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解離性健忘

執筆者:

David Spiegel

, MD, Stanford University School of Medicine

最終査読/改訂年月 2015年 7月

解離性健忘は解離症の一種で,通常のもの忘れでは一般的に失われることのない重要な個人的情報を想起できなくなる病態である。通常は心的外傷またはストレスによって引き起こされる。診断は,健忘を来しうる他の原因を除外した後に,病歴に基づいて行う。治療は精神療法であり,ときに催眠法または薬剤を使用する面接法を併用する。

失われて想起できない情報は,正常な状態であれば自覚的に意識される内容であり,自伝的記憶(訳注:その人がこれまでに経験した出来事に関する記憶)と説明されるものである。

忘れてしまった情報は意識に上がらなくなるが,ときに行動に影響を及ぼし続けることがある(例,エレベーター内でレイプされた女性が,そのレイプについて思い出せない場合でもエレベーターに乗ることを拒否する)。

解離性健忘はかなりの確率で見逃されている。有病率は確定していないが,米国で実施された地域レベルの小規模研究では,12カ月間の有病率は1.8%(男性で1%,女性で2.6%)であった。

この健忘は,心理的に外傷的な体験やストレスに満ちた体験に耐えたり,目撃したりすること(例,身体的または性的虐待,レイプ,戦闘,集団殺害,自然災害,愛する人の死,経済的問題),または大きな内的葛藤(例,罪悪感を伴う衝動による混乱,明らかに解決不能な対人関係の問題,犯罪行動)により引き起こされると考えられる。

症状と徴候

解離性健忘の主な症状は,正常なもの忘れと一致しない記憶障害である。健忘は以下の場合がある:

  • 限局性

  • 選択的

  • 全般性

まれに,解離性健忘に意図的な家出や狼狽した状態での徘徊が伴うことがあり,これをとん走(fugue)と呼ぶ(「逃げる」を意味するラテン語のfugereに由来する)。

限局性健忘(localized amnesia)では,特定の出来事または特定の期間について思い出せなくなるが,このような記憶の空白には通常,心的外傷またはストレスが関係している。例えば,幼少期に虐待を受けた数カ月間ないし数年間や,激しい戦闘を経験した数日間について忘れることがある。健忘は心的外傷の時期から数時間,数日,またはそれ以上の期間にわたり顕著にならない場合もある。通常,記憶のない時期は明確に区分され,期間は数分間から数十年間と幅がある。典型的には,患者は記憶障害のエピソードを1回または複数回体験する。

選択的健忘(selective amnesia)では,一定の期間中の一部の出来事のみ,または外傷的出来事の一部のみを忘れる。限局性健忘と選択的健忘が同時に生じる場合もある。

全般性健忘(generalized amnesia)では,患者は自身の同一性と生活史(例えば,自分が何者なのか,どこへ行ったか,誰と話したか,自分が何をし,言い,考え,経験し,感じたか)を忘れる。よく習得された技能が使えなくなったり,世間について以前は知っていた情報を忘れたりする患者もいる。全般性解離性健忘はまれであるが,戦闘を経験した退役軍人,性的暴行の被害者,および極度のストレスまたは葛藤を体験した人で比較的多くみられる。発症は通常突然である。

系統的健忘(systematized amnesia)では,特定の人物または自分の家族に関する全ての情報など,特定のカテゴリーの情報を忘れる。

持続性健忘(continuous amnesia)では,新しい出来事が生じるたびにその出来事を忘れる。

大半の患者は,自分の記憶に空白があることに部分的または完全に気づいていない。個人的な同一性が失われるか,状況から気づかされた場合(例えば,自分が思い出せない出来事について人から知らされたり,尋ねられたりした場合)にのみ自覚するようになる。

健忘が生じた直後に受診した患者は,混乱しているように見えることがある。強い苦痛を覚える患者もいれば,無感心の患者もいる。自分の健忘に気づいていない患者が精神医学的支援を求めて受診する場合は,その理由は別のものである。

人間関係の形成と維持が困難になる。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)で生じるようなフラッシュバックを報告する患者もおり,フラッシュバックがその内容に関する健忘と交互に生じることもある。後からPTSDを発症する患者もおり,特に自分の健忘の引き金となった外傷的出来事またはストレスの強い出来事に患者が気づいた際に発症する場合が多い。

抑うつ症状と機能的な神経症状がよくみられ,自殺行動やその他の自己破壊的行動もよくみられる。健忘が突然消失して,思い出した心理的外傷の記憶に患者が圧倒された際に自殺行動のリスクが増加する場合がる。

解離性とん走

解離性とん走は,まれな現象であるが,ときに解離性健忘で生じることがある。

解離性とん走は,突然で予想外の意図的な家出や狼狽した状態での徘徊という形でみられる場合が多い。患者は普段の同一性を失い,自身の家庭や仕事を離れてしまう。とん走の期間は数時間から数カ月にわたり,ときにより長期化することもある。とん走の期間が短い場合は,単に職場に遅刻したり,帰宅が遅くなったりしただけのように見えることもある。とん走が数日以上続く場合には,自宅から遠く離れた土地に行き,自分の生活の変化に気づくことなく,新たな名前と同一性を得て,新たな仕事を始めることもある。

