように,受診のたびに患者の予防接種状況を確認するためのプロセスを整備するべきである。患者(または養育者)には,予防接種スケジュールからの遅れが生じないよう,自身の予防接種歴を(書面または電子媒体で)記録しておき,その情報を新しい医療従事者および医療機関と共有するよう奨励すべきである。
患者が一連の予防接種(例,B型肝炎またはヒトパピローマウイルス)を中断した場合,推奨される接種間隔が過ぎていれば,医療従事者はその患者が次回来院した際に,推奨される次回分の接種を行うべきである。一連の接種を最初(すなわち1回目)からやり直してはならない。
複数のワクチンの同時接種
まれに例外はあるものの, ワクチンの同時接種 複数のワクチンの同時接種 米国では,厳格なワクチン安全性システムが整備されているにもかかわらず,依然として一部の親は小児におけるワクチンの使用や予防接種スケジュールの安全性について懸念を抱いている。そのような懸念から,推奨される予防接種の一部しか子どもに受けさせない親や,予防接種を全く受けさせない親もいる。米国では,2006年に1%であった予防接種免除率が2016... さらに読む は安全かつ効果的であると同時に,便利であり,小児でワクチン接種の機会を失う可能性がある場合や,成人が国際旅行前に複数のワクチンの接種を希望する場合には,特に推奨される。ただし,機能的または解剖学的無脾症の小児に対する肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)と髄膜炎菌結合型ワクチンMenACWY-D(Menactra)の同時接種は例外であり,これら両方のワクチンを1回の来院で一度に接種してはならず,4週間以上の間隔を空けるべきである。
同時接種には,混合ワクチン(米国で使用可能なワクチン 米国で使用可能なワクチン の表を参照)のほか,1つ以上の単抗原ワクチンを使用することができる。2つ以上のワクチンを,それぞれ別の注射器を用いて,異なる注射部位に同時に接種することができる。
生ウイルスワクチン(水痘およびMMR)を同時に接種しない場合は,4週間以上の間隔を空けるべきである。
ワクチン接種に関する参考文献
1.Barnes MG, Ledford C, Hogan K: A "needling" problem: Shoulder injury related to vaccine administration.J Am Board Fam Med 25(6):919–922, 2012.doi: 10.3122/jabfm.2012.06.110334
制限事項,注意事項,および高リスク群
制限事項および注意事項とは,ワクチンに対する有害反応のリスクが高まる,またはワクチンの免疫誘導能が損なわれる条件のことである。それらの条件は,通常は一時的なもので,時間が経てばそのワクチンを接種できることを意味する。ときに,注意事項に該当しながらも,ワクチンの防御効果がワクチンに対する有害反応のリスクを上回るために,ワクチン接種の適応となる場合もある。
禁忌は,重篤な有害反応のリスクが高まる条件である。禁忌がある場合は,ワクチンを接種してはならない。
アレルギー
多くのワクチンでは,ワクチンまたはその成分のいずれかに対する重篤なアレルギー反応(例, アナフィラキシー反応 アナフィラキシー アナフィラキシーは,急性で生命を脅かす可能性のあるIgE介在性のアレルギー反応で,すでに感作されている人が感作抗原に再び曝露した場合に発生する。症状としては,吸気性喘鳴,呼吸困難,呼気性喘鳴,低血圧などがある。診断は臨床的に行う。治療はアドレナリンによる。気管支攣縮および上気道浮腫では,β作動薬の吸入または注射,ときに気管挿管が必要になる... さらに読む )が唯一の禁忌となっている。
卵アレルギーは米国ではよくみられる。大半の インフルエンザワクチン インフルエンザワクチン インフルエンザワクチンは毎年,世界保健機関および米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の勧告に基づき,最も流行しているウイルス株(通常はインフルエンザA型の2株とインフルエンザB型の1~2株)が含まれるように変更されている。ときに,北半球と南半球で若干異なる... さらに読む など,細胞培養系で生産される一部のワクチンには卵抗原が微量に含まれるため,卵に対してアレルギーを有する患者にそれらのワクチンを使用することには懸念がある。インフルエンザワクチンに関するCDCのガイドライン(他の卵由来ワクチンにも一般化できると考えられる)では,軽度の反応が生じることはあるものの,重篤なアレルギー反応(すなわち,アナフィラキシー)はほとんど起こらないことから,不活化インフルエンザワクチンの禁忌は,患者に過去のインフルエンザワクチン接種後またはワクチン成分のいずれか(卵タンパク質など)に対してアナフィラキシーを起こしたことがある場合のみと記載されている。
卵アレルギーの既往がある患者には,他にも以下が推奨されている:
卵への曝露後に蕁麻疹のみ:年齢に応じたインフルエンザワクチンを接種すべきである。
卵に対するその他の反応(例,血管性浮腫,呼吸窮迫,ふらつき,繰り返す嘔吐,アドレナリンまたはその他の緊急治療を必要とする反応):年齢に応じたインフルエンザワクチンを接種してもよい。ただし,このワクチンは医療現場において,重度のアレルギー反応を認識して管理することができる医療従事者の監督下で,接種すべきである。
