(大動脈瘤の概要 大動脈瘤の概要 動脈瘤とは,動脈壁の脆弱化により動脈が異常に拡張した状態である。一般的な原因としては,高血圧,動脈硬化,感染,外傷,遺伝性または後天性の結合組織疾患(例,マルファン症候群,エーラス-ダンロス症候群)などがある。動脈瘤は通常無症状であるが,疼痛を引き起こしたり,虚血,血栓塞栓症,自然解離,破裂を来して致死的となることもある。診断は画像検査(... さらに読む も参照のこと。)
腹部大動脈瘤(AAA)は大動脈瘤全体の4分の3を占め,一般集団の0.5~3.2%が罹患する。有病率は男性の方が3倍高い。AAAは典型的には腎動脈より下で始まるが,腎動脈起始部を含むこともあり,約50%は腸骨動脈に及ぶ。一般に,大動脈径が3cm以上に増大した場合をAAAとする。ほとんどのAAAは紡錘状である(動脈の円周方向に拡大したもの)。多くは内側が層状血栓で覆われている。
腹部大動脈瘤の病因
腹部大動脈瘤の病因には複数の因子が関与するが,なかでも頻度の高い因子として(通常は 動脈硬化 アテローム性動脈硬化 アテローム性動脈硬化は,中型および大型動脈の内腔に向かって成長する斑状の内膜プラーク(アテローム)を特徴とし,そのプラーク内には脂質,炎症細胞,平滑筋細胞,および結合組織が認められる。危険因子には,脂質異常症,糖尿病,喫煙,家族歴,座位時間の長い生活習慣,肥満,高血圧などがある。症状はプラークの成長または破綻により血流が減少ないし途絶した... さらに読む による)動脈壁の脆弱化がある。その他の原因としては,外傷,血管炎,嚢胞性中膜壊死,術後の吻合部離開などがある。
まれに,梅毒や細菌または真菌の局所感染(典型的には敗血症または 感染性心内膜炎 感染性心内膜炎 感染性心内膜炎は,心内膜の感染症であり,通常は細菌(一般的にはレンサ球菌またはブドウ球菌)または真菌による。発熱,心雑音,点状出血,貧血,塞栓現象,および心内膜の疣贅を引き起こすことがある。疣贅の発生は,弁の閉鎖不全または閉塞,心筋膿瘍,感染性動脈瘤につながる可能性がある。診断には血液中の微生物の証明と通常は心エコー検査が必要である。治療... さらに読む に起因する)によって動脈壁が脆弱化し,感染性動脈瘤が生じることもある。感染性動脈瘤の第一の原因は,黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus),次いでSalmonella属細菌である。
危険因子
腹部大動脈瘤の危険因子としては以下のものがある:
喫煙(最も強力な危険因子)
高齢(好発年齢は70~80歳)
家族歴(15~25%でみられる)
人種(黒人より白人で頻度が高い)
男性
腹部大動脈瘤の症状と徴候
ほとんどの腹部大動脈瘤は無症状である。症状および徴候は,みられたとしても特異的でない場合もあるが,通常は隣接臓器の圧迫によって発生する。AAAは拡張が進むにつれて疼痛を生じるようになるが,それは深部に穴を空けられるような持続性の内臓痛で,腰仙部で最も強く感じられる。患者が腹部に異常に強い拍動があることを自覚することもある。ほとんどの動脈瘤は症状を引き起こすことなく徐々に大きくなるが,急速に増大して破裂する寸前の動脈瘤は圧痛を伴うことがある。
動脈瘤は,その大きさと患者の体型に応じて,拍動性の腫瘤として触知可能な場合もあれば,そうでない場合もある。拍動性の触知可能な腫瘤を認める患者に3cmを超える動脈瘤が存在する確率(陽性適中率)は,約40%である。動脈瘤上で収縮期に血管雑音が聴取されることがある。
未診断のAAAを有する患者は,ときに合併症の症状や原因疾患の症状(例,感染症または血管炎による発熱,倦怠感,体重減少)で受診する。
合併症
腹部大動脈瘤の主な合併症としては以下のものがある:
破裂
末梢での塞栓
破裂は,腎動脈の2~4cm下の左後外側壁で最も起きやすい。AAAが破裂すると,ほとんどの患者が医療施設に到着する前に死亡する。直ちに死亡しない患者では,典型的には腹痛または背部痛,低血圧,および頻拍がみられる。既往歴として最近の上腹部外傷(しばしばごく軽度)や等尺性負荷(例,重たい物を持ち上げる)がみられることがある。病院に生存状態で到着できた患者でさえ,死亡率が約50%である。
