動揺病

(乗り物酔い;Seasickness)

執筆者:Adedamola A. Ogunniyi, MD, Harbor-UCLA Medical Center
レビュー/改訂 2019年 8月
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動揺病(motion sickness,乗り物酔い)は,しばしば漠然とした腹部不快感を伴う悪心,嘔吐,めまい,蒼白,発汗,および関連症状を通常は含む症候群である。特定の運動形態,特に角加速度および直線加速度の反復的な増減によって,または前庭,視覚器,および固有受容器からの入力が矛盾した結果,引き起こされる。行動を変えることおよび薬物療法は,症状の予防および抑制に役立つ。

動揺病は,誘因となる刺激への正常な生理反応である。動揺病に対する感受性は個人差が非常に大きいが,女性および2~12歳の小児でより高頻度に発生する。50歳以降と2歳未満の乳児では動揺病はまれである。発生率には幅があり,飛行機における1%未満から,荒れた海上の船および宇宙飛行中の無重力状態発生時におけるほぼ100%まで,幅がある。

病因

運動による前庭器官への過度の刺激が第一の原因である。前庭刺激は角運動(半規管により感知)または,直線加速度や重力(耳石器[球形嚢および卵形嚢]により感知)によって生じる。動揺病に介在する中枢神経系の構成要素としては,前庭系,脳幹核,視床下部,小脳の小節(nodule)および垂(uvula),嘔吐の経路(例,延髄の化学受容器引金帯,嘔吐中枢,催吐にかかわる遠心性神経)などがある。

正確な病態生理は不明であるが,動揺病は第8脳神経および小脳前庭路に損傷がない場合にのみ起こり,前庭蝸牛系の機能が障害されている人では動揺病が起こらない。船,自動車,電車,飛行機,宇宙船,運動場の遊具や遊園地の乗り物を含む,いかなる輸送形式による運動も,過度の前庭刺激を引き起こしうる。

その誘因には,前庭,視覚器,および固有受容器からの入力の矛盾が関与している可能性がある。例えば,静止しているという視覚入力は,動いているという感覚と矛盾する場合がある(例,船の横揺れを感じながら一見すると動いていない船室の壁を見ている場合)。あるいは,動いているという視覚入力が動いている感覚の欠如と矛盾するかもしれない。例えば,じっと座って顕微鏡で高速で動く対象を観察したり,仮想現実ゲームを見たりする場合である(実際の加速がないことから,pseudomotion sicknessやpseudokinetosisとも呼ばれる)。船上から波を見つめているときに,視覚入力(一方向への波の動き)と前庭入力(船自体の上下運動)の矛盾を経験することがある。

他に可能性のある誘因として,角運動と直線加速度または重力の入力の矛盾があり,ゼロ重力環境で回転するときに起こりうる(角加速度)。また,予想されたパターンと異なる運動パターン(例,ゼロ重力環境で落下せずに浮遊する)も誘因となりうる。

危険因子

動揺病の発症リスクを高める,または症状の重症度を増す要因としては以下のものがある:

  • 換気不良(例,煙霧,煙,一酸化炭素への曝露)

  • 情緒的要因(例,恐怖,旅行または動揺病が発生する可能性への不安

  • 片頭痛

  • 内耳炎

  • ホルモン因子(例,妊娠,ホルモン避妊薬)

遺伝因子も動揺病に対する感受性を高める可能性がある(1)

宇宙適応症候群(宇宙飛行中の動揺病)では,無重力状態(ゼロ重力)が病因因子である。この症候群は,宇宙飛行の最初の2~3日間に宇宙飛行士の効率を低下させるが,数日すると適応する。

総論の参考文献

  1. Hromatka BS, Tung JY, Kiefer AK, et al: Genetic variants associated with motion sickness point to roles for inner ear development, neurological processes and glucose homeostasis.Hum Mol Genet  24(9):2700-2708, 2015.doi: 10.1093/hmg/ddv028.

