脳炎

執筆者:John E. Greenlee, MD, University of Utah Health
レビュー/改訂 2020年 7月
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脳炎は脳実質の炎症であり,ウイルスの直接侵襲に起因する。急性散在性脳脊髄炎は,ウイルスまたはその他の外来タンパク質に対する過敏反応によって脳および脊髄に炎症が生じる病態である。どちらの病態も通常はウイルスが誘因となる。症状としては,発熱,頭痛,精神状態変容などがあり,しばしば痙攣発作や局所神経脱落症状もみられる。診断には髄液検査と神経画像検査を要する。治療は支持療法のほか,原因によっては抗ウイルス薬を使用する。

脳感染症に関する序論も参照のこと。)

脳炎の病因

脳炎は通常,ウイルス感染による原発性の臨床像であるか,あるいはウイルス感染症に続発する(感染後の)免疫学的合併症である。

原発性ウイルス感染症

原発性脳炎を引き起こすウイルスは直接脳に侵入する。それらの感染は以下の場合がある:

蚊が媒介するアルボウイルス脳炎は,気候が温暖な春,夏,秋初旬にかけてヒトへの感染が起きる(主なアルボウイルス脳炎の表を参照)。米国での年間発生数は150~4000例超と年により様々で,ほとんどが小児である。大半の症例が流行中に発生している。

表&コラム

米国で最も頻度の高い散発性脳炎は,単純ヘルペスウイルス(HSV)によるものであり,1年に数百例から数千例が発生している。大半がHSV-1によるものであるが,易感染性患者ではHSV-2の方がよくみられる。HSV脳炎は1年のあらゆる時期に発生し,20歳未満または40歳以上の患者が罹患しやすく,無治療ではしばしば死に至る。

狂犬病は発展途上国では依然として脳炎の大きな原因となっており,米国でも数例の脳炎を引き起こしている。

脳炎は,潜伏性または無症候性ウイルス感染症の晩期再活性化に伴って発生することもある。最もよく知られている病型は以下のものである:

免疫反応

脳炎はまた,特定のウイルス感染またはワクチン接種に続発する免疫学的合併症としても発生することがある。1~3週間後に脳および脊髄で炎症性脱髄が(急性散在性脳脊髄炎として)起こることがあり,これは,免疫系が感染源のタンパク質に類似する中枢神経系抗原を攻撃することによる。この合併症の原因としてかつて最も頻度が高かったのは,麻疹,風疹,水痘,およびムンプス(小児予防接種が広く普及したため,現在では全てまれである);天然痘ワクチン;ならびに生ウイルスワクチン(例,狂犬病ワクチンは,かつてヒツジまたはヤギの脳から抽出されていた)であった。米国で現在みられる症例の大半は,A型またはB型インフルエンザウイルスエンテロウイルスエプスタイン-バーウイルスA型肝炎ウイルスB型肝炎ウイルスHIVに起因するものである。自己免疫性脳炎は,がんおよび他の自己免疫疾患の患者にも発生する。

まれではあるが,重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV2)のパンデミックによって引き起こされるCOVID-19の患者にも脳炎らしき病態が発生しており,その機序は不明であるが,その脳炎らしき病態に免疫学的機序が寄与している可能性や,脳へのウイルスの直接的な侵入が起きている可能性が想定されている。

ニューロンの膜タンパク質(例,N-メチル-d-アスパラギン酸[NMDA]受容体)に対する自己抗体によって引き起こされる脳症がウイルス性脳炎に類似することもある。抗NMDA受容体脳炎はこれまでに考えられていたよりも一般的な脳炎であることを示唆するエビデンスもある。ときに単純ヘルペスウイルスによる脳炎の後に発生することがあり,脳炎の治療が成功した場合にも起こりうる。

脳炎の病態生理

急性脳炎では,大脳半球,脳幹,および小脳のほか,ときに脊髄にわたる感染部位に炎症および浮腫が発生する。重症感染例では点状出血を認めることもある。ウイルスが脳に直接侵入すると,通常はニューロンに損傷が生じ,ときに顕微鏡で観察可能な封入体が産生される。重症感染例,特に無治療の単純ヘルペスウイルス(HSV)脳炎では,脳の出血性壊死が生じうる。

急性散在性脳脊髄炎は,多巣性に生じる静脈周囲の脱髄と脳内にウイルスが検出されないことを特徴とする。

脳炎の症状と徴候

脳炎の症状としては,発熱,頭痛,精神状態変容などがあり,しばしば痙攣発作や局所神経脱落症状もみられる。これらの症状に先行して,消化管または呼吸器の前駆症状がみられることがある。髄膜刺激徴候は典型的には軽度であり,他の症候よりも目立たない。

てんかん重積状態(特に痙攣性てんかん重積状態)または昏睡の存在は,脳の重度の炎症と予後不良を示唆する。

悪臭(腐った卵,焦げた肉のような臭い)が前兆としてみられる嗅覚発作は,側頭葉の感染を意味し,HSV脳炎を示唆する。

脳炎の診断

  • MRI

  • 髄液検査

原因不明の精神状態の変容がみられる患者では脳炎を疑う。臨床像と鑑別診断から特定の診断検査の必要性が示唆される場合もあるが,通常はMRIおよび髄液検査(HSVやその他のウイルスを同定するためのポリメラーゼ連鎖反応[PCR]を含む)を行い,典型的には原因ウイルスを同定するために他の検査(例,血清学的検査)を併用する。広範囲の検査を行っても,多くの脳炎症例の原因は明らかにならない。

