(解離症群の概要 解離症群の概要 記憶,知覚,同一性,および意識の自動的な統合が正常に働かないことは,誰もが経験しうるものである。例えば,どこかをドライブした後で,個人的な心配事にとらわれていたり,ラジオ番組または同乗者との会話などのために,そのドライブでの多くの場面を思い出せないのに気づくことがある。そのような場合は病的ではない解離と呼ばれ,一般的には日常活動に混乱を生... さらに読む も参照のこと。)
一過性の離人感または現実感消失を,一般集団の約50%が,生涯のうちに少なくとも1回経験する。しかし,離人感・現実感消失症の診断基準を満たす人は約2%のみである。
離人感または現実感消失は,他の多くの精神障害の症状や 痙攣性疾患 痙攣性疾患 脳起源の発作(seizure)は,大脳皮質の灰白質で発生する無秩序な異常放電のために正常な脳機能が一過性に妨げられる現象である。典型的な発作では,意識変容,異常感覚,局所的な不随意運動,または痙攣(広範囲の随意筋に生じる激しい不随意収縮)が引き起こされる。診断は臨床的に下すこともあるが,新規発症の発作では神経画像検査,臨床検査,および脳波... さらに読む (発作時または発作後)などの身体疾患の症状として生じることもある。離人感または現実感消失が他の精神障害または身体疾患とは独立して発生しており,遷延性または反復性であり,かつ生活機能に支障が出ている場合は,離人感・現実感消失症と呼ばれる。
離人感・現実感消失症は男女に同等の頻度で発生する。発症年齢の平均は16歳である。本疾患は小児期の早期または中期に発症することもあり,25歳以降に発症する症例は5%のみで,40歳以降の発症はまれである。
病因
離人感・現実感消失症の患者は,しばしば以下のような重度のストレスを経験している:
小児期に情緒的虐待またはネグレクトを受けている(特に頻度の高い原因)
身体的虐待を受けている
ドメスティックバイオレンスを目撃している
親が重度の身体または精神障害患者である
家族や親しい友人が不意に亡くなる経験
誘因となる出来事としては対人的,経済的,職業的ストレス, 抑うつ 抑うつ障害群 抑うつ障害群は,機能を妨げるほどの重度または持続的な悲しみと興味または喜びの減退を特徴とする。正確な原因は不明であるが,おそらくは遺伝,神経伝達物質の変化,神経内分泌機能の変化,および心理社会的因子が関与する。診断は病歴に基づく。治療は通常,薬物療法,精神療法,またはその両方のほか,ときに電気痙攣療法または高頻度経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)から成る。 うつ病という用語は,しばしばいくつかの抑うつ障害群のいずれかを指して用いられる。一部... さらに読む , 不安 不安症の概要 恐怖や不安は誰もが日常的に経験するものである。 恐怖とは,直ちに認識可能な外部からの脅威(例,侵入者,凍結した路面でスピンする車)に対する情動的,身体的,および行動的な反応である。 不安とは,神経過敏や心配事による苦痛で不快な感情状態であり,その原因はあまり明確ではない。脅威が生じる厳密な時期と不安との間に強い結びつきはなく,不安は脅威の... さらに読む ,または 違法薬物 物質関連障害群の概要 物質関連障害群には,脳内報酬系を直接活性化する薬物が関与する。報酬系が活性化されると,典型的には快感が生じるが,具体的にどのような快感が誘発されるかは,薬物に応じて広い幅がある。このような薬物は,薬理学的機序の差異(全く別とは言えない)に基づき10のクラスに分類される。該当する薬物クラスとしては以下のものがある:... さらに読む (特に マリファナ マリファナ(大麻) マリファナは多幸感をもたらすが,一部の使用者では鎮静や不快気分を引き起こすことがある。長期使用により精神依存が生じうるが,身体依存はほとんどないことが臨床的に明らかである。離脱症状は不快であるが,必要なのは支持療法だけである。 マリファナは最も多く使用される違法薬物であり,一時的に用いられることが多いが,社会的または精神的な機能不全を示すというエビデンスはない。