病因
末梢に散在する内分泌系またはパラクリン系に発生した内分泌活性をもつ腫瘍は,様々なアミンやポリペプチドを産生し,それによりカルチノイド症候群を含む症状および徴候を引き起こす。カルチノイド症候群は通常,神経内分泌細胞(大半は回腸の細胞)から発生して セロトニンを産生する内分泌活性のある悪性腫瘍を原因とする。しかしながら,消化管の別の部位(特に虫垂および直腸),膵臓,気管支や,まれに性腺に生じた腫瘍が原因であることもある。まれに,特定の極めて悪性度の高い腫瘍(例,肺の燕麦細胞癌,膵島細胞癌,甲状腺髄様癌)に起因することもある。
通常,消化管カルチノイドは肝転移を起こさない限りカルチノイド症候群を引き起こすことはないが,これは腫瘍から放出される代謝産物が門脈循環内で血中酵素や肝酵素により急速に破壊されるからである(例,肝モノアミン酸化酵素による セロトニン分解)。一方で肝転移があると,代謝産物が肝静脈を経由して体循環中に直接放出される。肺および卵巣原発のカルチノイドによって放出される代謝産物は,門脈系を迂回して,同様に症状を引き起こすことがある。腹腔内にのみ進展するまれな消化管カルチノイドも,体循環系またはリンパ系に代謝物を直接排出して症状を引き起こすことがある。
病態生理
症状と徴候
診断
セロトニン産生カルチノイドは,その症状および徴候に基づいて疑われる。診断は,セロトニン代謝物である5-HIAAの尿中排泄量の増加を証明することで確定する。偽陽性を回避するために,セロトニンを含有する食物(例,バナナ,トマト,プラム,アボカド,パイナップル,ナス,クルミ)を3日間控えさせてから検査を行う。グアイフェネシン,メトカルバモール,およびフェノチアジン系薬剤を含む特定の薬剤も検査を妨げるため,検査前に一時中断すべきである。3日目に24時間蓄尿検体を採取して分析する。5-HIAA排泄量の正常値は10mg/日(52μmol/日)未満であるが,カルチノイド症候群患者での排泄量は通常50mg/日(260μmol/日)を上回る。
過去には,グルコン酸カルシウム,カテコールアミン類,ペンタガストリン,またはアルコールを用いて皮膚紅潮の誘発試験が行われていた。これらの試験は,診断が不確かなときに助けとなりうるが,まれにしか用いられず,慎重に施行しなければならない。
腫瘍の局在診断
腫瘍の局在診断では血管造影,CT,またはMRIを行うが,非機能性カルチノイドの局在診断と同じ方法が用いられる。局在診断に詳細な評価を要する場合もあり,ときに開腹も必要となる。ソマトスタチン受容体リガンドを放射性核種で標識したインジウム111ペンテトレオチド,またはヨウ素123メタヨードベンジルグアニジンを用いたシンチグラフィーによって転移が証明されることがある。
紅潮の他の原因の除外
予後
治療
外科的切除
原発性肺カルチノイドは切除により根治できることが多い。
肝転移がある患者の場合は,根治は望めないものの腫瘍減量手術で症状を緩和できることがあり,特定の状況では生存期間が延長する。さらに,肝転移に対する局所治療として,肝動脈化学塞栓療法(TACE),血管塞栓用ビーズ単独による塞栓治療(bland embolization),イットリウム90マイクロスフィアによる放射線塞栓療法,ラジオ波焼灼術などがある。放射線療法は,正常な肝組織の放射腺に対する耐容性が不良であるなどの理由から不成功に終わる。効果的な化学療法レジメンは確立されていないが,ストレプトゾシンとフルオロウラシルの併用が最も広く用いられており,ときにストレプトゾシンをドキソルビシンと併用することもある。
症状緩和
紅潮を含む特定の症状は,オクトレオチド(大半のホルモン分泌を抑制する)の投与により,5-HIAAまたはガストリンの尿中濃度を低下させることなく軽減されている。多数の研究で,ソマトスタチンの長時間作用型アナログであるオクトレオチドによる良好な治療成績が示されている。オクトレオチドは下痢および紅潮のコントロールにおける第1選択薬である。症例報告として,タモキシフェンがまれに効果的であったとする報告や,白血球インターフェロン(IFN-α)により一時的に症状が軽減されたという報告がある。
紅潮はフェノチアジン系薬剤(例,プロクロルペラジン5~10mgまたはクロルプロマジン25~50mg,6時間毎に経口)でも治療できる。ヒスタミンH2(H2)受容体拮抗薬も使用されることがある。フェントラミン(α遮断薬)5~15mgの静注は,実験的に誘発される紅潮を予防した。コルチコステロイド(例,プレドニゾン5mg,経口,6時間毎)は,気管支カルチノイドが原因の重度紅潮に有用な場合がある。
下痢は,コデイン(15mg,経口,4~6時間毎),アヘンチンキ(0.6mL,経口,6時間毎),ロペラミド(経口,負荷量として4mg,下痢のたびに2mg,最大16mg/日),diphenoxylate(5mg,経口,1日4回),またはシプロヘプタジン(4~8mg,経口,6時間毎)などの末梢セロトニン拮抗薬でもコントロールできる。
食物中のトリプトファンが腫瘍によりセロトニンに変換されるため,ペラグラの予防としてナイアシンと十分なタンパク質の摂取が必要である。5-ヒドロキシトリプトファンのセロトニンへの変換を妨げる酵素阻害薬として,メチルドパ(250~500mg,経口,6時間毎)などがある。