ポリオウイルスには3つの血清型がある。1型は最も麻痺を起こしやすく,流行の原因となることが最も多かった。ヒトが唯一の自然宿主である。感染は直接接触により非常に伝播しやすい。無症候性感染と軽症感染症(不全型ポリオ)は,非麻痺型または麻痺型の感染症よりも60倍以上多くみられ,感染拡大の主な原因となっている。(エンテロウイルス感染症の概要 エンテロウイルス感染症の概要 エンテロウイルスは,ライノウイルス( 感冒を参照)およびヒトパレコウイルスとともに,ピコルナウイルス科(小さな[pico]RNAウイルス)に属する。ヒトパレコウイルス1型および2型は,かつてはエコーウイルス22型および23型と呼ばれていたが,現在ではパレコウイルスに再分類されている。全てのエンテロウイルスは不均一な抗原性を有... さらに読む も参照のこと。)
大規模な予防接種 予防 ポリオは,ポリオウイルス(エンテロウイルスの一種)によって引き起こされる急性感染症である。臨床像としては,非特異的な軽症疾患(不全型ポリオ),ときに麻痺のない無菌性髄膜炎(非麻痺型ポリオ),より頻度は低いが様々な筋群の弛緩性脱力(麻痺型ポリオ)がある。診断は臨床的に行うが,臨床検査による診断も可能である。治療は支持療法による。 ポリオウイルスには3つの血清型がある。1型は最も麻痺を起こしやすく,流行の原因となることが最も多かった。ヒトが... さらに読む の導入により,この疾患は世界的にほぼ根絶された。しかしながら,サハラ以南アフリカや南アジアなど予防接種が不完全な地域では,依然として症例の発生がみられる。2018年には,野生型ポリオウイルス1型の症例が33例(アフガニスタン21例,パキスタン12例)と循環ワクチン[circulating vaccine]由来のポリオウイルスが104例(コンゴ民主共和国20例,ニジェール10例,ナイジェリア34例,パプアニューギニア26例,ソマリア12例,インドネシアとモザンビークでそれぞれ1例)が報告された。(ポリオ根絶計画[Polio Eradication Initiative]も参照のこと。)
ポリオの病態生理
ウイルスは,糞口感染または呼吸器を介して侵入した後,消化管のリンパ組織に侵入する。続いて一次ウイルス血症(軽微)が起こり,網内系にウイルスが広がる。感染はこの時点で阻止される場合もあれば,ウイルスがさらに増殖して数日間にわたり二次ウイルス血症が続いて,症状と抗体が出現する場合もある。
麻痺型ポリオでは,ポリオウイルスが中枢神経系に侵入するが,これが二次ウイルス血症によるものか,末梢神経からの移動によるものかは不明である。有意な損傷が起こるのは脊髄と脳のみに限られ,特に運動および自律神経機能を制御する神経に発生する。炎症のため,一次的なウイルス侵襲による損傷が悪化する。重篤な神経損傷の素因として以下のものがある:
年齢の上昇(生涯を通して)
最近の扁桃摘出術または筋肉内注射
妊娠
B細胞機能の障害
中枢神経系症状の発症と同時期の運動
ポリオウイルスは,潜伏期は咽頭および便中に存在し,発症後は咽頭には1~2週間,便には3~6週間以上存在し続ける。
ポリオの症状と徴候
ほとんどの(70~75%)感染は無症状に経過する。症状を呈する疾患は以下のように分類される:
不全型ポリオ
麻痺型または非麻痺型ポリオ
不全型ポリオ
ほとんどの症候性感染はごく軽度であり(特に幼児の場合),曝露の3~5日後に微熱,倦怠感,頭痛,咽頭痛,および嘔吐で発症して,1~3日持続する。神経症状はなく,発熱を除けば身体診察で著明な異常はみられない。
麻痺型ポリオまたは非麻痺型ポリオ
ポリオウイルス感染症患者の約4%では, 無菌性髄膜炎 無菌性髄膜炎 エンテロウイルスは,ライノウイルス( 感冒を参照)およびヒトパレコウイルスとともに,ピコルナウイルス科(小さな[pico]RNAウイルス)に属する。ヒトパレコウイルス1型および2型は,かつてはエコーウイルス22型および23型と呼ばれていたが,現在ではパレコウイルスに再分類されている。全てのエンテロウイルスは不均一な抗原性を有... さらに読む による非麻痺型の中枢神経系疾患が発生する。典型例では,不全型ポリオに似た数日間の前駆症状に続いて,頸部および/または背部の硬直と頭痛がみられる。症候は2~10日間続く。
麻痺型ポリオの頻度はポリオウイルス感染症例全体の1%未満である。乳幼児では,不全型ポリオの症状が消失してから数日後に麻痺が起こる二相性の経過で現れることがある。潜伏期間は通常7~21日である。
