羊水塞栓症はまれな産科的緊急事態で,妊娠100,000件当たり2~6件の割合で発生すると推定される。通常,妊娠後期に起こるが,第1または第2トリメスターの妊娠中絶の際に起こることもある。
推定死亡率には大きな幅があるが(約20~90%),この症候群は明らかに重大なリスクをもたらし,分娩中に突然死亡した女性のうち,羊水塞栓症は最も可能性の高い原因の1つである(1 総論の参考文献 羊水塞栓症は胎児抗原の母体循環への侵入に起因する低酸素症,低血圧,および凝固障害の臨床症候群である。 羊水塞栓症はまれな産科的緊急事態で,妊娠100,000件当たり2~6件の割合で発生すると推定される。通常,妊娠後期に起こるが,第1または第2トリメスターの妊娠中絶の際に起こることもある。 推定死亡率には大きな幅があるが(約20~90%),この症候群は明らかに重大なリスクをもたらし,分娩中に突然死亡した女性のうち,羊水塞栓症は最も可能性の... さらに読む )。生存は早期診断と早急な治療開始に依存する。
総論の参考文献
1.Clark SL: Amniotic fluid embolism.Obstet Gynecol 123:337-348, 2014.doi: 10.1097/AOG.0000000000000107.
病態生理
長期にわたり使用されてきた羊水「塞栓症」という用語は,血栓塞栓症や空気塞栓で起こるような,主として機械的な閉塞性疾患を示唆する。しかし,羊水は血液に完全に溶解するため,閉塞を起こすことは不可能である。さらに,母体循環に入る羊水中に含まれる可能性のある少量の胎児の細胞や組織片は,この症候群でみられる著明な血行動態変化を引き起こすほどに肺の血管を機械的に閉塞するには小さすぎる。
現在は,分娩中の胎児抗原への曝露が炎症メディエーターを活性化させ,それが激しい炎症カスケードを惹起し, 敗血症および敗血症性ショック 敗血症および敗血症性ショック 敗血症は,感染症への反応が制御不能に陥ることで生命を脅かす臓器機能障害が生じる臨床症候群である。敗血症性ショックでは,組織灌流が危機的に減少する;肺,腎臓,肝臓をはじめとする急性多臓器不全が起こる場合もある。免疫能が正常な患者における敗血症の一般的な原因は,多様なグラム陽性または陰性菌などによる。易感染性患者では,まれな細菌または真菌が原... さらに読む で起こるような全身性炎症反応症候群(SIRS)の場合と同様の血管作動性物質(例,ノルアドレナリン)を放出させると考えられている。
この炎症反応は臓器障害(特に肺および心臓)を引き起こし,凝固カスケードが活性化されて, 播種性血管内凝固症候群 播種性血管内凝固症候群(DIC) 播種性血管内凝固症候群(DIC)は,循環血中のトロンビンおよびフィブリンの異常な過剰生成に関係する。その過程で血小板凝集および凝固因子消費が亢進する。緩徐に(数週間または数カ月かけて)進行するDICでは,主に静脈の血栓性および塞栓性の症状がみられる;急速に(数時間または数日で)進行するDICでは,主に出血が生じる。重度で急速進行性のDICは,血小板減少症,部分トロンボプラスチン時間およびプロトロンビン時間の延長,血漿Dダイマー(または血... さらに読む (DIC)に至る。その結果起こる母体の低酸素症と低血圧は胎児に重度の有害作用をもたらす。
母体の胎児抗原への曝露は陣痛および分娩中にかなり高頻度で起こっている可能性が高いため,なぜ少数の女性のみに羊水塞栓症が発生するのかは明らかではない。様々な量の様々な胎児抗原が未知の母体の感受性因子とおそらく相互作用を起こすと考えられている。
危険因子
多くの因子が羊水塞栓症のリスク上昇と関連づけられているが,エビデンスは一貫していない。胎児抗原への曝露と同様に,多くの危険因子が一般的なものであるか,少なくとも羊水塞栓症よりはるかに可能性の高いものであり,なぜ危険因子を有する女性のうち少数だけがこの症候群を発症するのか,病態生理学的によく理解されていない。しかしながら,リスクは一般的に以下により上昇すると考えられている:
母体高齢
腹部外傷
頸管裂傷
症状と徴候
