胸部外傷の概要

執筆者:Thomas G. Weiser, MD, MPH, Stanford University School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 5月
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米国において,外傷による死亡の約25%を胸部外傷が引き起こしている。多くの胸部損傷が,外傷後数分または数時間の間に死を引き起こす;高度な外科訓練を必要としない根治的処置または一時的な処置によりしばしばベッドサイドで治療できる。

病因

胸部損傷は,鈍的外傷または穿通性外傷により起こることがある。最も重要な胸部損傷には以下のものがある:

多くの患者で血胸と気胸が同時に認められる(血気胸)。

骨損傷がよくみられ,一般的には肋骨および鎖骨に生じるが,胸骨および肩甲骨の骨折が起こることもある。食道および横隔膜( see page 腹部外傷の概要)も胸部外傷により損傷することがある。呼出時に横隔膜が乳頭線の高さにまで達することがあるため,乳頭レベルまたはそれより下の胸部の穿通性外傷は腹腔内損傷をも引き起こす可能性がある。

病態生理

胸部外傷による病態および死亡のほとんどは,損傷が呼吸,循環,またはその両方を妨げるために発生する。

以下により呼吸が抑制される可能性がある:

  • 肺または気道の直接的な損傷

  • 呼吸力学の変化

肺または気道を直接的に障害する損傷には,肺挫傷および気管気管支破裂などがある。呼吸力学を変化させる損傷には血胸気胸動揺胸郭などがある。肺または気管気管支の損傷や,まれに食道の損傷によって,空気が胸部または頸部の軟部組織(皮下気腫)や縦隔(縦隔気腫)に侵入するようになることがある。この空気自体が重大な生理学的影響を及ぼすことはまれであり,基礎にある損傷が問題である。緊張性気胸は循環だけでなく呼吸をも障害する。

以下により循環が障害される可能性がある:

  • 出血

  • 静脈還流量の減少

  • 直接的な心損傷

血胸などで生じる出血が大量になりショックを引き起こすことがある(血胸が大規模な場合,呼吸も障害される)。静脈還流量の減少は心室充満を障害し,低血圧を引き起こす。緊張性気胸における胸腔内圧の上昇,または心タンポナーデにおける心嚢内圧の上昇により,静脈還流量が減少することがある。心筋または心臓弁を損傷する鈍的心損傷により,心不全および/または伝導異常が起こる可能性がある。

合併症

一般に胸壁の損傷により呼吸に強い痛みが伴うようになるため,患者はしばしば吸気を制限する(スプリンティング[splinting])スプリンティング(splinting)の一般的な合併症は無気肺であり,これは低酸素血症,肺炎,またはその両方に至る可能性がある。

胸腔ドレナージで治療した患者では,特に血胸のドレナージが不完全だった場合に,化膿性の胸腔内感染(膿胸)が発生する可能性がある。

症状と徴候

症状は疼痛およびときに息切れであり,胸壁が損傷していると通常は呼吸により疼痛が悪化する。

一般的な所見は,胸部圧痛,斑状出血,呼吸窮迫などであり,低血圧またはショックが認められる場合がある。

血管内容量が十分な場合,緊張性気胸または心タンポナーデにおいて頸静脈怒張が起こることがある。

気胸または血胸により呼吸音が減弱する可能性があり,患部の打診において血胸では濁音が,気胸では過共鳴音が認められる。

気管が緊張性気胸のある側から離れる方向に偏位する可能性がある。

動揺胸郭では,胸壁の一部が他の部分とは逆方向(呼気時には外向き,吸気時には内向き)に動き(move paradoxically),しばしば動揺部分が触知できる。

皮下気腫は触診時に捻髪音またはバリバリ音を立てる。所見は小さな部位に限局している場合もあれば,胸壁の大きな部分にみられる,および/または頸部まで広がっている場合もある。気胸が原因である場合が最も多い;広範な場合は,気管気管支または上気道の損傷を考慮すべきである。縦隔内に空気があると心拍動に同期する特徴的なバリバリ音(Hamman徴候またはHamman crunch)を発する。Hamman徴候は,縦隔気腫およびしばしば気管気管支損傷,またはまれに食道損傷を示唆する。

診断

  • 臨床的評価

  • 胸部X線

  • ときに他の画像検査(例,CT,超音波検査,大動脈の画像検査)

臨床的評価

以下の5つの状態は直ちに生命を脅かすものであり,また迅速に是正可能である:

診断および治療はprimary survey中に開始し( see page 外傷患者へのアプローチ),まずは臨床所見に基づいて行う。胸壁運動の深さおよび対称性を評価し,肺を聴診し,胸壁全体および頸部全体について視診および触診する。呼吸窮迫のある患者は,臨床状態ならびに酸素化および換気(例,パルスオキシメトリー,動脈血ガス測定,挿管している場合はカプノメトリー)の連続的評価によりモニタリングすべきである。

胸部の穿通性の創傷はゾンデで探査すべきではない。しかし,その部位は損傷のリスクの予測に役立つ。高リスクの創傷は,乳頭または肩甲骨より内側の創傷および胸部を左右に横切る(すなわち,一方の一側胸郭から入って他方から出る)創傷である。このような創傷は,肺門部血管もしくは大血管,心臓,気管気管支,またはまれに食道を損傷する。

