Helicobacter pylori感染症

執筆者:Nimish Vakil, MD, University of Wisconsin School of Medicine and Public Health
レビュー/改訂 2020年 1月
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Helicobacter pyloriは,胃炎,消化性潰瘍,胃腺癌,および低悪性度胃リンパ腫の原因となる一般的な胃の病原菌である。感染は無症候性または様々な程度の消化不良を引き起こす可能性がある。診断は尿素呼気試験,便抗原検査,および内視鏡下生検検体の検査による。治療は,プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗菌薬の併用による。

胃酸分泌の概要および胃炎の概要も参照のこと。)

H. pyloriは,酸性環境での増殖に順応した,らせん状のグラム陰性菌である。発展途上国では,慢性感染を引き起こすことが多く,感染は通常小児期に起こる。米国では,小児の感染はそれほど多くないが,年齢とともに増加し,60歳までに約50%が感染する。人種別の感染率は黒人,ヒスパニック系,およびアジア人が最も高い。

この菌は糞便,唾液,歯垢から培養されていることから,経口または糞口感染が示唆される。感染は家族内および介護施設の入居者で群発する傾向にある。適切に消毒されていない内視鏡を介して細菌が伝播する可能性があるため,看護師および消化器専門医はリスクが高いようである。

H. pylori感染症の病態生理

H. pylori感染症の影響は,胃内の感染部位によって異なる。

前庭部優位の感染では,おそらくはソマトスタチン分泌が局所的に障害されることで,ガストリン産生が亢進する。その結果もたらされる胃酸過剰分泌は,幽門前部および十二指腸潰瘍の素因である。

胃体部優位の感染では,胃粘膜萎縮と胃酸分泌の低下が起こるが,これは局所でのインターロイキン1β産生の亢進が原因である可能性がある。胃体部優位の感染を呈する患者は,胃潰瘍胃腺癌を発症しやすい傾向がある。

一部の患者は前庭部および体部の両方の感染を合併し,様々な臨床症状を呈する。多くのH. pylori感染患者は顕著な臨床症状がない。

H. pyloriはアンモニアを産生することで胃内の酸性環境での生存を可能としており,そのアンモニアが粘液バリアを侵食する可能性がある。H. pyloriが産生する細胞毒および粘液溶解酵素(例,細菌プロテアーゼ,リパーゼ)は,粘膜損傷とそれに続く潰瘍発生に関与していると考えられる。

感染者は胃癌を発症する可能性が3~6倍高い。H. pylori感染症には,胃体部および前庭部の腸型腺癌との関連が認められるが,胃噴門部のがんとは関連がない。その他に関連のある悪性腫瘍として,胃リンパ腫や粘膜関連リンパ組織(MALT)リンパ腫(単クローン性のB細胞腫瘍)などがある。

H. pylori感染症の診断

  • 尿素呼気試験および便抗原検査

無症状の患者に対するスクリーニングは必要ない。検査は消化性潰瘍および胃炎の評価時に行う。治療後検査は,典型的には除菌を確認するために行われる。

非侵襲的検査

検査室や診療所で行う抗H. pylori抗体の血清学的検査は,感度および特異度が85%を上回り,かつてはH. pylori感染の最初の確認を目的とした第1選択の非侵襲的検査とされていた。しかしながら,感染率が低下し,血清学的検査での偽陽性率が大幅に上昇したことから,これらの検査はほとんどの国と地域であまりにも信頼性を欠くものとなった。そのため,初期診断としては尿素呼気試験と便抗原検査が望ましい。定性的な検査では除菌治療成功後,最長3年間にわたり陽性となり,また抗体価の測定値は除菌治療後6~12カ月間は有意に低下しないため,通常は血清学的検査を除菌の判定に用いることはない。

尿素呼気試験では,13Cまたは14C標識尿素を経口投与する。感染患者では,菌により尿素が代謝され,標識CO2が発生し,それが呼気中に排出され,尿素摂取から20~30分後に採取した呼気検体で測定できる。感度および特異度は95%を上回る。尿素呼気試験は,除菌治療後の除菌の確認に適している。抗菌薬の最近の使用またはプロトンポンプ阻害薬併用は偽陰性の結果をもたらす可能性があるため,フォローアップ検査は抗菌薬療法後には4週間以上,プロトンポンプ阻害薬療法後では1週間経過してから行うべきである。H2受容体拮抗薬は検査に影響を及ぼさない。

便抗原検査は,尿素呼気試験と同程度の感度および特異度を特に初期診断で有していると考えられ,診療所ベースの便検査が開発中である。

侵襲的検査

内視鏡検査により,迅速ウレアーゼ試験(RUT)または組織染色のための粘膜生検検体を採取する。同菌の培養は偏好性を示すことから,細菌培養の有用性は限られている。H. pylori感染症の診断のみを目的とした内視鏡検査は推奨されず,他の理由で内視鏡検査が適応となる場合を除き,非侵襲的検査が望ましい。

RUTでは,生検検体中に細菌ウレアーゼが存在すると特殊な培地上で色の変化が起こり,組織検体では第1選択の診断法である。RUTの結果は陰性であるが疑わしい臨床所見を有する患者,抗菌薬を最近使用した患者,プロトンポンプ阻害薬による治療中の患者では,生検検体の組織染色を行うべきである。RUTおよび組織染色はいずれも感度および特異度が90%を上回る