注:インフルエンザワクチンに対する重度のアレルギー反応の既往は,疑われる原因成分にかかわりなく,以降のワクチン接種の禁忌となる。
ギラン-バレー症候群
インフルエンザまたはジフテリア・破傷風・無細胞百日咳(DTaP)ワクチンの接種後6週間以内に ギラン-バレー症候群 ギラン-バレー症候群 (GBS) ギラン-バレー症候群は,急性で,通常は急速に進行するが自然治癒する炎症性多発神経障害であり,筋力低下および軽度の遠位部感覚消失を特徴とする。原因は自己免疫性であると考えられている。診断は臨床的に行う。治療法としては,免疫グロブリン静注療法,血漿交換などがあり,重症例では機械的人工換気も行う。... さらに読む (GBS)を発症したことのある患者には,予防接種の有益性がリスクを上回ると考えられる場合,そのワクチンを接種してもよい。例えば,DTaPの接種後にこの症候群を発症した患者では,百日咳のアウトブレイクが発生した場合,臨床医はそのワクチンの接種を考慮してもよいが,そのような決断は感染症専門医とのコンサルテーションを経て下すべきである。
Advisory Committee on Immunization Practicesは,現在ではGBSの既往を髄膜炎菌結合型ワクチンの使用上の注意事項とみなしていないが,添付文書には現在も注意事項として記載されている。
発熱またはその他の急性疾患
著しい発熱(体温が39℃を超える場合)や発熱を伴わない重度の疾患がみられる場合には,ワクチン接種の延期が必要になることがあるが,感冒などの軽症の感染症では(たとえ微熱があっても)延期は必要ない。この注意事項は,基礎疾患の症状を発生しうるワクチンの有害作用と混同しないようにするためであると同時に,ワクチンの有害作用が基礎疾患を覆い隠してしまう事態を防止するものでもある。ワクチンの接種は,可能であれば問題の症状が解消されるまで延期する。
妊娠
妊娠は,MMRワクチン,鼻腔内(生)インフルエンザワクチン,水痘ワクチン,およびその他の生ウイルスワクチンの禁忌である。
Advisory Committee on Immunization Practicesは,HPVワクチンおよび組換え帯状疱疹ワクチンの接種を妊娠終了まで遅らせることを推奨している。 (Recommended Adult Immunization Schedule by Medical Condition and Other Indications 2022を参照のこと。)
易感染状態
易感染性患者には,重度または致死的な感染症を誘発する可能性があるため,一般に生ワクチンを接種してはならない。免疫抑制療法(例,高用量コルチコステロイド[プレドニゾン換算で20mg以上を2週間以上],代謝拮抗薬,免疫調節薬,アルキル化薬,放射線)によって易感染状態となっている場合は,治療後に免疫系が回復するまで,生ウイルスワクチンの接種は控えるべきである(その期間は用いられた治療法によって異なる)。皮膚疾患,消化管疾患,リウマチ性疾患,肺疾患など,様々な疾患に対して免疫抑制薬を使用している患者には,生ウイルスワクチンを接種してはならない。長期間の免疫抑制療法を受けている患者の場合,臨床医はワクチンの接種や再接種のリスクと有益性について,感染症専門医と話し合うべきである。
パール&ピットフォール
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HIV感染症患者は一般に,ルーチンの推奨に従って,不活化ワクチン(例,ジフテリア・破傷風・無細胞百日咳[Tdap],ポリオ[IPV],Hib)の接種を受けるべきである。生ウイルスワクチンの接種は一般に警戒されているが,CD4陽性細胞数が200/μL以上の(すなわち,重度の易感染状態ではない)患者には,麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹(MMR)など一部の生ウイルスワクチンを接種することができる。HIV感染症患者には,肺炎球菌結合型ワクチンと多糖体ワクチンの両方の接種(さらに5年後に再接種)を受けるべきである。
無脾症
無脾症患者 無脾症 脾臓は,その構造と機能から,実質的に2つの臓器とみなすことができる:白脾髄は,動脈周囲のリンパ鞘と胚中心から構成され,免疫器官として機能する一方,赤脾髄は,マクロファージと顆粒球が内側を覆う血管腔(脾索および脾洞)によって構成され,食作用器官として機能する。 白脾髄は, B細胞および... さらに読む は,肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae),髄膜炎菌(Neisseria meningitidis),インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)b型(Hib)などの莢膜を有する微生物が主な原因となる菌血症を伴う重篤な感染症に罹患しやすい。無脾症の成人には以下のワクチンを接種すべきである(可能であれば脾臓摘出前):