症状と徴候

特徴的な症状は,悪心,嘔吐,蒼白,発汗および漠然とした腹部不快感である。

特徴的な症状に先行して現れる場合がある他の症状として,あくび,過換気症候群,流涎,傾眠などがある。空気嚥下症,めまい,頭痛,疲労,脱力感,集中力低下も起こる場合がある。疼痛,息切れ,局所の筋力低下または神経脱落症状,および視覚障害や言語障害は発生しない。

運動に継続的に曝されていると,患者は数日以内に適応することが多い。しかしながら,運動が増大したり,誘因となる運動が一時的な中断後に再開したりすると,症状は再発する。

動揺病による嘔吐が長引く場合には,まれに,低血圧を伴う脱水,飢餓衰弱,および抑うつを来すことがある。

診断

  • 臨床的評価

典型的な誘因に曝されていた患者で矛盾しない症状があれば,動揺病が疑われる。診断は臨床的に行い,通常は容易である。しかし,他の診断の可能性(例,中枢神経系出血または脳梗塞)も一部の患者では考慮すべきであり,とりわけ高齢者,動揺病の既往がない患者,および中枢神経系出血または梗塞の危険因子を有しており旅行中に急性のめまいおよび嘔吐を発症した人では特に考慮すべきである。局所的な神経症候,顕著な頭痛,または動揺病に非典型的なその他の所見がみられる患者には,さらなる評価を行うべきである。

治療

  • 予防薬(例,スコポラミン,抗ヒスタミン薬,抗ドパミン薬)

  • 薬物以外の予防策および治療

  • 制吐薬(例,セロトニン拮抗薬)

  • ときに水分および電解質の経静脈的補給

動揺病を発症しやすい人は,症状出現前に予防薬を服用し,他の予防策をとるべきである;介入は症状発生後には有効性が低くなる。嘔吐を来した場合は,制吐薬の経直腸または非経口(parenteral)投与が効果的なことがある。嘔吐が続く場合は,静注による水分と電解質の補充および維持が必要である。

妊婦は,妊娠初期の悪心および嘔吐に対する治療と同様に,動揺病の治療を行うべきである。

スコポラミン

処方薬の抗コリン薬であるスコポラミンは予防に効果的であるが,治療における効力は不明である。スコポラミンは,1.5mgの経皮貼付剤または経口剤として入手可能である。貼付剤は最大72時間効果があるため,長時間の旅行によい選択である。作用が必要な4時間前に耳の後ろに貼付する。72時間後以降に治療が必要であれば,貼付剤を剥がし,新しいものを反対の耳に貼る。スコポラミン経口剤は30分以内に効果が現れ,旅行の1時間前に0.4~0.8mgを服用,その後は必要に応じて8時間毎とする。

抗コリン薬の有害作用には,眠気,霧視,口腔乾燥,徐脈などがあり,貼付剤の方が頻度は低い。不注意により貼付剤の残渣で眼が汚染されると,固定した強い散瞳を来す場合がある。高齢者におけるスコポラミンの追加的な有害作用として,錯乱,幻覚,尿閉などが起こりうる。スコポラミンは,閉塞隅角緑内障のリスクがある患者に対して禁忌である。

パール&ピットフォール

  • 旅行中に高齢者が錯乱を来し,固定した散瞳を発症した場合,スコポラミン中毒(および脳ヘルニアを伴う頭蓋内血腫)を考慮する。

スコポラミンは,12歳以上の小児では成人と同じ用量で使用可能である。12歳以下の小児での使用は安全かもしれないが,有害作用のリスクがより高いため,推奨されていない。

抗ヒスタミン薬

抗ヒスタミン薬の作用機序はおそらく抗コリン作用による。効果的な抗ヒスタミン薬は全て鎮静性であり,非鎮静性のものは効果的でないようである。これらの薬剤は予防に効果的であり,治療にも効果的となりうる。抗コリン作用による有害作用は特に高齢者では厄介な場合がある。感受性の高い人は出発の1時間前から,非処方薬のジメンヒドリナート,ジフェンヒドラミン,メクリジン,またはシクリジンを以下の用量で開始してもよい:

  • ジメンヒドリナート:成人および13歳以上の小児,50~100mg,経口,4~6時間毎(400mg/日を超えないこと);6~12歳の小児,25~50mg,経口,6~8時間毎(150mg/日を超えないこと);2~5歳の小児,12.5~25mg,経口,6~8時間毎(75mg/日を超えないこと)

