肺高血圧症とは,右心カテーテル検査で測定した安静時の平均肺動脈圧が ≥ 25mmHg,および肺動脈楔入圧(肺毛細血管楔入圧)が正常(≤ 15mmHg) であることと定義される。
病因
多くの病態および薬物が肺高血圧症を引き起こす。全体として,肺高血圧症の最も一般的な原因は以下のものである:
いくつかの病態,生理学的因子,および臨床因子に基づき,肺高血圧症は現在5群( 肺高血圧症の分類)に分類されている。第1群(肺動脈性肺高血圧症)は,原発性の疾患として肺の細動脈を侵すものである。
いかなる同定可能な疾患とも無関係に,散発的に肺動脈性肺高血圧症(PAH)が発生する例も少数存在し,これらの症例は特発性肺動脈性肺高血圧症と呼ばれる。PAHの遺伝形式が同定されており(不完全浸透の常染色体優性遺伝),75%の症例は骨形成タンパク2型受容体(BMPR2)の変異によって生じる。その他の特定されている変異には,アクチビン受容体様キナーゼ1型(ALK-1),カベオリン1(CAV1),エンドグリン(ENG),カリウムチャネルサブファミリーKメンバー3(KCNK3),およびmothers against decapentaplegic homologue 9(SMAD9)があるが,症例に占める割合は約1%と頻度ははるかに低い。遺伝性肺動脈性肺高血圧症の症例の20%では,原因となる変異が同定されていない。新しく同定されたEIF2AK4遺伝子の変異は,PAHの1'群の亜型である肺静脈閉塞症と関連付けられている(1)。
特定の薬剤と毒素は,PAHの危険因子である。PAHと確実に関連があるのは,食欲抑制薬(fenfluramine,dexfenfluramine,aminorex),有毒な菜種油,およびbenfluorexである。妊婦がSSRIを服用すると,新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)の発生リスクが高まる。PAHと関連する可能性が高い薬物として,アンフェタミン,メタンフェタミン,L-トリプトファン,およびダサチニブがある(2)。
鎌状赤血球症のような,溶血性貧血の遺伝的原因を有する患者は,肺高血圧症を発症するリスクが高い(右心カテーテル検査による診断基準では症例の10%)。その機序は血管内での溶血および遊離Hbの血漿中への放出に関連しており,遊離Hbが一酸化窒素を吸着し,活性酸素種を生成し,止血機構を活性化することによる。鎌状赤血球症におけるその他の肺高血圧症の危険因子には,鉄過剰,肝機能障害,血栓性疾患,および慢性腎臓病などがある。
肺高血圧症の分類
病因論に関する参考文献
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1.Eyries M, Montani D, Girerd B, et al: EIF2AK4 mutations cause pulmonary veno-occlusive disease, a recessive form of pulmonary hypertension. Nat Genet 46(1):65-9, 2014. doi: 10.1038/ng.2844.
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2.Simonneau G, Gatzoulis MA, AdatiaI, et al: Updated clinical classification of pulmonary hypertension. J Am Coll Cardiol 62 (25 Suppl): D34-41, 2013. doi: 10.1038/ng.2844. Erratum in J Am Coll Cardiol. 63(7): 746, 2014.