B群髄膜炎菌ワクチン 用量および用法 髄膜炎菌の血清群のうち,米国で最も多く 髄膜炎菌感染症を引き起こしているものは,B群,C群,およびY群である。A群およびW群は米国外で疾患の原因になっている。 現行のワクチンは,これらの血清群全てではなく,一部のみを対象とするものである。 ( 予防接種の概要も参照のこと。) A/C/W/Y群を対象とするもの(4価):... さらに読む (MenB):MenB-4Cを1カ月以上の間隔を空けて2回接種するか,またはMenB-FHbpを0,1~2,および6カ月時点で3回接種する(1回目の6カ月以上後に2回目を接種した場合,3回目の接種は不要である)。
肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15およびPCV20)ならびに肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV23) 肺炎球菌ワクチン 肺炎球菌感染症(例, 中耳炎, 肺炎, 敗血症, 髄膜炎)は,90を超える血清型の肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae[肺炎双球菌])のうちの一部によって引き起こされる。感染症を引き起こす血清型の多くに対するワクチンが使用可能になっている。特定の医学的状態(例,慢性疾患,易感染状態,髄液漏,人工内耳)は... さらに読む :肺炎球菌結合型ワクチンの接種歴がないか,接種歴が不明の場合は,PCV20を1回またはPCV15を1回接種した後にPPSV23を1回接種する。易感染状態(先天性または後天性無脾症など)にあるか,人工内耳を使用している,または髄液漏がある成人では,PCV15からPPSV23までの接種間隔を最短で8週間にすることを考慮できる。
臨床判断に基づき,さらに追加の接種を行うこともできる。
移植
臓器移植施行前の患者には,適切なワクチンを全て接種すべきである。同種または自家造血幹細胞移植を受けた患者は,予防接種を受けなかったものとみなし,適切なワクチンを全て再度接種すべきである。これらの患者のケアは複雑であるため,このような患者に対するワクチン接種は,患者を担当する血液腫瘍医および感染症専門医とのコンサルテーションを経て決定すべきである。
血液製剤の使用
生ワクチンは,血液または血漿輸血や免疫グロブリンと同時に接種してはならず,これらの血液製剤は期待される抗体産生に干渉する可能性がある。 生ワクチン 制限事項,注意事項,および高リスク群 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む は,理想的には免疫グロブリン投与の2週間前か6~12週間後に接種すべきである。
生ワクチンとしては以下のものがある:
BCG(カルメット-ゲラン桿菌)(結核に対して)
インフルエンザ(LAIV)
麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹(MMR)
麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹・水痘麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹・水痘(MMRV)
ポリオ(経口剤のみ)
ワクチンの安全性
米国では,ワクチンの安全性は,2つのサーベイランスシステム(CDCおよび米国食品医薬品局[Food and Drug Administration:FDA]のVaccine Adverse Event Reporting System[VAERS]およびVaccine Safety Datalink[VSD])を通じて確保されている。
VAERSは,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)と米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)が共同で主導している安全性プログラムで,最近の予防接種後に有害事象が起こったと考える患者個人からの報告を収集している。医療従事者にも予防接種後に特定の事象が発生すれば報告する義務があり,たとえワクチンに関連した事象という確信がない場合でも報告できることになっている。VAERSへの報告は米国全土から寄せられており,安全性上の懸念に対して迅速な評価を可能にしている。しかしながら,VAERSへの報告は予防接種と疑われる有害事象との時間的関連性を示すだけで,因果関係を証明するものではない。そのため,他の方法を用いてVAERSへの報告をさらに評価する必要がある。そのような方法の1つがVSDであるが,これは9つの大規模なマネージドケア機関(managed careorganization:MCO)による900万人以上のデータを利用している。そのデータには,予防接種の実施(通常診療の一環として診療記録に記載されたもの)と接種後の病歴(有害事象を含む)が記録されている。VAERSとは異なり,VSDには特定ワクチンの接種を受けた患者のほか,接種を受けなかった患者のデータも含まれている。そのためVSDは,予防接種後に偶然同時に発生した症状や疾患と実際の有害事象とを区別することで,有害事象の実際の発生率を明らかにするのに役立つ可能性がある。