マリファナの活性成分はカンナビノイドと呼ばれる;精神活性作用のある主要な植物... さらに読む , ケタミン ケタミンおよびフェンシクリジン(PCP) ケタミンとフェンシクリジンは解離性麻酔薬であり,中毒をもたらし,ときに錯乱または緊張病状態を伴う。過剰摂取は昏睡を引き起こし,まれに死亡することがある。 ケタミンとフェンシクリジン(PCP)は化学的に関連した麻酔薬である。これらの薬剤は,リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)などの他の 幻覚剤の混ぜ物または偽物として用いられることがしばしばある。 ケタミンは液体または粉末の剤形で入手可能である。違法使用される場合,粉末剤は一般に鼻から吸引さ... さらに読む , 幻覚剤 幻覚剤 幻覚剤とは,非常に予測困難な特異体質性の反応を引き起こしうる多様な薬剤群である。中毒は一般に幻覚を引き起こし,知覚変容,判断力低下,関係念慮,および離人感を伴う。典型的な離脱症候群は存在しない。診断は臨床的に行う。支持療法により治療する。 従来からの幻覚剤には,リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD),シロシビン,メスカリンなどがある。いずれも以下の通り天然物由来である: LSDは小麦粉やライ麦粉をしばしば汚染する真菌に由来する... さらに読む )の使用などがある。
症状と徴候
離人感・現実感消失症の症状は通常,間欠的にみられ,その強さは増強と減弱を繰り返す。症状の発現期間は,わずか数時間ないし数日の場合もあれば,数週間や数カ月,ときには数年続く場合もある。しかし,症状が数年または数十年にわたって一定の強さで常にみられる患者もいる。
離人感の症状としては以下のものがある:
自身の身体,精神,感情,および/または感覚から離脱しているように感じる
患者は自分の生活を外部から傍観しているように感じる。多くの患者は,非現実的な感覚がする,または自分がロボットであるような感覚や自動制御されているような(行動や発言内容を自分でコントロールできない)感覚がするとも訴える。感情の動きが少なくなり,感情的および身体的に麻痺したように感じたり,精神が体から離脱しているように感じたりすることがある。自身の感情を認識・説明することができない患者もいる(失感情症)。しばしば自分の記憶から切り離されたように感じ,記憶を明瞭に思い出すことができない。
現実感消失の症状としては以下のものがある:
外界(例,人々,物体,あらゆるもの)から切り離されたように感じ,外界が現実ではないように感じられる
患者は自分が夢や霧の中にいるかのように感じたり,ガラスの壁やベールによって周囲から隔てられているかのように感じたりする。世界が生き生きとした感じがなく,色がなく,または人工的に感じられる。世界についての主観的な歪みがよくみられる。例えば,物がかすんで見えたり,異常に明瞭に見えたりする場合もあれば,物が実際より平坦に見えたり,小さくまたは大きく見えたり場合もある。音が実際により大きくまたは小さく聞こえる場合もあれば,時間の経過が遅すぎるまたは速すぎると感じたりする場合もある。
こうした症状はほぼ常に苦痛をもたらし,重度の場合は非常に耐えがたくなる。不安と抑うつもよくみられる。回復不能な脳障害が起きているのではないか,あるいは気が狂っていっているのではないかと恐れる患者もいる。自分が現実に存在しているのかどうかを思い悩んだり,自分の知覚が現実のものかどうかを判断しようと繰り返し確認する患者もいる。しかしながら,患者は常に,自らの非現実的体験が現実の体験ではなく,ただ自分がそう感じているだけであることを認識している(すなわち,患者の現実検討能力は損なわれていない)。この認識により,離人感・現実感消失症はこのような病識が常に欠如する精神病性障害と鑑別される。
診断
臨床基準
離人感・現実感消失症の診断は,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)の以下の基準に基づいて臨床的に行う:
離人感,現実感消失,またはその両方について持続性または反復性のエピソードが認められる。
自らの解離体験が現実ではないことを患者が認識している(すなわち,患者の現実検討能力は損なわれていない)。
