歯科患者の評価

執筆者:Rosalyn Sulyanto, DMD, MS, Boston Children's Hospital
レビュー/改訂 2018年 11月
意見 同じトピックページ はこちら

最初の歯科定期健診は1歳まで,または最初の歯の萌出までに実施すべきである。その後の評価は6カ月毎に,または症状の発生時に随時実施すべきである。口腔の診査は,あらゆる一般身体診察の一部である。様々な全身性疾患における口腔内所見は独特であり,ときには疾患に特徴的であり,疾患の初発徴候であることもある(全身性疾患における口腔所見の表を参照)。また早期の口腔癌が発見されることもある。

歯科患者へのアプローチに関する序論も参照のこと。)

病歴

重要な歯科的症状として出血,疼痛,不正咬合,腫瘤,しびれまたは錯感覚,咀嚼障害(口腔症状および考えられる原因の表を参照)がある;長期にわたる症状は経口摂取量の減少により,体重減少を招く。一般情報としては,飲酒または喫煙(ともに頭頸部がんの主要な危険因子),発熱,体重減少などの全身症状がある。

表&コラム

身体診察

徹底した視診には良好な照明,舌圧子,手袋,ガーゼが必要である。総義歯または局部床義歯は,義歯床下の軟組織を診察するため取り外す。

ほとんどの医師は頭部装着型のライトを用いる。しかし,ライトの照射は視軸と正確に一致しないので狭い部位においては影を避けることが難しい。より良好な照明は,頭部装着型の凸面鏡を用いると得られ,中央の穴を通して医師が診察するので,照明は常に視軸上である。額帯鏡は,患者の後方やや片側寄りに設置された光源(白色光であればどれでも)からの照明を反射するが,効果的に使用するには訓練が必要である。

顔面

診査者は顔面の対称性,腫瘤および皮膚病変を最初に観察する。顔面の軽微な非対称性はよくみられるが,著明な非対称性は先天性または後天性の基礎疾患を示唆している可能性がある(主要な罹患部位別口腔領域の疾患の表を参照)。

表&コラム

歯を視診して,形態,配列,欠損,動揺,色調および付着しているプラーク,マテリアアルバ(死滅した細菌,食べかす,剥離した上皮細胞),歯石の有無について確認する。

圧痛(打診に対する感受性)を評価するために舌圧子または歯科用鏡の柄で愛護的にたたく。打診痛は,根尖周囲膿瘍を伴う歯髄壊死を引き起こしている深い齲蝕(虫歯)または重症の歯周病を示唆している。打診痛または咬合痛は,歯の不完全(若木)破折の可能性も示唆する。多数の隣接する上顎の歯における打診痛は,上顎洞炎に起因する場合がある。歯の根尖周囲の触診に対する圧痛は,膿瘍を示唆することもある。

動揺歯は通常,重度の歯周病を示唆するが,ブラキシズム(歯のクレンチング,またはグラインディング)や歯周組織を損傷する外傷によっても生じる。まれに基礎にある腫瘤(例,エナメル上皮腫,好酸球性肉芽腫)によって歯槽骨が侵食されると歯が動揺する。歯の動揺があるが,多量の歯垢や歯石がない場合は,腫瘍または歯槽骨欠損の全身性素因(例,糖尿病,副甲状腺機能亢進症,骨粗鬆症,クッシング症候群)が疑われる。

歯石は石灰化した細菌のプラーク(カルシウムおよびリン酸塩による細菌,食物残渣,唾液と粘液の結石)である。歯の清掃後,ムコ多糖体の被膜(ペリクル)がほぼすぐに沈着する。約24時間後には,細菌の定着によりペリクルがプラークへと変化する。約72時間後には,プラークは石灰化し始め,歯石になる。歯石が存在する場合,顎下腺管と舌下線管開口部(Wharton管)の近くの下顎前歯の舌側(内側または舌側)表面,および耳下腺管開口部(Stensen管)近くの上顎大臼歯の頬側表面とに最も多く沈着する。

