嚥下困難

執筆者:Kristle Lee Lynch, MD, Perelman School of Medicine at The University of Pennsylvania
レビュー/改訂 2020年 9月
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嚥下困難とは,嚥下が困難になった状態である。この病態は,咽頭から胃への液体,固形物,またはその両方の輸送阻害に起因する。嚥下困難を球感覚と混同してはならず,球感覚は咽喉に塊があるような異常感覚であり,嚥下障害ではなく,輸送障害も生じない。

食道疾患および嚥下障害の概要も参照のこと。)

嚥下器官は,咽頭,上部食道括約筋(輪状咽頭筋),食道体部,および下部食道括約筋(LES)で構成される。食道の上部3分の1とそれより上方の構造は骨格筋で,下部食道とLESは平滑筋で構成されている。これらの構成要素は,食物を口腔から胃に送り込み,食道への逆流を阻止する統合システムとして機能する。このシステムは物理的閉塞または運動機能を妨げる疾患(食道運動障害)の影響を受ける可能性がある。

嚥下困難の病因

嚥下困難は,発生部位に応じて中咽頭嚥下困難と食道嚥下困難に分類される。

中咽頭嚥下困難

中咽頭嚥下困難は,中咽頭から食道への食物の輸送が困難になった状態で,食道近位の機能異常に起因する。患者は嚥下開始困難,鼻腔への逆流,誤嚥とそれに続く咳嗽を訴える。

ほとんどの場合,中咽頭嚥下困難は骨格筋に影響を及ぼす神経疾患または筋疾患を有する患者に起こる( see table 中咽頭嚥下困難の主な原因)。

表&コラム

食道嚥下困難

食道嚥下困難は食物の食道通過が困難な状態である。原因は運動障害または機械的閉塞のいずれかである( see table 食道嚥下困難の主な原因)。

表&コラム

合併症

中咽頭嚥下困難は摂取物,口腔内分泌物,またはその両方の誤嚥につながる可能性がある。誤嚥は急性肺炎を引き起こす可能性があり,誤嚥の繰り返しにより最終的に慢性肺疾患に至ることがある。長期にわたる嚥下困難はしばしば不十分な栄養および体重減少を引き起こす。

食道嚥下困難は体重減少,栄養障害,摂取物の誤嚥,および重症例では食物のつかえにつながる可能性がある。食物のつかえは患者に食道穿孔が自然発生するリスクを高め,それにより敗血症,さらには死に至ることがある。

嚥下困難の評価

病歴

現病歴の聴取は,症状の持続時間と発症の急性度から始める。どのような物質が困難を引き起こし,障害がどこにあると感じるかを患者に説明させるべきである。検討すべき具体的な事項としては,嚥下困難の対象が固形物,液体,その両方のいずれであるか,食物が鼻から出てくるか否か,口から唾液または食物がこぼれるか否か,食物のつかえを起こしたことがあるか否か,摂食時に咳嗽や窒息が生じるか否かなどがある。

症状把握(review of symptoms)では,神経筋,消化管,および結合組織疾患を示唆する症状と合併症の有無に焦点を置くべきである。重要な神経筋症状としては,筋力低下,易疲労性,歩行または平衡感覚障害,振戦,発声困難などがある。重要な消化管症状としては,逆流を示唆する胸やけやその他の胸部不快感などがある。結合組織疾患の症状としては,筋肉痛,関節痛,レイノー現象,皮膚の変化(例,発疹,腫脹,肥厚)などがある。

既往歴の聴取では,嚥下困難を引き起こす可能性のある既知の疾患( see table 中咽頭嚥下困難の主な原因および see table 食道嚥下困難の主な原因)を確認すべきである。

身体診察

診察では,神経筋,消化管,および結合組織疾患を示唆する所見と合併症の有無に焦点を置く。

全身状態の観察では,栄養状態(体重を含む)を評価すべきである。徹底的な神経学的診察が必須であり,何らかの安静時振戦,脳神経(注意すべき点として咽頭反射は正常では存在しない場合があり,したがってこの反射の欠如は嚥下機能障害に対する優れたマーカーではない),および筋力に注意する。易疲労性を訴える患者では,反復動作(例,瞬目,声を出して数える)を行わせて,重症筋無力症を示唆する急速な成績悪化がみられないか観察すべきである。患者の歩行を観察して,平衡感覚を調べるべきである。皮膚を診察して,発疹,肥厚,質感の変化がないか,特に指先について確認する。筋肉を視察して消耗および線維束性収縮がないか確認し,触診して圧痛がないか確認する。頸部を診察して,甲状腺腫大やその他の腫瘤がないか確認する。

警戒すべき事項(Red Flag)

いかなる嚥下困難も注意が必要であるが,特定の所見はより緊急性が高い:

  • 完全閉塞の症状(例,流涎,何も飲み込めない)