症状によって,著しい苦痛が生じているか,社会的または職業的機能が著しく損なわれている。
また,症状を他の身体疾患または精神障害(例,てんかん発作,継続中の物質乱用,パニック症,うつ病,他の解離症)で十分に説明することができない。
器質的原因を除外するためにMRIおよび脳波検査を施行する(特に症状や進行が典型的ではない場合[例,40歳を過ぎてからの発症])。尿の中毒性物質の検査も適応となる場合がある。
心理学的検査,特別な構造化面接および質問票が役立つ。
予後
離人感・現実感消失症の患者は,しばしば介入なしで改善する。多くの患者では,特に症状が治療可能または一過性のストレスから生じている場合または症状が遷延していない場合,完全な回復が可能である。離人感および現実感消失が慢性かつ難治性となる患者もいる。
持続性または反復性の離人感または現実感消失症状であっても,患者が絶えず頭を忙しく働かせ,他の考えまたは活動に集中することにより,自己の主観的感覚から気をそらすことができれば,ごくわずかな障害しか引き起こさない場合もある。慢性的な疎外感により,または付随する不安もしくは抑うつ,またはその両方により,日常生活に支障を来す患者もいる。
治療
精神療法
離人感・現実感消失症の治療では,本疾患の発症に関連した全てのストレスと,晩発性の離人感および/または現実感消失の素因となった可能性のある,より早期のストレス(例,小児期の虐待またはネグレクト)に対処することが必要である。
一部の患者には各種の精神療法(例,精神力動的精神療法,認知行動療法)が有効である。
認知療法の技法は,非現実的な状態をめぐる強迫的思考を阻止するのに役立つ可能性がある。
行動療法の技法は,課題に取り組ませることで離人感および現実感消失から患者の気をそらすのに役立つ可能性がある。
グラウンディングの技法は,五感を活用する(例,大きな音で音楽をかける,手に氷のかけらを置く)ことで,自己および世界とより強くつながっていると感じ,その瞬間に現実感をより強く感じられるように患者を支援する。
精神力動的精神療法は,特定の感情を患者にとって耐えがたいものとし,それにより解離を引き起こしている否定的感情,根底にある葛藤,または体験に患者が対処する助けとなる。
治療期間中は感情および解離をそのときに追跡し,ラベル付けすることが,一部の患者で非常に有効である。
様々な薬剤が使用されているが,明らかな効力が認められたものはない。しかしながら,一部の患者には 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) うつ病の治療には,いくつかの薬物クラスおよび薬物が使用できる: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) セロトニン調節薬(5-HT2遮断薬) セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 ノルアドレナリン-ドパミン再取り込み阻害薬 さらに読む (SSRI),ラモトリギン,オピオイド拮抗薬,抗不安薬,および刺激薬が役立つようである。ただし,これらの薬剤による効果には,しばしば離人感および現実感消失に併発する,あるいは離人感および現実感消失によって誘発される他の精神障害(例, 不安 不安症の概要 恐怖や不安は誰もが日常的に経験するものである。 恐怖とは,直ちに認識可能な外部からの脅威(例,侵入者,凍結した路面でスピンする車)に対する情動的,身体的,および行動的な反応である。 不安とは,神経過敏や心配事による苦痛で不快な感情状態であり,その原因はあまり明確ではない。脅威が生じる厳密な時期と不安との間に強い結びつきはなく,不安は脅威の... さらに読む , 抑うつ 気分障害の概要 気分障害は,長期間にわたる過度の悲しみ,過度の喜び,またはその両方から成る情動の障害である。気分障害は小児や青年でも発症することがある( 小児および青年における抑うつ障害ならびに 小児および青年における双極性障害を参照)。 気分障害は以下のように分類される: 双極性障害 抑うつ障害群... さらに読む )を標的とすることが大きく寄与している可能性がある。