妊娠中の血栓塞栓性疾患

執筆者:Lara A. Friel, MD, PhD, University of Texas Health Medical School at Houston, McGovern Medical School
レビュー/改訂 2021年 10月
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米国では,血栓塞栓性疾患(深部静脈血栓症[DVT]または肺塞栓症[PE])が母体死亡の主な原因の1つとなっている。

妊娠中は以下の理由のため,リスクが増大する:

  • 下肢の静脈容量および静脈圧が増大し,結果としてうっ滞が起こる。

  • 妊娠により,いくらかの凝固亢進状態が生じる。

しかしながら,ほとんどの血栓塞栓症は分娩後に発生し,これは分娩中の血管傷害に起因する。血栓塞栓性疾患の発生リスクは,分娩後約6週間にわたって増大する可能性がある。帝王切開もリスクを増大させる。

血栓性静脈炎の症状およびその有無からは,診断,疾患の重症度,塞栓症のリスクを正確に予測することはできない。血栓塞栓性疾患は,無症状のこともあれば,ごく軽微な症状のみの場合や,明らかな症状を呈する場合もある。さらに,妊娠中に正常な場合でも生じることがある腓腹部の浮腫,痙攣痛,圧痛は,ホーマンズ徴候と類似することがある。

診断

  • 深部静脈血栓症にはドプラ超音波検査またはときに造影CT

  • 肺塞栓症にはヘリカルCT

深部静脈血栓症の診断は通常,ドプラ超音波検査による。分娩後において,ドプラ超音波検査およびプレチスモグラフィーは正常であるが,腸骨静脈,卵巣静脈,または他の骨盤内の静脈の血栓症が疑われる場合は,造影CTを行う。

肺塞栓症の診断は,換気血流シンチグラフィーよりもヘリカルCTによって行われることが多くなっているが,これは,CTは被曝がより少なく,同等の感度を有するためである。肺塞栓症の診断が確定しない場合は,肺血管造影が必要である。

治療

  • 非妊娠時と同様であるが,ワルファリンの使用は避ける

  • リスクが高い女性には,妊娠中および分娩6週間の間,予防的に低分子ヘパリン

深部静脈血栓症や肺塞栓症を妊娠中に認めた場合,第1選択の抗凝固薬は低分子ヘパリン(LMWH)である。LMWHはその分子の大きさのため,胎盤を通過しない。また,母体の骨粗鬆症を起こさず,未分画ヘパリンの長期(6カ月以上)使用により起こりうる血小板減少症を起こしにくい。ワルファリンは胎盤を通過し,胎児の異常または死亡を招きうる(妊娠中に有害作用を示す主な薬物の表を参照)。

妊娠中の血栓溶解療法の適応は,妊娠していない患者の場合と同様である。

効果的な抗凝固療法にもかかわらず肺塞栓症が再発した場合は,手術の適応であり,通常は腎血管のすぐ遠位側での下大静脈フィルター留置術を施行する。

過去の妊娠で深部静脈血栓症または肺塞栓症が発生していた場合,または血栓性の基礎疾患をもつ場合には,最初に妊娠が診断された時点でLMWH(例,エノキサパリン40mg,皮下注,1日1回)による予防的治療を開始し,分娩後6週まで継続する。

要点

  • 妊娠中は血栓塞栓性疾患のリスクが増大するが,ほとんどの血栓塞栓症は分娩後に発生し,これは分娩中の血管損傷に起因する。

  • 血栓性静脈炎の症状およびその有無からは,診断,疾患の重症度,塞栓症のリスクを正確に予測することはできない。

  • 深部静脈血栓症はドプラ超音波検査を用いて診断するが,分娩後においてドプラ超音波検査およびプレチスモグラフィーの所見は正常であるが骨盤内の静脈の血栓症が疑われる場合は,造影CTを行う。

  • 肺塞栓症はヘリカルCT,または必要があれば肺血管造影を用いて診断する。

  • 低分子ヘパリン(LMWH)が第1選択の治療法である;妊娠中のワルファリンは避けるべきである。

  • 高リスクの女性は,妊娠が診断され次第すぐにLMWHによる予防的治療を開始し,分娩後6週まで継続する。

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