多くのとん走は隠れた願望の充足,あるいは(特に揺るぎない良心を有する人にとっては)重度の苦痛や困惑から逃れるために唯一許容される手段を反映していると考えられる。例えば,財政的に困窮している経営者が多忙な生活から離れ,田舎で農夫として暮らす。

とん走中の患者は,外見および行動は正常に見える場合や,軽度の混乱しかみられない場合もある。しかしながら,とん走が終わると,患者は自分が新しい状況に置かれていることに突然気づき,自分がどのようにしてその状況に至ったのか,自分が何をしていたのかについて記憶がないことを報告する。患者はしばしば恥,不快感,悲嘆,および/または抑うつを感じる。恐怖を覚える患者もおり,特にとん走中に起こったことを思い出せない場合にその傾向がみられる。このような臨床像から,患者が医療従事者や法的機関の目にとまる場合もある。大半の患者は最終的に過去の同一性と生活を思い出すが,その過程には長い時間を要する場合もあり,ごく少数の患者は自身の過去について全くまたはほぼ全く想起できない。

とん走状態は,患者が突然とん走前の自分に戻り,見慣れない環境にいることに気づいて苦悩するまで,それと診断されないことが多い。診断は通常,家出前の状況,家出そのもの,および別の生活の構築を実証することに基づいて後ろ向きになされる。

診断

  • 臨床基準

解離性健忘の診断は,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)の基準に基づいて臨床的に行う:

  • 患者は通常のもの忘れでは典型的には失われることのない重要な個人的情報(通常は心的外傷またはストレスに関連するもの)を想起できない。

  • 症状によって,著しい苦痛が生じているか,社会的または職業的機能が著しく損なわれている。

また,症状が薬物または他の障害(例,複雑部分発作,外傷性脳損傷,心的外傷後ストレス障害,他の解離症)の影響でうまく説明することができない。

診断では医学的および精神医学的評価を行い,可能性のある他の原因を除外する必要がある。初回評価には以下を含めるべきである:

  • 器質的原因を除外するためのMRI

  • 痙攣性疾患を除外するための脳波検査

  • 違法薬物の使用などの中毒性の原因を除外するための血液および尿検査

心理検査は,解離体験の性質をより詳細に明らかにするのに有用な可能性がある。

予後

ときに,記憶がすぐに戻る場合もあり,患者が外傷的な状況やストレスに満ちた状況(例,戦闘)から解放された場合に記憶が戻ることがある。健忘が長期間持続するケースもあり,特に解離性とん走がみられる患者でその傾向がみられる。解離を起こす可能性は年齢とともに低下する場合がある。

大半の患者は失った記憶を取り戻し,健忘は解消される。しかしながら,失った過去を二度と再構築できない患者もいる。予後を規定する主な因子は,患者の生活環境(特に健忘と関連したストレスおよび葛藤)ならびに患者の全般的な精神的適応度である。

治療

  • 記憶を取り戻すため,支持的な環境のほか,ときに催眠法または薬剤により誘導した催眠状態

  • 取り戻した記憶に関連する問題に対処するための精神療法

ごく短期間の記憶が失われているだけの場合,特に患者に苦痛な出来事の記憶を取り戻す明らかな必要性がない場合には,通常は解離性健忘の支持的治療で十分である。

より重度の記憶障害に対する治療は,安全で支持的な環境を構築することから始まる。この対策を講じるだけでも,しばしば失われた記憶が徐々に回復する。これで記憶が回復しない場合,または早急に記憶を取り戻す必要がある場合,催眠下において,またはまれに薬剤(バルビツール酸系またはベンゾジアゼピン系薬剤)で誘導した半催眠状態下において,患者に質問することにより回復することがある。患者が記憶障害を惹起した外傷的な状況を思い出し,非常に動揺する可能性が高いため,これらの方法は徐々に行う必要がある。質問者は,出来事の存在を示唆したり,誤った記憶を作り出すリスクを冒したりしないよう,質問の言葉遣いに注意しなければならない。

このような戦略によって回復した記憶の正しさが判断できるのは,外的な補強証拠がある場合に限られる。しかしながら,事実としてどの程度正しいかは別として,できる限り記憶の途絶を埋めることは,患者の同一性および自己感覚の連続性を取り戻し,話を整合性のあるものにする上で,しばしば治療的に有用となる。

健忘が解消されてからは,治療は以下のことに役立つ:

  • 根底にある心理的な外傷または葛藤に意味を与える

  • 健忘エピソードに関連する問題を解決する

  • 患者が人生を前に進めていくことを可能にする

患者に解離性とん走がみられた場合は,記憶を回復させるために精神療法を,ときに催眠法または薬剤を使用する面接法と併用する治療法が用いられるが,このような試みはしばしば失敗する。それでも精神科医には,とん走の要因となった状況,葛藤,および感情に患者が対処する方法を見つけ出す手助けをし,それにより,そのような出来事に対するより適切な対処法を考案するとともに,とん走の再発予防を支援することが可能である。

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