脳卒中のリハビリテーション

執筆者:Alex Moroz, MD, New York University School of Medicine
レビュー/改訂 2017年 6月 | 修正済み 2017年 7月
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    リハビリテーションの概要も参照のこと。)

    脳卒中後のリハビリテーションの目的は,関節可動域,筋力,腸管および膀胱の機能,機能的能力および認知能力の維持または改善である。特定のプログラムは,患者の社会的状況(例,家庭または仕事に復帰する見通し),看護師および療法士が監督するリハビリテーションプログラムに参加する能力,学習能力,意欲,および対処技能などに基づいている。理解力を損なう脳卒中では,リハビリテーションは非常に困難であることが多い。

    二次障害(例,拘縮)を予防し,抑うつを回避するのを助けるために,患者が医学的に安定したら直ちにリハビリテーションを開始すべきである。褥瘡に対する予防策は,患者が医学的に安定する前から始めなければならない。一旦意識が完全に回復し,神経脱落症状の進行を認めなければ,患者は安全に起き上がって座ることができ,通常,発作後48時間以内にはこれが可能となる。リハビリテーションの初期に,患肢が弛緩している場合は,1日3~4回,各関節を正常な全可動域において( see table 関節可動域の正常値*)他動的に動かす。

    ベッドから出て椅子や車椅子に安全に自力で移動する能力を回復することは,患者の心身の健康にとって重要である。歩行の問題,痙縮,視野欠損(例,半盲),協調運動障害,および失語症には,特異的治療法が必要である。

    片麻痺

    片麻痺の患者には,患側上肢の下に1つか2つの枕を置くことで肩関節脱臼を防ぐことができる。上肢が弛緩している場合,しっかりとした作りのつり包帯を使用することで,腕や手の重みによる三角筋の過伸展および肩関節の亜脱臼を防ぐことができる。足関節を90度にした状態で後足部に副子を添えることによって,尖足変形(尖足)および下垂足を防ぐことができる。

    片麻痺患者の四肢に対する抵抗運動は,痙性を増大させることがあるため,議論がある。しかしながら,患肢の再教育および協調運動訓練は,耐えられるようになればすぐに(しばしば1週間以内に)追加する。関節可動域を維持するため,その後すぐに自動的および自動介助的関節可動域訓練を開始する。健側の四肢の自動運動は,疲労を生じない限り,推奨されるべきである。様々な日常生活動作(例,ベッドに入る,向きを変える,体位を変換する,起き上がる)を訓練すべきである。片麻痺患者にとって,歩行に最も重要な筋肉は健側の大腿四頭筋である。健側の大腿四頭筋の筋力が低下している場合は,麻痺側を支えるために筋力を強化する必要がある。

    片麻痺患者の歩行異常は多くの因子(例,筋力低下,痙性,身体像の歪み)によって引き起こされ,そのため矯正が困難である。また,歩行を矯正しようとすることによりしばしば痙性が増大し,筋肉疲労を招き,すでに高い転倒リスクをさらに増大させ,転倒によりしばしば股関節骨折を来すことになる;股関節骨折を合併する片麻痺患者の機能的な予後は非常に悪い。したがって,片麻痺患者が安全かつ快適に歩くことができる限り,歩行矯正は行うべきではない。

    片麻痺に対する追加的な治療法としては以下のものが考えられる:

    • 非麻痺側上肢抑制療法(Constraint-induced movement therapy):特定の活動を行うときを除き,起きている間は健側の上肢を拘束することで,主に患側の上肢で作業を行うことを強制する。

    • ロボットによる療法:ロボット装置を使用して,治療的な動作を集中的に繰り返し行い,患肢による動作の遂行を誘導し,患者に対するフィードバックを(例,コンピュータ画面上で)行い,患者の進歩を評価する。

    • 部分荷重歩行訓練:患者の体重を部分的に支持する器具(例,トレッドミル)を用いて歩行を行う。支持する体重と歩行の速度は調整できる。この方法はしばしばロボットとともに用いられ,それによって患者自身に歩行させながら,歩行に必要な補助を加えることができる。

    • 全身振動刺激:患者は,片足からもう片方へ体重を素早く移動させることで振動する踏み台の付いた運動マシンの上に立つ。この動作は筋肉の反射的な収縮を促進する。

    歩行の問題

    歩行訓練を開始する前に,患者は立てなければならない。患者はまず,座位から立ち上がることを学ぶ。椅子の高さを調整しなければならないこともある。患者は股関節と膝を十分に伸ばし,体を少し前に,健側に傾けて立つべきである。立つ練習を行うための最も安全な方法は,平行棒を使用することである。

    歩行訓練の目標は,正常な歩行を取り戻すことではなく,安全な歩行を確立し,維持することである。ほとんどの片麻痺患者に歩行異常がみられるが,原因には多くの因子(例,筋力低下,痙性,身体像の歪み)があるため,矯正が困難である。また,歩行を矯正しようとすることによりしばしば痙性が増大し,筋肉疲労を招き,すでに高い転倒リスクをさらに増大させる場合がある。

    歩行訓練中,患者は両足の幅を15cm(6インチ)以上広げ,健側の手で平行棒をつかむ。歩幅は,麻痺側の下肢では狭く,健側の下肢では広くする。平行棒なしの歩行を開始する患者は療法士による身体介助が必要であり,その後は行き届いた監督が必要である。一般に,患者が初めて平行棒なしで歩行する場合は,杖や歩行器を使用する。杖の持ち手は,関節炎がある手にも合うよう十分な直径のものを使用すべきである。

