刺激性ガス吸入傷害

執筆者:Abigail R. Lara, MD, University of Colorado
レビュー/改訂 2020年 5月
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刺激性ガスとは,吸入されると気道粘膜内の液体に溶解し,通常酸性またはアルカリ性のラジカルの放出により炎症反応を引き起こすものである。刺激性ガスへの曝露は主に気道を侵し,気管炎,気管支炎,および細気管支炎を引き起こす。吸入により傷害を起こすその他の物質には,直接的に有害であるもの(例,シアン化物一酸化炭素)と,単純に酸素と置き換わり窒息を引き起こすことで害をもたらすものがある(例,メタン,二酸化炭素)。

刺激性ガスの吸入による影響は,曝露の程度および期間と吸入された物質によって異なる。

最も重要な刺激性ガスには,塩素,ホスゲン,二酸化硫黄,塩化水素,硫化水素,二酸化窒素,オゾン,およびアンモニアなどがある。硫化水素もまた強力な細胞毒性を有し,チトクロム系を阻害し,細胞呼吸を妨げる。一般的な曝露は,漂白剤を含む洗剤を家庭用アンモニアと混合することなどによる;混合することで刺激性ガスであるクロラミンが放出される。

窒息剤および環境性肺疾患の概要も参照のこと。)

急性曝露

高濃度の有毒ガスへの短期間の急性曝露は,ガスタンク内のバルブまたはポンプの故障による産業事故,またはガス輸送中に起こる産業事故に特徴的なものである。多数の人が曝露し被害を受けることもある。1984年にインドのボーパールの工場から放出されたイソシアン酸メチルは,2000人を超える死者を出した。

呼吸器障害はガスの濃度および水への溶解度ならびに曝露時間に関連する。

より水溶性の高いガス(例,塩素,アンモニア,二酸化硫黄,塩化水素)は上気道に溶解し,直ちに粘膜刺激を引き起こすため,それが曝露から回避する必要性に対する警告となりうる。上気道,末梢気道,および肺実質への恒久的な損傷は,ガス発生源からの避難が遅れた場合にのみ起こる。

より溶解性の低いガス(例,二酸化窒素,ホスゲン,オゾン)は気道内部に十分浸透するまで溶解せず,しばしば下気道に達する。これらの物質では早期の警告徴候がみられる可能性が低く(低濃度ホスゲンは良い香りを有する),重症の細気管支炎が引き起こされる可能性が高く,また肺水腫の症状が現れるまで 12時間の遅れがあることが多い。

刺激性ガスへの急性曝露でみられる症状と徴候

水溶性の刺激性ガスが,眼,鼻,咽喉,気管,および主気管支に重度の熱傷およびその他の刺激症状を引き起こす。著明な咳嗽,喀血,喘鳴,レッチング,および呼吸困難が一般的である。浮腫,分泌物,または喉頭痙攣により,上気道が閉塞することがある。重症度は一般に曝露量に関連する。不溶性のガスでは,すぐに現れる症状はより少ないが,呼吸困難または咳嗽を生じることがある。

ARDSを発症した患者は,呼吸困難の悪化および酸素所要量の増加が生じる。

刺激性ガスへの急性曝露の診断

  • 曝露歴

  • 胸部X線

  • スパイロメトリーおよび肺気量検査

診断は通常,曝露歴から明らかである。胸部X線およびパルスオキシメトリーを行うべきである。斑状あるいは融合性の肺胞のコンソリデーション(浸潤影)を示す胸部X線所見は通常,肺水腫を示唆する。スパイロメトリーおよび肺気量検査を行う。閉塞性障害が最も一般的であるが,高用量の塩素に曝露した後は拘束性障害が優勢となることがある。

後に症状が現れた患者はCTにより評価する。呼吸不全に進行する閉塞性細気管支炎を有する患者では,細気管支の肥厚および過膨張の斑状モザイクパターンがみられる。

吸入による傷害は,気道のいずれの部位にも起こる可能性があり,上気道,気管気管支系,または肺実質など,主な損傷部位に基づいて分類することができる。気道を直接観察することが確定診断の一助となる。Abbreviated Injury Scoreは,損傷の臨床的重症度を判定するために用いられる評価尺度である(1):