H. pylori感染症の治療

  • 抗菌薬(様々なレジメン)+プロトンポンプ阻害薬

  • 治癒を確認するための尿素呼気試験,便抗原検査,または上部消化管内視鏡検査

(American College of GastroenterologyのHelicobacter pylori感染症の治療に関するガイドラインも参照のこと。)

合併症(例,潰瘍,がん)を呈する患者には除菌を行うべきである。H. pylori除菌によって,MALTリンパ腫が治癒することもある(ただし,その他の感染関連がんは治癒しない)。無症候性感染の治療については議論があったが,がんにおいてH. pyloriが果たす役割が認識されたことで,治療が推奨されるようになった。ワクチンは予防的および治療的(すなわち,感染患者の治療の補助として)のいずれもが開発中である。

H. pyloriの除菌には,多剤併用療法を行う必要があり,典型的には抗菌薬と胃酸分泌抑制薬を併用する(1)。プロトンポンプ阻害薬はH. pyloriを抑制するほか,その使用に伴う胃液pH上昇によって抗菌薬の組織中濃度および効力が高まる可能性があり,H. pyloriにとって苛酷な環境が形成される。

クラリスロマイシン耐性率が15%を上回る地域では,4剤併用療法が最善の初期治療であり,発展途上国の多くの地域がこれに該当する。4剤併用療法では,以下の経口薬を14日間投与する(2):

  • プロトンポンプ阻害薬(ランソプラゾール30mg,経口,1日2回,オメプラゾール20mg,経口,1日2回,パントプラゾール40mg,経口,1日2回,ラベプラゾール 20mg,経口,1日2回,エソメプラゾール40mg,経口,1日1回)

  • 次サリチル酸ビスマス(524mg,経口,1日4回)

  • メトロニダゾール250mg,1日4回

  • テトラサイクリン500mg,1日4回

3剤併用療法は,H. pylori感染症に最も頻用される処方レジメンであった。以下の経口薬を10~14日間投与する:

  • プロトンポンプ阻害薬(ランソプラゾール30mg,1日2回,オメプラゾール20mg,1日2回,パントプラゾール40mg,1日2回,ラベプラゾール 20mg,1日2回,エソメプラゾール40mg,1日1回)

  • アモキシシリン(1g,1日2回)またはメトロニダゾール250mg,1日4回

  • クラリスロマイシン(500mg,1日2回)

ただし,世界の多くの地域でクラリスロマイシン耐性菌の頻度が高まってきており,3剤併用療法が失敗に終わる可能性がますます高まってきている。したがって,H. pyloriの地域株の85%以上に感受性があることが判明しているか,このレジメンがその地域で引き続き臨床的に有効であることが判明している場合を除き,このレジメンは初期治療として推奨されない。

H. pyloriの多剤耐性株には,リファブチンを用いる3剤併用療法が有効とみられている(3)。

十二指腸潰瘍または胃潰瘍を呈する感染患者には,胃酸分泌抑制薬を少なくとも4週間継続する必要がある。治療完了から4週間以上経過後に尿素呼気試験,便抗原検査,または上部消化管内視鏡検査を施行することで,除菌を確認することができる。治療した全ての患者で除菌を確認するのが妥当であるが,H. pylori感染症の重篤な症状(例,潰瘍出血)がある患者は必須である。除菌されない場合には,出血性潰瘍が再発する可能性が高くなる。

H. pyloriの除菌が不成功に終わった場合は,再び治療を行う。2コース目も不成功に終わった場合については,感受性試験用の培養を行うための内視鏡検査を推奨する専門家もいる。

治療に関する参考文献

  1. 1.Yang JC, Lin CJ, Wang HL, et al: High-dose dual therapy is superior to standard first-line or rescue therapy for Helicobacter pylori infection.Clin Gastroenterol Hepatol 13(5):895–905.e5, 2015.doi: 10.1016/j.cgh.2014.10.036.

  2. 2.Fallone CA, Chiba N, van Zanten SV, et al: The Toronto consensus for the treatment of Helicobacter pylori infection in adults.Gastroenterology 151(1):51–69, 2016.doi: 10.1053/j.gastro.2016.04.006.

  3. 3.Fiorini G, Zullo A, Vakil N, et al: Rifabutin triple therapy is effective in patients with multidrug-resistant strains of Helicobacter pylori.J Clin Gastroenterol 52(2):137–140, 2018.doi: 10.1097/MCG.0000000000000540.

H.pylori感染症の要点

  • H. pyloriは酸性環境に高度に順応したグラム陰性菌で,しばしば胃に感染する;感染率は年齢とともに上昇し,60歳までに約50%が感染する。

  • 感染は胃潰瘍,幽門前部潰瘍,および十二指腸潰瘍の素因であり,胃腺癌およびリンパ腫のリスクを高める。

  • 尿素呼気試験または便抗原検査によって初期診断を下し,他の理由で内視鏡検査を行う場合は,採取した生検検体を迅速ウレアーゼ試験または組織染色で分析する。

  • 合併症(例,潰瘍,がん)を有する患者には除菌治療を行い,その場合の典型的なレジメンとしては,クラリスロマイシン耐性率が15%を超える地域での4剤併用療法や,プロトンポンプ阻害薬 + 抗菌薬2剤(例,クラリスロマイシン + アモキシシリンまたはメトロニダゾール)などがある。

  • 尿素呼気試験,便抗原検査,または上部消化管内視鏡検査によって治癒を確認する。

H.pylori感染症についてのより詳細な情報

  1. American College of GastroenterologyによるHelicobacter pylori感染症の治療に関するガイドライン

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