医師は治療を勧める前に、その治療に伴うメリット(便益)とデメリット(リスク)の可能性を慎重に検討します。(医療に関する意思決定の概要 医療に関する意思決定の概要 患者と医師は、医療に関して多くの決断を下さなければなりません。患者は、医師の診察を受けるかどうか、また いつ受診するかを、決定しなければなりません。かかりつけ医などの医師は、患者が健康を維持したり、取り戻したりするために、どんなアドバイスをするか決めなければなりません。両者ともが、検査を行うとしたらどんな検査を... さらに読む と 科学としての医学 科学としての医学 医師たちは、何千年にもわたって人々の治療を行ってきました。医学的な治療の最も古い記録は、3500年以上前の古代エジプトのものです。それ以前にも、ヒーラーやシャーマンと呼ばれる人たちが、病人やけが人に薬草などによる治療を提供していたと考えられています。一部の単純な骨折や軽いけがに用いられたものなど、いくつかの治療法は実際に効果があるものでし... さらに読む も参照のこと。)
意思決定の共有
かつての医療では、患者の参加が不十分なまま、そして利用可能なすべての治療法のリスクと便益を説明しないまま、しばしば医師が患者に代わって決定を下していました。しかし、このアプローチは適切でないと認識されてきています。
治療の目標は治療成績をよくすることであり、それは患者自身の目標や価値観(目標の設定 目標の設定 患者と医師は、医療に関して多くの決断を下さなければなりません。患者は、医師の診察を受けるかどうか、また いつ受診するかを、決定しなければなりません。かかりつけ医などの医師は、患者が健康を維持したり、取り戻したりするために、どんなアドバイスをするか決めなければなりません。両者ともが、検査を行うとしたらどんな検査を... さらに読む を参照)によって定義されるものであるため、今では、かかりつけ医などの医師とその患者が共に医療に関する意思決定を行います。2つの方向で情報交換が行われます。
医師は、利用可能な治療法と、それらの治療法の便益とリスクに関する情報を患者に提供します。
患者は、自分の生活習慣、好み、価値観など個人的な情報を医師に伝えます。
医師と患者は治療の選択肢について話し合い、最もよい治療計画に同意します。意思決定の共有とは、医師の助けなしに、いくつもの紛らわしい治療選択肢の中から患者が自分だけで選ばなければならないということを意味するものではありません。医師は、標準治療や最も有力な医学的証拠に基づいて治療法を勧めますが、勧める理由や、その治療法が患者個人の必要や目標をどのように満たせるか、説明を与えます。意思決定の共有では、医師は患者の意思決定プロセスを助けます。患者の代わりに決定することも、患者を見捨てることもしません。
場合によっては、主治医と協力して生活の質を考慮した決定を行う必要もあります。積極的ながん治療は延命につながっても、その治療により生活の質が大幅に低下するような深刻な悪影響が生じることがあります。生活の質と生存期間を考えたときの患者の希望、ならびにリスクと不確実性に対する患者の許容度が、医療上の目標を決める上での情報となり、行うべき医学的処置を決定するのに役立ちます。生活の質の問題は、高齢者にとって特に重要です(高齢者の治療目的 高齢者の治療目的 医学的な介入(検査や治療など)には、ほとんどの場合リスクが伴います。このようなリスクは 生活の質に影響を及ぼす可能性があります。患者と医療従事者は、検査や治療の便益と、生活の質に及ぶ可能性のある悪影響とを比較検討する必要があります( 医療に関する意思決定も参照)。 医学的介入の想定される便益としては以下のものがあります。 治癒 余命の延長 病気の進行を遅らせる さらに読む を参照)。
ときに、認知症のように情報を理解する能力に影響を及ぼす病気のために、意思決定を自分自身で行えない人もいます。また、せん妄や昏睡など、意識レベルに影響を与える重度の病気がある場合もあります。このような場合、医師は患者の近親者、または 医療判断代理委任状 医療判断代理委任状 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場合に、医療についての本人の希望を伝達する法的文書です。事前指示書には、基本的にリビングウィルと医療判断代理委任状の2種類があります。( 医療における法的問題と倫理的問題の概要も参照のこと。) リビングウィルは、終末期ケアに代表されるような、個人が医療に関する決定能力を喪失する事態に備え、将来の医学的治療に関する指示や要望を事前に表明するものです。... さらに読む をもつ人に、治療に関する決定を下すための手助けを依頼します。