病態生理
肺高血圧症を引き起こす病態生理学的機序としては以下のものがある:
肺血管抵抗の上昇は肺血管床の閉塞かつ/または病的血管収縮によって引き起こされる。肺高血圧症は,様々な原因による血管収縮(ときに病的なものを含む),ならびに血管内皮および平滑筋の増殖,肥大化,慢性炎症,そしてその結果起こる血管壁のリモデリングを特徴とする。血管収縮は,トロンボキサンおよびエンドセリン-1(ともに血管収縮物質)の活性上昇,ならびにプロスタサイクリンおよび一酸化窒素(ともに血管拡張物質)の活性低下が一因であると考えられている。血管閉塞による肺血管圧の上昇が,血管内皮をさらに傷害する要因となる。血管内膜表面の傷害により凝固が活性化され,それがさらに高血圧を悪化させうる。血小板機能障害,プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1およびフィブリノペプチドAの活性上昇,ならびに組織プラスミノーゲンアクチベーターの活性低下による血栓性凝固障害もまた肺高血圧の一因となりうる。血小板は刺激されると,血小板由来増殖因子(PDGF),血管内皮増殖因子(VEGF),および形質転換増殖因子β(TGF-β)などの線維芽細胞および平滑筋細胞の増殖を亢進する物質を分泌するが,これにより血小板もまた重要な役割を担っている可能性がある。血管内皮表面の局所的な凝固を,慢性の血栓塞栓性肺高血圧症(器質化した塞栓による肺高血圧症)と混同してはならない。
肺静脈圧の上昇は典型的には,左心を侵し左心圧を上昇させる疾患によって引き起こされる(これらの病態では最終的に肺静脈の圧上昇につながる)。肺静脈圧の上昇は,肺胞-毛細血管壁に急性の損傷をもたらし,引き続いて浮腫を引き起こす可能性がある。持続的な高血圧は,最終的に肺胞-毛細血管膜の不可逆的な肥厚をもたらし,肺の拡散能の低下を引き起こす可能性がある。肺静脈高血圧が最もよくみられる状況は,駆出率が保持された左心不全(HF-PEF)においてであり,典型的には高血圧およびメタボリックシンドロームを有する比較的高齢の女性にみられる。transpulmonary gradient(平均肺動脈圧-平均肺動脈楔入圧)が12mmHgを超える場合,または肺動脈拡張期圧と肺動脈楔入圧の差が6mmHgを超える場合は予後不良である。
ほとんどの患者において,肺高血圧症は最終的に右室肥大を経て右室拡大そして右室不全に至る。右室不全になると,労作時の心拍出量が制限される。
症状と徴候
進行性の労作時呼吸困難と易疲労性がほぼ全ての患者に起こる。呼吸困難に伴い,非典型的な胸部不快感や労作時のふらつきまたは失神前状態がみられることがあり,こういった臨床像は疾患がより重症であることを示唆する。これらの症状は,右心不全により十分な心拍出量を得られないことに主に起因する。レイノー症候群は特発性肺動脈性肺高血圧症患者の約10%に起こり,その大部分は女性である。喀血はまれであるが致死的となりうる。拡張した肺動脈により反回神経が圧迫されて生じる嗄声(すなわち,Ortner症候群)もまれにみられる。
進行例では右心不全の徴候として,傍胸骨拍動,II音の著しい分裂,II音肺動脈成分(P2)の亢進,肺動脈駆出音,右室III音,三尖弁逆流による雑音,および頸静脈の怒張などがみられることがある。うっ血肝および末梢浮腫はよくみられる後期の臨床像である。肺の聴診は通常正常である。原因疾患または関連疾患の症候がみられることもある。
診断
著明な労作時呼吸困難を有する患者で,それ以外の点では比較的健康であり,かつ肺症状を引き起こすことが知られている他の疾患の病歴または徴候を有さない場合には,肺高血圧症が疑われる。
呼吸困難のより一般的な原因を同定するため,最初に胸部X線,スパイロメトリー,および心電図を行い,次に右室機能および肺動脈収縮期圧の評価ならびに肺高血圧症を引き起こしうる左心の構造的疾患の検出を目的とした経胸壁ドプラ心エコー検査を行う。血算を行い,赤血球増多,貧血,および血小板減少の有無を確認する。
肺高血圧症で最もよくみられるX線所見は,拡張した肺門部血管が末梢に向かって急激に細くなる像,および側面像で右室が前方の気腔を埋めつくしている像である。スパイロメトリーおよび肺気量は正常または軽度の拘束性を示しうるが,DLcoは通常減少する。よくみられる心電図所見には,右軸偏位,V1におけるR > S,S1Q3T3パターン(右室肥大を示唆する),および先鋭P波(右房拡大を示唆する)などがある。