MRI

造影MRIは早期のHSV脳炎に対する感度が高く,HSVの典型的な感染部位である眼窩前頭部および側頭部に浮腫が認められる。MRIにより,進行性多巣性白質脳症では脱髄が,ウエストナイル脳炎および東部ウマ脳炎では基底核および視床病変が描出される。また,MRIによりウイルス性脳炎に類似する病変(例,脳膿瘍,矢状静脈洞血栓)を除外できる。

CTは,MRIと比べてHSV脳炎に対する感度がはるかに低いものの,迅速に施行可能で,腰椎穿刺に危険を伴う疾患(例,腫瘤性病変,水頭症,脳浮腫)を除外できるため,役立つ可能性がある。

髄液検査

腰椎穿刺を行う。脳炎がある場合,髄液所見はリンパ球増多,糖正常,および軽度のタンパク質高値のほか,グラム染色と培養で病原体を認めないこと(無菌性髄膜炎の髄液所見と同様)が特徴となる。重症感染例では多形核白血球優位の細胞増加を認めることがある。髄液の異常は,症状出現から8~24時間はみられないことがある。出血性壊死のため,髄液中に赤血球が移行し,タンパク質濃度が上昇することがある。水痘帯状疱疹ウイルス,ムンプス,またはリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスが原因の場合には,髄液糖が低値となることがある。

HSV-1,HSV-2,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルス,エンテロウイルス,およびJCウイルスに対しては,髄液PCR検査が選択すべき診断検査である。HSVに対する髄液PCR検査は感度および特異度が高い。しかしながら,結果がすぐに得られない場合があり,また技術は進歩しているにもかかわらず,様々な条件のために偽陰性や偽陽性が起こる可能性が依然としてあり,全てが技術的な失敗が原因というわけではない(例,髄液排除試験で生じた軽度の損傷からの血液によりPCRでの増幅が阻害されることがある)。HSV-1脳炎の早期には偽陰性が生じることがあるため,そのような状況では48~72時間後に検査を繰り返すべきである。次世代シークエンシングという新しい技術が普及しつつあり,他の方法では検出できない病原体の核酸を同定できることがある。

髄液ウイルス培養では,エンテロウイルスは検出できるが,他の多くのウイルスは培養できない。このため,髄液ウイルス培養はPCRに取って代わられており,診断に用いられることはまれとなっている。

髄液のウイルスIgM抗体価は急性感染症の診断に有用であり,特にウエストナイル脳炎の診断においてはPCRよりも信頼性が高い。水痘帯状疱疹ウイルスに対しては,髄液のIgGおよびIgM抗体価がPCRよりも感度が高い可能性がある。急性期と回復期のペア検体(髄液および血液)による血清学的検査は数週間の間隔を空ける必要があるが,それにより特定のウイルス感染症に特異的なウイルス価の上昇を検出することができる。

脳生検

以下に該当する患者には脳生検が適応となる場合がある:

  • 病状が悪化している

  • アシクロビルや他の抗微生物薬による治療に対する反応が不良である

  • 未診断の病変がある

しかしながら,MRIまたはCTで認められた異常を標的とする場合を除き,脳生検による診断率は低い。

脳炎の予後

ウイルス性脳炎からの回復には非常に長い期間を要する。死亡率は原因により異なるが,同じウイルスによる流行でも,重症度は年によって様々である。重症感染症の生存患者には,永続的な神経脱落症状が生じるのが一般的である。

脳炎の治療

  • 支持療法

  • HSVまたは水痘帯状疱疹ウイルス脳炎にはアシクロビル

脳炎に対する支持療法には,発熱,脱水,電解質障害,および痙攣発作の治療が含まれる。正常血液量を維持すべきである。

PCR法でHSVまたは水痘帯状疱疹ウイルスを迅速に同定することは困難であるため,検査による確認を待って治療を控えるべきではない。HSV脳炎および水痘帯状疱疹ウイルス脳炎が除外されるまで,アシクロビル10mg/kg,静注,8時間毎の投与を速やかに開始し,通常は14日間またはこれらのウイルスによる感染が除外されるまで継続すべきである。アシクロビルは比較的毒性が低いが,肝機能異常,骨髄抑制,および一過性の腎不全を引き起こすことがある。アシクロビルは十分な水分補給とともに1時間かけてゆっくり静注することが腎毒性の予防に役立つ。サイトメガロウイルス脳炎は,ガンシクロビルおよび/またはその他の抗ウイルス薬で治療できる。

重篤感のある患者では,しばしば細菌性の中枢神経系感染症を除外することが困難であるため,細菌性髄膜炎が除外されるまで経験的に抗菌薬を投与する場合が多い。

脳炎が免疫反応によるものである場合は(例,急性散在性脳脊髄炎[感染後脳脊髄炎]),直ちに治療を開始すべきであり,治療にはコルチコステロイド(プレドニゾンまたはメチルプレドニゾロン)と血漿交換または免疫グロブリン静注療法を含めることがある。

脳炎の要点

  • 流行性または散発性感染症の原因となるウイルスは,脳実質に侵入して感染するか(脳炎を引き起こす),感染後の炎症性脱髄(急性散在性脳脊髄炎)を誘発する。

  • 脳炎は発熱,頭痛,および精神状態変容を引き起こし,さらに痙攣発作および局所神経脱落症状を伴う場合も多い。

  • 造影MRIおよび髄液検査を行う。

  • HSV脳炎と水痘帯状疱疹ウイルス脳炎が除外されるまで,アシクロビルによる治療を速やかに開始し,通常は14日間またはこれらのウイルスによる感染が除外されるまで継続する。

  • 免疫反応による脳炎は,コルチコステロイドと血漿交換または免疫グロブリン静注療法で治療する。

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