薬物の吸収

執筆者:Jennifer Le, PharmD, MAS, BCPS-ID, FIDSA, FCCP, FCSHP, Skaggs School of Pharmacy and Pharmaceutical Sciences, University of California San Diego
レビュー/改訂 2020年 10月
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薬物の吸収は,薬物の物理化学的性質,剤形,および投与経路によって決まる。薬物とそれに加える他の成分から成る剤形(例,錠剤,カプセル剤,液剤)は,様々な経路(例,経口,頬粘膜,舌下,直腸,注射,塗布,吸入)で投与するために製剤化する。投与経路にかかわらず,薬物が吸収されるには溶解している必要がある。したがって,固形製剤(例,錠剤)は崩壊して分散する必要がある。

静脈内に投与しない限り,薬物は体循環に到達する前にいくつかの半透性の細胞膜を通過する必要がある。細胞膜は,薬物分子の通過を選択的に阻害する生物学的障壁である。この膜は主に,膜透過性を決める脂質2分子マトリックスで構成される。薬物は,以下により細胞膜を通過しうる:

  • 受動拡散

  • 促進受動拡散

  • 能動輸送

  • 飲作用

マトリックスに埋め込まれた様々な球状タンパク質はときに受容体として機能し,膜を越えて分子を輸送するのに役立つ。

薬物動態の概要も参照のこと。)

受動拡散

薬物は,高濃度部位(例,消化管液)から低濃度部位(例,血液)へ,細胞膜を越えて拡散する。拡散速度は濃度勾配に正比例するが,その分子の脂溶性,大きさ,イオン化の程度,および吸収面の面積によっても異なる。細胞膜はリポイドであるため,脂溶性の薬物が最も急速に拡散する。小さな分子は大きな分子より速やかに膜を貫通する傾向がある。

ほとんどの薬物は弱い有機酸または有機塩基であり,水環境下では非イオン型およびイオン型として存在する。非イオン型は通常脂溶性(親油性)であり,細胞膜を越えて速やかに拡散する。イオン型は脂溶性が低く(しかし水溶性は高い―すなわち親水性),電気抵抗が高いため,細胞膜を容易に貫通できない。

非イオン型存在分率(およびその結果薬物が膜を越える能力)は,環境pHおよびその薬物のpKa(酸解離定数)によって決まる。pKaはイオン型と非イオン型の濃度が等しい場合のpHである。pHがpKaより低い場合,弱酸性薬物では非イオン型が優勢であるが,弱塩基性薬物ではイオン型が優勢である。例えば,血漿中(pH7.4)では,弱酸性薬物(例えばpKaが4.4)の非イオン型のイオン型に対する比は1:1000であり,胃液中(pH1.4)では,その比が逆転する(1000:1)。そのため,弱酸性薬物を経口投与した場合,胃の中の薬物は大部分は非イオン型になり,胃粘膜を介した拡散に好都合となる。pKaが4.4の弱塩基性薬物では,その結果は逆で,胃の中で大部分の薬物はイオン型となる。

理論的には,弱酸性薬物(例,アスピリン)は弱塩基性薬物(例,キニジン)より速やかに酸性溶媒(胃内腔)から吸収される。しかし,小腸は表面積が大きく膜透過性も高いため,薬物が酸性か塩基性かにかかわらず,大部分の吸収が小腸で起こる(経口投与を参照)。

促進受動拡散

脂溶性の低い特定の分子(例,グルコース)は,予想されるより速やかに膜を通過する。1つの理論は促進受動拡散である:膜中の担体分子が可逆的に細胞膜外の基質分子と結合し,その担体-基質複合体が膜を越えて急速に拡散して基質を膜の内側で遊離する。このような場合,膜は比較的特定の分子形状を有する基質のみを輸送し,担体の利用可能性がその過程を制限する。この過程はエネルギー消費を必要とせず,濃度勾配に逆らう輸送は起こりえない。

能動輸送

能動輸送は,選択的かつエネルギー消費を必要とする輸送で,濃度勾配に逆らった輸送を伴うことがある。能動輸送は,内因性物質と構造が類似している薬物(例,イオン,ビタミン,糖類,アミノ酸)に限られるようである。これらの薬物は,通常小腸の特定の部位から吸収される。

飲作用

飲作用では,液体または微粒子が細胞に飲み込まれる。細胞膜が陥入して液体または微粒子を取り囲み,そして再び融合することによって小胞が形成され,小胞はその後解離して細胞内へ移動する。これにはエネルギーの消費が必要である。飲作用は,薬物輸送において,タンパク質性の薬物を除くと,おそらくわずかな役割しか果たしていない。

経口投与

経口投与した薬物は吸収されるまでに,それを分解する可能性がある酵素を含む,低pHそして多量の消化液との遭遇を切り抜けなければならない。ペプチド性薬物(例,インスリン)は特に分解されやすいため,経口投与されない。経口投与した薬物の吸収には,消化管の上皮細胞膜を横切る輸送が関与する。吸収は以下に影響される:

  • 消化管における管内pHの相違

  • 内腔容積当たりの表面積

  • 血液灌流

  • 胆汁および粘液の存在

  • 上皮細胞膜の性質

口腔粘膜は吸収に好都合の薄い上皮と豊富な血管分布を有するが,通常,十分な吸収を行うには接触時間が短かすぎる。歯肉と頬の間(バッカル投与)または舌の下(舌下投与)に置く薬物は,長時間保持され吸収性が高まる。