齲蝕(虫歯)は,最初,歯のエナメル質の欠損として生じる。齲蝕は次に白斑として現れ,後に褐色となる。

歯の磨耗は,重度の胃食道逆流による胃酸に曝されること(酸蝕),ブラキシズムもしくは,ポーセレン冠による対合歯のエナメル質の摩擦(ポーセレンはエナメル質に比べて硬い)による機械的作用(磨耗),または加齢に起因する。磨耗は咀嚼の効率を低下させ,エナメル質の侵食により下部にある象牙質が露出すると,齲蝕のない歯に痛みが生じる。象牙質は触覚や温度の変化に敏感である。歯科医師はこのような歯の知覚過敏を軽減したり,または重度に磨耗した歯にクラウンやオンレーを装着することによって解剖的形態を回復したりすることができる。軽度の知覚過敏の場合,露出した歯根はフッ素または象牙質ボンディング剤の塗布で治療できることがある。

変形した歯は発育障害または内分泌疾患を示唆することがある。ダウン症候群では歯は矮小で,ときに側切歯または小臼歯の発育不全および円錐状の下顎切歯がみられる。先天梅毒では,切歯は,切縁の3分の1が縮小しており,切端中央部に切痕を伴った栓状の,またはねじ回しのような形態であり(Hutchinson切歯),第1大臼歯は小さく咬合面が縮小し,粗造,分葉状で,しばしばエナメル質形成不全(桑実状臼歯)を伴う。外胚葉異形成症においては,歯が欠損または円錐形のため小児期より義歯が必要となる。

象牙質形成不全症は常染色体優性遺伝疾患で,異常な象牙質を形成するが,それは暗い青褐色と乳白色を呈し,表層のエナメル質とのクッションの役割を十分に果たさない。このような歯は咬合圧に耐えることができず,急激に磨耗する。

下垂体性低身長症や先天性副甲状腺機能低下症患者の歯根は小さく,巨人症患者の歯根は大きい。先端巨大症では顎の肥大化に加え歯根において過剰なセメント質が産生され,その結果,歯間空隙が拡大する。先端巨大症は開咬症(口を閉じたときに上顎切歯と下顎切歯が接触しない状態)も引き起こすことがある。

先天性の狭小側切歯は全身性疾患がない状態で発生する。最も一般的な先天性欠如歯は第3大臼歯であり,次に頻度が高いのは上顎側切歯と下顎第2小臼歯である。

歯の色調の異常は食物色素,加齢,また最も多くみられる喫煙による黒ずみや黄ばみと鑑別しなければならない。通常は歯髄に到達した大きな齲蝕による歯髄壊死や,歯髄壊死の有無にかかわらず外傷後に象牙質に沈着したヘモジデリンが原因で,歯が灰色を呈することがある。

妊娠後半期の母親や歯牙発生期(歯の発達期),特に9歳まで続く歯冠の石灰化時期の小児がテトラサイクリン系薬剤を使用すると,たとえ短期使用であっても,見た目でそれとわかる永続的な黒ずみが小児の歯に生じる。成人においてはテトラサイクリン系薬剤が完全に形成された歯に永続的な変色をもたらすことはめったにない。しかしながら,ミノサイクリンは骨を黒ずませ,被覆している歯肉と粘膜が薄い場合,口腔内においてそれとわかることがある。侵された歯は,服用した特定のテトラサイクリンに対応する特徴的な色の蛍光を紫外線下で発する。

先天性ポルフィリン症においては,乳歯と永久歯のいずれも,赤色または茶色がかった変色を示すことがあるが,象牙質における色素沈着により,常に赤色の蛍光を発する。先天性の高ビリルビン血症は黄色がかった歯の変色を生じる。

歯は漂白可能である(歯の漂白処置の表を参照)。

表&コラム

歯のエナメル質の欠損が,くる病によって引き起こされることがあり,エナメル質に粗造で不規則な帯をもたらす。歯の発生期における長期の発熱性疾患は,エナメル質に脆くて陥凹のある永続的な狭い帯,または歯の萌出後に視認できる単に白い変色を発生させることがある。したがって,この帯の位置と高さから疾患が起こった時期や期間を推定することができる。

エナメル質陥凹は結節性硬化症およびアンジェルマン症候群においても発生する。エナメル質形成不全症は常染色体優性遺伝疾患で,重度のエナメル質形成不全を引き起こす。慢性嘔吐と食道逆流症は,歯冠部,特に上顎前歯舌側面の脱灰を引き起こしうる。

慢性的なコカインの吸引は,唾液中でコカインが塩基と塩酸に解離するため,広範囲の歯に脱灰を引き起こす。メタンフェタミンの慢性的な使用は口腔乾燥症を誘発し,これは重度の齲蝕および歯周炎を著しく増加させる(いわゆる「メスマウス(meth mouth)」)。