臨床的に明らかとなっていない二次性の原因の診断のため,必要に応じて追加検査を実施する。追加検査には以下ものが含まれる:
慢性血栓塞栓性肺高血圧症はCTまたは換気血流(VQ)シンチグラフィーの所見により示唆され,動脈造影により診断を確定する。CT血管造影は近位部の血栓および血管内腔の線維化を評価するのに有用である。HIV検査,肝機能検査,睡眠ポリグラフなどの他の検査を,それぞれ適切な臨床状況下で実施する。
初期評価で肺高血圧症が示唆される場合,右房,右室,肺動脈,および肺動脈楔入圧;心拍出量;ならびに左室拡張期圧測定のため,肺動脈カテーテル検査を行う必要がある。心房中隔欠損症を除外するために,右心系の酸素飽和度も測定すべきである。基礎疾患がなく,平均肺動脈圧 > 25mmHgおよび肺動脈楔入圧 ≤ 15mmHgという所見があれば肺高血圧症の診断が得られるものの,肺動脈性肺高血圧症を有する患者のほとんどは,これよりかなり高い肺動脈圧(例,平均圧60mmHg)を呈する。吸入一酸化窒素,エポプロステノール静注,またはアデノシンなどの血管拡張薬がしばしばカテーテル挿入時に投与される。これらの薬剤に反応し右心系の圧が低下すれば,治療薬選択の際の参考になる可能性がある。肺生検は,かつては広く行われていたが,必要ではなく,検査関連の合併症発生率および死亡率が高いため推奨もされていない。
心エコー検査による右心収縮機能障害の所見(例,三尖弁輪収縮期移動距離)および右心カテーテル検査でみられる特定の結果(例,心拍出量低下,平均肺動脈圧高値,および右房圧高値)は肺高血圧症が重症であることを示唆する。肺高血圧症における重症度の他の指標は,予後の評価および治療への反応のモニタリング補助に使用される。具体的には,6分間歩行距離の低値やN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-pro-BNP)または脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の血漿中濃度の高値などがある。
肺高血圧症が診断された段階で,遺伝の可能性を検出するために患者の家族歴を聴取すべきである(例,その他の点では健康であった親族の若年死など)。家族性肺動脈性肺高血圧症では遺伝カウンセリングが必要であり,その中で発症リスク(約20%)を遺伝子変異キャリアに伝え,心エコーによるスクリーニング検査を繰り返し受けることを勧める。特発性肺動脈性肺高血圧症におけるBMPR2遺伝子変異の検査は,リスクがある家系員の同定に役立つ可能性がある。
予後
治療
肺動脈性肺高血圧症,第1群
治療法は急速に進歩している。
プロスタサイクリン誘導体であるエポプロステノールの静脈内投与により,カテーテル挿入時に血管拡張薬に反応しない患者であっても機能改善がみられ生存期間が延長する。エポプロステノール投与は現在のところ肺動脈性肺高血圧症に対する最も効果的な治療である。欠点は中心静脈カテーテルによる注入を持続的に行う必要があること,また紅潮,下痢,留置カテーテルに伴う菌血症など,重大な有害作用がしばしばみられることである。プロスタサイクリン誘導体は,吸入,経口,または皮下もしくは静脈内投与(イロプロストおよびトレプロスチニル)が可能である。2015年に利用可能になったセレキシパグは,経口で高い生物学的利用能が得られる低分子で,プロスタグランジンI2受容体を活性化し,死亡率と罹病率を減少させる(1)。
経口エンドセリン受容体拮抗薬は,ボセンタン,アンブリセンタン,およびマシテンタンの3種類が使用可能である。経口ホスホジエステラーゼ5阻害薬のシルデナフィル,タダラフィル,およびバルデナフィルも使用されることがある。リオシグアトは初の可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬である。2015年に実施された研究では,経口アンブリセンタン10mgおよび経口タダラフィル40mgによるそれぞれの単剤療法と,これら2剤を毎日同時に併用した場合の効果が比較された(2)。単剤療法に比べ,併用療法の方が有害な臨床転帰(死亡,入院,疾患の進行,または長期的な転帰不良)が少なかった。