(リンパ系の概要 リンパ系の概要 血漿は常に,一部の白血球とともに,毛細血管から間質腔へと移動している。その液体および成分の大部分は,静水圧と血漿膠質浸透圧の均衡に従って,組織の細胞に取り込まれるか,血管枝に再吸収される。しかしながら,一部の液体は特定の細胞や細胞残屑(例,局所感染に対する免疫応答,悪性腫瘍,炎症などに由来するもの)とともにリンパ系に流入する。... さらに読む も参照のこと。)
リンパ浮腫の病因
リンパ浮腫は以下の場合がある:
原発性:リンパ管形成不全に起因する場合
続発性:リンパ管の閉塞または破綻に起因する場合
原発性リンパ浮腫
原発性リンパ浮腫は遺伝性で,まれである。表現型および発症時年齢は様々である。
先天性リンパ浮腫は,2歳までに発症し,リンパ系の無形成または低形成により生じる。Milroy病は,常染色体優性の様式で遺伝する家族性の先天性リンパ浮腫であり,VEGFR-3(血管内皮増殖因子受容体3)遺伝子の変異に起因し,ときに胆汁うっ滞性黄疸や,腸リンパ管拡張症によるタンパク漏出性胃腸症に起因する浮腫または下痢を伴う。
早発性リンパ浮腫(lymphedema praecox)は,2~35歳で発症し,典型的には初経時または妊娠中の女性に現れる。
Meige病は,常染色体優性の様式で遺伝する家族性の早発性リンパ浮腫であり,ある転写因子の遺伝子(FOXC2)の突然変異に起因し,過剰な睫毛(睫毛重生),口蓋裂,下肢,および腕,ときに顔面の浮腫を伴う。
晩発性リンパ浮腫は,35歳以降に発症する。家族性のものと散発性ものとがあり,ともに遺伝学的基盤は不明である。臨床所見は早発性リンパ浮腫のものと類似するが,それほど重度ではない。
その他にリンパ浮腫が著明となる遺伝性症候群としては以下のものがある:
Hennekam症候群(腸管およびその他の部位のリンパ管拡張症,顔面奇形,ならびに知的障害がみられる,まれな先天性症候群)
続発性リンパ浮腫
続発性リンパ浮腫は,原発性のリンパ浮腫よりはるかに高い頻度でみられる。
最も一般的な原因は以下のものである:
手術(特にリンパ節郭清術[乳癌の治療でよく行われる])
放射線療法(特に腋窩または鼠径部)
外傷
腫瘍によるリンパ管閉塞
リンパ浮腫の症状と徴候
続発性リンパ浮腫の症状としては,疼くような不快感や重感または緊満感などがある。
主要な徴候は軟部組織の浮腫であり,これは次のように3段階に分類される:
1期では,浮腫は圧痕性で,患部はしばしば朝までに正常に戻る。
2期では,浮腫は非圧痕性で,慢性の軟部組織炎症が初期の線維化を起こす。
3期では,主として軟部組織の線維化のため,浮腫が肥厚して不可逆性となる。
ほとんどの場合,腫脹は一側性で,暖かい天候のときや月経前,長時間にわたり患肢を下垂した後などに増悪することがある。四肢のいずれかの部分(近位または遠位の孤発性)または全体が侵される可能性があり,腫脹が関節周囲に起きた場合は可動域を制限することもある。身体障害と精神的苦痛が重大となることがあり,特に内科的または外科的治療によってリンパ浮腫が発生した場合にその可能性が高い。
皮膚の変化がよくみられ,過角化,色素沈着,疣贅,乳頭腫,真菌感染症などがある。
まれに,患肢が極度に腫大し,過角化が重度となり,象の皮膚に似た様相を呈する(象皮病)。このような臨床像は,他のどの原因よりフィラリア症によるリンパ浮腫でよくみられる。
合併症
リンパ管炎 リンパ管炎 リンパ管炎は,末梢のリンパ管に生じた急性細菌感染(通常はレンサ球菌)である。 ( 皮膚細菌感染症の概要および リンパ節炎も参照のこと。) リンパ管炎の典型的な原因としてはレンサ球菌などがある。リンパ管炎のまれな原因として,ブドウ球菌感染症,Pasteurella感染症,Erysipelothrix感染症,炭疽菌感染症,単純ヘルペスウイルス感染症,鼠径リンパ肉芽腫,リケッチア感染症,スポロトリクム症,No... さらに読む が発生することがあり,真菌感染の結果できた足趾の間の皮膚のひび割れや手の切創から細菌が侵入した場合に最もよくみられる。リンパ管炎は,ほぼ全例がレンサ球菌によるものであり,丹毒を引き起こすが,ときにブドウ球菌が起因菌のこともある。患肢は発赤し,熱感を帯びるほか,侵入口から赤い線条が近位に伸びたり,リンパ節腫脹が生じたりすることもある。まれに,皮膚が破綻する。
