(脳感染症に関する序論 脳感染症に関する序論 脳感染症は,ウイルス,細菌,真菌,ときに原虫または寄生虫によって引き起こされる。 脳炎の原因で最も頻度が高いのはウイルスであり,具体的には 単純ヘルペスウイルス, 帯状疱疹ウイルス, サイトメガロウイルス,またはウエストナイルウイルスなどがある。 JCウイルスによる 進行性多巣性白質脳症や麻疹ウイルスによる... さらに読む も参照のこと。)
PMLの病因
進行性多巣性白質脳症はJCウイルスの再活性化によって起こるが,このウイルスは遍在性ヒトパポバウイルスの一種であり,典型的には小児期に感染し,その後は腎臓やときにその他の部位(例,単核球,中枢神経系)に潜伏している。再活性化したウイルスは乏突起膠細胞に向性を示す。
PMLを発症する患者の多くに,以下に起因する細胞性免疫の低下が生じる:
網内系の疾患(例, 白血病 白血病の概要 白血病は,未成熟または異常な白血球の過剰産生が起きることで,最終的に正常な血球の産生が抑制され,血球減少に関連する症状が現れる悪性疾患である。 白血化は,自己複製能が少し制限された造血前駆細胞レベルで生じることもあるが,通常は多能性幹細胞の段階で発生する。異常な増殖,クローン性増殖,異常な分化,およびアポトーシス(プログラム細胞死)の低下... さらに読む , リンパ腫 リンパ腫の概要 リンパ腫は,網内系およびリンパ系から発生する不均一な一群の腫瘍である。ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別される( ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の比較の表を参照)。 リンパ腫はかつて, 白血病とは全く異なる疾患と考えられていた。しかし現在では,細胞マーカーとそれらのマーカーを評価するツールについて理解が深まったことで,これら... さらに読む )
その他の病態(例, ウィスコット-アルドリッチ症候群 ウィスコット-アルドリッチ症候群 ウィスコット-アルドリッチ症候群(Wiskott-Aldrich syndrome)は,B細胞およびT細胞両方の異常に起因し,反復性感染症,湿疹,および血小板減少症を特徴とする。 ( 免疫不全疾患の概要および 免疫不全疾患が疑われる患者へのアプローチも参照のこと。) ウィスコット-アルドリッチ症候群は, 液性免疫および細胞性免疫の複合免疫不全が関与する 原発性免疫不全症である。... さらに読む , 臓器移植 移植の概要 移植組織は以下のいずれかを利用する: 患者自身の組織(自家移植片[autograft];例,骨,骨髄,皮膚) 遺伝的に同一の(同系[一卵性双生児])ドナーの組織(同系移植片[isograft]) 遺伝的に異なるドナーの組織(同種移植片[allograftまたはhomograft])... さらに読む )
AIDS患者におけるリスクは,HIVウイルス量が多いほど高く,現在では効果の高い抗レトロウイルス薬が広く使用されるようになったことから,PMLの有病率は低下している。
PMLは免疫調節療法の合併症として発生することがますます多くなっている。関与の頻度が高い薬剤としては以下のものがある:
モノクローナル抗体であるナタリズマブ
抗体薬物複合体であるブレンツキシマブ ベドチン
ただし,PMLは他の薬剤(例,リツキシマブ,フィンゴリモド,フマル酸ジメチル)を使用している患者にも発生している。JCウイルスに対する血清抗体の測定(JC virus index)は,ナタリズマブ使用中の患者におけるPMLのリスク評価に役立つ可能性がある。
PMLの症状と徴候
巧緻運動障害が進行性多巣性白質脳症の初発症状となることがある。最も頻度が高い所見は不全片麻痺である。失語,構音障害,および半盲もよくみられる。多巣性の皮質損傷により,3分の2の患者で認知障害が発生する。感覚,小脳,および脳幹に障害がみられることがある。
頭痛および痙攣発作はまれであるが,AIDS患者で最も頻度が高い。
徐々に間断なく進行し,通常は発症から1~9カ月で死に至る。
PMLの診断
MRI
JCウイルスDNAを検出するための髄液検査
原因不明かつ進行性の脳機能障害がある患者では進行性多巣性白質脳症を疑う(特に細胞性免疫が抑制されている患者)。
PMLの暫定診断は造影MRIにより行い,T2強調像で単一または複数の白質病変を認める。造影剤により,通常は5~15%の病変で周辺部がかすかに増強される。CTでは,造影されない低吸収病変を認めることがあるが,MRIと比べると有意に感度が劣る。
JCウイルスDNAを検出するためにPCR法により髄液を分析するが,そこでの陽性所見に加えて,それと一致する神経画像所見を認めれば,本症にほぼ特有の検査所見となる。通常,ルーチンの髄液検査は正常である。
血清学的検査は役に立たない。定位生検によって確定診断できる場合があるが,必要になることはまれである。
PMLの治療
支持療法
進行性多巣性白質脳症の治療は主に支持療法による。
シドホビル(cidofovir)やその他の抗ウイルス薬などの薬剤の試験的投与では,有益な結果は得られていない。AIDS患者における抗レトロウイルス療法(ART)は,PMLにおける転帰を改善し,1年生存率を10~50%に高めた。しかしながら,積極的な抗レトロウイルス療法を受けている患者は 免疫再構築症候群 免疫再構築症候群(IRIS) ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れ... さらに読む (IRIS)を発症することがある。IRISでは,免疫系が回復する過程でJCウイルスに対して強い炎症反応が誘導され,その結果として症状が悪化する。IRIS発症後に施行された画像検査では,病変がより強く増強され,また有意な脳浮腫を認めることがある。コルチコステロイドが役立つことがある。IRISおよびAIDSの重症度によっては,ARTの中止を決定することもある。
免疫抑制薬の中止が臨床的な改善につながる場合もある。ただし,免疫抑制薬の服用を中止した患者もまた,IRISを発症するリスクがある。
ナタリズマブ,その他の免疫調節薬,または免疫抑制薬を服用している患者がPMLを発症した場合は,その薬剤を中止するとともに,血中に残存する薬物を除去するために血漿交換を行うべきである。
PMLの要点
通常は細胞性免疫の障害により,遍在性のJCウイルスが再活性化することでPMLが発生する。
PMLは一般的に巧緻運動障害,不全片麻痺,失語,構音障害,半盲,および認知障害を引き起こす。
細胞性免疫に障害があり,原因不明かつ進行性の脳機能障害がある患者では,MRIとJCウイルスDNAを検出する髄液検査を行う。
支持療法を行うとともに,適応があれば基礎疾患の治療を行う(例,ナタリズマブ,その他の免疫調節薬,または免疫抑制薬を中止するか,あるいはAIDS患者では抗レトロウイルス療法を開始して免疫再構築症候群の発生に細心の注意を払うことによる)。