特発性環境不耐症に広く受け入れられている定義はないが,一般的にこの疾患は,同定可能または同定不可能な化学物質(数は問わない)への曝露(吸入,接触,摂取)やその他の曝露に起因する多彩な症状の出現で,臨床的に検出可能な器質的機能障害および関連する身体徴候を伴わないものと定義される。
病因
トリガー
報告されている特発性環境不耐症のトリガーは以下の通りである。
アルコールおよび薬物
カフェインおよび食品添加物
絨毯や家具のにおい
燃料の臭気およびエンジンの排気
塗料
香水およびその他の芳香剤
殺虫剤および除草剤
モバイル通信機器
機序
免疫学的および非免疫学的理論が提唱されている。提示された原因物質に対する一貫した用量反応性の欠如(すなわち,以前かなり少量で反応が惹起された物質への大量曝露後に症状が再現されない場合がある)が,これらに対する障害となっている。同様に,症状に関連して全身性の炎症,サイトカインの過剰放出,または免疫系の活性化が生じることを一貫して示す客観的エビデンスも得られていない。多くの医師は,病因を心理的なもの,おそらくは 身体症状症 身体症状症 身体症状症は,その症状に関係する過剰かつ不適応的な思考,感情,および行動に関連した持続的な複数の身体的愁訴により特徴づけられる。症状は意図的に作り出されたり,捏造されたりせず,既知の身体疾患を伴うこともあれば,伴わないこともある。診断は患者およびときに家族から聴取する病歴に基づく。治療としては,患者が不必要な診断検査や治療を受けることを回... さらに読む の一形態であると考えている。この症候群は一種の パニック発作 パニック発作およびパニック症 パニック発作は,身体症状および/または認知面での症状を伴う強い不快感,不安,または恐怖が,突然に,個別に,短時間発現する現象である。パニック症は,パニック発作が繰り返し発生し,典型的にはそれに付随して,将来の発作に対する恐怖,または発作を起こしやすいと考えられる状況を回避しようとする行動の変化が生じる。診断は臨床的に行う。個々のパニック発... さらに読む ないし 広場恐怖症 身体症状症 身体症状症は,その症状に関係する過剰かつ不適応的な思考,感情,および行動に関連した持続的な複数の身体的愁訴により特徴づけられる。症状は意図的に作り出されたり,捏造されたりせず,既知の身体疾患を伴うこともあれば,伴わないこともある。診断は患者およびときに家族から聴取する病歴に基づく。治療としては,患者が不必要な診断検査や治療を受けることを回... さらに読む であると示唆する医師もいる。
特発性環境不耐症は, 慢性疲労症候群 慢性疲労症候群 慢性疲労症候群(CFS)は,生活を変える原因不明の疲労が6カ月以上にわたり持続する症候群であり,いくつかの随伴症状を伴う。管理としては,患者の障害の確認,具体的な症状の治療,一部の患者には認知行動療法,段階的運動プログラムなどがある。 米国では25%もの人が慢性的に 疲労していると報告しているが,CFSの基準を満たす人はわずか約0... さらに読む 患者の40%および 線維筋痛症 線維筋痛症 線維筋痛症は,頻度は高いものの完全には解明されていない,関節外を首座とする疾患であり,全身性の疼痛(ときに重度),筋肉,腱付着部周囲,および隣接する軟部組織の広範な圧痛,筋硬直,疲労,意識障害,睡眠障害,その他の様々な身体症状を特徴とする。診断は臨床的に行う。治療法としては,運動,局所の加温,ストレス管理,睡眠を改善する薬剤,非オピオイド... さらに読む 患者の16%に生じる。特発性環境不耐症は女性の方が有病率が高い。
測定できる生物学的異常(例,Bリンパ球の減少,IgEの増加)はまれであるが,一部の患者にはこのような異常がみられる。しかし,これらの異常に一貫したパターンはないようであり,その意義は不明であり,疾患の免疫学的根拠を確認するための異常に関する検査は推奨されない。
症状と徴候
症状は多数あり(例,動悸,胸痛,発汗,息切れ,疲労,紅潮,めまい,悪心,息詰まり,震え,しびれ,咳嗽,嗄声,集中困難),通常は複数の器官系に関係する。ほとんどの患者は,自己で同定したか,または以前の検査で医師により同定された被疑物質を列挙したリストを持参する。こうした患者はしばしば,原因物質を避けるために住居や就職先を変え,「化学物質」を含有する食品を避け,公衆の場ではときにマスクを着用し,また公衆環境自体を避けるという労をいとわない。身体診察では,著明な所見がみられないことが特徴的である。
診断
他の原因の除外
診断では,まず同様の症状を示す既知の疾患を除外する:
アトピー性疾患(例, 喘息 喘息 喘息は,様々な誘発刺激により引き起こされ,部分的または完全に可逆的な気管支収縮を生じさせる気道のびまん性炎症疾患である。症状および徴候には,呼吸困難,胸部圧迫感,咳嗽,および喘鳴などがある。診断は病歴,身体診察,および肺機能検査に基づく。治療には誘発因子の制御および薬物療法があり,吸入β2作動薬および吸入コルチコステロイドが最も多く用いら... さらに読む , 血管性浮腫 血管性浮腫 血管性浮腫は真皮深層および皮下組織の浮腫である。通常は,薬物,毒液,食物,花粉,または動物のフケなどのアレルゲンへの曝露によって引き起こされる急性の肥満細胞介在性反応である。さらに血管性浮腫は,アンジオテンシン変換酵素阻害薬に対する急性反応,慢性反応,または異常な補体反応を特徴とする遺伝性もしくは後天性疾患のこともある。主な症状は腫脹であ... さらに読む )
ビル関連疾患
