記憶の処理には以下の過程がある:
これらの段階のいずれかが障害されると,健忘が発生する。健忘は,その定義からして,記憶機能の障害に起因するものであり,類似の症状を引き起こしうる他の機能(例,注意,動機づけ,推理,言語)障害によるものではない。
健忘は以下のように分類される:
健忘には以下の種類がある:
記憶障害は事実(陳述記憶)に関するものが比較的多く,技能(手続き記憶)に関するものは比較的少ない。
病因
健忘は,びまん性脳障害,両側性病変,または大脳半球の記憶保存領域を障害する多巣性損傷によって生じる。
陳述記憶の優位経路は,海馬傍回内側領域および海馬にかけて存在するほか,側頭葉下内側部,前頭葉眼窩面(前脳基底部),および間脳(視床および視床下部を含む)にも存在する。これらの構造の中でも,以下は極めて重要である:
扁桃核は記憶に対する感情的な増幅に寄与する。視床髄板内核および脳幹網様体は,記憶の刷込みを刺激する。視床背内側核の両側性損傷は,近時記憶および新しい記憶の形成を重度に障害する。
健忘の原因としては以下のものが挙げられる:
脳震盪または中等度もしくは重度の頭部外傷が生じる直前および直後の記憶に対する外傷後健忘は,側頭葉内側部の損傷に起因するようである。中等度または重度の損傷では,記憶の保持および想起に関わるより広い領域が侵されることがあり,これは認知症の原因となる多くのびまん性脳障害でも同様である。
心理的記憶障害は極度の心的外傷またはストレスから生じる( 解離性健忘)。
良性老年性もの忘れ(benign senescent forgetfulness)(加齢に伴う記憶障害)は,正常な加齢に伴って起こる記憶障害を指す。良性老年性もの忘れのある高齢者は,加齢とともに次第に記憶に関する問題が目に付くようになるが,それらは名称から始まることが多く,続いて出来事,ときに空間的関係が思い出せなくなる。良性老年性もの忘れと認知症との間には,関係性は証明されていないものの,見過ごしがたい類似点も存在する。
主観的な記憶の問題を有する人の中には健忘型軽度認知障害(健忘型MCI)がみられる場合があり,そのような人は客観的な記憶検査では成績が不良となるが,それ以外の認知機能は正常で,日常生活を問題なく送ることができる。健忘型MCIを有する集団は,記憶力に関して問題のない同年齢層の集団と比べて,アルツハイマー病を発症する可能性が高い。