過剰な塩素処理を施したプールで長時間を過ごすスイマーは,特に上顎切歯,犬歯,第1小臼歯の唇側ないし頬側の歯面のエナメル質が侵食されることがある。pH調整のためプールの水に炭酸ナトリウムが加えられている場合は,褐色の歯石沈着物が形成されるが歯の清掃時に除去できる。

フッ素症は歯の発育期に1ppmを超えるフッ素を含む飲料水を摂取する小児に発生しうる斑状歯である。フッ素症はフッ素の摂取量と摂取時の小児の年齢により左右される。エナメル質の変化は不規則で光沢のない白色斑から,歯冠表面が粗造になり歯冠全体が褐色に重度に変色するものまで様々である。そのような歯は,齲蝕に対して高い抵抗力がある。

口および口腔

口唇の触診を行う。開口状態で,頬粘膜と口腔前庭を舌圧子を用いて診査した後,硬口蓋と軟口蓋,口蓋垂,口腔咽頭を診察する。患者には舌を可能な限り前方に出して舌背をみせ,伸ばした舌を可能な限り左右へ動かし後方の舌側縁をみせるように指示する。もし患者が有郭乳頭が見えるまで舌を挺舌できなければ,診査者はガーゼで患者の舌尖をつかみ,望ましい位置まで引き出す。次いで舌下面と口底の診査のため舌をもち上げる。歯と歯肉も診察する。

口腔粘膜の角化または非角化の異常な分布は注意を要する。通常は非角化粘膜である部位に生じる角化組織は,白く見える。この異常な病態は白板症と呼ばれ,がんまたは前がん状態の可能性もあるため,生検が必要である。さらに問題となるのは,粘膜が菲薄化した部位である。この発赤した部位は紅板症と呼ばれ,2週間以上にわたって舌下面および口底に認められる場合は,異形成,上皮内癌,またはがんを示唆する。

診査者は手袋をはめ,口腔前庭と口底を舌下腺と顎下腺を含めて触診する。触診の不快感を軽減するために,診査者は患者に口をリラックスさせ,診査上必要最小限の大きさで開口した状態を維持するよう指示する。

顎関節

顎関節は,開口時に顎の偏位がないかを確認し,外耳道前方の下顎頭を触診することで評価する。診査者は次いで指先パッドをはめた小指を外耳道に挿入し,患者が繰り返し大きく開閉口する間,軽く前方に押す。患者はまた切歯間で三横指ほど(通常4~5cm),無理をしない状態で開口できなければならない。

開口障害,すなわち開口不能は,顎関節症(最も一般的な原因),歯冠周囲炎,全身性強皮症,関節炎,顎関節強直症,関節円板の転位,破傷風,または扁桃周囲膿瘍を示唆している場合がある。開口量が異常に大きい場合は,亜脱臼またはエーラス-ダンロス症候群III型が示唆される。

検査

初診患者もしくは,広汎なケアが必要な患者に対しては,全顎X線撮影を行う。この撮影は,歯根と歯槽骨を撮影した14から16枚の根尖X線写真と,臼歯部の隣接面初期齲蝕を発見するための4から7枚の咬翼法X線写真から成る。最新の技術により,放射線曝露はほぼ無視できるほどの程度にまで低減されている。

齲蝕のリスクが高い患者(すなわち,臨床的に齲蝕の存在が確認されている,修復物が多い,または以前修復した歯に二次齲蝕がある)は,6~12カ月毎に咬翼X線撮影を受けるべきである。それ以外の患者に対しては,2~3年毎の咬翼X線撮影が適応となる。

パノラマX線撮影は歯の発育,顎の嚢胞または腫瘍,過剰歯または先天性欠如歯,第3大臼歯の埋伏,イーグル症候群(それほど頻繁ではない),および頸動脈プラークに関して有用な情報をもたらす。

quizzes_lightbulb_red
Test your KnowledgeTake a Quiz!
医学事典MSDマニュアル モバイルアプリ版はこちら!ANDROID iOS
医学事典MSDマニュアル モバイルアプリ版はこちら!ANDROID iOS
医学事典MSDマニュアル モバイルアプリ版はこちら!ANDROID iOS