内分泌疾患(例, カルチノイド症候群 カルチノイド症候群 カルチノイド症候群は, カルチノイド腫瘍患者の一部に発生する病態で,皮膚紅潮,腹部痙攣,および下痢を特徴とする。右側の心臓弁膜症が数年後に生じることがある。本症候群は,腫瘍によって分泌される血管作動性物質(セロトニン,ブラジキニン,ヒスタミン,プロスタグランジン,ポリペプチドホルモンなど)に起因し,その腫瘍は典型的には転移性の消化管カルチ... さらに読む , 褐色細胞腫 褐色細胞腫 褐色細胞腫は,典型的には副腎に局在する,クロム親和性細胞から成るカテコールアミン産生腫瘍である。持続性または発作性の高血圧を引き起こす。診断は,血中または尿中のカテコールアミン産物の測定による。画像検査,特にCTまたはMRIは腫瘍の局在同定に役立つ。治療は,可能であれば腫瘍の切除による。血圧調節のための薬物療法にはα遮断薬が使用され,通常... さらに読む , 肥満細胞症 肥満細胞症 肥満細胞症は,皮膚または他の組織および器官の肥満細胞浸潤である。症状は主にメディエーター放出に起因し,そう痒,紅潮,胃酸過剰分泌による消化不良などを含む。診断は皮膚もしくは骨髄の生検,またはその両方による。治療は抗ヒスタミン薬の投与,および基礎疾患の制御による。 ( アレルギー疾患およびアトピー性疾患の概要も参照のこと。)... さらに読む )
アトピー性疾患は典型的な病歴,プリックテスト,特異的IgEの血清分析,またはこれら全てに基づき除外される。アレルギー専門医へのコンサルテーションが助けに場合もある。同じ建物で過ごす多くの人々が発症する ビル関連疾患 特異的ビル関連疾患 ( 環境性肺疾患の概要も参照のこと。) ビル関連疾患(building-related illness)とは,その病因に気密性の高い現代的建築物の環境が関係している多様な疾患群のことである。そうした建物は,窓が密閉され,空気の循環を暖房,換気装置,および空調設備に依存していることを特徴とする。大半の症例は一般のオフィスビルで発生しているが... さらに読む を考慮すべきである。
症状および徴候が「結合組織」疾患や全身性の自己免疫性リウマチ疾患(例,関節,皮膚および/または粘膜症状)を強く示唆しない場合,広範な自己抗体(例,抗核抗体[ANA],リウマトイド因子,抽出核抗原[ENA])の検査は避けるべきである。このような場合は,検査前確率が低く,また真陽性より偽陽性の判定が出る可能性の方がはるかに高い;ANAの弱陽性が約20%で認められる。
治療
ときに,疑わしいトリガーを避ける
心理学的治療
原因と影響の関係が未確定であるにもかかわらず,治療はときに疑わしい素因を回避することを目標とするが,多くの物質は広範に分布するため困難である。しかしながら,社会的隔離,および費用がかかる破壊的な回避行動は推奨されない。患者を安心させ不必要な検査や手技から患者を守るプライマリケア医との信頼関係が役立つ。
心理学的評価や介入が役立つ場合があるが,特徴として多くの患者がこのアプローチに抵抗する。しかしながらこのアプローチのポイントは,原因が心理的なものであると患者に納得させるのではなく,患者の症状への対処および生活の質の改善を支援することである (1) 治療に関する参考文献 特発性環境不耐症は,環境中に一般に存在する化学的に関連性のない複数の物質への少量曝露のほか,ときに電磁場に対する過敏性によって引き起こされる,再発性で非特異的な症状を特徴とする。症状は非常に多彩で,しばしば多器官系に影響を与えるが,身体所見に特筆すべきものはない。診断は除外診断による。治療は心理的支援,および認知されているトリガーの回避で... さらに読む 。有用な方法として,心理学的脱感作(しばしば認知行動療法の一環として) (1) 治療に関する参考文献 特発性環境不耐症は,環境中に一般に存在する化学的に関連性のない複数の物質への少量曝露のほか,ときに電磁場に対する過敏性によって引き起こされる,再発性で非特異的な症状を特徴とする。症状は非常に多彩で,しばしば多器官系に影響を与えるが,身体所見に特筆すべきものはない。診断は除外診断による。治療は心理的支援,および認知されているトリガーの回避で... さらに読む および段階的曝露などがある( Professional.see page 治療 治療 限局性恐怖症は,特定の状況,環境,または対象に対する持続的で不合理な強い恐怖(恐怖症)から成る。その恐怖により不安および回避が誘発される。恐怖症の原因は不明である。恐怖症は病歴に基づいて診断される。治療は主に曝露療法による。 ( 不安症の概要も参照のこと。) 限局性恐怖症とは,特定の状況または対象に対して,実際の危険やリスクとは釣り合わな... さらに読む )。共存する精神障害(例,うつ病,パニック症)に対しては,向精神薬が役立つことがある。
治療に関する参考文献
Hauge CR, Rasmussen A, Piet J, et al: Mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) for multiple chemical sensitivity (MCS): Results from a randomized controlled trial with 1 year follow-up.J Psychosom Res 79(6):628-634, 2015. doi: 10.1016/jpsychores.2015.06.010
要点
現在得られているエビデンスによると,特発性環境不耐症は非心理的因子では説明できない。
診断では,同様の症状を示しうる疾患(例,アレルギー疾患)を除外し,ビル関連疾患を考慮する。
客観的な臨床所見で適応とされる場合のみ,免疫学的異常の検査を行う。
段階的曝露などの精神療法,および共存する精神障害の薬物治療を勧める。