    階段昇降では,昇るときは健側の下肢から,降りるときは患側の下肢から踏み出す(すなわち,上へは良い方が先,下へは悪い方が先)。可能であれば,患者が手すりをつかめるように,健側に手すりがくるようにして昇降する。階段を見上げることは回転性めまいを引き起こす場合があるため,避けるべきである。階段を降りるときは,杖を使用すべきである。杖は,患側の下肢で降りる直前に下の段に移動させる。

    転倒は脳卒中患者の間で最も一般的な事故であり,しばしば股関節骨折につながるため,患者は転倒の予防の仕方を学ばなければならない。通常,患者は転倒の理由を脚の力が抜けたためと説明する。片麻痺患者はほぼ常に麻痺側に転倒するため,患側で(立位または階段昇降時)手すりに寄り掛かることで転倒防止に役立つ。筋力の低下した筋肉,特に体幹と下肢の筋肉の強化運動を行うことも役に立ちうる。

    起立性低血圧の症状のある患者に対する治療には,弾性ストッキング,薬物,および斜面台訓練などがある。

    片麻痺患者には回転性めまいが起きやすいため,患者はゆっくり体位を変え,立ってから一息おくことで,歩行する前に平衡を確立すべきである。ゴム底で踵が2cm(3/4インチ)以下の,快適で体重を支える靴を履くべきである。

    痙縮

    一部の脳卒中患者は,痙縮を来す。痙縮は,不随意に起こる速度依存性の筋緊張亢進であり,これによって運動に対する抵抗が生じる(1)。痙縮は痛みを伴ったり,疲労の原因となったりすることがある。膝の伸筋にわずかに痙性がある場合,起立時に膝が固定されたり,過伸展(反張膝)を来したりするため,伸展制限付きの膝装具を必要とする場合がある。痙性のある足底屈筋に抵抗が加わると足関節クローヌスが生じるが,スプリング機能なしの短下肢装具によってこの問題を最小限に抑えることができる。

    麻痺側の手や手関節のほとんどに,屈筋の痙縮が生じる。屈筋痙縮のある患者は,1日に数回関節可動域訓練を行わない限り,屈曲拘縮が急速に進行する可能性があり,痛みが生じたり,自己の衛生状態を保つのが困難になったりする。こういった運動を強く推奨され,患者や家族にもその施行について指導する。手指副子や手関節副子も,特に夜間に有用である。容易に装着でき,清潔に保ちやすい装具が最もよい。

    温熱療法や寒冷療法により,一時的に痙縮が軽減し,筋肉を伸ばせるようになる。片麻痺患者には,特にリハビリテーションの初期に,憂慮や不安を最小限に抑えるためベンゾジアゼピン系薬剤を投与することがあるが,痙縮を軽減する目的では投与しない。痙縮の軽減に対するベンゾジアゼピン系薬剤による長期的な治療の有効性は疑わしい。メトカルバモールの痙縮軽減に対する有効性は限られており,鎮静作用をもたらす。

    痙縮に関する参考文献

    1. Kheder A, Nair KP: Spasticity: Pathophysiology, evaluation and management.Pract Neurol 12(5):289-298, 2012.doi: 10.1136/practneurol-2011-000155.

    半盲

    半盲(片眼または両眼の視野の半分における視力障害または失明)の患者には,半盲を認識させ,周りを見渡すときは頭を麻痺側に動かすよう指導すべきである。家族は,患者の健側に重要な物を置いたり,健側から患者に近づいたりすることによって助けになれる。出入り口から入ってくる人が患者から見えるように,ベッドの場所を移動させることも有用である。半盲の患者は,歩行中,麻痺側にあるドア枠や他の障害物にぶつかりやすく,これを回避するために特別な訓練を要することがある。

    読書の際,左側を見るのが困難な患者は,新聞記事の左側に赤線を引くことが有益でありうる。1つの行の終わりまでくると,記事の左側の赤線が見えるところまで視線を戻し,次の行を読み始める。また,本文の各行に集中するために,定規を使用することも役に立つ。

    作業療法

    脳卒中の後は,微細な協調運動能力が失われ,患者が苛立ちを覚えることがある。作業療法士は,患者の活動を変更し,補助器具( see table 補助器具)を勧めることが必要になる場合がある。

    作業療法士はまた,患者の自宅の安全性を評価し,社会的支援の程度を判断する。必要な装置や器具(例,浴槽ベンチ,浴槽やトイレに取り付ける手すり)を入手できるよう手配する。また,作業療法士は患者が日常生活動作(ADL)をできるだけ安全に,そして自立して行えるよう,改善できる点―例えば,生活空間にある家具の配置を変えること,散らかった物を取り除くこと―を勧めることができる。患者と介護者には,場所から場所(例,シャワー,トイレ,ベッド,椅子)への移動方法,また必要であれば,ADLを修正する方法も指導する。例えば,片手のみを使って着替えや髭剃りをしたり,食事の準備や食料品の買い物の際,不要な動作をなくしたりするよう指導できる。マジックテープ(例,ベルクロ)付きの衣類や靴,縁やゴムの取っ手が付いた皿を使用すること(取り扱いやすくするため)を提案することもある。認知障害および知覚障害のある患者には,障害を補う方法を指導する。例えば,薬の整理箱(例,曜日毎の印を付けた容器)を使用できる。

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