胃は,正常では経口投与された薬物と消化管内の液体とが最初に強く接触する臓器である(レビューについては,[1]を参照)。胃は比較的広い上皮表面を有するが,厚い粘液層と短い通過時間が薬物の吸収を制限している。胃のこのような特性は,薬物の剤形や挙動に影響を及ぼしうる。大部分の吸収は小腸で起こるため,胃内容排出が律速段階となることが多い。食物,特に脂肪分の多い食物は,胃内容排出(および薬物吸収速度)を遅らせるが,これにより空腹時に服薬すると一部の薬物の吸収が速まる理由を説明できる。胃内容排出に影響する薬物(例,副交感神経遮断薬)は,他の薬物の吸収速度に影響を与える。食物は,難溶性の薬物(例,グリセオフルビン)の吸収の程度を増加させるか,胃で分解される薬物(例,ベンジルペニシリン)の吸収の程度を減少させる,または,ほとんどもしくは全く影響しないこともある。

小腸は,消化管で最も大きな薬物吸収表面積を有し,その膜は胃の膜よりも透過性が高い。このような理由から,大部分の薬物は主に小腸で吸収され,酸は胃では非イオン型として容易に膜を通過できるにもかかわらず,胃よりも小腸で速やかに吸収される(レビューについては,[1]を参照)。十二指腸の管腔内pHは4~5であるが,下部回腸ではアルカリ側に上昇し8に近づく。腸管細菌叢が吸収を低下させることがある。血流の減少(例,ショックにおける)は,腸管粘膜を越える濃度勾配を低下させ,受動拡散による吸収を減少させることがある。

小腸通過時間は薬剤,特に能動輸送によって吸収される薬剤(例,ビタミンB群),溶解の遅い薬剤(例,グリセオフルビン),またはイオン化した薬剤(すなわち,脂溶性に乏しい;例,多くの抗菌薬)の吸収に影響することがある。

アドヒアランスを最大にするため,臨床医は,8歳未満の小児に経口懸濁液およびチュアブル錠を処方すべきである。青年および成人には,ほとんどの薬剤を,主に利便性,経済性,安定性,および患者の許容性から,錠剤またはカプセルで経口投与する。固形製剤は吸収に先立ち溶解する必要があるため,溶解速度が吸収に関する薬物の利用率を決める。溶解が吸収より遅いなら,溶解が律速段階になる。製剤を工夫する(例,薬物の形態を塩,結晶,または水和物にする)ことにより,溶解速度を変えることができ,さらに全般的な吸収をコントロールできる。

総論の参考文献

  1. 1.Vertzoni M, Augustijns P, Grimm M, et al: Impact of regional differences along the gastrointestinal tract of healthy adults on oral drug absorption: An UNGAP review.Eur J Pharm Sci 134:153-175, 2019.doi:10.1016/j.ejps.2019.04.013

非経口(parenteral)投与

静脈内に投与した薬物は体循環に直接入る。しかし,筋肉内または皮下に注射した薬物は,体循環に到達するために1カ所以上の生体膜を越える必要がある。分子量が 20,000g/molを超えるタンパク質性の薬物を筋肉内または皮下に注射すると,毛細血管膜を越える移動が非常に遅いため,大部分がリンパ系を介して吸収される。そのような場合,体循環への薬物送達は遅く,リンパ系のタンパク質分解酵素による初回通過効果(体循環に到達する前に生じる薬物代謝)のために不完全となることが多い。

灌流量(血流量/組織重量[g])は,筋肉内または皮下に注射した低分子薬剤の毛細血管への吸収に大きく影響する。そのため,注射部位が吸収速度に影響を及ぼすことがある。難溶性の塩基性塩および酸性塩(例,フェニトインの非経口製剤)の場合,ならびに末梢循環の低下がみられる患者(例,低血圧またはショック状態にある場合)では,筋肉内注射の後または皮下注射の後の吸収は遅延するまたは不規則となることがある。

放出制御製剤

放出制御製剤は,消失半減期および効果持続時間が短い薬物の投与回数を減らすように設計されている。これらの製剤はさらに,血漿中薬物濃度の変動を制限し,有害作用を最小限に留めながら,より均一な治療効果をもたらす。吸収速度は,ワックスまたは他の非水溶性物質で薬物粒子をコーティングする,消化管を通過する間にゆっくりと放出するようにマトリックス内に薬物を埋め込む,もしくは薬物をイオン交換樹脂との複合体にすることによって遅延させる。これら製剤の吸収は大部分が大腸で起こる。放出制御錠剤またはカプセルを粉砕する,もしくはその他の方法で手を加えることは危険である可能性が高い。

経皮用の放出制御製剤は,薬物を長時間,ときに数日間かけて放出するよう設計されている。経皮吸収用の薬物は,浸透率ならびに適用面積に限界があるため,適切な皮膚浸透性および高い力価を有する必要がある。

静注以外の非経口製剤の多くは,血漿中薬物濃度を維持するように設計される。抗菌薬の吸収は,比較的不溶性の塩の形態(例,ベンジルペニシリンベンザチン)で筋肉内投与することにより延長できる。他の薬物についても,非水性溶媒の懸濁液や溶液(例,インスリンの結晶懸濁剤)を設計して吸収を遅延させる。

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