このような状況にもかかわらず,依然として多くの親たちが 小児用ワクチンの安全性 小児予防接種の有効性および安全性 予防接種は重篤な疾患の予防に多大な効果を果たしてきた。その費用の低さ(特に長期の投与を要する薬剤と比較した場合)を考慮すると,ワクチンは最も費用対効果の高い医薬品の1つである。ワクチンの効果は非常に大きく,かつては極めて高い頻度でみられ,しばしば死に至っていた感染症は,現在の多くの医療従事者にとって,現場ではほとんど,または全く遭遇するこ... さらに読む と有害作用の可能性(特に自閉症)に対して懸念を抱いている。インターネット上で根強く残っているこうした懸念から,推奨される予防接種の一部しか子供に受けさせない親や,予防接種を全く受けさせない親もいる(ワクチン忌避 ワクチン忌避 米国では,厳格なワクチン安全性システムが整備されているにもかかわらず,依然として一部の親は小児におけるワクチンの使用や予防接種スケジュールの安全性について懸念を抱いている。そのような懸念から,推奨される予防接種の一部しか子どもに受けさせない親や,予防接種を全く受けさせない親もいる。米国では,2006年に1%であった予防接種免除率が2016... さらに読む を参照)。その結果,予防接種によりまれになった疾患(例,麻疹,百日咳)のアウトブレイクが,北米および欧州の予防接種を受けていない小児の間で増加してきている。
親が抱く主な懸念の1つは,ワクチンが 自閉症 自閉スペクトラム症 自閉スペクトラム症とは,社会的交流およびコミュニケーションの障害,反復常同的な行動様式,ならびにしばしば知的能力障害を伴う不均一な知的発達を特徴とする,神経発達障害の1つである。症状は小児期早期に始まる。患児の大部分においてその原因は不明であるが,エビデンスから遺伝的要素の存在が支持されており,また一部の患者では,何らかの内科的病態によっ... さらに読む のリスクを高める可能性があるというものである。その理由としては,以下のようなものが挙げられる:
チメロサールが自閉症を引き起こす可能性(チメロサールは一部のワクチンで使用される水銀を含む防腐剤である― チメロサールと自閉症 チメロサールと自閉症 米国では,厳格なワクチン安全性システムが整備されているにもかかわらず,依然として一部の親は小児におけるワクチンの使用や予防接種スケジュールの安全性について懸念を抱いている。そのような懸念から,推奨される予防接種の一部しか子どもに受けさせない親や,予防接種を全く受けさせない親もいる。米国では,2006年に1%であった予防接種免除率が2016... さらに読む を参照)
1998年,Andrew WakefieldらがLancet誌で短報を発表した(MMRワクチンと自閉症 麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹混合(MMR)ワクチン 米国では,厳格なワクチン安全性システムが整備されているにもかかわらず,依然として一部の親は小児におけるワクチンの使用や予防接種スケジュールの安全性について懸念を抱いている。そのような懸念から,推奨される予防接種の一部しか子どもに受けさせない親や,予防接種を全く受けさせない親もいる。米国では,2006年に1%であった予防接種免除率が2016... さらに読む を参照)。その中でWakefieldは,MMRワクチンに含まれる麻疹ウイルスと自閉症との関連性を提唱した。この報告は世界中のメディアから大きな注目を集め,多くの親がMMRワクチンの安全性を疑うようになった。しかしその後,科学的に深刻な問題があるという理由で,Lancet誌はこの報告の掲載を撤回し,以降に実施された多くの大規模研究では,同ワクチンと自閉症の間に関連性は一切示されていない。
GerberとOffitは,この問題に関する疫学および生物学研究のレビューを行ったが,ワクチンの使用と自閉症リスクとの関連を裏付けるエビデンスは認められなかった(1 ワクチンの安全性に関する参考文献 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む )。米国のInstitute of Medicine Immunization Safety Review Committeeは,麻疹・ムンプス(流行性耳下腺炎)・風疹混合ワクチンおよびチメロサールを含有するワクチンが自閉症の原因となるか否かを明らかにし,そのような作用を引き起こしうる生物学的機序を同定するべく,疫学研究(発表済みおよび未発表の研究)のレビューを行った結果,同研究グループは,エビデンスに基づき,これらのワクチンと自閉症の間に因果関係はないと結論づけた(2 ワクチンの安全性に関する参考文献 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む )。
現在では,米国で小児に接種される事実上全てのワクチンがチメロサールを含有しないものとなっている。成人への使用が想定されているインフルエンザワクチンの複数回使用バイアルとその他数種類のワクチンには,現在でも少量のチメロサールが使用されている。少量のチメロサールを含有するワクチンに関する情報については,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration)のウェブサイト(Thimerosal and Vaccines)を参照のこと。チメロサールはリソースが不十分な国で使用されている多くのワクチンにも含有している。