麻痺型ポリオの一般的な臨床像としては, 無菌性髄膜炎 無菌性髄膜炎 エンテロウイルスは,ライノウイルス( 感冒を参照)およびヒトパレコウイルスとともに,ピコルナウイルス科(小さな[pico]RNAウイルス)に属する。ヒトパレコウイルス1型および2型は,かつてはエコーウイルス22型および23型と呼ばれていたが,現在ではパレコウイルスに再分類されている。全てのエンテロウイルスは不均一な抗原性を有... さらに読む に加えて,深部の筋肉痛,知覚過敏,錯感覚などがあり,活動性の脊髄炎がある間は尿閉および筋攣縮もみられる。非対称性の弛緩性麻痺が発生し,2~3日以上続くことがある。ときに脳炎徴候が優勢となる。
延髄障害の初発徴候は通常,嚥下困難,食物の鼻腔への逆流,および鼻声であるが,一部の患者には咽頭麻痺があり,口腔内分泌物をコントロールできない。骨格筋麻痺と同様に,延髄障害は2~3日以上かけて悪化する可能性があり,また一部の患者では,脳幹の呼吸中枢および循環中枢が侵され,呼吸障害に至る。まれに,横隔膜または肋間筋が侵されると呼吸不全が起こる。
一部の患者は麻痺型ポリオの数年または数十年後に ポリオ後症候群 ポリオ後症候群 ポリオ後症候群(postpoliomyelitis syndrome)は,麻痺型ポリオの数年後または数十年後に発生する一群の症状であり,通常は初感染時と同じ筋群に影響が生じる。 麻痺型ポリオの既往がある患者では,数年後ないし数十年後に筋疲労と筋持久力低下が生じることがあり,しばしば筋力低下,線維束性収縮,および萎縮を伴い,特に高齢患者と当初重症であった患者で多くみられる。通常は,以前侵された筋群に異常が生じる。ただし,ポリオ後症候群によ... さらに読む を発症する。この症候群は筋疲労と筋持久力低下を特徴とし,しばしば筋力低下,線維束性収縮,および萎縮を伴う。
ポリオの診断
腰椎穿刺
ウイルス培養(便,咽頭,および髄液)
血液または髄液の逆転写ポリメラーゼ連鎖反応検査
ポリオウイルス血清型,エンテロウイルス,およびウエストナイルウイルスの血清学的検査
中枢神経系の症候がみられない場合は,症候性ポリオ(不全型ポリオ)は他の全身性ウイルス感染症に類似するため,流行中でない限り,典型的には考慮されず,診断されない。
非麻痺型ポリオは他のウイルス性髄膜炎に類似する。そのような患者では通常,腰椎穿刺が行われ,典型的な髄液所見は糖正常,タンパク質の軽度上昇,および細胞数10~500/μL(リンパ球優位)である。咽頭拭い液,便,または髄液検体でウイルスを検出するか,特異抗体の抗体価上昇を証明すれば,ポリオウイルスの感染を確定診断できるが,通常は合併症のない 無菌性髄膜炎 髄膜炎の概要 の患者でこれらの検査が必要になることはない。
ワクチン未接種の小児または若年成人に,急性発熱エピソード中の非対称性の弛緩性麻痺または球麻痺を認め,感覚消失を伴わない場合,麻痺型ポリオの可能性がある。しかしながら,特定のA群およびB群コクサッキーウイルス(特にA7),数種のエコーウイルス,ならびにエンテロウイルス71型でも類似の所見がみられることがある。また,エンテロウイルスD68による感染後に四肢の局所的な筋力低下または麻痺がみられた症例も報告されている。ウエストナイルウイルス感染症も急性弛緩性麻痺を引き起こすことがあり,これをポリオウイルスによる麻痺型ポリオと臨床的に鑑別するのは不可能である。 ギラン-バレー症候群 ギラン-バレー症候群 (GBS) ギラン-バレー症候群は,急性で,通常は急速に進行するが自然治癒する炎症性多発神経障害であり,筋力低下および軽度の遠位部感覚消失を特徴とする。原因は自己免疫性であると考えられている。診断は臨床的に行う。治療法としては,免疫グロブリン静注療法,血漿交換などがあり,重症例では機械的人工換気も行う。 ( 末梢神経系疾患の概要も参照のこと。) ギラン-バレー症候群は,最も頻度の高い後天性の炎症性ニューロパチーである。いくつかの亜型が存在する。... さらに読む は弛緩性麻痺を引き起こすが,以下の点で鑑別できる:
通常は発熱を伴わない。
筋力低下が左右対称である。
感覚障害が70%の患者でみられる。
髄液タンパク質値が通常は上昇し,髄液細胞数は正常である。
疫学的な手がかり(例,予防接種歴,最近の旅行,年齢,季節)から原因が示唆される可能性がある。ポリオウイルスまたはその他のエンテロウイルスを急性弛緩性麻痺の原因として同定することは,公衆衛生上重要であるため,咽頭拭い液,便,および髄液のウイルス培養と髄液および血液の逆転写ポリメラーゼ連鎖反応検査を全症例で行うべきである。ポリオウイルス,その他のエンテロウイルス,およびウエストナイルウイルスに対する特異的血清学的検査も行うべきである。
