百日咳は,グラム陰性細菌である百日咳菌(Bordetella pertussis)を原因菌として主に小児および青年に発生する,感染性の強い疾患である。 まず非特異的な上気道感染症状が出現した後,通常は長い吸気性笛声(whoop)で終わる発作性ないし痙攣性の咳嗽(痙咳)がみられるようになる。診断は上咽頭培養,ポリメラーゼ連鎖反応検査,および血清学的検査による。治療はマクロライド系抗菌薬による。
百日咳は世界中で流行している。米国での発生は3~5年のサイクルである。百日咳はヒトにのみ発生する;病原体保有生物となる動物はいない。
主な伝播経路は,感染患者(特にカタル期と痙咳期早期)に由来する百日咳菌(B. pertussis)(非運動性の小さなグラム陰性球桿菌)を含む呼吸飛沫を介するものである。伝染力が高く,濃厚な接触がある場合には80%以上が発症する。汚染物との接触による感染はまれである。通常,痙咳期の3週目より後の患者は感染源とならない。
百日咳はワクチンで予防可能な小児疾患であるが,発生率が上昇している。米国では,1980年時点での発生率は人口10万人当たり1例であったが,2014年には人口10万人当たり10例まで上昇した。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)が2018年に公表した暫定的なサーベイランス報告書によると,発生率は10万人当たり4.13人例であった(1)。1980年代以降の増加の原因は以下の通りである:
過去に予防接種を受けた青年および成人の免疫が低下している
親が子供の予防接種を拒否している( see page ワクチン忌避)
このような免疫のない患者が発症するほか,免疫のない青年および成人は百日咳菌(B. pertussis)の重要な病原体保有生物となっており,しばしば,免疫のない1歳未満の乳児(年間発生率を最も大きく押し上げており,致死率が最も高い)への感染源となる(2)。また,アウトブレイクを起こす菌株の病原性が高まっている可能性もある。
米国では,2018年に15,609例の百日咳症例が発生し,5人が死亡している(2018年の百日咳の年齢別発生率の表を参照)。10万人当たりの発生率は6カ月未満の乳児で最大(72.8人)であり,死亡に至った5例のうち3例が1歳未満の乳児であった (1)。百日咳は高齢者でも重篤化する。
最初の曝露では終生免疫の獲得には至らないが,過去にワクチン接種を受けたが免疫が減弱している青年および成人では,2回目の曝露と感染では通常軽症となり,気づかれないことが多い。
百日咳菌による疾患
呼吸器合併症(乳児の窒息を含む)が最も多くみられる。しばしば中耳炎が生じる。年齢を問わず,気管支肺炎(高齢者に多い)から死に至ることがある。
痙攣発作は乳児でよくみられるが,より年長の小児ではまれである。
重度の発作とそれに起因する低酸素症の結果により,脳,眼,皮膚,粘膜への出血が起こることがある。脳出血,脳浮腫,および毒素による脳炎の結果として,痙性麻痺,知的障害,またはその他の神経学的障害を来すことがある。
ときに臍ヘルニアや直腸脱もみられる。
パラ百日咳
これはパラ百日咳菌(B. parapertussis)を原因菌とする疾患で,臨床的に百日咳と鑑別できないことがあるが,通常は比較的軽症で致死率も低い。
総論の参考文献
1.National Center for Immunization and Respiratory Diseases Division of Bacterial Diseases: 2018 Final Pertussis Surveillance Report.Centers for Disease Control and Prevention, 2019.
2.Centers for Disease Control and Prevention: The Pink Book: Pertussis, 2015.Online content last reviewed 2019, accessed 1/24/2020.