鈍的外傷後に部分的または完全な気道閉塞の症状のある患者は直ちに挿管して気道を管理すべきである。

呼吸困難のある患者では,primary surveyの際に考慮すべき重度の損傷には以下のものがある:

  • 緊張性気胸

  • 開放性気胸

  • 大量血胸

  • 動揺胸郭

これらの損傷を鑑別するのに役立つシンプルかつ迅速なアプローチがある(胸部外傷および呼吸窮迫のある患者におけるprimary survey時のシンプルかつ迅速な評価法)。

胸部外傷および循環障害(ショックの徴候)のある患者において,primary surveyの際に考慮すべき重度の損傷には以下のものがある:

  • 大量血胸

  • 緊張性気胸

  • 心タンポナーデ

他の胸部損傷(例,鈍的心損傷,大動脈破裂)がショックを引き起こすことがあるが,primary survey中には治療しない。迅速に是正できる,胸部損傷によるショックの原因の鑑別に,シンプルかつ迅速なアプローチが役立つことがある( see figure ショック患者におけるprimary survey時の胸部損傷のシンプルかつ迅速な評価法)。しかし,ショックを引き起こす可能性のある胸部損傷が確認されたかどうかにかかわらず,重度外傷後にショックを起こした全患者で出血を除外すべきである。

ショック患者におけるprimary survey時の胸部損傷のシンプルかつ迅速な評価法

* ショックを引き起こす胸部損傷が同定されたかどうかにかかわらず,重度外傷後にショックを起こした全患者では出血を除外すべきである。

† 循環血液量減少性ショック患者で,頸静脈怒張が認められない場合がある。

気道,呼吸,または循環に影響を及ぼす損傷の治療は,primary survey中に開始する。primary survey後に,他の重度の胸部損傷およびprimary surveyで考慮した損傷のより重症度の低い症状について,より詳細な臨床的評価を行う。

画像検査

重大な胸部外傷の患者では,一般的には画像検査が必要である。実質的には常に胸部X線を行う。結果は通常特定の損傷(例,気胸,血胸,中等度または重度の肺挫傷,鎖骨骨折,一部の肋骨骨折)の診断に有用であり,また他のもの(例,大動脈破裂,横隔膜破裂)を示唆する。しかし,所見は数時間かけて進行することがある(例,肺挫傷および横隔膜損傷)。ときに,肩甲骨または胸骨に圧痛がある場合にこれらの構造の単純X線を行う。

外傷センターでは,一般的には蘇生段階で心臓の超音波検査を施行して心タンポナーデを検索する;一部の気胸も認められることがある。

大動脈損傷が疑われる場合や,小さな気胸,胸骨骨折,または縦隔(例,心臓,食道,気管支)損傷を診断するために,しばしば胸部CTを施行する;胸椎損傷も同定される。

大動脈損傷に対する他の検査として,大動脈造影および経食道心エコー検査などがある。

臨床検査およびその他の検査

しばしば血算を行うが,これは主に進行中の出血を検出するためのベースラインとして有用である。動脈血ガスの結果は,低酸素症または呼吸窮迫のある患者のモニタリングに役立つ。心筋マーカー(例,トロポニン,クレアチンキナーゼ心筋型アイソザイム[CPK-MB])が鈍的心損傷の除外に役立つことがある。

重度または心損傷に一致する胸部外傷に対しては一般的に心電図を行う。心損傷により,不整脈,伝導異常,ST部分の異常,またはこれらの組合せが生じる可能性がある。

治療

  • 支持療法

  • 具体的な損傷に対する治療

以下の通り,直ちに生命を脅かす損傷は,診断時にベッドサイドで治療する:

  • 緊張性気胸が疑われる呼吸窮迫:針による減圧(needle decompression)

  • 呼吸音減弱を伴い,血胸が疑われる呼吸窮迫またはショック:胸腔ドレナージ

  • 開放性気胸が疑われる呼吸窮迫:部分的な閉鎖性ドレッシングの後に胸腔ドレナージ

  • 動揺胸郭が疑われる呼吸窮迫:機械的人工換気

  • 心タンポナーデが疑われるショック:心嚢穿刺

  • 循環血液量減少性ショックの疑い:急速輸液

医師が手技に熟達しており,患者に以下の適応の1つがある場合,外傷患者に対して蘇生目的の緊急開胸を考慮してもよい:

  • 15分未満の心肺蘇生(CPR)を必要とする胸部の穿通性損傷

  • 5分未満のCPRを必要とする胸部以外の穿通性外傷

  • 10分未満のCPRを必要とする鈍的外傷

  • 心タンポナーデの疑い,出血,空気塞栓により持続的に収縮期血圧が60mmHg未満

パール&ピットフォール

  • 呼吸窮迫またはショックおよび呼吸音減弱のある外傷患者では,画像検査の前に胸腔ドレナージを行ってもよい。

これらの基準のいずれも認められない場合,蘇生目的の開胸は重大なリスク(例,血液に媒介される疾患の感染,医師が受ける損傷)があり費用がかかるため,禁忌である。

具体的な治療は損傷に対して行う。一般的に支持療法としては,鎮痛薬や酸素投与のほか,ときに機械的人工換気も用いられる。

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