  • 体重減少につながっている嚥下困難

  • 新たな局所神経脱落症状,特に何らかの客観的筋力低下

  • 反復性誤嚥性肺炎

所見の解釈

急性の神経学的事象に関連して生じた嚥下困難は,その事象が原因である可能性が高い一方,罹病期間の長い安定した神経疾患患者にみられる新たな嚥下困難には別の病因がある可能性がある。固形物のみの嚥下困難は機械的閉塞を示唆するが,固形物および液体の両方の嚥下困難は非特異的である。摂食時の流涎,口から食物がこぼれる,または鼻腔への逆流は中咽頭の疾患を示唆する。頸部の側方圧迫により少量の食物が逆流する場合は,咽頭憩室が実質的に診断される。

食物を口から飲み込むことが困難,または下部食道に食物が引っかかると訴える患者は,通常疾患の部位について間違っておらず,一方,上部食道の嚥下困難の感覚は特異度が低い。

特定の疾患を示唆する所見が数多くあるが( see table 嚥下困難の診断で役立つ所見),感度および特異度が様々であるため,特定の原因を診断または除外することはできない;それでも,検査の指診となる可能性はある。

表&コラム

検査

  • 上部消化管内視鏡検査

  • 食道造影

嚥下困難のある患者には必ず上部消化管内視鏡検査を施行し,これはがんを除外する上で極めて重要である。内視鏡検査の際には好酸球性食道炎の検出のために食道生検も施行すべきである。

患者に上部消化管内視鏡検査が施行できない場合,または上部消化管内視鏡検査と生検で原因が同定されない場合は,食道造影(固形塊[通常はマシュマロまたは錠剤]の投与とともに)を施行できる。

食道造影が陰性で上部消化管内視鏡検査が正常である場合,食道運動機能検査を行うべきである。所見に応じて他の特定の原因に対する検査を行う。

Impedance planimetryは,食道内の断面積と管腔内圧を同時に測定する新しい技術であり,嚥下困難のある患者の評価に役立つ可能性がある。

嚥下困難の治療

嚥下困難の治療はそれぞれの原因に対して行う。完全閉塞が起きた場合には,緊急の上部消化管内視鏡検査が必須である。狭窄,輪,またはウェブが認められた場合は,内視鏡的拡張術を慎重に施行する。診断がつく前に,中咽頭嚥下困難の患者ではリハビリテーション専門家による評価が有益となることがある。ときに,摂食時の頭位の変更,嚥下筋の再トレーニング,口腔内の食物塊を収容する能力を改善する運動の実施,または舌の強化および協調のための運動実施が有益となる場合がある。重度の嚥下困難および反復性の誤嚥を認める患者では,胃瘻チューブが必要になることがある。

老年医学的重要事項

咀嚼,嚥下,味覚,および意思の疎通には,口腔,顔面,および頸部における完全で協調的な神経筋機能が必要である。特に口腔の運動機能は,健常者でも加齢に伴って多少低下する。機能低下は多くの症状を呈することがある:

  • 咀嚼筋の筋力および協調能の低下はよくみられ,特に局部床義歯または総義歯の患者では一般的であり,より大きな食物片を飲み込む傾向がもたらされ,その結果,喉に食物が詰まるまたは誤嚥のリスクが増加する可能性がある。

  • 口周囲の筋緊張の低下,および歯のない人における骨支持の低下による下部顔面と口唇の垂れ下がりは,美容上の関心事であるとともに,摂食時,睡眠時,または安静時に流涎,飲食物の溢出,口唇の閉鎖困難を引き起こす可能性がある。流涎(唾液の漏出)が初発症状となる場合が多い。

  • 嚥下困難は悪化する。口腔から中咽頭への食物の移動に時間がかかり,これにより誤嚥の可能性が高まる。

加齢変化が生じると,口腔運動障害の原因で最も頻度が高いものは神経筋疾患(例,糖尿病脳卒中パーキンソン病筋萎縮性側索硬化症多発性硬化症に起因する脳神経障害)となる。医原性の原因も寄与する。薬物(例,抗コリン薬,利尿薬),頭頸部への放射線療法,および化学療法は唾液の産生を著しく障害する可能性がある。唾液分泌減退は嚥下の遅延および障害の主な原因である。

口腔運動機能障害の管理には集学的アプローチが最善である。歯科補綴学,リハビリテーション医学,言語病理学,耳鼻咽喉科学,および消化器病学の各専門家への組織的な紹介が必要になる場合がある。

嚥下困難の要点

  • 食道嚥下困難を訴える患者の全例で,がんを除外するため上部消化管内視鏡検査を行うべきである。

  • 上部消化管内視鏡検査所見が正常な場合,好酸球性食道炎を除外するため生検も施行すべきである。

  • 嚥下困難の治療は原因に対して行う。

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