百日咳の症状と徴候
潜伏期間は平均7~14日(最大3週間)である。百日咳菌(B. pertussis)は呼吸器粘膜に侵入して粘液の分泌を亢進させるが,その粘液は当初は希薄ながら,後に濃厚かつ粘稠となる。合併症がない場合,症状は約6~10週間続き,以下の3期に分けられる:
カタル期
痙咳期
回復期
カタル期は潜行性に始まり,一般にくしゃみ,流涙,その他の鼻感冒の徴候;食欲不振;元気のなさ;煩わしい夜間の乾性咳嗽(徐々に日中に生じるようになる)などがみられる。嗄声がみられることがある。発熱はまれである。
10~14日後には痙咳期に移行し,咳嗽の重症度と頻度が悪化する。1回の呼気の間に立て続けに5回以上の咳嗽が連続して起こり,最後に深い吸気とともに高調の笛声(whoop)が聴かれる。発作中または発作後には,大量の粘稠な粘液が喀出されたり,外鼻孔から泡状に排出されたりすることがある。嘔吐が特徴的である。乳児では,吸気性笛声よりも窒息発作(チアノーゼはみられないこともある)の方がよくみられる。
回復期になると(通常は発症から4週間以内),症状は軽快する。平均罹病期間は約7週間(範囲は3週間から3カ月以上)である。発作性の咳嗽が数カ月にわたり反復することがあるが,これは通常,感受性が高い気道が上気道感染から刺激を受けることによって誘発される。
百日咳の診断
上咽頭培養,直接蛍光抗体法,およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査
血清学的検査
カタル期には,気管支炎やインフルエンザとの鑑別が困難となることが多い。アデノウイルス感染症と結核も考慮すべきである。
上咽頭検体の培養では,カタル期および痙咳期早期症例の80~90%が百日咳菌(B. pertussis)陽性となる。特殊染色と長時間の培養が必要となるため,百日咳の疑いがあることを検査室に連絡しておくべきである。
上咽頭塗抹検体の特異的な蛍光抗体検査では,百日咳を正確に診断できるが,感度は培養ほど良好ではない。急性期と回復期のペア血清を用いた検査が役立つことがある。
上咽頭の検体のPCR検査は,最も感度が高く,最もよく選択される。
白血球数は通常15,000~20,000/μL(15~20 × 109/L)であるが,正常値となる場合もあれば,60,000/μL(60 × 109/L)まで上昇する場合(通常は60~80%が小リンパ球である)もある。
パラ百日咳は培養または蛍光抗体法により鑑別する。
百日咳の治療
支持療法
エリスロマイシンまたはアジスロマイシン
重篤な状態の乳児には空気感染隔離下での入院が推奨される。隔離は抗菌薬を5日間投与するまで継続する。
乳児では,吸引により咽頭の過剰な粘液を除去することが救命につながることがある。ときに,酸素投与と気管切開または経鼻気管挿管が必要となる。去痰薬,鎮咳薬,および軽い鎮静薬では効果はほとんど得られない。
わずかな刺激でも低酸素症を伴う重篤な咳嗽発作が誘発される可能性があるため,重篤な状態の乳児は暗く静かな部屋に移して,可能な限り刺激を回避するべきである。
在宅で治療する患者は,発症後少なくとも4週間が経過し,かつ症状が治まるまで隔離すべきである(特に感受性の高い乳児からの隔離)。
カタル期の抗菌薬投与は,病状の改善につながる可能性がある。痙咳期と確認されてからの抗菌薬投与は,臨床的な効果は得られないのが通常であるが,感染拡大を制限する目的で推奨される。
以下の薬剤が望ましい:
エリスロマイシン10~12.5mg/kg,経口,6時間毎(最大2g/日),14日間
アジスロマイシン10~12mg/kg,経口,1日1回,5日間
マクロライド系抗菌薬を使用できないか過敏症を有する生後2カ月以上の患者では,トリメトプリム/スルファメトキサゾールで代用することができる。
細菌性合併症(例,気管支肺炎,中耳炎)に対しても抗菌薬を使用すべきである。