ポリオの予後
非麻痺型ポリオは,完全に回復する。
麻痺型ポリオでは,約3分の2の患者で筋力低下が永久に残る。球麻痺は末梢性の麻痺より消失する可能性が高い。死亡率は4~6%であるが,成人患者と球病変を伴う患者では10~20%に増加する。
ポリオの治療
支持療法
ポリオの標準治療は支持療法であり,具体的には安静,鎮痛薬,必要に応じた解熱薬投与などを行う。特異的な抗ウイルス療法はない。
活動性の脊髄炎がある間は,床上安静による合併症(例,深部静脈血栓症,無気肺,尿路感染症)や長期の不動状態による合併症(例,拘縮)を回避するための予防策を要することがある。呼吸不全には機械的人工換気を要することがある。機械的人工換気をしている患者と球麻痺のある患者には,集中的な肺洗浄処置が必要である。
ポリオの予防
全ての乳児および小児は ポリオワクチン ポリオワクチン 大規模な予防接種の導入により, ポリオは世界的にほぼ根絶された。ただし,サハラ以南アフリカや南アジアなど予防接種が不完全な地域では,依然として症例の発生がみられる。 ポリオウイルス( エンテロウイルスの一種)には3つの血清型がある。 詳細については,Polio Advisory Committee on Immunization Practices Vaccine RecommendationsおよびCenters... さらに読む による予防接種を受けるべきである。米国小児科学会(American Academy of Pediatrics)は,生後2カ月,4カ月,および6~18カ月時点でのワクチン接種と4~6歳時点での追加接種を推奨している(0~6歳を対象とする推奨予防接種スケジュール 0~6歳を対象とする推奨予防接種スケジュール の表を参照)。小児予防接種により,95%を超える接種者が免疫を獲得する。
不活化ポリオワクチン(IPV)(ソークワクチン)の方が弱毒経口生ポリオワクチン(OPV)(セービンワクチン)より望ましい。OPVに含まれる弱毒化ウイルスは,接種を受けた人の腸管内で複製され,一過性に便中に排泄されるため,他者に糞口感染で伝播する可能性があり,ワクチン接種を直接受けていない人も免疫を獲得することがある。ただし,このようにウイルスが複数の個人を経由して伝播すると,ワクチンウイルスが変異して,極めてまれに麻痺型ポリオを引き起こす株(ワクチン由来のポリオウイルス)に変化する可能性があり,OPV接種2,400,000ドーズ当たり1例の頻度で麻痺型ポリオが発生する。この変異は通常,ワクチンのポリオウイルス2型の成分で発生する。このため,米国ではOPVはもはや利用できなくなっている。また,野生型ポリオウイルス2型が公式に根絶されたにもかかわらず,遺伝的に多様な循環ワクチン由来ウイルスに起因するアウトブレイクが発生したことを受けて,2016年にはポリオウイルス2型がOPVから除外された。IPVに伴う重篤な有害作用は報告されていない。
成人へのワクチン接種はルーチンには行われない。ポリオが風土病として存在するか流行している地域に予防接種を受けていない成人が旅行する際には,IPVの一次接種を受けるべきであり,4~8週間の間隔を空けて2回の投与を行い,その6~12カ月後に3回目の投与を行う。旅行前に少なくとも1回は受ける。予防接種を受けた成人が,ポリオが風土病として存在する,または流行している地域に旅行する際には,IPVを1回接種すべきである。易感染性患者とその家庭内接触者にはOPVを接種すべきではない。
ポリオの要点
ほとんどのポリオウイルス感染症は,無症状に経過するか,症候があっても非特異的な軽症例となるか,麻痺を伴わない無菌性髄膜炎を呈し,古典的な症候群である弛緩性脱力(麻痺型ポリオ)がみられる患者は1%未満である。
予防接種を受けていない小児または若年成人において,急性熱性疾患の経過中に感覚消失を伴わない非対称性の弛緩性四肢麻痺または球麻痺がみられた場合は,麻痺型ポリオを意味している可能性がある。
咽頭拭い液,便,および髄液検体でのウイルス培養と髄液および血液検体での逆転写ポリメラーゼ連鎖反応検査を行うべきである。
麻痺型ポリオでは,約3分の2の患者で筋力低下が永久に残る。
全ての乳児および小児が予防接種を受けるべきであるが,成人へのワクチン接種はリスクが高くない限り(例,旅行または職業上の理由)ルーチンには行われない。