  • 0.損傷なし:煤の沈着,紅斑,浮腫,気管支漏,および閉塞がない

  • 1.軽度の損傷:軽微またはまだらに散在する紅斑,近位または遠位気管支への煤の沈着

  • 2.中等度の損傷:中等度の紅斑,煤の沈着,気管支漏,または気管支閉塞

  • 3.重度の損傷:脆弱性を伴う重度の炎症,大量の煤の沈着,気管支漏または閉塞

  • 4.広範囲の損傷:粘膜の脱落,壊死,管腔内閉塞(endoluminal obliteration)の所見

診断に関する参考文献

  1. 1.Albright JM, Davis CS, Bird MD, et al: The acute pulmonary inflammatory response to the graded severity of smoke inhalation injury.Crit Care Med 40(4):1113–1121, 2012.doi: 10.1097/CCM.0b013e3182374a67

刺激性ガスへの急性曝露の予後

大半の患者は完全に回復するが,中には可逆的な気道閉塞(反応性気道機能不全症候群)または拘束性障害および肺線維化を伴う肺損傷が持続する患者もおり,喫煙者はよりリスクが高い可能性がある。

刺激性ガスへの急性曝露の治療

  • 曝露の回避および24時間の経過観察

  • 気管支拡張薬および酸素投与

  • ときにラセミ体アドレナリン吸入,気管挿管,および機械的人工換気

  • ときにコルチコステロイド,曝露した具体的な化学物質に依存する

少数の例外を除き,管理は化学物質の種類ではなく症状に基づいて行う。患者を新鮮な空気の下に移し,酸素投与を行うべきである。治療では十分な酸素化および肺胞換気の確保をはかる。

より軽症例では,気管支拡張薬および酸素療法で十分である可能性がある。

重度の気道閉塞は,ラセミ体アドレナリンの吸入,気管挿管または気管切開,および機械的人工換気で管理する。

ARDSのリスクがあるため,毒性物質の吸入後に気道症状がみられた患者では,全例に24時間の経過観察を行うべきである。高用量のコルチコステロイドは,吸入による傷害に起因するARDSに対してルーチンに使用すべきではない;ただし,塩化亜鉛の煙の吸入後に発生した重度のARDSに効果があったことを示唆する症例報告がいくつかある。

急性期の管理後も,医師は,反応性気道機能不全症候群,器質化肺炎を伴うまたは伴わない閉塞性細気管支炎,肺線維症,および遅発性ARDSの発症に対し警戒を続けなければならない。

刺激性ガスへの急性曝露の予防

ガスおよび化学物質の取り扱いに注意することが最も重要な予防策である。非常時に救助者が十分な呼吸器保護手段(例,空気供給器内蔵型のガスマスク)を利用できることもまた非常に重要である;防護器具を装着せず被害者救出に駆けつけた救助者が,しばしば自ら犠牲になることがある。

慢性曝露

刺激性のガスまたは化学性蒸気への低レベルの持続性または間欠性曝露により慢性気管支炎を発症しうるが,喫煙者においてその曝露が果たす役割を実証するのは特に難しい。

特定の物質(例,ビス[クロロメチル]エーテル,特定の金属)への慢性の吸入曝露は,肺癌およびその他のがんの原因となる(例,塩化ビニルモノマーへの曝露による肝臓の血管肉腫)。

刺激性ガス吸入傷害の要点

  • 刺激性ガスへの曝露は主に気道を侵し,気管炎,気管支炎,および細気管支炎を引き起こす。

  • 急性曝露の合併症としては,急性呼吸窮迫症候群,細菌感染症,閉塞性細気管支炎(ときに肺線維化に至る)などがありうる。

  • 急性曝露の診断は通常曝露歴から明らかであるが,パルスオキシメトリー,胸部X線,スパイロメトリー,および肺気量の評価を行う。

  • 急性曝露は支持療法により治療し,患者を24時間観察する。

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