また併用療法では,NT-proBNPの値が有意に減少し,6分間歩行の距離が伸び,満足できる臨床反応の割合が上昇した。この研究では,肺動脈性肺高血圧症の治療を併用療法で開始し,複数の経路を標的にすることが支持されている。しかしながら,ホスホジエステラーゼ5阻害薬をリオシグアトと組み合わせることはできない;どちらのクラスもサイクリックグアノシン一リン酸(cGMP)濃度を高める作用があり,両者の併用は危険なレベルの低血圧につながる可能性があるためである。重度の右心不全があり,突然死のリスクが高い患者では,プロスタサイクリン誘導体の静脈内投与または皮下投与による治療の早期開始が有益でありうる。
逐次併用療法は,最初からの同時併用療法に対する代替治療である。マシテンタンは単独で使用した場合でもPAHの他の治療薬と併用した場合でも,罹病率と死亡率を下げることが研究により確認されている。セレキシパグは単独で使用した場合でも,ホスホジエステラーゼ5阻害薬,エンドセリン受容体拮抗薬,またはその両方と併用した場合でも,プラセボに比べて罹病率と死亡率が低かった(3,4)。最後に,リオシグアトは単独で使用した場合でも,エンドセリン受容体拮抗薬またはプロスタノイドの投与を受けている患者に連続併用療法として使用した場合でも,6分間歩行の距離を伸ばし,肺血管抵抗を下げ,機能分類のクラスを改善した(5)。
プロスタサイクリン誘導体,エンドセリン受容体拮抗薬,およびグアニル酸シクラーゼ刺激薬は主に特発性PAHにおいて研究されてきた;しかしながら,これらの薬剤は慎重に使用すれば(薬物代謝および薬物間相互作用に注意しながら),結合組織疾患,HIV,または門脈肺高血圧症によるPAHの患者に対しても投与できる。血管拡張薬を肺静脈閉塞症によるPAHの患者に使用すると,壊滅的な肺水腫が発生するリスクがあるため,これは避けるべきである(6)。
肺移植は治癒が期待できる唯一の治療であるが,拒絶反応(閉塞性細気管支炎症候群)と感染のため合併症発生率が高い。5年生存率は50%である。肺移植が適応となるのは,New York Heart Association(NYHA)分類のクラスIV(最小限の活動で呼吸困難が生じ,座位または臥位に限定された状態に至ることと定義される)の患者,または先天性心疾患を合併しており他の全ての治療が失敗した患者で,移植対象となるためのその他の基準を満たした場合である。
多くの患者は心不全治療のための補助療法(利尿薬など)を必要とし,またほとんどの場合,禁忌がなければワルファリンを服用すべきである。
肺高血圧症,第2群~第5群
主な治療として基礎疾患の管理を行う。左心疾患の患者では弁膜症に対する手術が必要になることがある。肺疾患および低酸素症のある患者では,原疾患の治療に加え,酸素投与もまた有益である。従来のPAHの治療法は,基礎にある低酸素性血管収縮を解除することでV/Q不均衡に寄与する可能性があるため,慎重に行うべきである。慢性血栓塞栓症に続発する重度の肺高血圧症の患者に対する第1選択の治療には,外科的介入である肺動脈血栓内膜摘除術などがある。これは人工心肺を用いて,血管内皮に器質化した血栓を肺血管に沿って剥離する方法であるが,これは急性期の外科的塞栓除去術よりも複雑な処置である。この処置により,相当な割合で肺高血圧症が治癒し,患者の心肺機能が回復する;経験の多い施設で行われた場合,手術による死亡率は10%未満である。リオシグアトは,外科手術の対象にならない患者または得られる便益に対してリスクが高すぎる患者において,運動耐容量と肺血管抵抗を改善した (5)。
肺高血圧症を伴う鎌状赤血球症の患者には,適応に応じてヒドロキシカルバミド,鉄キレート療法,および酸素投与による積極的な治療を行う。右心カテーテル検査で肺動脈性肺高血圧症および肺血管抵抗の上昇が確認された患者では,肺血管拡張薬の選択的投与(エポプロステノールまたはエンドセリン受容体拮抗薬)が考慮されうる。シルデナフィルは鎌状赤血球症患者では疼痛発作の回数を増加させるため,その使用は,血管閉塞クリーゼが高度ではなく,かつ患者がヒドロキシカルバミドまたは輸血による治療を受けている場合に限定すべきである。
治療に関する参考文献
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