  • ジフェンヒドラミン:成人,25~50mg,経口,4~8時間毎;12歳以上の小児,25~50mg,経口,4~6時間毎;6~11歳の小児,12.5~25mg,経口,4~6時間毎;2~5歳の小児,6.25mg,経口,4~6時間毎

  • メクリジン:成人および12歳以上の小児,25~50mg,経口,24時間毎

  • シクリジン:成人,50mg,経口,4~6時間毎;6~12歳の小児,25mg,1日3回または1日4回

シクリジンおよびジメンヒドリナートは,迷走神経を介した消化管症状を最小限に抑える。

抗ドパミン薬

プロメタジン25~50mg,経口,出発1時間前およびその後1日2回が予防および治療に効果的なようである。2~12歳の小児の用量は0.5mg/kg,経口,出発1時間前,その後1日2回である;呼吸抑制のリスクのため,2歳未満の小児には使用すべきではない。カフェインの追加により,効力が増す可能性がある。メトクロプラミドも効果的となる場合があるが,プロメタジンより有効性が低いことを示唆するエビデンスがある。副作用としては錐体外路症状および鎮静がある。

ベンゾジアゼピン系薬剤

ベンゾジアゼピン系薬剤(例,ジアゼパム)も動揺病の治療に有益である可能性があるが,この薬剤には鎮静作用がある。

セロトニン拮抗薬

オンダンセトロンやグラニセトロンなどのセロトニン(5-HT3)拮抗薬は,非常に効果的な制吐薬である。想定されるオンダンセトロンの処方例は以下の通りである:

  • 成人:4~8mg,経口,8~12時間毎

  • 生後6カ月~10歳の小児:8~15kgの場合,2mg,経口;15kg超の場合,4mg,経口

薬物以外の手段

動揺病を発症しやすい人は,最も揺れが少ない場所(例,船では中央の水面に近い位置,飛行機では翼の近く)に乗り,受ける影響を最小にすべきである。また視覚刺激と前庭刺激の矛盾が最小限になるよう努めるべきである。自動車旅行の場合は,車両の動きが最もよくわかるよう(または動きが最もよく視認できるよう),運転するかまたは助手席に乗るのが最もよい。船旅の場合は通常,水平線または陸地を見る方が,船室の壁を見ているよりもよい。移動手段にかかわらず,読書および後ろ向きの席は避けるべきである。頭部を支持して仰臥位または半横臥位でいるのが最もよい。眠ることも,前庭感覚入力を低減することで役に立つ。宇宙適応症候群の場合には,症状を悪化させる動きは避けるべきである。

十分な換気が症状の予防に役立つ。旅行前あるいは旅行中にアルコール飲料を摂取したり食べ過ぎたりすると,動揺病を発症しやすくなる。長時間の移動中には,量の多い食事よりも水分と薄味の食物を少しずつ頻繁に摂取する方が望ましい;クラッカーおよび炭酸飲料,特にジンジャーエールが最もよいと考える人もいる。移動時間が短い場合は,飲食物は避けるべきである。

適応は,動揺病に最も有効性の高い予防的治療であり,同じ刺激に繰り返し曝露することによって達成できる。しかし,適応は刺激に特異的である(例,大きな船の運動に適応した船乗りは,小さな船では依然として動揺病を発症することがある)。

代替療法

効果は証明されていないものの役立つ可能性のある代替療法も存在する。そのような代替療法には,ツボを押すリストバンドや電気刺激を与えるリストバンドなどがある。いずれも,全ての年齢層の人が安全に用いることができる。ショウガ0.5~1g(繰り返してもよいが4g/日までに制限すべきである)が用いられているが,プラセボより有効性が高いことは示されていない。

要点

  • 動揺病は前庭系への過度の刺激,または固有受容器,視覚器,および前庭からの感覚入力の矛盾によって引き起こされる。

  • 診断は臨床所見に基づき,通常は容易である。

  • 薬物療法は予防的に行う方が有効性が高く,通常スコポラミンまたは抗ヒスタミン薬を用いる。

  • 嘔吐がみられる場合は,セロトニン拮抗薬(制吐薬)が望ましい。

  • 動揺病を最小限にするためには,乗り物内で最も揺れの影響を受けにくい位置や姿勢を探し,可能であれば眠る,十分な換気を行う,アルコールおよび必要のない飲食を避けることが推奨される。

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