血栓やアテローム性プラークが剥離して末梢で塞栓を起こし,下肢,腎臓,腸管の動脈を遮断する場合もある。典型的には,突然生じた片側性の下肢痛を訴えて受診し,しばしば蒼白となり,脈が触れなくなる(急性末梢動脈閉塞症 急性末梢動脈閉塞症 末梢動脈の急性閉塞は,血栓,塞栓,大動脈解離,または急性コンパートメント症候群によって発生することがある。 急性末梢動脈閉塞症は以下により引き起こされる: アテローム性プラークの破綻および血栓症 心臓,胸部大動脈,または腹部大動脈からの塞栓 大動脈解離 さらに読む も参照)。
まれに,大きなAAAによって 播種性血管内凝固症候群 播種性血管内凝固症候群(DIC) 播種性血管内凝固症候群(DIC)は,循環血中のトロンビンおよびフィブリンの異常な過剰生成に関係する。その過程で血小板凝集および凝固因子消費が亢進する。緩徐に(数週間または数カ月かけて)進行するDICでは,主に静脈の血栓性および塞栓性の症状がみられる;急速に(数時間または数日で)進行するDICでは,主に出血が生じる。重度で急速進行性のDICは,血小板減少症,部分トロンボプラスチン時間およびプロトロンビン時間の延長,血漿Dダイマー(または血... さらに読む が引き起こされるが,これはおそらく,広範囲に及ぶ異常内皮によって急速な血栓形成と凝固因子の消費が誘発されることに起因する。
腹部大動脈瘤の診断
しばしば偶然発見される
確定診断は超音波検査または腹部CTによる
ときにCT血管造影またはMRアンギオグラフィー
ほとんどの腹部大動脈瘤は,身体診察や他の理由で施行された腹部超音波検査,CT,またはMRIで偶然検出されることによって診断される。急性の腹痛または背部痛を呈する高齢患者では,触知可能な拍動性腫瘤の有無にかかわらず,AAAを考慮すべきである。
症状や身体所見からAAAが示唆される場合は,通常,腹部超音波検査または腹部CTが第1選択の検査となる。症状がみられる患者には,致死的な破裂を起こす前に診断を下すため,直ちに検査を行うべきである。破裂が推定され,血行動態が不安定な患者では,超音波検査を行うことでベッドサイドでより迅速に結果が得られるが,腸管ガスや腹部膨隆のために精度が低くなる可能性がある。
手術が必要になる事態に備えて,血算,電解質,血中尿素窒素(BUN),クレアチニン,プロトロンビン時間(PT),部分トロンボプラスチン時間(PTT),血液型,交差適合試験などの臨床検査を行う。
破裂が疑われていなければ,CT血管造影(CTA)またはMRアンギオグラフィー(MRA)を施行することで,動脈瘤の大きさと解剖をより高い精度で検討することが可能になる。瘤壁の内側が血栓で覆われていると,従来の血管造影では大きさを過小評価することがあり,CTの方がより正確に推定できる場合がある。腎動脈もしくは大動脈-腸骨動脈の疾患が疑われる場合,または血管内ステントグラフト内挿術(内挿型人工血管)による是正を考慮している場合は,大動脈造影がときに必要になる。
腹部単純X線は感度も特異度も高くないが,他の目的で施行されたX線撮影で,瘤壁の輪郭に沿って大動脈の石灰化が描出されることがある。
感染性動脈瘤が疑われる場合は,細菌および真菌の血液培養を行うべきである。
腹部大動脈瘤の治療
内科的管理,特に血圧コントロールと禁煙
外科手術または血管内ステントグラフト内挿術
一部の腹部大動脈瘤は年10%のペースで増大する。大きくならない期間を挟みながら段階的に増大する場合が多い。指数関数的に増大する動脈瘤や,理由は不明であるが,約20%はいつまでも同じ大きさを維持するものもある。