まれに,長期間持続したリンパ浮腫がリンパ管肉腫に変化することがあり(Stewart-Treves症候群),通常は乳房切除術後の患者やフィラリア症患者でみられる。
リンパ浮腫の診断
臨床診断
原因が明らかでない場合はCTまたはMRI
原発性リンパ浮腫は通常,全身にわたる特徴的な軟部組織浮腫と病歴聴取および身体診察で得られるその他の情報から明白である。
続発性リンパ浮腫の診断は通常,身体診察で明らかである。続発性リンパ浮腫が疑われる場合は,診断および原因が明らかでない限り,追加検査の適応となる。CTおよびMRIではリンパ管閉塞部位を同定でき,放射性核種によるリンパ管シンチグラフィーではリンパ管形成不全やリンパ流の遅滞を同定できる。
進行のモニタリングは,患肢の外周径の測定,患肢を水に沈めたときのあふれ出た水の量の計測,皮膚または軟部組織の圧力測定法により可能であるが,これらの検査は妥当性が確認されていない。
発展途上国では, リンパ系フィラリア症 バンクロフトおよびマレー糸状虫症(リンパ系フィラリア症) リンパ系フィラリア症は,糸状虫上科(Filarioidea)の3種のうちのいずれかによる感染症である。急性症状としては,発熱,リンパ節炎,リンパ管炎,精巣上体炎,精索炎(精索の炎症)などがある。慢性症状としては,膿瘍,過角化,多関節炎,陰嚢水腫,リンパ浮腫,象皮病などがある。気管支攣縮,発熱,および肺浸潤を伴う熱帯性肺好酸球増多症もこの感染症の別の臨床像である。診断は血液中のミクロフィラリア検出,超音波検査によるリンパ管中... さらに読む の検査を行うべきである。
リンパ浮腫が予想(例,リンパ節郭清の程度に基づく)よりはるかに大きい場合や,乳癌治療を受けた女性で一定期間が経過してから発生した場合には,がんの再発を考慮すべきである。
リンパ浮腫の予後
リンパ浮腫が発生すると,治癒はまれである。綿密な治療を行い,予防となりうる措置を講じることにより,症状を軽減し,疾患の進行を遅延または停止させ,合併症を予防することが可能である。
リンパ浮腫の治療
ときに原発性リンパ浮腫に対する外科的再建
リンパ液の移動(例,挙上および圧迫,マッサージ,弾性包帯,間欠的空気圧迫法による)
原発性リンパ浮腫の治療としては,軟部組織の外科的削減(皮下脂肪および線維組織の除去)や,生活の質が著しく低下している場合は再建を行うこともある。
続発性リンパ浮腫の治療では,原因の管理を行う。リンパ浮腫そのものに対しては,浮腫液を移動させるいくつかの介入(複合的理学療法)が利用できる。具体的には以下のものがある:
用手的リンパドレナージ(患肢を挙上して心臓に向かって「搾る」ように圧迫する)
弾性包帯または弾性スリーブの段階的使用
四肢の運動
四肢のマッサージ(間欠的空気圧迫法を含む)
軟部組織の外科的除去,リンパ管の再吻合,および排液路の形成がときに試みられるが,厳格な研究は行われていない。
予防法としては,暑さの回避,積極的な運動,および患肢の周囲を締めつける衣類(血圧カフを含む)の着用などがある。皮膚および爪のケアに細心の注意が必要であり,患肢におけるワクチン接種,静脈切開,静脈カテーテル留置は避けるべきである。
蜂窩織炎とリンパ管炎は,グラム陽性菌に対して効果的なβ-ラクタマーゼ抵抗性抗菌薬(例,ジクロキサシリン)により治療する。
リンパ浮腫の要点
続発性リンパ浮腫(リンパ管の閉塞または破綻に起因する)は,原発性リンパ浮腫(リンパ管形成不全に起因する)よりはるかに高い頻度でみられる。
象皮病(リンパ浮腫のある肢における皮膚の極度の過角化)は,リンパ浮腫の重度の臨床像である。
治癒はまれであるが,治療により症状を軽減し,疾患の進行を遅延または停止させ,合併症を予防することが可能である。