羊水塞栓症は通常,分娩中や分娩直後に発生する。最初の徴候が突然の心停止である場合がある。突然呼吸困難,頻脈,頻呼吸,および低血圧を呈する患者もいる。重大なチアノーゼ,低酸素症および肺の断続性ラ音を伴う 呼吸不全 呼吸不全の概要 急性呼吸不全は,酸素化障害,二酸化炭素排出障害,または両方の障害であり,生命を脅かす病態である。呼吸不全の原因は,ガス交換の障害,換気の減少,またはその両方がありうる。一般的な症候には呼吸困難,呼吸補助筋の使用,頻呼吸,頻脈,発汗,チアノーゼ,意識変容などがあり,無治療の場合最終的には意識障害,呼吸停止,および死に至る。診断は臨床的に行わ... さらに読む がしばしば続いてすぐに生じる。
凝固障害が子宮および/または切開部位および静脈穿刺部位からの出血として現れる。
子宮の血流低下が子宮弛緩症および胎児ジストレスを引き起こす。
診断
臨床的評価
他の原因の除外
診断は分娩中または分娩直後に以下の古典的三徴が生じた場合に疑われる:
突然の低酸素症
低血圧
凝固障害
診断は,以下について他の原因を除外することにより臨床的に行う:
急性呼吸不全(肺塞栓症 肺塞栓症(PE) 肺塞栓症とは,典型的には下肢または骨盤の太い静脈など,他の場所で形成された血栓による肺動脈の閉塞である。肺塞栓症の危険因子は,静脈還流を障害する状態,血管内皮の障害または機能不全を引き起こす状態,および基礎にある凝固亢進状態である。肺塞栓症の症状は非特異的であり,呼吸困難,胸膜性胸痛などに加え,より重症例では,ふらつき,失神前状態,失神,... さらに読む , 肺炎 肺炎の概要 肺炎は,感染によって引き起こされる肺の急性炎症である。初期診断は通常,胸部X線および臨床所見に基づいて行う。 原因,症状,治療,予防策,および予後は,その感染が細菌性,抗酸菌性,ウイルス性,真菌性,寄生虫性のいずれであるか,市中または院内のいずれで発生したか,機械的人工換気による治療を受けている患者に発生したかどうか,ならびに患者が免疫能... さらに読む )
凝固障害(例, 敗血症 敗血症および敗血症性ショック 敗血症は,感染症への反応が制御不能に陥ることで生命を脅かす臓器機能障害が生じる臨床症候群である。敗血症性ショックでは,組織灌流が危機的に減少する;肺,腎臓,肝臓をはじめとする急性多臓器不全が起こる場合もある。免疫能が正常な患者における敗血症の一般的な原因は,多様なグラム陽性または陰性菌などによる。易感染性患者では,まれな細菌または真菌が原... さらに読む , 分娩後出血 分娩後出血 分娩後出血は,1000mLを超える失血または分娩24時間以内の循環血液量減少の症状または徴候を伴う失血である。診断は臨床的に行う。治療は出血の病因により異なる。 分娩後出血の最も一般的な原因は以下のものである: 子宮弛緩 子宮弛緩の危険因子としては以下のものがある: 子宮の過度の伸展( 多胎妊娠, 羊水過多,胎児異常,または 巨大児が原因となる) さらに読む ,子宮弛緩症)
剖検において,肺循環中に胎児の扁平上皮細胞および毛髪を検出する場合があるが,この所見は診断を確定しない。羊水塞栓症ではない患者から胎児の細胞が検出されることがある。
治療
支持療法
羊水塞栓症の治療は支持療法である。治療には,赤血球(失血の補充に必要な分),新鮮凍結血漿および凝固因子(凝固障害の回復に必要な分)の輸血に加え,換気および循環の補助,必要に応じて強心薬を含む。遺伝子組換え第VII因子はルーチンに使用すべきではないが,他の凝固因子の使用にもかかわらず多量の出血が続く女性には投与してもよい。
即時の鉗子・吸引分娩は母体の転帰を改善できる可能性があり,在胎期間から胎児が生存可能である場合には,胎児の生存のために重要となりうる可能性がある。
要点
羊水塞栓症は,典型的に分娩中に起こり,低酸素症,低血圧,凝固障害の三徴が生じる。
この疾患は機械的な塞栓の現象ではないが,おそらく胎児抗原への曝露が母体の激しい炎症反応を引き起こす生化学的反応である。
死亡率は高く,患者は即時の積極的な呼吸および血行動態的補助ならびに凝固因子の補充を必要とする。
在胎期間から胎児が生存可能である場合,急墜分娩は胎児の生存に必要であり,母体の転帰も改善しうる。