動脈硬化の危険因子のコントロール,特に 禁煙 禁煙 ほとんどの喫煙者は禁煙したいと願い,それを試みているが,成功率は限られている。効果的な介入としては,禁煙カウンセリングとバレニクリン,ブプロピオン,ニコチン代替製品などの薬剤投与がある。 米国の喫煙者の約70%は,喫煙をやめることを望んでおり,少なくとも1回は禁煙を試みたことがあると言う。ニコチンの離脱症状は,禁煙の重大な障壁となりうる。 ( タバコおよび ベイピングも参照のこと。)... さらに読む と状況に応じた 降圧薬 高血圧に対する薬剤 いくつかのクラスの薬剤が高血圧の初期治療およびその後の管理に効果的である: アドレナリン修飾薬 アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬 アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB) β遮断薬 さらに読む の使用が重要である。小型または中型の動脈瘤が5.0~5.5cmを超える大きさになった場合,および周術期合併症のリスクが破裂の推定リスクを下回る場合は,AAAに対する修復術の適応となる。破裂のリスクと周術期合併症のリスクを比較しつつ,患者と率直に話し合うべきである。
外科的治療の必要性には瘤の大きさが関係し,大きさは破裂のリスクと関連づけられている(腹部大動脈瘤(AAA)の大きさと破裂リスク 腹部大動脈瘤(AAA)の大きさと破裂リスク* の表を参照)。5.0~5.5cmを超える動脈瘤については,待機的な修復を考慮すべきである。
腹部大動脈瘤破裂では,直ちに開腹手術または血管内ステントグラフト内挿術を施行する必要がある。無治療での死亡率はほぼ100%である。開腹手術を行った場合の死亡率は約50%である。血管内ステントグラフト内挿術での死亡率は,一般に比較的低い(20~30%)。多くの患者が冠動脈,脳血管,末梢血管に動脈硬化を併発しているため,死亡率は現在も高いままである。
出血性ショックの状態で来院する患者には 急速輸液 輸液製剤 ほぼ全ての循環 ショック状態では,重度の血管内容量減少(例,下痢または熱中症による)と同様に,大量の輸液が必要となる。血管内容量の欠乏は血管収縮によって強力に代償され,それに続いて,数時間に及ぶ血管外から血管内への体液移動があり,体内総水分量を費やして循環体液量が維持される。しかしながら,大量に体液が喪失されると,この代償機構では追いつかない。 維持輸液の必要量については, 水代謝を,軽度の脱水については,... さらに読む と輸血が必要であるが,出血を助長する可能性があるため,平均動脈圧が70~80mmHgを超える状態を許容(permissive hypotension)してはならない。術前の高血圧を回避するコントロールが重要である。
以下に対しては待機手術による修復が推奨される:
手術の禁忌となる併存症がない限り,女性では5cmを,男性では5.5cmを超える動脈瘤(この場合,破裂リスクが年5~10%以上まで上昇する)
上記以外の待機手術の適応としては以下のものがある:
大きさに関係なく,6カ月以内で0.5cmを超える動脈瘤の増大
慢性腹痛
血栓塞栓症の合併
下肢の虚血を引き起こす腸骨または大腿動脈瘤
待機手術による修復の前には,しばしば冠動脈疾患(CAD)の臨床的な検討が必要になるが,一部の腹部大動脈瘤患者では心血管イベントのリスクが有意に高くなるため,さらなる評価が必要になる場合もある(心臓の解剖および機能を評価するための検査 心臓の解剖および機能を評価するための検査 の表を参照)。積極的な内科的治療と危険因子のコントロールが必須である。動脈瘤修復術に先立ち内科的管理で十分な準備ができる患者の大半では,周術期に冠動脈形成術またはバイパス術をルーチンに施行する必要性はこれまでに示されておらず,不安定なCADを呈する患者でのみ冠動脈血行再建術を考慮すべきである。
外科的修復では,腹部大動脈の動脈瘤部分を人工血管で置換する。腸骨動脈に病変が及んでいる場合は,腸骨動脈を含むように人工血管を延長しなければならない。大動脈から両側大腿動脈にかけて修復した場合は,血管性の勃起障害や骨盤内臓器の虚血を回避するために,少なくとも一方の内腸骨動脈への血行を確保することが重要である。動脈瘤が腎動脈上まで進展している場合は,腎動脈を人工血管内につなぐか,またはバイパスグラフトを作成しなければならない。
