バベシア症

執筆者:Richard D. Pearson, MD, University of Virginia School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 11月
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バベシア症は,バベシア(Babesia属の原虫)による感染症である。バベシア症は無症状の場合もあれば,発熱および溶血性貧血を伴うマラリア様症状を引き起こす場合もある。無脾患者,高齢患者,およびAIDS患者において最も重症化する。診断は血液塗抹検査,血清学的検査,またはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査でのバベシア(Babesia)の同定による。治療(必要な場合)は,アジスロマイシンとアトバコンの併用,またはキニーネとクリンダマイシンの併用による。

2017年には,米国で2358例のバベシア症が報告された。流行地域としては,マサチューセッツ州ナンタケット海峡に接する諸島および本土,ロードアイランド州,ニューヨーク州のロングアイランド東部およびシェルターアイランド,コネチカット州沿岸,ニュージャージー州などがあり,中西部地域の北部のウィスコンシン州およびミネソタ州にも発生地がある。ワシントン州およびカリフォルニア州の患者からBabesia duncaniが分離されている。ミズーリ州の患者において,MO-1と呼ばれるB. duncani様の原虫株が報告されている。世界の他の地域では,別の種類のダニにより伝播される他種のバベシア属(Babesia)がヒトに感染する。欧州では,B. divergensがバベシア症の主な原因となっており,典型的には脾臓摘出を受けた患者にみられる。

バベシア症の病因

米国では,ヒトのバベシア症の最も一般的な原因はBabesia microtiである。齧歯類が主要な病原体保有生物であり,通常はマダニ科のシカダニが媒介生物である。ダニ幼虫は感染齧歯類を吸血して感染し,変態して若虫となり,原虫を他の動物またはヒトに伝播させる。ダニ成虫は通常はシカを吸血するが,原虫をヒト伝播させることもある。バベシア(Babesia)は赤血球に侵入して成熟し,次に無性的に分裂する。感染赤血球がやがて破裂して原虫を放出し,これが他の赤血球に侵入する;したがって,バベシア(Babesia)は輸血や,場合によっては臓器移植でも伝播しうる。米国では2018年より,献血者および臓器ドナーに対するBabesia microtiのスクリーニング検査が利用できるようになった。現在は感染症発生率が最も高い米国北東部の州で使用されている。先天性感染も起こりうるが,非常にまれである。

バベシア(Babesia)に感染したマダニ(Ixodes属)は,ときにBorrelia burgdorferiライム病の病因となる),Anaplasma phagocytophilum(ヒト顆粒球アナプラズマ症[HGA]の病因となる),Borrelia miyamotoi(HGA様疾患の病因となる),またはポワッサンウイルス(脳炎を引き起こすフラビウイルスの一種)に同時感染している。したがって,患者はときに1回のダニ刺咬により複数の感染症に罹患する。

シカダニ

バベシア症の症状と徴候

無症候性のバベシア(Babesia)感染症が数カ月から数年持続し,それ以外は健康な人々(特に40歳未満の人)では,不顕性のまま終わることがある。

症候性のバベシア症は,通常1~2週間の潜伏期を経て発症し,倦怠感,疲労,悪寒,発熱,頭痛,筋肉痛,および関節痛などの非特異的な症状がみられる。健常者では,症状は通常約1週間で消失する。その他の患者では,黄疸を伴う肝脾腫,軽度から中等度の溶血性貧血,軽度の好中球減少,および血小板減少が起こりうる。重症例では非心原性肺水腫が発生することがある。

バベシア症はときに死に至ることもあり,特に高齢患者,無脾患者,およびAIDS患者でその可能性が高くなる。このような患者では,バベシア症は熱帯熱マラリアに類似し,高熱,溶血性貧血,ヘモグロビン尿症,黄疸,および腎不全を伴う。脾臓摘出により,以前に獲得した無症候性の原虫血症が症候性となりうる。

新生児のバベシア症は,軽度から重度の熱性疾患を呈する。

バベシア症の診断

  • 血液塗抹標本の光学顕微鏡検査

  • 血清学的検査とポリメラーゼ連鎖反応検査

ほとんどのバベシア症患者はダニの刺咬に覚えがないが,流行地域に住んでいたり,流行地域への旅行歴を報告したりする場合がある。

バベシア症は通常,血液塗抹標本中にバベシア(Babesia)を検出することで診断されるが,各種マラリア原虫(Plasmodium)との鑑別が困難な場合がある。4つ組になった虫体(いわゆるマルタ十字)は,あまりみられないが,バベシア(Babesia)に特有であり,診断に役立つ。