あらゆる治療と同様に,臨床医は推奨されるワクチンの相対的なリスクと有益性について,患者に話をするべきである(3 ワクチンの安全性に関する参考文献 免疫は以下の形で付与することができる: 抗原を用いる能動免疫(例,ワクチン,トキソイド) 抗体を用いる受動免疫(例,免疫グロブリン,抗毒素) トキソイドは,無害でありながらも抗体産生を刺激できるように修飾が加えられた細菌毒素である。 ワクチンは,病原性を示さないように作製された完全な細菌またはウイルス(生または不活化ワクチン)あるいは細菌... さらに読む )。特に,麻疹,Hib感染症,百日咳といったワクチンで予防可能な小児疾患が及ぼしうる深刻な影響(死亡を含む)を患児の親に認識させる必要があり,さらに子供が受ける予防接種について親が抱きうる全ての懸念について話し合うべきである。この話し合いに利用できる情報はCDCのウェブサイト:Talking with Parents about Vaccines for InfantsおよびParents' Guide to Childhood Immunizationsで入手できる。
ワクチンの安全性に関する参考文献
1.Gerber JS, Offit PA: Vaccines and autism: A tale of shifting hypotheses.Clin Infect Dis 48(4):456-461, 2009.doi: 10.1086/596476
2.Institute of Medicine Immunization Safety Review Committee: Immunization safety review: Vaccines and autism.Washington DC, National Academies Press, 2004.
3.Spencer JP, Trondsen Pawlowski RH, Thomas S: Vaccine adverse events: Separating myth from reality.Am Fam Physician 95(12):786–794, 2017.PMID: 28671426
旅行者に対する予防接種
感染症が流行している地域への旅行には予防接種が必要になる場合がある(国際旅行におけるワクチン接種 国際旅行におけるワクチン接種*,†,‡,§ の表を参照)。この点に関する情報はCDCから入手することができ,24時間体制の電話サービス(1-800-232-4636[CDC-INFO])とウェブサイト(Travelers' Health)が終日利用可能である。
より詳細な情報
以下の英語の資料が有用かもしれない。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。
Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP): Vaccine-Specific Recommendations
World Health Organization (WHO): WHO recommends groundbreaking malaria vaccine for children at risk
U.S. Food and Drug Administration (FDA): Thimerosal and Vaccines
Children's Hospital of Philadelphia: Vaccine Education Center
European Centre for Disease Prevention and Control (ECDC): Vaccine schedules in all countries in the EU/EEA
予防接種スケジュール,ワクチン接種に関する推奨事項,ワクチンの旅行者向け資料,ワクチンの安全性,およびワクチン関連の患者向け資料に関する包括的な情報については,米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の以下のウェブサイトを参照のこと:
CDC: Travelers' Health
CDC, FDA, and agencies of the U.S. Department of Health and Human Services (HHS): Vaccine Adverse Event Reporting System (VAERS)
CDC and the Food and Drug Administration: Vaccine Safety Datalink
Immunization Action Coalition: Administering Vaccines to Adults: Dose, Route, Site, and Needle Size
Immunization Action Coalition: Administering Vaccines to Children: Dose, Route, Site, and Needle Size