リスクと便益の比較
かかりつけ医などの医師は、自身の医学的知識、経験、 臨床試験 臨床試験について参加者が知っておくべきこと 人々は医師に対して、効果のある治療法を選択し、効果のない治療は中止するように期待します。しかし、どの治療法が有効か見分けることは、医師や研究者にも困難であることが往々にしてあります。その判断を下すことが 医学の役割の1つであり、具体的には、臨床試験において治療法の効果を検討することで達成されるのが通常です。 臨床試験とは、ある介入(治療や検査など)が安全かつ有効かどうかを明らかにし、その介入の潜在的なベネフィットがリスクを上回っているこ... さらに読む の結果を用いて、利用可能な治療のリスクや便益に関する情報を提供します。
リスクとは、病気の悪化や治療の副作用など、有害な結果が起こる可能性です。リスクの説明の仕方によって、大きな違いが生まれます。例えば、脳卒中を予防するための新薬を、確立された薬と比較する臨床試験があったとします。そして、試験の結果、新薬は2%の人で出血の副作用を引き起こし、確立された薬は1%の人で出血を引き起こしたとします。
結果の述べ方の1つとして、新薬が「2倍の出血」を引き起こしたということができます(相対リスクの上昇)。
しかし、新薬は「出血の可能性を1%高めたに過ぎない」と述べることも、同程度に正しいことになります(絶対リスクの上昇)。
この例では、相対リスクが2倍になっているため、新薬が非常に危険に思えますが、絶対リスクは1%の増加であるため、危険は最小限に思えます。何かに賛成か反対の人は、通常、自分の意見に合うようなリスクの説明しか引用しません。医師は、患者がリスクの推定について理解し、合理的な決定を下す助けになれます。
治療の便益として、以下のようなものがありえます。
病気の治癒(最大の便益で、最終的な目標)
症状の軽減(例えば、痛みの軽減など)
機能の改善(例えば、より遠くまで歩けるようになるなど)
病気の合併症が起こる(例えば、糖尿病の人に心臓発作が起こる)可能性の減少
医師は治療に伴うリスクと便益を検討した後、患者の目標や希望を考慮に入れ、ある治療計画を勧めるかもしれません。しかしこの過程は、以下の理由から、複雑なことがあります。
ある病気に対して最善の治療が1つではない
リスクと便益との間のトレードオフが非常に多くて紛らわしく、整理するのが難しい
考え方を示す
医療情報は複雑なことがあるため、潜在的なリスクや便益に対する考え方を示すことが、かかりつけ医の最も有用な役割といえるかもしれません。例えば、テレビや雑誌でみられる様々な薬の広告には、軽いものから重大なものまで、数多くの副作用が並べられています。しかし、これらの広告には、以下の情報は含まれていません。
どれくらいの人数がこれらの副作用を経験するか
これらの副作用のもたらす結果
病気を治療しないことによる結果
その結果、ある治療から大きな恩恵を受けられる可能性のある人が、宣伝された副作用が起きるのをおそれるあまり、薬を拒否するかもしれません。
例えば、高血圧の人の多くは、投与された薬の副作用がみられることで、治療をやめてしまいます。一方で医師は患者に対し、その時点では体調がよくても、高血圧を治療することは重要であると説明します。なぜなら、米国での死亡や障害の主な原因となっている心臓発作、脳卒中、腎不全などを起こす可能性を大幅に減らすことができるからです。別の薬を使ったり、投与量を変えることで、副作用を回避したり最小限に抑えたりすることが可能と理解できれば、患者は治療のリスクを負ってもよいと考えるかもしれません。一方、心臓発作や脳卒中の影響は深刻で、回復不能で、生命を脅かすことが多いため、ほとんどの人にとって、高血圧の薬を服用することによって得られるであろう便益の方が、潜在的なリスクに比べてはるかに大きいでしょう。
考え方を示す別の方法として、医師は患者の状況を、薬や治療法が研究された臨床試験の参加者の状況と比較することができます。例えば、その薬の試験の参加者と比べて健康状態が悪い人は、その薬から得られる便益が少ないかもしれず、より多くのリスクを経験する可能性があります。一方、その薬の試験の参加者と比べて健康状態がよい人は、試験の参加者より治療の結果がよくなる可能性が高くなります。