血清学的検査とポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査が利用できる。B. microti抗原を用いた間接蛍光抗体法(IFA)による抗体検出は,軽度の原虫血症を有する患者では役立つ場合があるが,他のBabesia属原虫に感染した患者では偽陰性となることがある。PCR検査は,血液塗抹標本の所見があいまいな場合にバベシア(Babesia)を熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)と鑑別すること,感染赤血球率が低い患者で感染を確定すること,ならびにバベシア(Babesia)の種を同定することに役立つ可能性がある。

バベシア症の治療

  • アトバコンとアジスロマイシンの併用

  • キニーネ + クリンダマイシン

無症状の患者は通常,治療を必要としないが,持続的な高熱,感染赤血球率の急激な上昇,ヘマトクリットの低下がみられる患者は治療の適応となる。

アトバコンとアジスロマイシンの7~10日間の併用投与は,軽度から中等度のバベシア症患者ではキニーネ + クリンダマイシンによる従来の併用療法と同等の効果を示し,有害作用はより少ない。成人での用法・用量は,アトバコン750mg,経口,12時間毎に加え,1日目はアジスロマイシン500~1000mgを経口投与し,その後はアジスロマイシンを1日用量250~1000mgで投与する。体重5kg以上の小児では,アトバコン20mg/kg,経口,1日2回とアジスロマイシンを10mg/kg,経口,単回に続いて,アジスロマイシン5mg/kg,1日1回を7~10日間投与する。

キニーネ(650mg,経口,1日3回)+ クリンダマイシン(600mg,経口,1日3回または300~600mg,静注,1日4回)を7~10日間投与することも可能である。小児に対する用量は,キニーネ10mg/kg,経口,1日3回 + クリンダマイシン7~14mg/kg,経口,1日3回である。キニーネ + クリンダマイシンは重症患者に対する標準治療とみなされている。キニーネを投与する患者は,有害作用について綿密にモニタリングしなければならない。

高度(> 10%)の原虫血症がみられる重症患者では,交換輸血が用いられている。

バベシア症の予防

バベシア症を予防するために,流行地域の全ての人々が標準的なダニ防除策を講じるべきである。無脾患者およびAIDS患者は特に注意が必要である。伝播を予防するため,バベシア症の既往がある人からは,血液の提供や場合により臓器の提供を控えさせる。現在,感染症発生率が比較的高い州では血液および臓器ドナーのスクリーニングが実施されている。

ダニ刺咬の予防

ダニを皮膚に到達させない対策:

  • 遊歩道や小道から外れない

  • ズボンの裾をブーツまたは靴下の中に入れる

  • 長袖のシャツを着用する

  • ジエチルトルアミド(DEET)を含有する防虫剤を皮膚に塗布する

毒性反応が報告されているため,非常に年少の小児に対するDEETの使用には注意が必要である。衣服へのペルメトリンの散布はダニを効果的に死滅させる。流行地域では,ダニが付着していないか頻繁に調べることが必須である(特に有毛部と小児)。

吸血して膨張したダニは注意深く除去すべきであり,病原体の伝播につながる恐れがあるため,指でつぶしてはならない。ダニの体部をつまんだり,強い力をかけたりしてはならない。小さなピンセットで頭部を徐々に引っ張れば,ダニを除去することができる。ダニが付着していた部位はアルコールで清拭する。ワセリン,アルコール,火を付けたマッチ,その他の刺激物はダニを除去する方法としては無効であり,使用してはならない。

ダニを根絶できる実用的な方法はないが,流行地域では小動物の個体数を制御することでダニの個体数を低減できる可能性がある。

バベシア症の要点

  • 米国におけるバベシア症の流行地域としては,ニューイングランド南部の沿岸部および島嶼部やニュージャージー州のほか,中西部および北西部の一部地域などがある。

  • バベシア症は,無症候性感染の軽症例から生命が脅かされる重症例(主に高齢者,無脾患者,またはAIDSなどの易感染状態の患者)まで幅がある。

  • 症状は非特異的で,マラリアに類似して長期間続く発熱,頭痛,筋肉痛,およびときに黄疸がみられることがある。

  • 血液塗抹標本の光学顕微鏡検査のほか,ときに血清学的検査またはPCR検査により診断する。

  • 症状のある患者は,アトバコン + アジスロマイシンの併用,または重症であればキニーネ + クリンダマイシンにより治療する。

バベシア症についてのより詳細な情報

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