動脈瘤の内腔内への経大腿動脈的血管内ステントグラフト内挿術は,より侵襲性の低い代替法であり,直視下での修復よりも急性期の合併症発生率および死亡率が低いことが示されている。この手技は,動脈瘤を全身血流から遮断し,破裂のリスクを低下させる。動脈瘤は最終的に血栓を形成し,全動脈瘤の50%は径が細くなる。短期的な成績は良好であり,長期成績も好ましい。合併症としては,ステントグラフトの屈曲,キンク,血栓形成,移動,およびエンドリーク(血管内ステントグラフト内挿後に動脈瘤の嚢内に血液が持続的に流入する現象)などがある。したがって,血管内ステントグラフト内挿術の術後には,従来法による修復の術後と比較して,フォローアップ受診をより頻回に行う必要がある。合併症が発生しなければ,1カ月目,6カ月目,12カ月目とそれ以降年1回の画像検査が推奨される。30~40%の患者では,複雑な解剖(例,腎動脈下の動脈瘤頸部が短い,動脈の蛇行が強い)のためにルーチンの血管内ステントグラフト内挿術は困難であるが,こうした問題を克服するべく新たな機器が開発されてきている。一般に血管内修復術を成功させるためには,外科医が患者の解剖学的特徴に適した機器を個別に選択すべきである。
ほとんどの場合,5cm未満の動脈瘤では,修復しても生存率は上昇しないようである。大きさは患者ごとに異なるため,その患者の正常時の大動脈径の2倍を超えて瘤が増大している場合に修復術を勧めるのがより正確である。そのような動脈瘤では,治療を要する拡張が生じるまで6~12カ月毎の超音波検査または腹部CTによりモニタリングすべきである。
感染性動脈瘤の治療は,起因菌に対する精力的な抗菌薬療法と,その後の動脈瘤切除で構成される。早期の診断と治療が予後の改善につながる。
手術合併症
心筋梗塞 急性心筋梗塞 急性心筋梗塞は,冠動脈の急性閉塞により心筋壊死が引き起こされる疾患である。症状としては胸部不快感がみられ,それに呼吸困難,悪心,発汗を伴う場合がある。診断は心電図検査と血清マーカーの有無による。治療法は抗血小板薬,抗凝固薬,硝酸薬,β遮断薬,スタチン系薬剤,および再灌流療法である。ST上昇型心筋梗塞に対しては,血栓溶解薬,経皮的冠動脈インターベンション,または(ときに)冠動脈バイパス術による緊急再灌流療法を施行する。非ST上昇型心筋梗塞... さらに読む が術後早期の第一の死因であり, 急性腎障害 急性腎障害(AKI) 急性腎障害は,数日間から数週間で腎機能が急速に低下する病態であり,これにより,尿量減少の有無にかかわらず,血中に窒素化合物が蓄積する(高窒素血症)。原因は重度の外傷,疾患,または手術による腎臓の灌流低下である場合が多いが,ときに急速進行性の内因性の腎疾患に起因する場合もある。症状としては,食欲不振,悪心,嘔吐などがある。無治療の場合,痙攣... さらに読む は術後晩期の第一の死因である。
腹部大動脈瘤の修復後に発生する合併症としては以下のものがある:
中枢側のクロスクランプによる主要静脈の損傷
勃起障害(神経損傷または血流減少によるもの)
グラフト感染症
仮性動脈瘤
動脈硬化によるグラフト閉塞
腹部大動脈瘤の要点
腹部大動脈径が3cm以上になったものが腹部大動脈瘤(AAA)である。
AAAは典型的には年10%のペースで増大するが,指数関数的に増大するものもあり,約20%はいつまでも同じ大きさを維持する。
破裂のリスクは動脈瘤の大きさに比例する。
診断には超音波検査または腹部CTを用いる;未破裂の大動脈瘤については,CT血管造影またはMRアンギオグラフィーによって,動脈瘤の大きさと解剖をより精度よく検討することができる。
AAA破裂には,直ちに開腹手術または血管内ステントグラフト内挿術を施行する必要があるが,施行しても死亡率は高い。
5~5.5cmを超える動脈瘤と急速に増大しているか虚血性または塞栓性合併症を引き起こしている動脈瘤には,待機手術による外科的修復が推奨される。