百日咳の予防
標準的な小児予防接種の一環として,百日咳に対する予防接種が行われている。無細胞百日咳ワクチンが5回接種され(通常はジフテリアおよび破傷風との混合ワクチン[DTaP]),具体的には生後2,4,6カ月時と追加免疫として生後15~18カ月時および4~6歳時に接種される。
ワクチンの百日咳成分による重大な有害作用としては以下のものがある:
脳症(7日以内)
発熱を伴うまたは伴わない痙攣発作(3日以内)
3時間以上持続し,あやしても治まらない激しい絶叫または啼泣
卒倒またはショック(48時間以内)
40.5℃以上の発熱(48時間以内)
即座に起こる重度の反応またはアナフィラキシー反応
これらの反応が発生した場合は,百日咳ワクチンのさらなる使用は禁忌であり,百日咳成分を含有しないジフテリアおよび破傷風の混合ワクチン(DT)が使用できる。現在利用できる無細胞ワクチンは,以前使用されていた多数の細胞成分を含むワクチンよりも忍容性に優れている。
予防接種であれ自然感染であれ,百日咳の感染または再感染に対する終生免疫の獲得には至らない。最後のワクチン接種から5~10年後には免疫は減弱する傾向がある。
11歳または12歳の青年およびTdapの接種を受けたことのない成人には,Tdap(小児に使用されるDTaPよりジフテリアと百日咳の成分含量が少ない)の単回追加接種が推奨される;これはまた,妊娠するたび,20週以降に(27~36週が望ましい)接種すべきである。これらの比較的新しい推奨は,感受性の高い青年および成人から免疫をもたない乳児へ百日咳が伝播するリスクを低減することを目的とするものである。
自然感染後の免疫は約20年間持続する。受動免疫は信頼性が低く,推奨されない。
7歳未満でワクチン接種回数が4回未満の濃厚接触者には,ワクチンを接種すべきである。
曝露後予防
曝露後の抗菌薬は,予防接種の既往にかかわらず,発端者が咳嗽を発症してから21日以内に家庭内接触者に投与すべきである。
曝露後の抗菌薬は,予防接種の既往にかかわらず,以下に該当するリスクの高い人にも曝露後21日以内に投与すべきである:
12カ月未満の乳児
第3トリメスターの妊婦
百日咳への感染により悪化する可能性のある病態(例,免疫不全症,中等度から重度の喘息,慢性肺疾患)をもつ全ての人
12カ月未満の乳児,妊婦,または重症疾患もしくは合併症につながりうる病態をもつ患者と濃厚な接触がある人
12カ月未満の乳児や第3トリメスターの妊婦がいるなどの,リスクの高い環境(例,保育所,産科病棟,新生児集中治療室)にいる全ての人
これらの人々には,エリスロマイシンを500mg,経口,1日4回または10~12.5mg/kg,経口,1日4回を7~14日間投与すべきである。代替抗菌薬としてはクラリスロマイシンおよびアジスロマイシンなどがある。1カ月未満の乳児の曝露後予防にはアジスロマイシンが望ましい。
百日咳の要点
百日咳は,あらゆる年齢で発生しうる呼吸器感染症であるが,その発生率と致死率は幼児(特に6カ月未満の乳児)で最も高くなっている。
上気道感染症状を呈するカタル期に続く痙咳期では,立て続けに何度も咳嗽が起こり,最後に深い吸気とともに高調の笛声(whoop)が聴かれる。
罹病期間は約7週間であるが,咳嗽が数カ月続くこともある。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査または上咽頭培養により診断するが,特殊培地が必要である。
病状の改善(カタル期)または感染拡大の制限(痙咳期とそれ以降)を目的として,マクロライド系抗菌薬による治療を行う。
定期的な予防接種の一環としての無細胞百日咳ワクチンの接種(成人への追加接種を含む)により発症を予防するとともに,濃厚接触者にはエリスロマイシンによる治療を行う。
自然感染であれ予防接種であれ,生涯持続する免疫は獲得されないが,以降の発症時は軽症となる傾向がある。